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十四章 失った者たちに

百七十九話 痼り

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「…………ルリアさん。」
「……誰?」

 言い合いの最中、突如としてそんな呑気な声が入口から聞こえてきた。その主はトレードマークでもある、赤い鉢巻きを頭に付けたルリ=ミカヅキだった。
 ルリアは俺の顔を見て、続けてハートの顔を確認した途端……絶句した様子でその場に立ち尽くした。

「え……フラン=ハートさん? じゃあお前、今……えぇ!?」
「…………成り行きですよ。」
「な、成り行き……相変わらず数奇すうきな奴だな、何がどうなったら学院一の人と戦うことになるんだ??」
「……それもそうですね。」

 ルリアのツッコミに俺は対応しながらも、まだ勝負が終わっていないので彼女の様子をこっそり確認する。すると……何故かハートは戦闘態勢を解除し、普段のぼんやりとした雰囲気に戻っていた。

「……どうかしましたか?」
「…………邪魔が入ったから、終わり。」
「えっ、邪魔でしたか? なら私は出て……」
「もう、いい。暇は十分潰せたし。」

 人がいると集中できないのか、それとも他の理由があったのか……ハートはそう言って早々にここから帰ろうと足を踏み出す。そして、俺の横を通り過ぎた直後…………彼女は言った。




「…………なんか、?」
「………………が、ですか。」
「…………さぁ、ただ……愚痴ぐちられてる気がしただけ。」
「……………。」

 
 …………あながち、間違ってないのかもしれない。


「……もし、まだ私と戦う意思があるなら…………今度は、『冬の大会』で。」
「…………はい。」

 それを言い残し、今度こそハートはここから去った。また、それと入れ替わるようにルリアがこちらへと近づいてやや興奮気味に話しかけてくる。

「ど、どうだったんだ? 私はあの人と直接戦ったことはないんだが……やっぱり強かったか?」
「…………そうですね、少なくとも……弱くはなかったです。」
『剣』

 俺は手に掴んでいたC・ブレードを実体化させ、さっきまでの戦いを振り返る。


『……状況が読めないの? し、そんなのも……』



 ……少なくとも、ハートは透明化していた剣を再び俺が利用するところまで把握していた。それに加え、オーバージェットや予想外の俺の行動にも反応、さらには以前ニイダ戦に見せたあの謎の魔法、クロスアビリティとやらも使用してこなかったのに、決してこちらが優位になる状況は無かった。

(……今までなら、先の一手で形勢を変えられたが……もはやそれも簡単にはいかない。より突拍子もなく、自分すら騙すような動きをしていかなければ…………)


「…………なんだか、お前はいつも事の渦中にいるようだな。聞いたところ、調査隊でも何か問題があったようだが……それはなんだったんだ?」
「……デュオと接触しました。ですが……あと一歩のところで逃げられました。」
「なに……!? 私のところは誰もいなかったが……確か、ここも同時に襲われ、返り討ちにしたらしいが……まだ詳しい状況を知らされてない。お前はもう全部知ってるのか?」
「…………ええ、まあ。」


 …………知ってるも何も……いや、全部伝える必要はない。俺が抱えている問題とデュオは…………別なのだから。

「……それより、どうしてこんな遠い訓練所に? 人目につかないところで特訓するつもりだったんですか?」
「ん? いや……なんとなくだな。何故か引き寄せられるように足を運んで、偶々2人が戦っていたってところだ。」
「……そうですか。」

 今更な話だが、俺は変なところで目立ちたくない。それこそ、プライベートひまつぶしに学院一位と戦っていることを知られたら……余計な騒ぎになるに違いない。ただでさえ考えることがあるのに、これ以上の心労は……ごめんだ。

「あの人と戦っていたことは、他人に言わないでください。色々と面倒なので。」
「ああ、別に構わないが……にしても、お前ですら手こずっていたようだな。次にやり合った時、勝算はあるのか?」
「まともにやれば無理ですね……けど、1『突破口』があるかもしれません。」
「突破口?」

 ……俺も、まだ不確定だが…………



『…………遅い。』
……解除され…た……



「それさえ掴めれば……学院最強も倒せる見込みがあります。」
「ほう……それは楽しみだな。といっても確か上級生と戦える機会があるのは…………次の冬のタッグ戦か春だぞ? 春はともかく、わざわざあの人がお前と戦うために誰かとタッグを組むとは思えないが……」
「……ですが、あの人は『冬の大会で』と言いました。」

 学院内で開催される大会は、夏と秋の武闘祭、冬……そして春と四つある。武闘祭は祭りごとであるため省くとして、この夏・冬・春の3つで上級生と戦える機会は後者の2つだ。

