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十五章 息吹く気持ち 『face』(冬の大会編)
百九十一話 スタート
しおりを挟む「…………来たな。」
指ぬきグローブと、寒さ対策のためにコートの首元だけを軽く閉める。そして、自分が戦う予選会場の場所へと向かっていく。
(…………夏の頃は、負ける前提だったが……今回は違う。)
そう、わざわざ勝つ演出も、負けるための布石もいらない……ただ、頂点を目指すためだけの戦い。何だかんだ、そんな戦いをするのは初めてかも知れないな。
「……予選ブロックは……1人だけ厄介だな。」
ただ、さすがに前回のように全員知り合いといった状況にはなっていない。おそらく、その人物と1位争いをすることになるだろうが…………やることは変わらない。
「…………ウルくんはここなんだね。」
「…………なんで、ここに居るんだ……ラナ。」
「時間はまだあるからね……ちょっと、いいかな?」
会場の前で佇んでいると、不意に後ろから声が聞こえてくる。違う会場であるはずの彼女へ振り返ると、そこにはいつもとは雰囲気も目も違うラナの姿があった。
また、腰には両手剣ではなく……龍から授かった例の刀がかかっていた。
「……もし、今回ウルくんと戦って……私が勝ったら、聞いてほしいことがあるの。」
「………………奇遇だな、俺も……ラナには話さないといけないことがある。」
「……! ……そう、なら……勝った方が自分の話をする。それでいいかな?」
「…………ああ。」
その提案を飲むと、ラナは静かに笑ってこの場を去って行った。
『……………彼が、ウルくんのことが好きだから……だよ。』
「…………ずるいよな、本当に。」
………………死ぬんだよ、“ 孤独 " にねっ!』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「正直、どっちも本戦に行けるから負けてもいいけど……1回くらいはウルスくんに勝ってみたいよね。」
「……それは無理な相談だな。」
予選はあっという間に進んでいき、いよいよ最後の勝負となった。そして、その最後の相手は…………ミルだった。
「色々経験したからかな、他の人の動きがゆっくりに見えてた……強くなったことを実感できるのはいいね。」
「ああ……だが、上には上が居る。久しぶりに稽古をつけてやろう。」
「ふふっ、これは勝負だよ? それに……これも、解禁させてもらうよ!」
お互いが睨み合う中、ミルは普段のレイピアをボックスにしまい……代わりに神器でもあるアステールを取り出した。
そんな突拍子のない行動に、俺は一応釘を刺しておく。
「おい、神器はここじゃ使わないって約束だっただろ?」
「えー、でもウルスくん相手だったら神器がないと勝てないし……それに、大丈夫だって! 普通の人は遠くからじゃアステールが神器だって気づかないから!!」
「……まあ……だが、使う相手は選べよ。ミルの神器は特に反則級レベルだからな、下手をすれば勝負にならない。」
「へへっ、ならウルスくんも使っていいんだよ?」
ミルは無邪気に笑いながら、アステールを鞘から抜いて光を反射させる。
アステール。蒼く透明に輝く神秘的なレイピアで、その神器魔法は『自身以外の魔法を全て無効化する霧を出す』といった、正直チートと言わざるを得ない最強神器だ。
幸い、ミルの神器はまだ完全体になっていないからか、昔の時のように隙をつけばいくらでも勝てる見込みはあるが……それでも、こちらの魔法が実質無効化されるだけで厄介極まりない。
(本当、ふざけた能力だ……)
『それでは、1年の部・第3グループの最終試合、ウルス対ミルの試合を開始します。』
試合進行が圧倒的に速く、今回は観客もほとんどゼロだったが……それでも見ている人間はいる。いつも通りステータスを調整しながら勝つことに変わりはない…………
『用意……始め!!!』
「いくぞ、ミル!!」
「早速だねっ……アステール!!」
開始の合図が聞こえた瞬間、俺はいち早く飛び出しミルとの距離を詰めていく。それに対し彼女は予想通り蒼い霧を周囲に撒いて魔法を封じてきた。
「『水紋』!!」
(……最上級、ホーミングが厄介だな。)
霧の中から3枚の水の皿が飛んできて、俺は一度体を翻して避けるが……水紋の性質上、Uターンしてこちらへと返ってきた。
水紋は発動者の意志に従うのはもちろん、何もしなくても自動的に対象者を追うといった、威力も高く最上級の中でも優れた性能を持っているので多用する人も少なくない。それに加え、ミルのレベルでまともに食らうことはできない…………まずは破壊だ。
「はぁっ!!」
C・ブレードを抜き、3枚全てを斬り伏せていく。そして、霧を軽く払いながらミルの姿を確認するが…………いつの間にか、直線上から彼女は消えていた。
(……魔力感知も、この中じゃ微妙に掻き乱される。下手に感知するくらいなら…………)
「…………えっ!!?」
俺は立ち止まり、魔力感知を切って代わりに周囲の物理的反応に全神経を注いだ。その結果、すぐそばにまで近づいてきていたミルの腕を掴むことに成功した。
「な、なんでバレて……うわっ、引っ張らないでよっ!!?」
「勝負中に何言ってるんだ……これは盗らせてもらう。」
「えっ、そ、そんなことはさせない……うぉっーー!!」
(っ、完全に全力じゃないか……!?)
