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十五章 息吹く気持ち 『face』(冬の大会編)
二百六話 証明
しおりを挟む「……それじゃあ、俺はそろそろ行ってくる。」
「行ってらっしゃいっすー」
「……頑張ってね、ウルスくん。」
「…………ああ。」
ニイダとミルにエールを送られ、俺は決勝に向けて外で体を動かしに出かける。また、試合まではまだ少し時間があったため、ついでに軽く作戦を考えようとしたところ……後ろから声をかけられた。
「…………ウルス。」
「……フィアか、どうした?」
振り返るとそこには、どこか悲しげな表情を浮かべたフィアが立っており、彼女は腕に手を当ててこちらへ近づいて来た。
「……負けちゃった。ウルスと戦うこともなく……ごめんなさい。」
「……何で謝るんだ、お前は全力で頑張ったんだろ? その上で負けたのなら、何も恥じることはない。」
「でも……せっかくウルスと組むのに……こんな結果じゃ、足手まといに…………」
「だから……謝るなって。」
「あぅ……!?」
自分を卑下する彼女のおでこを軽くデコピンし、情けない声とともに顔を上げさせる。その目は申し訳なさそうに潤わせ、こちらを見上げていた。
「……俺は、勝ちたいからお前と組むんじゃない。お前と勝つために、一緒に戦うんだ。」
「…………?」
「お前は、俺のことを特別扱いしてる……のかは知らないが、もしそうならそれはもう止めろ。俺とお前……そして、お前とみんなは対等なんだ。優劣のある関係なんてすぐに崩れるから。」
「……………」
人間関係なんて、そんなものだ。上下を決めつけるような浅い関係性はすぐに淘汰され、最終的に残るのはいつも平凡な、何気ないもの。
「俺にだって、できないことはたくさんある。料理に裁縫に……服とかそういうお洒落にも疎い。だから、そんな奴に謝るな。」
「…………ごめん。」
「だから謝るなって。」
「うぁっ……!?」
言った直後に謝った彼女の頭をチャップし、咎める。そして、今度はどこか恨めしそうにこちらを見つめる目に、少し俺は笑ってしまう。
「それでいい、やられたらやり返すものだ。」
「な、なら……えい……え?」
「……だが、受けてやるとは言ってないだろ?」
「……むっ…………」
攻撃性のカケラもない拳を誘導させてから、俺は堂々と避けてやった。すると、彼女はそれにイラッと来たのか続け様にあれやこれやと攻撃を仕掛けてくる。もちろん当たってやる義理もないので、俺は次々にそれらを避けていく。
「………ふんっ!」
「うぉ……頭突きとは、あの時のま……?」
腹に頭突きを食らい、らしくない一撃に驚いていると……不意に、フィアがそのまま服を掴み、こちらへ体を預けた。
そんな動作に疑問を浮かべたまま……俺は何故か、動けなかった。
「……ねぇ、ウルス。お願いしてもいい?」
「お願い?」
「…………決勝戦、『ボコボコ』にしてきてね。してくれたら……晴れるかも。」
『ど…どうした急に?』
『…もし、大会でカリストと当たったら……ボコボコにして。それなら、私も気が晴れる。』
『き、気が晴れる……』
「…………分かった、ボコボコにしてくるよ。」
「……うん!」
俺の返答に、彼女は元気に顔を晴らす。
「…………」
その笑顔に…………少しずつ、慣れていた。
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「……やっと決勝か。短いようで……長かった。」
控室の中で、俺はほんやり天井を眺めていた。
冬の寒さにも関わらず熱る体を冷やすため、上半身を脱いでずっと同じ姿勢を取っていたが……変わらず、熱さを感じる。らしくもなく興奮してるってことだろう。
(…………最初は、全く歯が立たなかった。夏で死に物狂いに特訓して、やっと引き分け……しかし、それでもアイツの領域には踏み入れていない。)
世界最強の男だ……たった数ヶ月鍛えたところで追いつけるはずもない。それに、ステータスはほとんど変わっていないにも関わらず、アイツ自身もここでどんどん強くなっている。そんな奴にどこまで食らいつけるか…………
「…………違うだろ、俺は…………」
「あっ、いたいた……って、えぇっ!? 何で脱いでるの!?」
「…………何しに来た、お前。」
独り言をかき消すように、突如として扉が開かれ……俺の姿を見たマグアは大袈裟に声を荒げる。というかノックくらいしろよ……
「へ、変態!! ろしゅつま!!」
「お前が勝手に入って来たんだろが。大体、男の肌を見たくらいで慌てすぎだろ、初心かよ。」
「い、いいから服着てよ、話ができないじゃん!」
(めんどくせぇ……)
