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十四章 失った者たちに

百七十六話 頼られるように

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 同情は、あまりしようとしなかった。



『僕を……俺を鍛えてください。もう…誰も失わないように。』



 あの日、あの時の目を見た瞬間から、俺は彼を……ウルスを強くしようと決意した。

 前世でも今世でも、彼の運命は悲惨だった。それをかんがみて、また彼の持つ素質を感じた当時の俺は特に躊躇ちゅうちょすることはなかった。
 もちろん、彼の境遇を考えるとあまりにも残酷な提案だったかも知れない。しかし、彼が躊躇ためらわないことを良いことに……望むままに、力を教えた。



『……ここは、俺ひとりでやらしてください。』



 だが、ミルを助けようとしたあの日から……いや、それよりずっと前から、俺の中の何かが騒ぎ始めた。ウルスの心の内に潜む危うい心……何かを守るためなら全てを犠牲にしても構わない、哀しい姿が、この目から感じ取れてしまった。
 しかし、それを止める理由も権利も……俺には無かった。今まで何か大切なモノを失ったことのない、ただのししょうにウルスをさとす勇気がなかった。

 それでも、旅から帰ってきた頃にはそんな危うさも薄れ、安心して学院に送り出せる……そう思い込んでいた。



『……………焦ってなんか、いませんよ。』



 だが……夏に戻ってきた時のウルスの目を見た時、それは再び現れていた。

 強くなり、人を守ろうと焦燥しょうそうする姿に、俺は気休めしか言えなかった……できなかった。己が強くなればと、神器を習得し……同じ敵を倒すことで、少しでもウルスの力になればと…………本当に、気休め程度しかできなかった。






『…………ウルスの、父親が……生きて…た……』

『…………………はい。おじさんは……何故か…………ウルくんを……自分の、息子を…………』

『……ウルス…………!!』



 その事実が意味するのは、ウルスの過去の否定そのものでしかなかった。

 ウルスの幼馴染であるライナという少女は、肩を震わせながら彼の代わりにそう告げ……とても悲しげな色を見せていた。


 『ウルくんは泣いていた』…………自分も、今にも泣きそうな声で…………教えてくれた。






(………………ウルス、お前は……)


 黒と紫の旋風を纏いながら宙に浮かぶ彼を見て、俺は己の無力さを噛み締める。

 俺にとってウルスやミルは、弟子であることに変わりはない。俺が教え、育って……『師匠』というで…側で見てればいいと、そう思っていた。



『俺はあなたに教わったから、ここまでこれた……力が逆転しても、は変わりませんよ。』



 人は、生きていれば……変わっていく生き物だ。身体、容姿、考え………そして、誰かにとっての『立場』も。



 相対的に、年齢的に……そんなことを抜いても、変わっていかないといけないんだ。誰かを守るように…………大切なモノに、頼られるように。

「援護頼むぞ!!」
「はい!!」「おうっ!!!」
「はぁぁぁっ!!!!!」

 作り出した化身の巨大な手で紫黒しこくの球を受け止め、2人の神器魔法と一緒にそのまま押し返して消そうとするが……荒れ狂う風は休むことなく光を削り取っていく。

「ぐっ…………グァおォォっ!!!!」
「……『風神・一式』」
「ぐほォッ……負けん…………!!!!」

 さらに、球を押し出すかのように上空から紫風が吹き、俺の足を地面へと埋めさせる。その衝撃はあまりにも強く、もはや立っているだけで魔力防壁がどんどん削られていくほどだった。

「グラン!!」
「く、そっ………まだだ…俺は………!」



 




















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「……今日はもう終わりだ、これ以上は明日に響くぞ。」
「がほっ…ごほっ……」

 文字通り……血反吐を吐きながら膝をつく少年に、俺は半ば強引に特訓の終了を告げた。

(…………持たないぞ、これじゃ……)

 師となって数週間、さっそく少年の望み通り鍛え上げようと俺は体の動かし方や剣の扱いを指導していた。元々、子どもなりに自分を鍛えていたようなので、それなりの才はあったが……それでもまだ、生まれて数年しか経っていない子どもだ。前世の記憶とやらがあっても、その事実は何も変わることもない。

 しかし、そんなことをつゆほども気にしない少年はがむしゃらに己を鍛え、痛めつけ……その身に余るほどの修行をしていた。

「ウルス……強くなろうと思うのは良いことだが、お前はまだこれからだ。ここまでの特訓を続けていたら、いつか体が壊れてしまうぞ。」

 結果的に、少年の成長速度は凄まじく、あっという間にその年齢の平均ステータスからは飛び出したが……それでも危険なことに変わりない。

「焦るな。守る力をつけるためにも、今は……」













「……『今』じゃ、なければ…………が、あるんですか。」

「…………え?」


 子どもの反抗のように……あるいは、絶望の味を知ってかのように…………は血を垂らしながらこちらを見た。

 その眼は…………深い漆黒しっこくだった。


「明日……今日……数分、数秒後に、全部……消えること、だって、ある。燃やされて、殺されて……失って…………強くなければ、何も守れないんです。」
「…………今は、俺がいる。だから」
の日は、居なかった。」
「………………」

 俺を責めている……訳ではなく、彼はただ真実を述べていた。全てを失った日を思い出しながら、その身に焼きついた景色を語るように。

「結果を、知らない時…だけが……結末を、変えられる。弱いなら……結末を傍観ぼうかんする…ことしか、できない。」
「……ウルス…………」
「守る……守るんだ、強くなって………繰り返さない……在の過去を……俺が、俺だけが……俺しか、居ないんだ……」



 同情は、まきにかならなかった。

















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(俺が……支えるんだ………!!)

 埋まる足を動かし、体の魔力を全て化身に流し込む。すると、化身はより一層大きくなり……黒き球を両手に押さえ込んだ。

「…………!」
「静まれ……ウぉぉぉアァァっ!!!!!!」

 手に収めた球を握りつぶし……周囲に突風を吹かせながら徐々に小さく、その姿を消し去っていく。その結果…………俺の魔法とウルスの魔法は同時に解除されていった。

「くぉっ……はぁ…はぁ……」
「や、やりましたねグランさん! これでだいぶ彼も……っ!!?」

 地面に手をつき、息を吐いている俺にガラルスが近寄るが……瞬間、すぐさま驚きの声と共に空を見上げた。すると、そこには………………



「…………まだ、やりますか?」




 消し去ったはずの黒球が、再びウルスの手に浮かんでいた。

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