ダンジョン警備員 〜ダンジョンの治安を守ってただけなのに、いつの間にか配信されて伝説になってました〜

赤金武蔵

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太陽の子

第44話 休眠

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   ◆◆◆


「んんんん~……! たーのしかったねぇ~……!」
「うい!」


 結局あれから夜になるまで、ずっとショッピングを楽しんでしまった。
 途中から合流した鬼さんが荷物を持ってくれたおかげで、気兼ねなく買い物を満喫できた。向日葵も、自分にあった服やアクセサリーを買えて、満足そうだ。

 今はちょっとお高いホテルにチェックインして、今日1日の疲れを癒している。と言っても、向日葵はまだ体力が有り余っているのか、嬉しそうにベッドの上を飛び跳ねているのだが。
 モチャと八百音は、サービスのオイルマッサージに行っているため、この部屋には自分と向日葵しかいない。
 因みに、鬼さんは隣の部屋で休んでいる。

 美空もベッドに横になり、疲れを取るように力を抜く。
 向日葵と出会ってから、配信を2時間くらいする意外、ずっと向日葵と一緒にあの洞窟にいたのだ。正直、体に疲れが溜まっていた。


「ん……ふあぁ~……」
「みしょら、ねむ?」
「んー、大丈夫だよ~」


 飛び跳ねていた向日葵が、心配そうに美空の顔を覗き込んできた。
 確かに眠いが、寝落ちする程ではない。
 ぐーっと伸びをして眠気を飛ばそうとしていると、向日葵が抱きついてきた。


「おっ? ひまちゃん、どうしたの?」
「んゅ。ひとはだこいし、おとしごろ」
「どこでそんな言葉覚えた?」


 多分配信や動画で覚えたんだろう。吸収が早いことだ。
 人肌が恋しいなら、思う存分甘えさせてあげよう。
 美空は向日葵を少し強く抱き締めると、嬉しそうな顔で擦り寄ってきた。


「みしょら、やさし。ひま、しゅき」
「うん、ウチも好きだよ」
「にへへ。……もちゃ、やおしゃ、おにしゃも。みんな、しゅき。ひま、まいにちたのしいっ」


 余程今日が楽しかったのか、目をキラキラさせている向日葵。
 これが母性なのだろうか。ずっと向日葵と一緒にいたい。これは本心だ。本心だが……ずっと、向日葵と一緒にいれる訳じゃない。前にも聞いた通り……いつかは消えてしまう。
 そう考えると、これ以上この子に情を移していいのか、わからなくなっていた。

 美空の不安を感じ取ったのか、向日葵が心配そうに見上げてくる。
 いけない、向日葵を不安にさせては。
 笑顔を作ると、向日葵のひたいにキスをした。


「大丈夫だよ、ひまちゃん。なんでもないからね」
「う……? あいっ」


 向日葵が消えたら……なんて心配は、今はよそう。
 とにかく、今を楽しくすごさせる。それだけを考えればいい。


「明日は遊園地に行こうね」
「ゆー……?」
「すっごく楽しい場所。ウチも好きな場所だから、ひまちゃんも好きになってくれると嬉しいな」
「おぉ~……? たのしみ!」
「ふふ、そうだね」


 再び向日葵を抱き締め、少しだけ目を閉じる。
 この温もりを確かめるように……離さないように。





 ──……う……じょ……!

(……んん……何……うるさぃ……)

 ──……そら……み……ら……!

(ねむぃ……もっと寝かせてよ……すやぁ)

「せいッ!!」
「へぶっ!?」

 突如脳天に衝撃を受け、強制的に眠気を飛ばされた。
 というか痛い。痛すぎる。
 少し涙目になって目を開けると、慌てた様子の八百音とモチャがいた。


「んぅ……どーしたの……」
「どうしたのじゃないっ!」
「ひ、向日葵ちゃんが……!」
「え? ……えっ!?」


 ようやく気付いた、向日葵の変化に。
 向日葵の体が、淡い橙色に発光しているのだ。
 苦しんでいる様子はない。変わらない安らかな顔で寝ているが、突然の変化に困惑する。


「どっ、どうしちゃったの、これ……!?」
「わかんないっ。私たちが戻ってきたら、こうなってて……!」
「アタシ、センパイ呼んでくる!」


 モチャが飛び出して行ったのを横目に、向日葵の体を揺らす。


「ひまちゃん、大丈夫? ひまちゃん……!」
「向日葵ちゃん、返事して……!」


 脈と呼吸はあるが、強く揺さぶっても起きる気配がない。
 さっきまであんなに元気よくはしゃいでたのに、いきなりこんなことになるなんて。どうしよう、泣きそうだ。
 今にも溢れ出しそうな感情を必死で押さえつけていると、モチャが鬼さんを連れて戻ってきた。
 いつものコートとジャケットは脱ぎ、ワイシャツ姿になっている。


