ダンジョン警備員 〜ダンジョンの治安を守ってただけなのに、いつの間にか配信されて伝説になってました〜

赤金武蔵

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太陽の子

第36話 処分

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 と驚いてみたはいいものの、精霊なんて聞いたことがない。魔物とは違うのだろうか?


「すみません、鬼さん。精霊ってなんですか?」
「精霊とは、魔物の一種。厳密に言うと似て非なるものですが、そう括られています」
「魔物……でもこの子……」


 改めて少女を見るが、どう見ても魔物ではない。
 美空の知っている魔物は、もっと醜くて知性を感じられず、獣に近い姿をしている。言葉だって喋れない。唯一、下層ボスが人間に1番近い形をしていたが、ボスというイレギュラーだ。
 だが美空の疑問を、鬼さんがすぐに答えてくれた。


「魔物というのは、ダンジョン内に充満している魔素が濃くなり、現れる化け物。本能の赴くまま、人間を襲う怪物。ここまではご存知ですね?」
「は、はい。さすがのウチでも知ってます」
「よろしい。対して精霊は、ダンジョン内に充満している魔素にプラスして、人間の想いが積み重なって具現化したものを指します」


 想い、という言葉に、少しだけ心臓が高鳴る。
 しかし鬼さんは気付いていないのか、気付いた上でスルーしているのか、美空の反応には触れなかった。


「ダンジョンには常に人がいて、感情には事欠きません。そうして生まれた魔物が、精霊と呼ばれるのです」
「な、なるほど。だから名前とか、両親とか知らなかったんですね……」


 なんだか可哀想だ。生まれた瞬間から1人で、ずっとこんな場所にいるんだから。
 まだ怯えている少女を抱き寄せ、頭を撫でる。
 こんなに可愛らしくて人間味のある子が、魔物だなんて信じられない。


「身寄りも、行く場所もない……じゃあこの子って、これからどうなるんですか?」
「…………」
「……鬼さん?」


 今まで、すべての疑問に即答で答えてくれた鬼さん。
 が、この質問には答えてくれない。渋い顔で、どう伝えればいいか困っている感じだ。
 待つこと数秒。少女を見つめ、重い口を開いた。


「……あまり、こういうことは言いたくないんですが──残念ながら、処分せざるを得ません」
「…………ぇ……?」


 処分という言葉が、自分の中に鈍く響く。
 処分。つまり、殺すということだ。


「……この子が、魔物だからですか?」
「それもあります。が、別の理由があります。先も説明した通り、精霊は他の魔物と比べて、人間の影響を強く受けて生まれる。つまり、内に秘めているエネルギーが他の魔物より膨大ということです。低く見積もって、30倍くらいでしょう。この精霊を魔物が捕食してしまったら、膨大なエネルギーを吸収してしまう……こうなった場合、ダンジョンを閉鎖して討伐隊を編成するほど、危険な状況になります」


 普通の魔物の30倍のエネルギーという言葉に、美空は喉に絡まった唾液を飲み込む。
 上層の魔物でも下層並に強くなり、中層や下層の魔物が吸収した場合、もはやボスを超えるほど厄介なものになるのは、想像できた。


「そうなる前に、精霊は見つけ次第処分してしまうのが鉄則なのですが……美空さん。その子を引き渡すつもりはありませんか?」


 鬼さんの瞳が、暗さを帯びる。
 肌に感じるプレッシャーが厚みを増した。後頭部が甘く痺れる。
 これは、殺気。鬼さんの殺気だ。
 思わず逃げ出したくなるような殺気だが、美空は負けじと鬼さんを睨み返す。

 この子を引き渡したら、まだ心の傷は小さくて済むだろう。これ以上この子を護ったら、情が移ってしまう。いや、もう既に移っている。
 だからだろうか。……この子を護りたい。母性のような感情が、護るという選択をした。


「渡さない、ということですか。……仕方ありませんね」


 目を閉じた鬼さんは、そっと息を吐く。
 と、感じていたプレッシャーが霧散し、感じていた圧が消えた。


「……見逃してくれるんですか?」
「……私も、あなたと同じです。いくら魔物と言っても、見た目が人間で、心も人間。つまりこの子は、人間です。手に掛けるのは、どうも良心が痛むんですよね」


 恥ずかしそうに頬を染める鬼さん。元公安の代理執行人とは思えない理由に、つい気が抜けてしまった。


「まあ幸いにも、この事を知っているのはあなたと私だけ。魔物は外には出せないので、ダンジョン内で匿えばいいでしょう」
「は、はい」


 そう、誰も知らない。だから大丈夫……。
 ………………………………………………………………。


「あ」
「どうかしました?」


 配信!!
 慌てて八百音に連絡をすると、すぐにさっきの配信は非公開になった。
 だが、全世界10万人以上に配信されていたし、なんなら今では既に20万再生もされている。
 まずい。これは、非常にまずい。
 さっきのコメントを見た限りでは、誰もこの子の正体に気付いてる様子はなかった。
 けど鬼さんのように、見ればわかるほどの猛者が見ていたら、手遅れだろう。


「じ、実はさっきまで配信していて……! こ、この子もガッツリと映っちゃって……!」
「ふむ……確かに、それはまずいですね。下手をすると、公安0課が動きます」
「こっ……!?」


 公安課特異環境対策室暗部。通称、公安0課。
 鬼さんやモチャが所属していた、正真正銘、日本の化け物の巣窟。
 もしそこの人間が動いたら……美空では、止められない。何があっても、この子は処分される。


「ど、どうしたら……!?」
「行きましょう。あそこなら、少しは時間を稼げます」
「……あそこって?」
「下層ボスに入る隠し通路です。常人では入れませんし、公安0課でもパワー特化でないと突破は難しいでしょうから」


 確かにあそこなら、なんとか凌げるだろう。
 とにかく今は、一刻でも早くここを移動しないと。


「鬼さん、この子を連れて行ってあげてください。ウチは必要な荷物とか取りに行きます」
「わかりました」
「……処分なんて考えないでくださいよ」
「しませんよ。他でもない、あなたが護りたいというのなら」


 またこの人は……。
 顔に出そうになったが、すぐに頭を振って少女を鬼さんに渡す。
 が……少女は、美空の服を掴んで離れない。いや服というよりおっぱいにだが。


「ちょっ、そこ引っ張らないで……!」
「んーっ……!」


 どうしても離れたくないのか、力が半端ではない。余程気に入られたか、単に鬼さんが怖いのか。
 鬼さんは苦笑いを浮かべると、「しょうがないですね」と呟いて立ち上がった。


「一緒に行きましょう。荷物は……深雷さんに届けさせますね。彼女なら、女性に必要なものはわかるでしょう」
「……本当にわかると思います? モチャさんですよ?」
「…………念の為、八百音さんにも連絡しておきますか」


 ある意味で、真逆の信頼を得ているモチャだった。

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