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十三章 龍と仮面
百五十二話 姿を
しおりを挟む「はっ、か、体が……うわぁァッ!!!??」
「動かねぇ……それに、さ、む………ぃ………」
「い、いてぇ……テメェ、何を………!!」
(…………1人だけ遅いな、こいつがリーダーか?)
魔法を放った瞬間、盗賊たちは突如として襲撃をやめ、その場に立ち止まってしまう。また、次第に奴らは体を震わせながら、やがてほとんどは完全に動きを停止…………もとい、凍結してしまった。
(……恐ろしい魔法だ、父さんがこんなものまで作っていたとは。)
ユミルの血氷は、相手の体内に流れる水分でもある血を直接凍えさせ、そこから体全身を凍結させる残虐な魔法だ。また、これは魔力防壁を無視し、発動された時点で余程の抵抗をしない限り回避不可なので、まず人に放つようなものでもないが……こいつらならこれでも生優しいだろう。
「…………死ぬ前に、返してもらう。」
「ぐっ………がぁっ……!」
そんな中、俺はリーダー格であろう男の体に触れ魔力を操作し、無理やりボックスを開かせて中に入っていた全ての道具を吐かせた。
「か、かえ、せ………!!」
「てめぇのじゃねぇだろ、どうせこの盗品も人を殺して取ってきたんだろうが。」
「うるせぇ………この、クズ、がぁっ……!!!」
「………………いい加減にしろよ。」
死に際でも尚、巫山戯たことを言う男に……俺はたまらず頭を鷲掴みしてしまう。
「がぁぁっ……はな、せっ……化け、物っ!!」
「化け物? ……俺にとってはお前らの方が化け物だ。子どもを…………人を金で買って、玩具みたく扱って……なんでお前みたいな奴が生きてんだよ、なぁ?」
…………こういう奴を見れば見るほど、頭が痛くなり……虚しくなる。
『こらっ2人とも!! また服を汚して……洗濯する身にもなってよね!』
『すまんすまん、ウルスがどうしても俺に剣の稽古をつけて欲しいってうるさくてな。一度言い出したら聞かないって知ってるだろ?』
『えっ、うそだ! お父さんが言い出したんじゃん!! 僕はやめようって言ったよ!!』
『いやいや、お前が言い出した!! 俺はさっさと切り上げようって言ったぞ!!』
『もう、どっちでもいいから早く体を洗ってきなさいっ!!!!』
(……………クソが………くそがっ………)
「…………死ね。」
「がっ………ぁ………」
苛立ちに身を任せ、俺は男の体を思いっきり蹴り飛ばす。すると、もう体は氷のように固まっていたのか、蹴り飛ばされた瞬間にバラバラと崩れ去っていき……血すらも散らさずに死んでいった。
「…………全員、終わったか。」
辺りを見渡すと、そこには凍りついた盗賊たちの死体が何人も置かれており、表面はすっかり透明な水色に染まっているところから遠目で見ると一見、銅像にしか見えなかった。
(……………処理はギルドに任せるか。)
幸い、場所も位置もこの枯れた土地と死体が主張してくれているので分かりやすい。無闇に自然を破壊したのは勝手だったが……数年もすれば治るだろう。
「…………帰ろう。」
誰も聞いていないのも知りながら、俺はぽつりと呟いて転移魔法を使用しようとする。近い方が魔力的にも楽だが、スムーズに報告を終わらせるなら受けたところの方が…………
「…………ぅ、うぅ……」
「………ぁ、れ………?」
…………そうだ、まだこの2人が残っていた。
「………起きたか。」
「ひっ………!」
「くっ、くぅ……うっ……!!」
「落ち着け……もう勝負は終わった、って……」
俺がそう声をかけても信じていなかったのか、獣人族の方が立ち上がり、おぼつかない足取りでこちらへと殴りかかってくる。だがもちろんそんなのは攻撃にもならないので、軽く避けてやった。
「ぐぅ……!」
「ぁ、だめ…………!」
「話を聞け……もうお前たちの主は死んだ。だからもう俺はお前たちと戦う理由がないし、お前たちも俺を足止めする命令は働いていない……その首輪を確認してみろ。」
「……しん、だ………? ……ぇ…やっ……!!?」
精霊族の少女は俺の言葉に反応し、恐るおそる周りを見渡す。すると、その光景が耐えられなかったのか声にならない悲鳴を上げながら目を瞑る。いくら酷い環境で生きてきたとはいえ、流石に死体は見てられないか。
「……その首輪を外してやる、動くなよ。」
「ぇっ………や、や……め、て………!!」
「……心配するな。確かに、無理やり外そうとすれば絞まるが…………俺には関係ない。」
力無く抵抗する獣人族の少女に近づき、俺は首につけられた忌々しい輪っかを指で挟み……そのまま摘んで絞められる前に破壊した。
