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ダンジョン警備員

第5話 お礼

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 場所を移動すると、少し人気のない場所までやって来た。と言っても、完全に人がいない訳ではない。美空の心を気遣ってくれているみたいだ。
 気付いた美空は少し気恥ずかしくなり、コメントを横目に沈黙を貫く。


『話し掛けなよ』
『何のために探しに来たんだ』
『頑張れ、みみみ』
『見てるこっちが気まずいんだが』
『空気が甘酸っぱすぎる』
『俺のみみみだぞ!!』

「ウチは誰のものでもないが?」


 いつものコメント欄に、ようやく少し落ち着けた。
 美空のツッコミに、前を歩いていた警備員が振り返る。


「何かおっしゃいましたか?」
「い、いえ、配信の方でちょっと」
「ああ、そう言えばお客様は、ダンジョン配信者の方でしたね。確か……みみみダンジョンチャンネル、でしたか?」
「そ、そうですっ! 知っていてくださったんですね……!」
「はは。テレビでも特集されていましたから」


 それは暗に、チャンネルの動画は見たことがないと言っているようなものだ。
 だが美空は気付いていないのか、嬉しそうに頬を手で包む。


『チョロい』
『チョロみみ』
『ちょっろ』
『チョロかわ』
『心配になるレベル』
『もっと自分を大切にしてもろて』

「う、うっさい……!」


 自分でもわかっているが、いざ2人きりになると何を話せばいいのかわからない。
 初めは、お礼を兼ねて何か話せればいいと思っていた。
 けど、思ったより言葉が出てこない。こんなことならトークデッキを用意しておくべきだったと後悔する。
 しかし警備員は、そんな美空の気持ちを察してか、柔らかな笑顔で振り向いた。


「落ち着くまで、お散歩しましょうか。何か私に御用があるのですよね?」
「は……はい。も、もう少し、歩いていいですか?」
「ええ、お供しましょう」


 スマートな受け答えと笑顔に、少しだけ緊張が解けた。
 これが年の功なのだろうか。それとも、自分を女ではなく子供としてしか見られてないということなのだろうか。
 確かに、パッと見は親子ほど歳が離れている。彼からしたら、自分は子供なのだろう。
 真相はわからないが、今はそれでいい。


「あ、あの……お名前をお聞きしても?」
「申し訳ありません。職務上、本名をお伝えすることはできないので……そうですね、鬼さんと呼んでもらえれば」
「お兄さん?」
「そうではなく、鬼です。外国語でデーモンやオーガとも呼びますね。昔から、そう呼ばれることが多くて」
「……わかりました」


 こんなに優しく笑う人が、なぜ鬼なのか。
 鬼のように強いからなのか。それとも、本当の性格は鬼のような人なのだろうか……どちらにせよ、鬼さんと呼ぶ以外に、彼を呼ぶ手段がない。


「ウチ……私、美空って言います。美空と呼んでください」
「わかりました、美空さん。しかし、いつもの喋り方でいいですよ。年上とか考えず、気兼ねなく接してください」
「は、はぁ……そ、そうですか?」


 事実、美空もいつも通り話せるなら楽だ。生来の性分もあるからか、畏まるのはあんまり好きではない。


「なら、お言葉に甘えて。鬼さんはダンジョン警備なんですよね? この間はめっちゃ驚きました。すごく強くて」
「私など、まだまだです。もっと強くならねば、お客様をお守りすることなどできません」


 キメラを一撃で屠れる強さを持ちながら、まだ上を目指しているのか。
 あれくらいの強さなら、上層や中層では問題ないと思うのだが。
 聞くと、鬼さんは朗らかに笑った。


「キメラなど、下層でも弱い部類ですから。あれより強く、怖く、恐ろしい魔物はたくさんいますよ」
「……嘘……」
「下層にはダンジョン配信者はほとんどおらず、情報もなかなか出回らないですからね。知られていないのも、無理はありません」


