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十八章 分解した心 (学園編・1)
二百七十八話 選択肢
しおりを挟む「……蟠り、か。」
翌日……一人先に訓練場に来ていた俺は、そう呟く。
『…………昔、人族の方と色々ありまして。その時に生じた蟠りを姉さんは今も引きずっています。だから、アーストさんたちが悪いわけじゃありません、ごめんなさい。』
妹のリリーの言う、柵の言葉……それは、何も知らない俺から見ても根深く、積年の重みを感じさせるほどの姿だった。何度も何度もぶつかって、それでもキリがなくて……若干の諦めさえあったのだろう。
それほど、エルサの人族嫌いは異常で治せない病い……とても、手出しできるものではない。
「…………どうしようもない。」
……俺は、神の手がかりを探すために精霊族の国に来た。それに、種族ごと嫌われてしまってはどう繕っても醜く見えるものだ。
力でも、言葉でも行動でも示せない…………だったら、現状維持が一番のルートだろう。
『…………そう、かな。私はウルくんのこと……凄い人だって、昔から思ってるよ?』
「…………やめろ。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「私はあんたの指示にも特訓にも従わないから……私は放っておいて、どうぞ勝手に。」
「……ごめんなさい、ウルスさん。」
「構わない……それじゃあ、始めるぞ。」
5人全員が揃い、早速特訓開始……とはならず、変わらない様子のエルサが1人離れてしまう。やはり、昨日の今日で受け入れるものではないんだろうか。
「今回は今から1ヶ月後の三国会議……そこで行われる大会に出場し、勝つことが目標だ。それまでの間、チームとしての完成度を上げていく…………と、行きたいところだがそれ以前の問題だ。」
「個の力ってやつか?」
「ああ。昨日も言ったが、まずお前たちには個としての完成を目指してもらう。しばらくは個人で特訓すると思ってもらっていい……何か質問はあるか?」
「はいはい! そもそも『個の力』って言われてもピンとこないんだけど、そんなにダメだったかな私たちって?」
「ダメダメだな。」
「うへぇっ!?」
バッサリと切り捨てると、ナルミはあざとく舌を出して何故かイルアに抱きつく…………突っ込んでられないな、これは。
「具体的に言えば、技術力や柔軟性、思考力判断力……視野や状況把握能力…………ステータスや他人に依存しない、表せられない力のことを指していると考えろ。」
「ステータスに依存しない……ですか?」
「お前たちのステータスは歳の割にかなり高い……トップクラスだ。だがそれに甘えて動きが短絡的……昨日の場面で例えるなら、挟み撃ちが正にそれだ。」
「全部返り討ちにあった……けど、あれは僕たちの連携が悪かっただけじゃないのか?」
マルクの言葉を、俺は首を横に振って否定する。
「連携に固執しすぎて、その先がない……リリー、お前はあの時『地上と見せかけて空から攻める』という動きを見せたが、その目的は何だった?」
「目的……えぇっと、ウルスさんの不意を突くためと、アーストさんの道を開けるため……です。」
言語化するのが難しかったのか、リリーはコテンと首を傾げながらそう口にする。しかし、その目的はあまりにも過程的で……とても、勝負に使えるような理論ではなかったため、俺は別の価値観を与える。
「不意を突く、道を開けるため……実際は不意も付けてないし、道をわざわざ開けなくてもマルクなら別の方法でしていただろう。悪手だ。」
「い、言い過ぎじゃ?」
「良くも悪くも定石通り、意外性のない……不意打ちの意もあるなら尚更だ。『してくるだろう・そういう手があったのか』……そう思われる程度じゃまだまだだ。」
「…………そこまで言うなら、今一度ちゃんと見せてくれよ。結局言葉だけじゃ理解するのも難しいし……今度は俺と一対一で勝負しないか?」
どうやら俺の口先だけじゃ理解しきれないようで、イルアが試し合いを提案する。
「えっ、でも昨日の今日で勝てないんじゃ……?」
「個人戦と団体戦は違うぞナル……そうだろ、ウルス?」
「……ごもっとも。」
どうせ、誰かを使って説明するつもりだったんだ。案外堅物そうイルアがやる気ならばちょうど良い……もっと分かりやすい形で伝えてみよう。
「よし、じゃあ早速……」
「待て。 ……その前に、ルールを決める。普通にやり合っても意味無いしな。」
「ルール? ……俺に不利なものじゃないよな、ソレって。」
「平等だ、むしろ俺の方が不利と言ってもいい……シンプルに、魔法禁止だ。」
「……そうなると、ウルスさんはあの空を飛ぶ魔法? が使えなくなりますが……」
「問題ない……あと、あらかじめ俺が使う武器は『コレ』に限定しておく。大砲は再現性がないからな。」
「えっ、それって……私の大楯? というかその魔法武器は何なの?」
テラスで大楯を再現したところ、ついにナルミが完全体龍器について詮索してきた。この様子じゃ誰も龍器のオーラ……神器系統の力は感知できないのだろう。ならば、いくらでも誤魔化しはつくな。