「……………あ、れ………?」
「言っただろ、何もないって……ほら、お前もだ。」
「……………あ……あぁ………」
続いて精霊族の方の首輪も破壊し、一応奴隷という証は完全に消し去ってやった。また、ボロボロの身体を治すために2人の手に触れて破壊級の回復魔法をかけた。
『ホープエンジェル』
「あ……な、に…が……?」
「回復魔法だ、とりあえず最低限の傷は治してやる……それと、少しだけだが金をやる。」
「……こ、れは…………」
「どこか、保護してくれる施設がある町に飛ばしてやる。それを持って事情を説明すればとりあえず大丈夫なはず……俺がしてやれるのはそこまでだ、あとは好きにしろ。」
…………もっとも、こいつらにできることは他にいくらでもあるが……俺がそこまでする義務も時間もない。非情に思えるかもしれないが…………俺にも、やるべきことがある。
『ウルス、強くなれよ……待ってるからな。』
『ウルスくん……私も強くなるから、絶対に帰って来てね……!!』
(……俺は強くならなければいけない。そのためにも……2人に構っている暇なんて無いんだ。)
俺は…………強くならな
「………うぅっ……もぅ……い、やぁ………」
「なん、でぇ………ど…ぅ…し、て………」
『……うぅ……みんなぁ………』
…………………………。
「………………それか……もう1つだけ、道がある。」
「「………………」」
俺の言葉に、2人は変わらず悲壮感を漂わせた表情を見せる。そんな顔が……俺には辛く、重ねてしまった。
『私は…これから……どう、すれば…………』
もし、2人が施設に行ったとして………そのあとはどうなるのか。
『…………みん、な……………』
その顔が明るくなるのか、暗くなるのか……笑えているのか、泣いているのか。
『……ううん、何でも……ない。』
俯いて、過去を覗いているのか。顔を上げて、未来を見据えているのか……………
『……あ、あの…………き、今日も魔法………教えて、くれる?』
俺には、何1つ分からない。だから…………だからこそ……………
「………… “強く” なるんだ。」
“咲える” ようにしないといけないんだ。
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「……………それから、俺たちは一緒に旅をするようになった。」
「…………2人が……奴隷だった、なんて……」
「……噂には聞いたことがあったっすけど……本当に奴隷がいたんすね。ちょっと別世界すぎて……現実味がないっすよ。」
「……あってたまるか。」
2人とも、まさかそんな話が飛んでくるとは思っていなかったのか、ニイダでさえも暗い表情をして彼女たちの過去を拳へと握りしめていた。
この世界の奴隷制度は大昔に一時期流行っていたが、それもすぐに正されすっかり現代では無くなっていた。しかし、裏の闇深いところでは今もそのやり取りが行われており、魔法道具の発展からただの『制度』ではなく、物理的に奴隷を生産するといった塵みたいな出来事が起こっている。
俺も旅の中でその存在を知り、苛立ちや依頼関連から何度か潰してやろうと思ったが……その根源はどこからも見つけられず、断念してしまった。
(……いつか、そっちも潰すべき対象だが……今の俺にできるようなことではない。俺がすべきことは………神を倒し、呪いを解除することだ。)
俺は最強であっても、ヒーローや救世主ではない。身近なモノを守るだけで精一杯……だから、今は目の前の目的を果たすしかない。
「…………今は、こうやって元気になってくれたが…………それでも、まだ14の……不安定な歳だ。」
「……俺たちより歳下っすからね。なのにしっかりしてて……凄いっすよほんと。これもウルスさんの教えが……」
「…………俺は、何もしてやれてない。」
ニイダのいつものお褒めが来る前に、俺は否定した。
「え? 何言ってんすか、そこまでいくと謙遜も嫌味になるっすって。」
「違う。 ………俺は、確かに彼女たちを鍛えて、育てた。その内、俺がいなくなっても生きていけるように……ただ、それだけしか教えられなかった。」
「…………どういうこと?」
燃え上がる焚き火に薪を投げ入れながら、その炎をぼんやりと目に焼きつけた。
「…………出会った時、2人は何も知らなかった。どうやって文字を読むのか、どうやって服を着るのか……俺たちが当たり前にできることを、2年前までは全くできなかったんだ。」
「そ、そんな…………」
「……自分が何をしたいのか、どうして生きているのか…………考える暇も与えずに俺は……強くなることを強いてしまった。2人が本当に成りたかったものを……俺が……決めつけた。」
