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十八章 分解した心 (学園編・1)
二百七十九話 認められる
しおりを挟む「『アイススフィア』、『フレイム』!!」
「ぐっ……ぐはぁっ!!」
リリーが空から飛んでくる魔法を避けようとするが、身体が思うように動かずもろに喰らってしまう。すると、吹っ飛んでいく僕を見てリリーは心配になったのか攻撃を中断してしまう。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……もっと魔法を撃ってくれ!」
「わ…分かりまし……くっ!?」
「っ、リリー!?」
僕がそう懇願した瞬間、リリーは頭を抑えながらフラフラとした様子で落下してくる。
(もしかして魔力の枯渇か? ……だとしたら危な……!)
「…………まったく、世話が焼けるわね。」
落ちてくるリリーを受け止めようとしたところ、舞台の端からエルサが高速で飛んで彼女を抱え、地面に降り立つ。そして、地面に降ろして手拭いの布で彼女の汗を拭き取り……ため息をついていた。
「ね、姉さん……ありがとうごさいます。」
「はぁ……何がしたいの、あいつは。こんな無茶な特訓したところで負担がでかすぎるのよ。」
「……ですが、確かに強くなっている感覚があります。ステータスを見るのは禁止だと言われましたが……」
ウルス曰く『効果をより実感する』ため、この特訓中の間ステータスを覗くのは禁じられた。また、彼は僕たち4人に個々の課題を出し、今は僕とリリー、ウルスとナルミとイルアの2組に分かれて特訓していたが……その内容はどれもきつく、3日目の今日も食事が通るかどうかといったところだった。
「『枯渇したらとりあえず中断』……だったな。少し休憩にしよう。」
「はい、そうですね……」
「……それも想定内って……何を考えてるのあいつは?」
「……いや、僕に言われても……」
壁を背に2人で休もうとしたところ、エルサが珍しく……というか初めて普通に僕へ話しかけてきた。そんな様子も意外で、なおかつ答えの知らない質問だったので曖昧な返答をしてしまう。
「……分からない。けど、あいつはいつも僕の予想を超える……きっと今回も何か考えてるんだと思う。だから、信じてみる価値はあるんじゃないかな。」
「…………」
「……ふん。」
自分でも純粋すぎる言葉に何とも言えない気分になり、またエルサは気に入らなかったようで踵を返し、苛立ちのまま背を向けた。
「……やっぱり、私はあなたたちとは分かり合えない。リリー……あなたも無理に合わせる必要はないのよ。」
「姉さん、私は……」
「じゃあね、体には気をつけるのよ。」
表情の見えない言葉に、リリーは手を伸ばすが……届くはずもなく、エルサは去っていく。その背中を悲しそうな目で見つめる彼女に……ぼくはますます疑問が浮かんできた。
(……『無理に』。やはり、エルサのようにリリーも……人族に何か思うところがあるのだろうか。)
これまで接してきた感じ、リリーに種族の嫌悪感を抱いている雰囲気は無かったが……心の底では違ったりするのか。となると、リリーは本音を隠すのが上手い…………
「……アーストさん、あなたは不思議な人ですね。」
「…………えっ?」
……と思っていたが…………とても、僕を見つめる優しい表情にそんな黒い感情は映っていなかった。
「……見ての通り、姉さんは人族の方が嫌いです。街中で顔を見れば、今にも罵倒を口にしそうになるくらい……自分から話題を振るなんてもってのほかです。」
「そう……なのか?」
「はい。実際、ウルスさんにはずっと起こりっぱなし……でも、アーストさんに対しては少し違います。」
「違う? ……一緒に見えるけど。」
僕に対しても、最初は不審者扱い……話題といってもただの確認程度で、とてもじゃないが仲良くなったとは思えない。
「……ウルスさんとみんなで戦った時、アーストさんは魔法をぶつけましたよね。あの大きい炎……2回目の時は姉さんが合体魔法を……」
「あれは……言われるがままにやっただけだけどね。連携なんてとても…………」
「姉さんの合体魔法は、あれが初めてでしたよ。」
…………初めて?