 鬼さんの口調と雰囲気から、嘘は感じられない。彼が言っていることは、本当なのだろう。


『キメラが雑魚とか嘘やろ』
『さすがに嘘すぎる』
『けど鬼さん、キメラを一撃やぞ』
『それが本当なら、魔境だな』
『確かに下層って、ダンジョン配信者はほとんどいない』
『なんでなん??』


 コメント欄もザワついている。
 最後に目についたコメントを、鬼さんに聞いていみることにした。


「下層にはダンジョン配信者が少ない理由、鬼さんは知ってますか?」
「さあ、そこまでは……推測ですが、魔物のレベルの問題ですね」
「レベル?」


 ええ、と鬼さんは頷く。


「配信者の方々は、美空さんのようにドローン型のカメラを使ったり、胴体にカメラを身につけています。ですが下層では、魔物の攻撃力、防御力、スピード、耐久値、攻撃範囲が、中層の倍以上。身につけるタイプのカメラは動きの邪魔になり、ドローン型は範囲攻撃で一撃で粉砕されますから」
「いっ、一撃ですか……!?」


 美空の使っているドローンは、魔物の攻撃では傷一つ付かない超合金を使っている、特別製だ。実際、上層の魔物の攻撃では傷ついたことがない。
 商品説明では、下層でも十分に使えると書いていたが、どうなのだろうか。


「動きの邪魔になるカメラを付ければ、瞬殺される。ドローン型も、目の前をチラつかれて集中できない。その上すぐに破壊される……下層に配信者が少ない理由、おわかりになりましたか?」
「は、はい……」


 自分の身を危険に晒してまで、配信する人はいない。できるのは、自分の力に自信がある勇敢な人か、自分の力を過信している蛮勇な人だろう。


『そそそそそれくらい知ってたし』
『じょ、常識でしょ(目逸らし』
『確かに下層の配信者、バケモンしかいないな』
『あぁ、レビウスとか』
『むしろレビウスしか知らん』
『モチャさん可愛い』
『モチャを推せ』
『今んのところ、その2人くらいか』


 レビウス、モチャ。この2人はDTuberの中でも、人気最上位に位置する2人だ。美空もよく配信を見ている。
 特にモチャは、美空がDTuberを目指したきっかけの人でもある。いつからコラボもしたい。
 なんて考えていると──目の前の分かれ道から、小さい影が3つ、姿を現した。
 あれは、上層によくいる魔物、ゴブリンだ。
 醜く、粗悪な顔と、細くヒョロい体。見た目的に嫌悪感を覚える。


「お、鬼さんっ、ゴブリンです……!」
「ええ、そうですね。どうぞ、私は見ているので」
「え、鬼さんも戦わないんですか?」
「お恥ずかしながら、職務上警備員が魔物に手を出すのはご法度でして」
「でもこの前は……」
「あはは……あの時は危険でしたからね。美空さんを助けるために動いたのですが、上から怒られてしまいました」


 気まずそうに笑う鬼さんに、不覚にもキュンとしてしまった。


『職務を放棄して助けるとかかっけぇ』
『人助けして叱られるとか、大変すぎるだろ』
『上が無能』
『ルールなら仕方ないけど、時と場合によるよな』
『みみみを助けてくれてありがとうございます!!』


 コメント欄も、鬼さんを持ち上げるコメントで盛り上がっていた。
 その通りだ。ルールは守るためにあるが、現場判断もあるだろう。
 もしあそこで鬼さんがルールを守る人なら、自分は死んでいた。


「あ、あの時は、本当にありがとうございますっ。おかげで助かり……」
「その話は、また後ほど。来ますよ」
「ッ……!」


 そうだ、ゴブリンの存在を忘れていた。
 棍棒やボロボロの剣を手に迫るゴブリン。美空も剣を抜き、炎を剣に付与エンチャントした。
 瞬時にゴブリンに近付き、炎剣を振るう。
 一太刀で2体のゴブリンを両断。しかし1体だけ微妙に距離が届かず、剣を振り上げて襲いかかってきた。