「知り合いに作ってもらった特別な魔法武器だ。想像した様々な道具に変化できる……大砲でもなんでもな。」
「それで、大楯と……悪いが恋人の武器なら強味も弱点も全て知っている。残念だったな!」
「イル……!」
「……素敵な男だ。」
皮肉を込めて、俺は盾を肩に背負う。そして、手招きして先手を譲り……イルアに攻撃を仕掛けさせた。
「遠慮なく……はぁっ!!」
「……ふんっ!」
剣を盾で受け止め、鍔迫り合いへ持ち込む。
「大きい盾じゃ、流せず耐えるか離れるだけ……どうする?」
「何故そう思う? 選択肢ならいくらでもある!」
「……えっ!?」
早々に勝ち誇るイルアに対し、俺はわざと盾を構える力を抜いて微妙な距離を後退させる。すると、イルアの重心はその微妙な位置変化に対応できず崩れ、その隙を見て再び押し出し、逆にあちらを離れさせた。
「うっ……がっ!?」
「ど、どんな持ち方!?」
怯んでるのを確認してから距離を詰め、大楯の縁を持ってリーチを伸ばし、剣のように振りかざしてダメージを与える。
「た、盾の持ち方じゃ……んなっ!?」
「持ち方にこだわる意味なんてない。」
続けて、俺はフリスビーのように盾をぶん投げ、イルアの体勢を回復させる時間を与えず、さらに吹っ飛ばす。ここまで来れば後もう一押し……
「イルアさん、武器を手放した今が……!」
「分かってる……はぁっ!!」
(カウンター狙い……当たるわけないが。)
転がっている盾を拾いに行っていると勘違いしたのか、イルアは強引に詰めて俺の体をぶった斬ろうと水平に振るってきたので……わざと転んでやった。
「「「……っ!!?」」」
「はっ、なんぐふっ!!?」
「……これは、オリジナルじゃないけどな。」
転んで剣を避けてから、でんぐり返りで手を地面につけイルアの顎を蹴り飛ばす。そして、仕上げに盾を拾い上げ飛び上がり……盾を蹴りつけて彼に押し付けた。
「がっ……動け、ない……」
「イルっ! ふ、踏むのはダメだよウルス!!」
「勝負にダメもない……まあ、こんなところだな。」
やりたいこともある程度できたので、盾を球に戻して勝負を中断しイルアを立たせる。そして、早速今の戦いについての感想を求めた。
「それで、どうだった? 恋人の武器を把握し切れてたか?」
「うぐっ……いや、全くだった。まさかあんな投げるような真似……ナルならしなかった。」
「そりゃそうだよー! あんなのしたら私が無防備になるし、何よりみんなの邪魔になるじゃん!!」
「……その『邪魔』っていうのは?」
「えぇ? だから、盾が転がってたら……」
「ナルミさん……どうやら、その考えが彼にとって浅はかのようです。」
リリーは俺の意図に気づいたのか、こちらを試すようにそう告げる。それを俺は……五分五分といった返事で返した。
「俺の感覚でいうと、『少ない』だな。ナルミの邪魔っていうのは連携の話だろ? 武器を持てなかったら選択の幅が狭まったり、舞台に不確定要素が転がって……けど、それこそ間違いだ。」
「……??」
「さっきの勝負、俺は当然ナルミの心配事を理解していた……が、投げたことで結果的に俺は体が自由になって体術を使えた。」
「体術? ……でも、それって苦し紛れの……」
「苦し紛れでも何でもない。この試合が始まった時点で考えてあった選択肢に過ぎない……それがダメなんだよ。」
あまり細かいことを指摘していっても埒があかないので、俺は話をまとめに持っていく。
「選択肢……お前たちはその引き出しが圧倒的に少ない。『武器が無くなった・上手く作戦がいかない』、そんなもの勝負の最中でいくらでもあるし、それを悔やむのは不効率……大事なのはそうなった時を常に考慮することだ。」
「……つまり、予想外のことも想定して……」
「それも違う……そもそも、予想外なんか作るな。」
…………今回は個人の特訓ではなく、全体を強くする必要がある。だからこそ、これまで学院で誰かに教えた方法では時間も足りない……なので、短期集中で多少無理にでも鍛え上げるしかない。
「考えろ、自分に何ができるか……そのための基礎的な力と戦術は俺が作ってやる。 ……4人とも、こっちに。」
『グラビティ・ライド』
「魔法? 何の……ぐぉっ!!?」
「か、体が……重い、です……!?」
俺は4人をこちらに呼びつけてそれぞれの肩に手を置き、カーズたちにやってみせたように重力を付加させる。すると彼らは揃って膝をつき、苦しそうに声を洩らす。
「ウ、ウルス……何を……!?」
「今日から約2週間、特訓中は常にその重りを付けてもらう。その間に身体の使い方をしっかり学べ。あと、それぞれ個人メニューを考えてある……精々くたばらないことだ。」
「に、2週間!? そんな、死んじゃうよ……!」
「死なない……さぁ、開始だ。」
泣きそうなナルミたちだったが……心を鬼にして、特訓を始めさせた。
「………………」
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