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十八章 分解した心 (学園編・1)

二百八十話 脳

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「ナルミ、もっと攻めてこい!!」
「は、はぁぁっ!……ぐっ!!?」

 ナルミの不格好な大楯の振り回しに、俺はそれを強く踏んで押し返す。

(…….後ろか。)
「なっ……うっ!?」

 その隙に、後ろから迫ってきていたイルアの足をノールックで引っかけ、転ばせてついでに蹴り飛ばす。そして、相変わらず一撃も与えられない彼らに俺は見下しながら告げる。

「4日目にして……この程度じゃ先は長いぞ? こっちは武器も魔法も使っていない、もっとできることはあるはずだ。」
「そ、そんなこといっても体がまだ慣れないし……何よりイルなんて更に……」
「俺なら…心配、しなくて、いいっ。に、辿り着くには……これでも生温い!」
「……その意気いきだ。」

 特訓開始から4日目、俺は今日もナルミとイルアの相手をしながら、タイミングを見てアーストたちの特訓の様子を確認していた。

 俺が課した課題、リリー=ミラストはサポート役に向いていると思ったので羽と魔法の強化、マルクはまず精霊族と息を合わせるためにリリーのサンドバッグ役、ナルミは大楯の扱いと判断力向上……そして、イルアにはといったものだ。そのための重力トレーニングとなるが……負荷にまだ適応できていないようで、まだまだ動きは成っていなかった。

「そ、そうは言っても……ウルス、この状態で動くコツとかないの? これじゃ飛んでもしちゃうし……」
「ただの重りじゃないからな。グラビティライド……この魔法の効果は知ってるだろ?」
「確か、重力を増やす魔法? だったか……ようは魔法って習ったが……」
「……違うぞ?」
「「え?」」

 ……そういえば、学院でそんな習い方をしたな。あの時は誰に訂正する必要も無かったので言わなかったが……2人にはちゃんと教えておいた方がいいな。

「まず、重力って何か分かるか?」
「えっと……地面に引っ張られる力?」
「簡単に言えばな、じゃあなんで重力が増えたら体重が増えると思う?」
「…………重くなるから? って、答えになってないな……どうしてだ?」
 
 


『えっ………反射? 何で氷に光が当たったら反射するの?』
『……それは…………物に光が当たれば光は反射するだろ? まあ氷は光を透過する量も多いが……ライトの光量なら反射した分でも十分な光の強さが……』
『くっせつ?』



 あの時のローナ然り、この世界の科学などはどうやら前世での中学・高校レベルで留まっているようで、俺の知識レベルですらここでは学者クラスらしい。おそらく『魔法』という便利道具が存在してるため、そちらの研究に力を注がれている影響だと思われるが……にしても、こういう話になるといつも話が 噛 み 合 わ な い 。

『グラビティライド』『ジェット』
「今、俺の剣には通常の約5倍の重力が働いている。重力が増えるということは、地面に引っ張られる力が強くなるということ……つまり、。」
「……うぉっ!? 一瞬で落ちた!?」

 実験として、C・ブレードに重力を上乗せし、軽く宙に浮いてから手を離す。すると、本来の加速度も5倍程度になっているのでそれに沿った速度で地面にぶつかり、軽く突き刺さった。

「中々の切れ味……いや、そういうことか。」
「な、何かわかったのイル?」
「確か、物が落ちる速度は重さが変わってもあまり変化はない……でも、重力が増えるということは地面に引っ張られる力が強くなり、地に伝わる。だから速くなって……でも本当のところ、俺たちの重さ自体は変わっていないんだ。」
「……なるほど?」
(……やはり、肌感がな。)

 俺も完璧に理解しているわけじゃないが、質量と重力の関係性は知っている……しかし、それは積み重なった人類の知恵をつまみ食いした結果であり、基盤がない人間にとっては概念すら受け入れにくいだろう。それをイルアは早くも理解しつつある……教えがいのある人間だ。

「さっきは否定したが、結果的に言えば体重が増えているように見えるだけで、実質的な体重や構造は変わってない。だからこそ、『耐える』というより『慣れる』……より効率的な体の動かし方を探したり、負担の軽減方法を学ぶことができる。普段は意識することもないからな。」
「……力を抜いてもいいのか?」
「もちろん。体を動かすのには脱力が基本だ、エネルギー消費も抑えられるし、しなやかな動きもできる。何でもかんでも力を込めればいいってものじゃない。」
「…………確かに、力のまま動けば反動も大きい。肘も伸ばすより曲げて受け止める方が衝撃を和らげられる……緩急も大切だな。」
「それに、普段と異なる環境ならば脳も働く。『どう動かせばいいのか』って考えられれば思考力も処理能力も付く……体のストレスは脳にも響き、いい刺激になる。」
「この特訓にはそういう意図もあるのか……体と脳の同時処理、それによって判断力も高まるってことだな。そこから選択肢を見出して」
「ちょっとちょっと2人とも、私を置いてかないでよっ!! さっきから何言ってるか全然わかんないぃ!!」

 俺たちが自由に話し合っていたところ、ナルミが我慢の限界を迎えたようで、駄々を捏ねるように喚いてイルアに抱きつく。

「つ、ま、り、どういうこと!?」
「落ち着けナル……要は重力を増やして体を動かし方を知る、おまけにその過程で考える力を付けて、最終的にはウルスの言う『選択肢を増やす』……こういうことだな?」
「ああ。」

 そろそろ再開といったところで、俺は突き刺さった剣を抜き…………

(…………もありだな。)
「……どうかした?」
「いや、なんでも。さあ休憩は終わりだ……かかってこい、2人とも。」

















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「…….ここも無しか。」

 特訓が終わった、その日の夕暮れ。俺は街の外に出て周辺の森や洞窟……奴らが潜んでいそうな場所を手当たり次第に探し回っていた。

(……一昨日と昨日も、手応えはなかった。しかし、この先に……)
「グッ、グラァァァ!! ……ガッ!?」

 元々、街の近くにはほとんど魔物がいないと聞いていたが……4日目にしてやっと森林の奥にオーガがひっそりと佇んでいたので、有無を言わさず胴体へ手を突っ込み、中にある魔力石を引っこ抜き殺す。

「ガッ、ガガッ………」
「…………ハズレか。」

 仮にも生物なのでこの言い草は失礼かもしれないが、お目当ての魔力石ではなかったのでボックス放り投げ、周囲の様子を観察する。

(生き物はあまり居ない……空気もよどんでる。アイツの言葉を借りるなら『異物感』だ。)

 散々当てられたせいか俺も多少鼻が付くようになっており、近づいたことによって一層謎の魔力反応を感じとる。これじゃ感覚が鈍ってしまい、背後を取られやすいが…………


「…………気配は消せないようだな。」
「……ゲッ……グ?」

 俺はテラスを剣に変え、後ろから迫ってきていたキングオーガの首を取る。すると、オーガは自分がやられたことに気付くのが遅れたようで、首なしの体がピクっと震えながら死にゆくようにその場へ倒れ込んだ。また……その体が消えると、魔力石がゴロッと現れる。





『……にしても、思ったよりんだな魔石って。確か、紫とか透明って聞いていたが…………』





「……そろそろ、経過を聞いてもいい頃か。」


 
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