…………ていうかこいつ、自分の体のことは散々言ってくる癖に……本当、頭のおかしい奴だ。
「…………で、何だよ。決勝の前に世間話なんてする気はないぞ。」
「せ、世間話じゃないって…………ほら、『約束』のこと。僕とタールが組む条件の……」
「約束……」
『というわけで、もし僕が個人戦の方で優勝したら組んでよ!』
「…………あぁ。」
「思い出してくれた? ……まあ、結局タールくんと戦うことなく負けちゃったけど。」
『あはは』と笑うマグアだったが、その表情は誰がどう見ても分かるほどにしょんぼりとしたものであり、その証拠として不安げにひたすら指を遊ばせていた。
「……で、『負けたけど組んで』って話か?」
「ううん……約束だし、今回は組まなくていいよ。」
「…………は? やけにしおらしいな、頭でも打ったか?」
「ぼ、僕をなんだと思ってるの?」
俺のツッコミにマグアは頬を膨らませる。だがそれもすぐに収まり、似合わない暗い顔を見せてくる。
「……とにかく、あんな啖呵切っといてあれだけど、他の人と組んでね。 ……まあ、多分みんな大体相手は見つけてるだろうし、タールくんのことだしもともと出る予定なかったんでしょ? なら丁度良かったと思うし…………あっ、邪魔してごめんね。もう行くから……応援してるよ。」
(…………ちっ。)
タラタラと能書きを垂れるマグアに、心の中で舌打ちをしながら……俺は、出て行こうとする背中を見届け…………
『えぇ、そうかな~? 僕はタールくんと組めて楽しめたし、実りはあったと思うよ?』
「……おい、待て。」
「…………え?」
俺は、力無く振られていたマグアの腕を掴む。そして、強制的にこちらへと顔を向けさせ……問い詰める。
「お前、フィーリィアに勝った時……笑ってただろ。それも……あいつの悔しそうな顔を見て。」
「え、あ……」
「…………何を考えてた? お前は……楽しんでいたのか。」
「……………………。」
手を離し、その答えを待つ。マグアの目は泳いでおり、なんとも言えない表情で固まっていたが……やがて、その口を恐るおそる開いた。
「…………楽しくは、なかったよ。でも……『戦う』って、そういうことなんだなって…………どう思えばいいか分からなくて、笑っちゃった。」
「…………誤魔化すためにか?」
「そんなんじゃ…………僕は今まで、勝負は『楽しむもの』であって、『強くなる』とかはあんまり興味が無かった。それで、ここに来て……みんなと僕は違うんだなって、ちょっと思ってた。」
……当然の話だ。このソルセルリー学院は自己を鍛えるための場所であり、特に俺たちみたいにウルスを知っている者はとてもじゃないが、お気楽な気持ちにはなれない。
ましてや、ここに来てたった数ヶ月のマグアがそんな環境に慣れるのか……難しいだろう。
「……なのに、色々……みんなに自分本位なことばっかりしてて、邪魔しちゃってたかなぁ……なんて。」
(…………なんだ、その考え方。)
「…………まあ、そんなところ。もういいかな?」
…………………それは、都合の良い考え方だろうが。
「……何が『いい』んだ? 勝手に幻滅して、迷って……答えも出さずに逃げるのか?」
「…………だから、そういうのじゃ……」
「その言い方は『逃げ』なんだよ。俺が、本当に的外れなことを言ってるならはっきり言えよ、『違う』って。」
「う…………」
言葉に詰まるマグアに容赦はせず、ズカズカと言い放ち続ける。
「今まで散々、俺を振り回しておいて……曖昧な考えで終わらせようとするなら、ぶっ飛ばすぞ。」
「……そ、そんなこと言われても…………」
「決めろ。お前はここで『強くなりたい』のか、『楽しみたい』のか……それとも、別の何か。何でも良い、答えを出せ。」
「……答え…………」
……なんで、俺がこんなことをこいつに言ってるのか…………何故、こいつを強引にでも引き離そうとしないのか……癪だが少し解ってきた。
『……お前は言ったな、俺が負けたことに何も感じていないなら『そこまでだ』って。』
『……ああ、言ったな。』
『…………その言葉を言われた瞬間、俺はそれこそ感じてしまったんだよ。『勝負に負けたんじゃない、お前に負けた』……そう、思っちまった!!』
似ているとか……そんな感じだろう。今までの環境をひっくり返され、動揺と困惑の最中で答えを見つける……それは、凄く難しいものだ。
俺のように、何とか道を見つけた人間もいれば、アーストのように地に堕ちた奴もいる。それを示そうとした人物はどちらも同じであったが……結局、人によるのだろう。
(……こいつも、今はその段階。別に何かしてやる義理も道理もない…………ないが……それじゃ、俺が納得できない。)
「…………もし、今この場で出せないなら……俺が導いてやる。」