「え、君やあの2人も……ないのか?」
「はい。姉さんは元々1人で何でもするので、わざわざ誰かと積極的に手を組むようなことはしません。なので……ちょっと嫉妬しちゃいますね。」
「嫉妬と言われても……嫌われていることに変わりないけどね。」
「それでも、アーストさんのことはある程度認めているようです。それが私は嬉しくて……ありがとうございます。」
(…………)
リリーは本当に思いやりの強く優しい人間のようで、こんな僕にすら純粋な感謝を述べる。また、今まで言われたことのないような発言に、僕はどう返事していいものか分からず押し黙ってしまう。
(……どうして、姉のことで僕に感謝を……むしろ、居心地を悪くさせているのに。)
少なくとも、僕たちが三国会議に参加しなければ彼女たちは平穏に出場できただろうに。やっぱり人が考えていることは……よく分からない。
本音なのか、それとも嘘なのか……何も分からない。
「……少し、聞いてもいいですか?」
「……なにを?」
「アーストさんたちのことです。あのソルセルリー学院から来たとのことですが……一体どうして精霊族の国に? 三国会議に出るなら、あちらでも……」
リリーはそこまで言ったところで、僕の陰鬱な表情を見てか口を止めてしまい……申し訳なさそうに頭を下げた。
「ご、ごめんなさい、詮索されてるようで嫌ですよね、今のは忘れて……」
「いや……どうせ、いつか話さないといけなかったんだ。別に嫌とかじゃない……ただ、情けないってだけだよ。」
「……なさけ、ない?」
……全て洗いざらい話すことは、ウルスにも止められてるし……言いたくない。しかし、いつまでも過去を口にせず逃げるのも駄目だ…………それに……。
「……僕は、向こうではそれなりの貴族で……ソルセルリー学院一年の首席だった。」
「首席……!? それは凄いですね!」
「……まあ、それも最初の半年だけだよ。当時は勘違い……この剣の恩恵を自分の力だと思い込んでいたんだ。」
そう言って僕は自身の武器……片手剣を取り出し、見せた。
「この剣は『ベヒモス』。相手の武器にこれで触れるたびに、ステータスを一時的に奪って自分のものにできる……代々受け継いできた魔法武器だ。」
「なるほど……でも、勘違いって……?」
「……端的に言うと、剣が強かっただけで、僕は何も凄くなかったんだ。」
……自分で言って、何と虚しいことだ。
「結局、この剣に頼りっきりで大した努力もせず……人族で毎年行われる武闘祭で、ある2人……あそこにいるウルスともう1人の男に負けたんだ。」
「武闘祭……聞いたことがあります。有名な祭り事だと……」
「……その負け方も散々で。ステータスを奪いに奪って、その時ウルスとは2倍以上の差をつけたのに……何の焦りもなくひっくり返されて、完膚無きまでに叩きのめされた。」
「に、2倍もの差を……本当に強いのですね、ウルスさんは。」
「ああ……体も心も、異次元だ。」
『だから、それがどうしたって言ってるんだ。お前のステータスが高かろうが低かろうがどうだっていい、興味ない。実際ただ鍛えるだけなら誰でもその境地には立てる。』
……あの言葉は、僕でなくても『頭がおかしい』と一蹴する人間が多いだろう。事実、ステータスは戦いにおいて重要な要因であり、『どうでもいい』なんてことはあり得ないし、誰でもその境地に立てることもない……はずだ。
「あいつは、凄い奴だ。どんな逆境にも臆せず、精神的に誰よりも大人で……だからこそ、あの時の僕は認められなかった。負けたことに癇癪を起こして、怒りと復讐に満ちて……最終的に、僕は関係のない人を傷つけてしまった。」
「……そう、なんですか。」
「…………僕は、もうあの学院に居られない。そんな取り返しようのない罪を背負った僕を、ウルスが引っ張ってきて、色々あって……それで、今ここにいる。だから、『情けない』って感じだよ。」
……自分を下げる……いや、事実を改めて口にするのは本当に屈辱的で……無力感に浸される。首席だった栄光も、何も見えず肩を切っていた過去も全部自分で……それを全否定するのは、やはり辛い。
「……来た理由って言えば、こんな感じかな。答えになってないかもしれないけど……」
「……いえ、ありがとうございます。アーストさんも、色々あったんですね。」
「…………まあ。」
……何も無かったから、起こったに等しいけれども。
「…………」
「…………」
僕のつまらない話になんと返せばいいのか、彼女にどんな話を振ればいいのか……お互い、遠くで特訓をしている彼らを見ながら口を閉じてしまう。それも必然、顔を合わせてまだ数日……そして、未だどちらも隠し事ばかりで何も芯を突こうとしない。そんな関係値に、雑談の華が咲くわけもなく……時間だけが過ぎていく。
「……日も落ちてきたし、僕は特訓仕上げでもしてくるよ。」
「はい、私は……もう少し休んでおきます。姉さんにまた叱られそうなので。」
「……それもそうだ。」
気まずく空気が重くなってきたので、僕は半ば強引に事を作り上げ、思考停止のためその場から離れようとする。
『お前の目標は、三国会議で勝つ……そして『世界』を知ることだ。忘れるな。』
これで……いいんだ。人の数だけ人の世界がある……当然の話だ。僕にできることなんて何もないし、義理だってない……はず。
僕は、罪人だ。他人を変える力もない、自分を変える力もない。やるべきことといえば、これ以上問題を起こさず、ひっそりと………
「……姉さんはっ。」
「……えっ」
……しかし、彼女は僕とは違い……続きの言葉を緊張混じりにも紡いだ。
「姉さんは、昔……人族に心を傷つけられました。その傷はとても深くて…………まだ、許せない気持ちが残っています。それを関係ない人にまでぶつける姉さんは……少し、嫌いです。」
「……そうか。」
「でも。 ……本当は優しい人なんです。困ってる人がいたら見捨てられなくて、誰かのことを常に考えて……だから、その、どうか……姉さんを、見捨てないであげてください。」
振り返ると、魔力の枯渇で辛そうにしながらも深く頭を下げる彼女の姿があって……表情の見えない、顔だった。
(……誰かのことを常に…………)
『……これは、回復魔法……? い、いや勝負はまだ……』
『興が冷めた……これに懲りたら、もうここで変な動きは見せないことね。』
『リリー! ……あなたも覚えてるでしょ!? 人族が私たちに』
…………言葉だけじゃ、とても信じられない。信じられないが……強く否定できる材料も、あるわけじゃない。だったら──
「……むしろ、僕が見捨てられないかどうか……なるべく、認められるように頑張ってみるよ。」
「……! すみません、ありがとうございます……!」
僕の自虐的な言葉に……リリーは申し訳なさそうに笑っていた。
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