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十八章 分解した心 (学園編・1)
二百七十話 『追憶・マルク=アースト』 疑心
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僕は、何事においても一番だった。
生まれた時から非凡な才能を持ち、裕福な家柄で何1つ不自由の無い生活の中……悠々と育っていった。
ステータスは常人よりも高く、頭も良く何もしなくても成績は優秀。当然、並の努力はしていたが『頑張った』なんて感じたことは一度もなく、天才…………そう自負していた。
頑張ること、必死になることは弱者の遊戯…………その考えは、最後まで変わることはなかった。
あいつ……ウルスが僕の目の前に現れるまでは。
『そのまんまだ。くだらない理由で人に刃を向けるなら、相応の覚悟をしろってことだ。』
生意気な野郎だ……最初はそう思った。上位でも無い弱者が一丁前に吠えていると、身の丈も分からず的外れなことを言っていると……耳を貸す気はさらさらなかった。
しかし、武闘祭では僕の予想と相反して勝ち上がっていき、次席であるライナですらも倒した時は、流石に手を抜けないと感じた。
『身に余る強さを持とうとする……持つことが、どれほど哀しいものか……………そして、徒に力を振るうことが、どこまで愚かなのか…………お前は、知らなさすぎる。』
僕の力は紛い物……実際の意味は違ったのかもしれないが、彼にそう言われてしまったと思い、『倒すべき人間』へと昇華した。
だが結局、強く変わったカリストと共に僕を打ち負かし、彼らは武闘祭優勝の王冠を手にした。今まで誰にも譲ることのなかったそれを奪われた瞬間……これまでの生き方を否定されたような気がして……何より…………
『当たり前なんだ、能力が……ステータスが人それぞれなことは。誰かが劣っていれば誰かが秀でているなんて……当たり前なことなんだ。』
『逃げるなよ、アースト。ここでお前は俺たちに負ける……そして、現実を知ることになる。その現実が辛かろうが、先が見えなかろうが…………目を逸らすなよ。』
『当たり前』を否定されて、通ってきた逃げ道を無くされて……どうしようもなかったんだ。だって、知らなかったんだ……それを受け入れるなんて、無理なんだ。
だから、傷つけて、壊して……心地よかった。彼が築き上げてきた信頼、仲間を叩きのめせればきっと彼も僕の強さを認める…………それでも、負けてしまったが。
………………僕は、何がしたかったのだろう。何が欲しかったのだろう。何が言いたかったのだろう。
『……守れないから。』
何を、知りたかったのか。
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「代表……それも、精霊族の…………」
ウルスに連れ出され、世界最高峰の試合を見せられた日の夜、僕はハーミア=フレッドから与えられた学園の一室……病棟の軟禁部屋より少しマシなベッドに倒れ込む。硬くない毛布は久しぶりだ…………まあ、実家の方が何倍も寝心地が良いが。
(…………ウルスは何を考えている? 僕に一体、何をさせようと……)
昨日から瞬きもままならない速度で出来事が過ぎ、あまり考えられなかったが……どうやら、僕が学院に通っていた頃とは大きく状況が変わっているらしい。
僕が軟禁された後、赤色の仮面は幽閉され、かき集めた情報を元にウルスと仲間は神と呼ばれる仮面の集団を調査しに行ったそうで、そこでは奴らのボスが現れたり、逆に学院では赤のような色付き仮面が三度目を襲撃を起こしたそうだ。しかし、いずれも奴らの策が上手くいったわけではなく、学院の方は人族の英雄3人が返り討ち、ウルスの方も逃しはしたものの、引き分けといったところで落ち着いたそうだ。
(ドラゴン……龍を倒すなんて、どうなってるんだ?)