「皆さん、大丈夫ですか?」
「お、鬼さんっ、向日葵ちゃんが……!」
「きゅ、急に光り出して……!」
「お2人とも、落ち着いてください」


 鬼さんは、美空と八百音にいつもと変わらない優しい声を掛ける。
 それだけなのに、慌てていた気持ちが少しずつ収まってきた。


「事情は、深雷さんから聞きました。少し診させてください」


 ベッドに寝かせている向日葵の傍に近付き、人差し指に白い光りを灯すと、ひたいに指をつけた。
 じっと待つこと数秒。鬼さんは眉をぴくりと動かした。


「ふむ、これは……」
「な、何かわかったんですか?」
「……落ち着いて聞いてください。向日葵さんは今、休眠モードに入っています」
「休眠……?」


 なんだろう、それは。睡眠とは違うのだろうか。


「残念ですが、睡眠とは違います」


 考えていたことをそのまま口にされ、思わず心臓が高鳴った。なんでバレたんだろう。サイキックだろうか。


「センパイ。睡眠と休眠って、何が違うの?」
「睡眠は、生物のほとんどが取るものです。体力や気力、魔力の回復には欠かせないものですね。対して休眠は、回復ではなくエネルギー消費を抑えるためのもの……つまり向日葵さんは、失ったエネルギーを更に枯渇させないため、深い眠りについたのです」


 鬼さんの説明で、なんとなく今の向日葵の状況は理解できた。
 でも、ということは……。


「ひまちゃん、このまま起きないんですか……?」
「……ダンジョンに戻れば目を覚ますと思います。ですが……失ったエネルギーは、元に戻ることはないでしょう」


 突きつけられた現実に、3人に衝撃が走る。ということは、そのエネルギーが枯渇したら……向日葵は、消えてしまうということだ。
 鬼さんも予想外だったのか、眉間に皺を寄せて向日葵の頭を撫でた。


「申し訳ありません。まさか、こんなに早くエネルギーが枯渇するとは……」
「センパイ。確か魔物だったら、ダンジョンの外に出しても3日は持つって……」
「そのはずです。ですが……恐らく精霊は、エネルギー効率が悪いのでしょう。他の魔物と違って人のように笑い、泣き、楽しみ、悲しみ、言葉を話す。人間も、疲れすぎると眠ってしまいますよね。あれと同じです」


 その説明に、思い当たる節があった。
 向日葵はさっきまで、ベッドで飛び跳ねるほど元気だった。それこそ、子供のように。
 だがしかし、子供の元気は0か100しかない。100で遊んだと思ったら、電池が切れたかのように寝てしまう。
 今の向日葵は、そんな状況らしい。


「ダンジョンに戻れば、エネルギーの流出は鈍化します。明日の朝早くに、ダンジョンへ戻りましょう」
「だね。残念だけど、ひまがこのまま消えちゃうより、ずっといいよ」
「……仕方ない、ね。向日葵ちゃんのためだから……」
「ひまちゃん……」


 遊園地に連れて行ってあげるって、約束したのに……それも、叶いそうにない。
 向日葵が目を覚ましたら、謝ろう。ちゃんと、謝ろう。
 申し訳なさで気持ちが沈んでいると──不意に、誰かの腕時計ビィ・ウォッチが鳴動した。


「失礼、私です」


 どうやら鬼さんへの着信らしい。着信相手を見て眉をひそめ、足速に部屋を出た。


「どうしたんだろうね、鬼さん」
「センパイの反応を見るに、多分仕事でしょ」


 休みの日にまで会社から連絡が来るなんて、考えたくもない。
 やっぱり自分にはDTuberみたいな、気楽にできる仕事が1番かも。

 ──その時。バンッ! という音と共に、鬼さんが血相を変えて戻ってきた。


「皆さん、今すぐ荷物をまとめて……いえ、荷物は置いていきましょう。急いでダンジョンへ戻ります」
「え、なに突然?」
「鬼さん、何かあったんですか?」


 こんなに慌てた様子の鬼さんは、初めて見た。いったい、何があったのだろう。
 だが、鬼さんから伝えられた言葉は……。


「向日葵さんの体から漏れ出たエネルギーの感知し、魔物の動きが活発になっているそうです。このままでは、向日葵さんがまだ生きていることが世間にバレてしまいます。そうなる前に、直ちにダンジョンへ戻ります」


 何かあった、どころの騒ぎではなかった。
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