ダンジョン警備員 〜ダンジョンの治安を守ってただけなのに、いつの間にか配信されて伝説になってました〜

赤金武蔵

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ダンジョン警備員

第26話 下層ボス

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   ◆◆◆


「さ、最下層……!? そんなっ。てことは、ここボス部屋ってこと……!?」
「しょだね」
「しょだね、て……」


 慌てる八百音に対して、モチャはいつも通り気の抜ける返事をする。
 まさかの事態に、美空は困惑しすぎてリアクションできずにいた。
 横浜ダンジョンの下層ボスと、最下層に通じる門。長年、先人の攻略者たちが捜し求めてきたものが、こんな所にあるなんて。


『おおおおお!』
『これは歴史に残る』
『マジかすげぇ』
『俺たち、歴史の目撃者になれるのか』
『頑張れモチャ、お前なら勝てる!』


 大盛り上がりのコメントだが、1つ気付いたことがある。
 それは……ダンジョンボスに挑む条件だ。


「あの、モチャさん。ダンジョンボスって、この場にいる全員が挑まないと現れないんじゃ……?」
「そう、それが問題にゃんだよねぇ。モチャたちが落下した場所、あそこギリギリでボスの標準圏内でさ。3人がこの広間に入らないと、ボスが現れないんだよ」


 参ったねこりゃ、と肩を竦めるモチャ。
 モチャは強いから問題ないが、美空と八百音にとっては死活問題だ。まだ中層のボスにも挑んでいないのに、いきなり下層のボスなんて勝てるわけがない。


「に、逃げましょうっ。なんとかあの穴を登れば……!」
「無理かな。上層、中層、下層をすべてぶち抜くほど深い穴だよ。登るのは不可能に近い」
「なら助けは……」
「救助隊でも、深すぎる穴からモチャたちを助けるのに何週間……下手すると何ヶ月もかかる。どっちにしろ、死ぬよ」
「そ……んな……」


 今までも何回か、死に直面したことはある。
 だが、ここの死は今までの比にならない。進むも死。進まぬも死。こんなの、絶望以外どう表現すればいいのか。


「助かる方法と言えば、1つ。ダンジョンボスを倒すと、地上に戻るゲートが開かれる。それしかない」

『え……』
『これやばい?』
『やばいなんてもんじゃない』
『通報はしたけど、いつ到着するかわからないって言われた』
『まずあの壁を破壊しないといけないから……』
『俺も通報した』
『私も』
『ど、どうする? 俺たちにできることないのか?』


 通報という言葉に、美空は急いで他の画面を開いた。
 コメント、SNS、スレ、テレビニュース……何もかもが、ここの配信のことで持ち切りだ。
 ニュースでは、自衛隊ダンジョン特殊部隊が向かっているというニュースが流れているが、それもいつ到着するかわからないと言う。
 日本だけじゃなく、世界中がこの配信に注目している。同時視聴者数は、数えるのも馬鹿らしくなるほどの数だ。
 本来なら嬉しいはずなのに、嬉しくない。
 進んで死ぬか。待って死ぬかの前に、数字なんて意味はないのだ。

 絶望の表情を浮かべる2人だが、モチャは1歩前に踏み出して、朗らかに笑い振り返った。


「あーんしんしなって、お2人さん。モチャがぜってー護ってやんよ。……2人は死なせない。モチャに任せなさいな」


 こんなピンチなのにいつも通り笑うモチャに、2人の心は少しだけ軽くなった。
 けど、本当にそれでいいのだろうか。すべてモチャに任せてしまって、許されるのだろうか。


「も、モチャさん……」
「でも……」
「にゃははー。未来ある若人を護るのも、先輩の勤めだからねぃ。……入ったら、柱の影に隠れること。良いな?」


 有無を言わさぬ言葉の圧に、2人は頷くことしかできなかった。


「っし、やったるどー!!」


 気合いっぱいのモチャが、広間に足を踏み入れる。
 まだ恐怖で足が竦む。だけど、ここで何もしないよりマシだ。
 美空と八百音ははぐれないよう、手を繋いで広間へ入っていき──突如、背後の穴が塞がった。まるでここから逃がさないとでも言うように。
 壁沿いに刻まれている溝に青い炎が走り、広間全体を照らす。


「2人とも、隠れてな」
「は、はいっ」
「モチャさん、お願いね……!」


 急いで柱の影に隠れた。ここからじゃ戦いの様子は見えないから、モチャと自分の配信画面を開く。
 開かれた画面には、険しい顔で宙を睨むモチャと、部屋の中央に浮かぶ青白い炎の球体が映し出されていた。


「こいつがボスかな……?」
「わ、わかんないけど……動かないね」


 青白い炎は揺らいでいるだけで、その場から動かない。警戒しているモチャもそれに気付いたのか、トールハンマーを両手で握った。


「動かないなら……ソッコーで決めるッ!!」


 先にモチャが動いた。
 全身に紫電をまとうと、髪も逆立ちトールハンマーも稲光を放出する。
 あれは、美空もよく使う身体強化魔法、《魔法付与エンチャント・フレア》の雷版、《魔法付与エンチャント・カムイ》だ。
 炎属性の身体強化魔法は、破壊力と延焼力が爆発的に上がる。対して雷属性は、破壊力はそこそこだがスピードが段違いだ。