「…………『冒険者になる』というのが、それだって言いたいんすか?」
「………………」
…………あの時の俺は、強くなることだけが全てだと思っていた。弱ければ何も守れない、守りたい人を守れない……そのための力を持つことだけが生きる目的だった。
他人にはなるべく干渉せず、自分の力だけを高め……自分に都合のいい景色を求める。
冒険者となり、俺と離れさせる…………それが、俺が彼女たちを育てた理由だった。
「今にして思えば……2人はもう、戦いたくなかったはずだ。地獄をずっと受けてきて……もう何の危険もない、安らかな時間が欲しかったに違いなかったのに……俺は…………」
「……………ウルくん……」
それに気づき始めたのは、学院に入ってからだった。ああやって誰かと一緒に色んなことを学び、人と関わり合っていく方が……今にしては何倍も2人にとって自然で大切で……強くなる必要なんてどこにも………………
「……はぁ、相変わらず卑屈ですね。」
なんて、突如として心底馬鹿にしたような声が俺の耳に入った。
「えっ、ニ、ニイダくん急に何を…………」
「だって事実でしょ、過ぎた話にあれやこれやと理由をつけて勝手に落ち込んで……別に、悪いことは何もしてないでしょうに。」
「…………そうじゃない。俺は……」
「『俺は俺は』って、視野が狭くなってますよ。あんたが2人のことを考えてるように、2人もあんたのことをずっと想ってる……それを見れば一目瞭然ですって。」
「……それ……?」
ニイダはそう言って俺の後ろ……すぐ近くで仲良く同じ毛布に包まっているミーファとハルナを指した。
「…………すぅ……」
「……………」
「…………ただ、寝てるだけだろ。」
「そこじゃなくって……ほら、その毛布。見覚えがあるでしょ?」
「…………毛布……?」
毛布がなん…………
『…………まただ、難しすぎる……』
『……何を、してるのですか……?』
『……ミーファか、ちょっと編み物をな。お前は気にせず特訓しててくれ。』
『あ、あみ……? 何に、使うのですか……?』
『……いいから、また後で教えるよ。』
「…………どうして……」
2人が使っていたのは支給されたものでも、店で買ったような質の高いものでもなく…………俺が昔編んだ、ボロボロで見た目の悪い地味色の毛布だった。
「……さっき、ウルスさんたちが作ってる間にハルナさんから聞いたんすよ……そうっすよねライナさん?」
「……うん、『昔、ウルス様から貰ったんだっ!』って嬉しそうに。ガッラくんが『ボロボロだ』って言ったら、『これが1番あったかい!!』……って。」
「んなわけないはずなんすけどね。ちょっと触らしてもらったっすけど、風通しも良くて小さくて……冬場には少し無理があると思ったすよ。」
「……………………」
「冒険者で活躍してるってなら、お金だっていっぱい持ってるはず……なのに、2人は今もあなたに貰ったモノを大切に使ってる。もっと良いやつだっていくらでも売ってるのに……どうしてっすかね。」
ニイダの煽るような諭すような言葉に、俺はただ呆然とするしかなかった。
慕われている……自分で言うのは嫌だが、その自覚は十二分にあった。別れ際に泣きつかれたことも、今も『様』をつけようとするのも……その意だとは分かっていた。
…………だが、あくまでそれは…………寂しいという感情だけが理由だと思っていた。頼れる存在を心のどこかで探して、結果俺という存在を安定剤としているだけで、代わりはいくらでもできる……そう思い込んでいた。
「……言いたいことは分かるっすよ。自分がすすめた道は仮にも安全とは言えない、危険な冒険者……それを今更悔やむのも、ウルスさんらしいといえばらしいっす。でも…………少なくとも、彼女たちはあなたのすすめた道をしっかり見ている。」
「……………。」
「何が正解か間違いかは俺も測れないっすけど……何があっても、この事実は偽物じゃない。自分を見つめる前に、まずは2人の姿を見てくださいっす。」
「…………2人の……姿。」
その一言に突き動かされるかのように……俺は2人のそばへ膝をつく。そして、その2人の顔を覗き込んで……髪を撫でた。
(…………相変わらず、ハルナは涎を垂らしてる。ミーファは……一見寝相は良いが、やっぱり毛布が乱れてる。)
……一緒に旅してた時と、変わってない。こうやって2人一緒に寝るのも……出会ったあの頃から何も変わっていない。
「……………いか………なぃ……で…………」
「………………」
「……………!!」
それが………………少しだけ、嬉しかった。
応援ありがとうございます!
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