「…………えっ?」
「決勝戦……お前に、『証明』してやる。強くなること、勝つこと……その本当の意味を。」
…………そう、証明だ。
マグアに……そして、ウルスに…………この俺の全てを。
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気温は下がり気味で、快晴だった空模様も徐々に橙色へと染め上げられていた。
しかし、熱気は時が流れるほどに上がっていき……ここに来て、最高潮に膨れ上がっていた。
『それでは、冬の大会1年の部本戦、決勝を開始します! まず左手からは第十一席、ウルス!』
「まさか、あいつが決勝にまで……いや、でも妥当と言えばそうなのか?」
「確かに、武闘祭じゃ元主席も倒してたし……夏の大会じゃ決勝相手を完封してたとかなんとか。これは一方的な試合になりそうじゃない?」
「空を飛んで、意味の分からない動きをして……ほんと、謎だらけな奴だな。」
(……好き勝手言ってるな。)
観客席から聞こえる歓声と疑問を耳に入れながら、俺は舞台に立つ。そこには夏の大会の時よりも多くの見物人が居座っており、それほどにこの試合の期待度が見て取れた。
『対するは、右手から首席、タール=カリスト! 今決勝はこの2人によって行われます!!』
「そういえば、タール=カリストって武闘祭が終わってから急に入れ替わるように首席になったよな? それってなんかおかしくなかったか?」
「そうかな? でも実際、今回の大会じゃ準々決勝まで10秒もかからずに勝ったらしいし、結果的に納得の順位じゃないの?」
「じゅ、10秒……本当に同じ学年とは思えねぇ…………」
「…………うるせぇな……」
紹介とともに、向こう側から気だるそうな表情をしたカリストが現れる。だが、その姿から放たれるオーラは夏の頃とは比べられないほどに大きく、圧倒的な何かを感じさせるほどだった。
また、お互い見合う中…………不意に、カリストがこちらの目を見て鼻で笑った。
「……俺が、ここまで昇り詰めた理由…お前に分かるか?」
「『俺が発破をかけたから』……そう言えばいいか?」
「くくっ……それはキッカケだ。キッカケだけで人間は強くなれるとでも思ってんのか、お前は。」
「…………人によるんじゃないか。」
濁らせた返答に、カリストは上機嫌に笑い続ける。
「テメェはそうだとしても、俺は違う……高尚な人間じゃないからな。誰かのため、平和のため……そんなものは何一つ持ち得ない。俺にあるのは、『自分のため』だけだ。」
「……俺だって同じだ。」
「かもな……そして、この試合も俺のために戦う。お前を超えると決めたその日から、強さを磨き続けた結晶……それを今、証明するために。」
握られた力拳からは、それまで積み上げてきた努力と苦悩が見て取れた。また…………その裏に隠されている、俺の知り得ない想いも一緒に。
(…………『覚悟』……だったか。)
『俺の……俺の目標は、『お前を超える』ことだ。そのために俺は…………もっと、もっと強くなる。精々……覚悟するんだな、クズ野郎。』
……俺は、できてないだろうな。
「証明か……なら、俺もしてやる。」
「へぇ、何をしてくれるんだ?」
「…………最強をだ。」
剣をカリストへ向け、腰を低くしてから空いている手を心臓に当てる。すると、あっちも同じ大剣を貸し深く構えた。
『……それでは、決勝戦を開始します。』
その一言で、場は途端に静まり返るが…………それとは引き換えに、俺たちに走る緊迫感はますます高まっていく。そして…………始まりとともに、一気に弾け飛んだ。
『試合…………始めっ!!!』
「………………」
「………………」
……だが、お互いに動くことはなく、時が流れていく。その時間が長かったのか、次第に観客席から困惑の声が聞こえてくるが……特に俺たちは反応せず、やがてカリストが何故か剣を鞘に収めた。
「…………なぁ、ウルス。せっかくの決勝だ、景気良く始めねぇか?」
「なんだ急に……らしくないな。」
「別にいいだろ、こっちだって気合い入れたいんだよ。」
「……なら、準決勝で見せた魔法でもぶつけてこい。それをゴング代わりにしよう。」
「……ああ、だが後悔するなよ……これで試合が終わっても!!」
そう言って飛び出してきたカリストと共に、俺も一歩下がってからジェットを発動し、推進力を回転に変えていく。そして、その回転を一撃に込めるよう足を構える。また、カリストは一度高く飛び上がって、その脚を橙色に輝かせ…………
「……潰せ、『爆脚』!」
「翔べ、『ジェット』」
火花が、空気を裂いた。
応援ありがとうございます!
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