「しまっ……!」
「ゲヒャヒャッ! ……ヒャッ?」


 と、ゴブリンが空中で止まっている。
 横を見ると、鬼さんが素知らぬ顔で、人差し指と親指を使いゴブリンの剣先をつまんで止めていた。
 本来、こんな止め方は有り得ない。いくら上層の魔物と言っても、パワーは常人のそれを遥かに凌ぐ。
 一瞬困惑したが、美空はすぐに炎剣を切り返し、最後の1体を斬り伏せた。

 燃え尽き、魔石を落とす3体。
 鬼さんは笑顔で美空に拍手を送った。


「お見事です」
「お見事って……今のは職務違反にならないんですか?」
「はて、なんのことで? 私は戦っていません。私に剣が向かってきたので、止めただけです」


 確かにあの位置は、鬼さんにも攻撃が当たる位置だった。ものは言いようとはこのことだ。


『指先の白刃取り!?』
『【投げ銭:1500円】かっっっっけぇ』
『【投げ銭:300円】スマートすぎる』
『えぐ』
『惚れた』
『【投げ銭:2000円】素敵! 抱いて!』


 大盛り上がりのコメント欄。こんなのを魅せられたら、盛り上がらない訳がない。
 と、思い出した。なんで鬼さんを捜していたのか。あの時のお礼が言いたかったのだ。


「あのっ、この間はありがとうございました! あと、今も! こっ、こちら、つまらないものですが……!」


 カバンに入れていた和菓子詰め合わせの菓子折りを出すと、鬼さんは困ったような顔で笑った。


「いえ、感謝されるようなことは……それに、私も仕事でやったことなので」
「でも、これを受け取ってもらえなきゃ気が収まりません! 今も助けてくれましたしっ、お願いします!」


 菓子折りを差し出し、深々と頭を下げる美空。
 鬼さんの表情はわからないが、本当に困ったような雰囲気を感じていた。
 しかし、ここで下がる訳にはいかない。美空にも維持とプライドがある。筋を通さなければ、気が済まない。
 待つことしばし。鬼さんは仕方ないなぁ、と言うように溜息をつき、菓子折りを受け取った。


「……わかりました。では、ありがたく受け取っておきますね」
「はっ、はい!」


 嬉しい。嬉しい。嬉しい。心がそれで満たされた。
 ただお礼に菓子折りを渡しただけなのに、こんなにも嬉しいなんて思わなかった。


「御用というのは、この事だったのですね。ダンジョンに菓子折りを持ってきた人、初めて見ましたよ」

『ほんそれ』
『鬼さんとはいい酒が飲めそうだ』
『すみません、うちのみみみが』
『この子、ちょっとズレてまして』
『今度きつく言っておきます』

「こら、お前ら……!」
「いえ、皆さんの言う通りですよ。匂いのあるものをダンジョンに持ってくると……ほら」
「え?」


 鬼さんの指さす先を見ると……わらわらわら。大量の魔物がこっちに向かってきていた。


「なっ、な、な……!?」
「魔物は五感が敏感ですから。匂いの少ない食品は許可されてますが、匂いの濃いものはこうなります」
「そうなんですか!?」
「ええ、まあ」


 常識ですが、と言いたげな微笑みに美空は顔を引き攣らせた。


「ご希望であればお逃がししますが、どうされますか?」


 鬼さんの提案に、美空は必死に頷いた。


「お、お願いしますっ」
「畏まりました。それでは、失礼して」
「キャッ」


 いきなり抱き締められた。否、これはお姫様抱っこだ。
 直後──加速。
 魔物たちの頭上を跳ぶ……もとい、翔ぶ勢いでジャンプしたのだ。
 魔物の頭部を足場に、再び加速。
 数十体いた魔物の群れの頭上を飛び越え、たった数秒でピンチを脱したのだった。





『は?』
『は?』
『は?』
『何これ』
『意味わからん』
『人間ってあんな動きすんの?』
『ナニモンだよ、マジで』

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