そのままアステールの柄を握り、ミルから奪い取ろうとしたが……急なことだったのか、彼女はお構いなしにステータス全開でそれを防ごうとしてきた。こっちは抑えているというのに…………別に構わないが。
「……力みすぎだ、だから……こうなる。」
「……うぇ、ちょ急に力を……くぁっ!!??」
その強引な力を俺は逆手に取り、一瞬掴む力を最小限にまで下げた。すると当然ミルの方へ俺の体とアステールは引っ張られていき、それと同時にミルの体は引き寄せていた反動で重心が後ろへと傾いた。
そんな体重移動を俺は見逃さず、彼女の足元を引っ掛けて転がし……宙に浮いている間に鉄山靠で吹き飛ばした。
「うっ……また魔力防壁を貫通した技……って、あぁ!!?」
「使わせてもらうぞ……散れ、アステール!!」
吹き飛ばし、おまけに手に入れたアステールの神器魔法を発動し……俺の周りに蒼い霧を噴出させた。その瞬間、ミルが出していた霧は入れ替わるように消えていく。
「どろぼー!! 私の武器なんだよっ!!?」
「こんな無茶苦茶な武器を振り回していたら、奪われるに決まってる……プレゼントしてくれてありがとうな。」
「そ……そんなので感謝されても嬉しくないよ!? もう、なら奪い返すだけっ!!!」
頭の中にはアステールのことしかないのか、ミルはそのまま何も持たずに突進してくる。また、その速さも本来のステータス並みのもので、すっかり隠すことを忘れているようだった。
(……霧があまり出てこない。龍器とは違い、神器は進化前なら誰でも扱えると聞いていたが……やはり適性があるのだろうか。)
昔、確か師匠がこの神器を上手く扱えなかったと言っていた。ということは、実際には龍器と同じように、既にこの時から使用者を選んでいる…………まあ、今そんなこと考えている暇はない。
「はぁっ!! ……!?」
「見えてるよ……うらっ!」
「くっ…………!」
俺はそのまま霧を出しながら二刀流で斬りかかるが、ミルはそれをギリギリのところで躱していき、俺の背後に回ってから背中をはたいてきた。
「…………!」
拳ではなかったのでダメージは大したことなかったが、その動きのキレは非常に目を張るものがあり、このまま剣で攻撃しても当たらないと判断した俺は距離を大きく取った。
「……意外な長所だ、集団戦には向いてるかもな。」
「…………それは素直に受け取っておくよ……でも、もうそろそろ返してもらうよ、『業火の舞』!!」
(……っ、これは……)
ミルが魔法を放つ素振りを見せたので、すかさず霧を体に纏わせたが……それが起用することはなかった。何故ならば……その魔法陣は、背中から出ていたからだ。
「はたかれた時に……ぐはぁっ!」
「直接当てたらアステールも意味ないからね……返してもらうよっ!!」
背中から直に炎を当てられてしまい、すかさず霧で掻き消すが……その頃には既にミルが目の前にまで迫ってきていた。また、攻撃を受けたばかりで体勢も不十分……このままじゃ取られるな。
(…………なら、返すまでだ。)
「ほらよ。」
「うぇっ、また変な……でもこれで………!!」
俺はわざとらしくミルへアステールを放り投げる。そんな奇怪な行動に彼女は一瞬訝しむが、結局はそれを手に取ろうとするが…………それが、命取りとなった。
「『バインドチェーン』」
「……なっ、あれ!? 鎖が……動けない!??」
今度はこっちが仕掛けていた魔法を発動させ、彼女の体から魔法陣が現れ……そこから数本の鎖が飛び出してくる。
その鎖たちは瞬く間に体を地面と結びつけ……完全にミルの動きを封じてしまった。
「い、いつの間に……!!?」
「最初に腕を掴んだ時だ……自分の策が上手くいって失念してたな。」
「っ……!」
アステールはミルの手に渡ることなく、地面を転がっていく。そして、自身の武器に注目がいっている間に俺は紫風の球を作り出し……放った。
『風神・一式』
「ま、まず……ぐはぁぁっ!!!?」
ミルは鎖に縛られ焦ったのか、何もできずに魔法を受けてしまい、あっという間に魔力防壁を壊されていっていた。
『そこまで! 勝者はウルス!!』
「……はぁ……負けちゃった。まさかアステールにここまで振り回されるとは……」
「前の時もそうだったが、神器に頼りすぎだ……ほら、これ。」
試合が終わり、ため息混じりに悔しがっているミルに武器を返しながら、俺は彼女の手を引っ張って立たせる。
「ありがとう、ウルスくん……私もまだまだだね。」
「……大会はまだこれからだ。次こそ、もっと自分の力を見せてくれ。」
「……うん!」
…………スタートは、まずまずか。
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