 自身の体に雷を付与したモチャは、体を捩って力を溜めて、溜めて、溜めて……。
 

「フッ──!!」


 超速で、地面を蹴り抜く。
 初速からトップスピード。カメラでも視認できないスピードで白炎に迫ると、溜めた力を解放した。


「《殲滅アナイアレーションの雷鎚・オブ・トール》!!」


 解放した力に推進力が加わったトールハンマーの一点集中の打撃が、白炎を襲う。更に解放された雷が、それぞれ無数の雷の雨となって白炎に降り注がれた。

 防御不能の超攻撃を受け、白炎は大きく揺らぐ。
 この魔法は、モチャが中層ボスを倒した時に使われたものだ。あの時の動画は、美空も鮮明に覚えている。初めての中層ボスへの挑戦だったのに、この一撃で終わったのだ。
 できることなら、モチャもこれで終わらせたいという気持ちがあるのだろうが……険しい顔は変わらない。むしろ、悔しそうに舌打ちした。


「クソッ、硬ェ……!! ッ……!?」


 何かを察し、モチャが慌てて距離を取る。
 直後、モチャのいた場所に炎撃が放たれた。目標を失った炎撃は床に当たり、深く溶かし抉った。
 美空の炎とはえらい違いの威力に、2人はギョッと目を見開く。


「な、なんて破壊力よ……!」
「モチャさん……!」


 一旦距離を取ったモチャが、白炎を睨みつけた。


「今ので手応えがないとか、さすがに初めてだねぃ……!」


 モチャの配信を見ていればわかるが、基本モチャは一撃で魔物を倒す。多くても二撃だが、それでも一撃目で瀕死に追い込み、直ぐに仕留める。
 そんなモチャの……ボスも一撃で屠れる程の威力の攻撃を持ってしても、あの白炎はビクともしない。余りにも、格が違いすぎる。

 白炎は揺らぎ、モチャに向かって無数の炎弾を放った。
 かなりのスピードだが、まだモチャの方が速い。余裕を持って避けきっている。
 避けつつ、モチャも雷球を放つ。
 手数では負けているが、衝突と同時に雷球が弾けて周囲の炎弾を消し飛ばす。おかげでだいぶ動きやすそうだ。
 モチャはトールハンマーを担ぎ、炎弾を縫うように走って再び白炎に接近する。


「湧き上がるは永久とわの雷光──
 導くは地獄の門か、はたまた極限の楽園か──
 汝の罪、堕ちるか逝くか、神のみぞ識る──
 神の玄翁よ、今我らの敵に罰なる鉄槌を──」


 モチャが何かを呟くと、トールハンマーから迸る紫電が、数十を超える魔法陣を形成した。
 白炎を囲う魔法陣が回転し、より強く発光する。
 炎弾のすべてを掻い潜り、トールハンマーを大きく振り上げ……。


「《ラース・オブ・トール》!!」


 振り下ろした。
 同時に、烈しい迅雷が四方八方から白炎を襲う。
 目を開けるのも難しいほどの雷光と、耳をつんざく雷鳴が響き、2人は思わず頭を抱えて身を屈めた。


『詠唱魔法!?』
『マジで!?』
『モチャ、詠唱魔法まで使えるの!?』
『初めて見た……!』
『すげぇ』
『これはガチや』


 本来、簡単に使える魔法は、詠唱を必要としない魔法が多い。
 だがしかし、通常魔法を遥かに超える力を持つ魔法には詠唱があり、それらを総じて詠唱魔法と呼ぶ。
 詠唱魔法は、詠唱を知っていればできるというものではない。
 通常魔法を極め、肉体を極め、心身が極まった者にのみ、脳裏に詠唱が浮かび上がる。そうして、初めて使役できるのだ。
 詠唱魔法を使える攻略者は、世界中を捜しても3桁もいない。
 つまり……モチャの強さは、本物ということだ。

 攻撃が止むまでの数分間が、嘘のように長く感じる。
 我慢することしばし。ようやく収まり、2人は頭を上げた。


「み、美空、大丈夫?」
「う、うん。なんとか……けど……うわ、モチャさんすっご……」


 顔を覗かせると、土煙が晴れた先にモチャが立っていた。
 床や壁や天井は抉れ砕かれ、柱も何本か倒れている。その代わり、白炎の姿はない。どうやら、あの魔法で消し飛んだらしい。
 これが、モチャの持つ最大火力の魔法。とんでもない威力だ。
 が……モチャは険しい顔をして立っている。


「モチャさん、終わったの?」
「勝ったんですよね、モチャさん!」
「……いや──まだっぽい」


 モチャが視線を上に向け、2人も後を追って上を見る。
 と……そこには、膝を抱えて丸まっている、青白い鎧をまとっている騎士が浮いていた。
 メキッ……ミシッ……パキッ……。妙な音を立て、騎士がゆっくりと四肢を伸ばす。
 それは、不思議な生物だった。
 脚は2本。腕は4本。両腰に剣が1本づつ。背中に槍が2本。
 だが胴から伸びる首は2つあり、右側が女の顔。左側が男の顔をしている。


「参ったね……さっきまでやり合ってたの、あれを守る殻だったって訳か」


 モチャがひたいから冷や汗を垂らし、顔をひきつらせる。
 その表情で、察した。
 あれは、さっきの奴より強い、と。

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