20年前、英雄5人がかりでやっとこさ倒せたあの化け物を……彼1人で倒すなんて、普通なら信じられない。
歳は僕と変わらない15、6、背丈も体も特別大きいわけでも、目立った特徴も無い彼が、英雄よりも遥かに強い……物語にしても出来過ぎな話だが、現実はそれを受け入れている。こうなってしまってやっと理解できている僕でも……まだ、夢を見ているようだ。
「……僕は、目を覚ましたのか。」
……いや、そんなわけがない。彼より劣っていると自覚してもまだ、この自尊心は怒りを示し、素直に認めようとしない。この自分で自由に動けず、流れに流されるままの日々も窮屈で…………何より、人を殺そうとした罪が、精神を蝕む。
『何も無いんだよ……叶えても、継いでも、戻らない。人は……かえってこないんだ…………わかってるのか、アーストッ!!!』
「…………今日も、夢を見そうだ。」
また逃げるように、僕はベッドから抜け出して部屋を後にする。
夜の月明かりに照らされるこの学園は、学院よりも小さな規模であるものの相当手入れが届いているのか、歩く吹き抜けの白い廊下には汚れ一つも見当たらず、この国の街並みのように精霊族の綺麗好きが垣間見える。
どちらかというと潔癖気味な僕にとっては有り難く、久しぶりの夜の散歩も捗る……そんな良い気分でもないけれど。
(……ここは、訓練所か。学院と違って離れに無いんだな。)
数分程度歩いていると、この学園の訓練所らしき場所へ辿り着く。そこは今日ウルスたちが戦っていた舞台とほぼ同じような所であり、明日から特訓が始まるかと思うと……なんとも言えないから感じだ。
「……にしても、寒い。この派手な服もしばらくはお別れか。新しい服を頼まなければ…………っ?」
その時……背後から気配を察知する。今まで感じたことのない……殺気…………いや、疑心?
「……っ!」
「んなっ……!!?」
振り返るが先に、背中から何か突き出される風圧を受け、大きく体を翻して回避する。そして、反撃の剣を即座に抜き…………目の前に立つ人物の首元を撫でた。
「な……何者!!?」
すると……そこには黄土色の髪を靡かせ、憎しみの色を目に宿した少女がいた。
僕は、何事においても一番だった。
生まれた時から非凡な才能を持ち、裕福な家柄で何1つ不自由の無い生活の中……悠々と育っていった。
ステータスは常人よりも高く、頭も良く何もしなくても成績は優秀。当然、並の努力はしていたが『頑張った』なんて感じたことは一度もなく、天才…………そう自負していた。
頑張ること、必死になることは弱者の遊戯…………その考えは、最後まで変わることはなかった。
あいつ……ウルスが僕の目の前に現れるまでは。
『そのまんまだ。くだらない理由で人に刃を向けるなら、相応の覚悟をしろってことだ。』
生意気な野郎だ……最初はそう思った。上位でも無い弱者が一丁前に吠えていると、身の丈も分からず的外れなことを言っていると……耳を貸す気はさらさらなかった。
しかし、武闘祭では僕の予想と相反して勝ち上がっていき、次席であるライナですらも倒した時は、流石に手を抜けないと感じた。
『身に余る強さを持とうとする……持つことが、どれほど哀しいものか……………そして、徒に力を振るうことが、どこまで愚かなのか…………お前は、知らなさすぎる。』
僕の力は紛い物……実際の意味は違ったのかもしれないが、彼にそう言われてしまったと思い、『倒すべき人間』へと昇華した。
だが結局、強く変わったカリストと共に僕を打ち負かし、彼らは武闘祭優勝の王冠を手にした。今まで誰にも譲ることのなかったそれを奪われた瞬間……これまでの生き方を否定されたような気がして……何より…………
『当たり前なんだ、能力が……ステータスが人それぞれなことは。誰かが劣っていれば誰かが秀でているなんて……当たり前なことなんだ。』
『逃げるなよ、アースト。ここでお前は俺たちに負ける……そして、現実を知ることになる。その現実が辛かろうが、先が見えなかろうが…………目を逸らすなよ。』