 夏は学年ごとのシングル、冬も同じシングル形式に加え、全学年合同のタッグ戦。春はシングル・タッグどちらも学年合同といった形式になっているらしい。ただ、タッグ戦においての参加は任意なため、フラン=ハートのような1人狼は基本参加しなさそうなイメージだが……先程の言葉が真実なら、きっと出てくるだろう。


「……それに、彼女は俺を一度完膚かんぷなきまでに倒したいはずです。」
「……どうしてだ? 何か喧嘩でもふっかけたのか?」
「…………そんなところです。」



『…………よく分からないけど、要は私に勝てるってこと?』

『……少しだけ、戦ってあげる。その生意気な口を……聞けないように。』



 前回と今回のやりとりで、ハートは俺のことを敵として認めたはず。流石にこの戦いはまだ俺も完全な自信を持てていないが…………必ず、負かさなければ。それが、学院長の…………

「…………ちなみに、タッグ戦の仲間は誰が決めているのか? 申し込みはまだ少し先だが。」
「いえ、まだです。出るからには息の合う人と組みたいですね。」
「……なら、私が適任だと思わないか? お前とは何度か剣を交え、タッグも組んでいる……解放の力も制御できてきたところだ、足手まといにはならないと思うが、どうだ?」
(ルリアと……か。)

 …………確かに、彼女は上級生ということもあって、1年のみんなより判断力は優れている。そして、称号の解放される力も相まって、実力は確かだ。

(以前、カリストたちと戦った時も上手く連携が取れていた……現状、彼女と組むのが一番だろうな。)
「……そう言ってくれるのであれば、ぜひお願いしたいです。」
「よし、なら早速訓練と行くか! ウルス、手合わせ願おう!!」
「はい、分かりました。」


 胸に詰まったしこりを隅に置いて、俺は三度みたび剣を構えた。













ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


















(……今日が、タッグ戦の申し込み日だったか。ルリアと合流して申請しに行こう。)

 数日後、再開された授業を流し聞きしながら、冬の大会のことを考える。

(まだ、誰が誰と組むかは知らないが……いや、そもそもまだ決めていないところも多いだろう。フラン=ハートもおそらくまだ見つけていないだろうが……きっと、生半可なペアではないだろう。)

 あの性格だ、相当なメンバーを選んでくるに違いない。こちらも用心しておかなければ。

(かと言って、シングル戦もおろそかにしてはいけない。以前は負けに行ったが、今回こそは優勝を……)

 
 …………そして、それが終わったら……俺は……………





「…………ねぇ、ウルス。」

「……絶対に……俺は…………」

「……ウルスってばっ。」

「…………っ?」

 不意に、隣から肩を揺らされる。すると、その犯人は……もはや最近はすっかり隣に座ることに定着していた、フィーリィアだった。
 反応が遅かったからか、彼女はすっかり伸びた長い桃髪を不満げに揺らしながら俺の腕を掴む。

「……無視しないで。」
「あ、ああ、悪かった……それで、何か分からないところでもあったのか?」
「ううん、そうじゃなくて……1つ、頼みたいことがあるの。」
「頼みごと?」

 授業も終わり際ということもあり、周りがガヤガヤとする中……何故か改まった様子でフィーリィアは俺の目を見つめる。そんな謎の気迫に、俺は次に発せられる言葉を待つしか無かった。

「……な、なんなんだ?」
「…………わ、私と……………















 ………………冬の大会、出て欲しい。」

「………………え?」


 …………てっきり、何か大切なことだと思ったが……大会のことだったか。

(……だがもう、俺は先に約束をしてしまっている。断るのは心苦しいが、仕方ない……)




「…………えっと……すまん。冬のタッグ戦は先約があるんだ。」
「………………………ぇ。」
「だから、悪いが他の人と…………って、ど、どうしたフィーリィア……??」


 落ち込むと思い、精一杯優しくなだめようとした途端……フィーリィアは勢いよく立ち上がった。また、いつもは静かな彼女が起こした異端な行動に、教室の騒めきは一瞬にして消えてしまう。
 しかし、そんなことはどこ吹く風か、彼女は今までに見たことのないほどの真剣で……何かを我慢するような表情をして、俺はグイッと顔を近づけた。

「……フィ、リィア?」
「…………誰と、出るの?」
「えっ、あ、あぁ……ルリアさんだ。何日か前に約束を……」
「じゃあ、。」
「…………何を……お、おい?」

 静寂も束の間、終業しゅうぎょうのチャイムとともにフィーリィアは教室を飛び出し、俺から離れていった。

「ど、どうしたんだ、フィーリィア……!?」


 

 慌てて声をかけるも…………彼女の横顔は、長い髪で見えなかった。

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