『当たり前』を否定されて、通ってきた逃げ道を無くされて……どうしようもなかったんだ。だって、知らなかったんだ……それを受け入れるなんて、無理なんだ。
だから、傷つけて、壊して……心地よかった。彼が築き上げてきた信頼、仲間を叩きのめせればきっと彼も僕の強さを認める…………それでも、負けてしまったが。
………………僕は、何がしたかったのだろう。何が欲しかったのだろう。何が言いたかったのだろう。
『……守れないから。』
何を、知りたかったのか。
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「代表……それも、精霊族の…………」
ウルスに連れ出され、世界最高峰の試合を見せられた日の夜、僕はハーミア=フレッドから与えられた学園の一室……病棟の軟禁部屋より少しマシなベッドに倒れ込む。硬くない毛布は久しぶりだ…………まあ、実家の方が何倍も寝心地が良いが。
(…………ウルスは何を考えている? 僕に一体、何をさせようと……)
昨日から瞬きもままならない速度で出来事が過ぎ、あまり考えられなかったが……どうやら、僕が学院に通っていた頃とは大きく状況が変わっているらしい。
僕が軟禁された後、赤色の仮面は幽閉され、かき集めた情報を元にウルスと仲間は神と呼ばれる仮面の集団を調査しに行ったそうで、そこでは奴らのボスが現れたり、逆に学院では赤のような色付き仮面が三度目を襲撃を起こしたそうだ。しかし、いずれも奴らの策が上手くいったわけではなく、学院の方は人族の英雄3人が返り討ち、ウルスの方も逃しはしたものの、引き分けといったところで落ち着いたそうだ。
(ドラゴン……龍を倒すなんて、どうなってるんだ?)
20年前、英雄5人がかりでやっとこさ倒せたあの化け物を……彼1人で倒すなんて、普通なら信じられない。
歳は僕と変わらない15、6、背丈も体も特別大きいわけでも、目立った特徴も無い彼が、英雄よりも遥かに強い……物語にしても出来過ぎな話だが、現実はそれを受け入れている。こうなってしまってやっと理解できている僕でも……まだ、夢を見ているようだ。
「……僕は、目を覚ましたのか。」
……いや、そんなわけがない。彼より劣っていると自覚してもまだ、この自尊心は怒りを示し、素直に認めようとしない。この自分で自由に動けず、流れに流されるままの日々も窮屈で…………何より、人を殺そうとした罪が、精神を蝕む。
『何も無いんだよ……叶えても、継いでも、戻らない。人は……かえってこないんだ…………わかってるのか、アーストッ!!!』
「…………今日も、夢を見そうだ。」
また逃げるように、僕はベッドから抜け出して部屋を後にする。
夜の月明かりに照らされるこの学園は、学院よりも小さな規模であるものの相当手入れが届いているのか、歩く吹き抜けの白い廊下には汚れ一つも見当たらず、この国の街並みのように精霊族の綺麗好きが垣間見える。
どちらかというと潔癖気味な僕にとっては有り難く、久しぶりの夜の散歩も捗る……そんな良い気分でもないけれど。
(……ここは、訓練所か。学院と違って離れに無いんだな。)
数分程度歩いていると、この学園の訓練所らしき場所へ辿り着く。そこは今日ウルスたちが戦っていた舞台とほぼ同じような所であり、明日から特訓が始まるかと思うと……なんとも言えないから感じだ。
「……にしても、寒い。この派手な服もしばらくはお別れか。新しい服を頼まなければ…………っ?」
その時……背後から気配を察知する。今まで感じたことのない……殺気…………いや、疑心?
「……っ!」
「んなっ……!!?」
振り返るが先に、背中から何か突き出される風圧を受け、大きく体を翻して回避する。そして、反撃の剣を即座に抜き…………目の前に立つ人物の首元を撫でた。
「な……何者!!?」
すると……そこには黄土色の髪を靡かせ、憎しみの色を目に宿した少女がいた。
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