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十二章 虚と空 (調査隊編)
百四十話 両方
しおりを挟む「…………えっ、もう終わったんすか? さっき呼び出されたばかりでは……?」
「すぐ終わらせた。ああいうタイプは俺にとって苦では無いからな。」
「一応、キールさんは上位4位ですが……流石と言ったところっすね。」
試合が終わった俺はひとまず先ほどの集合場所へと戻り、ニイダと次の試合まで待機することにした。
「ニイダ、そっちはまだなのか?」
「ええ、でも人数的に考えるともうすぐだと思うっすよ。何やら時間制限? みたいなのでいつもより若干回りも速そうなので。何でそんなものがあるんすかね?」
「……まあ、今回の趣旨がそれに近いからな。」
素早く、手短に相手を倒せるような人材を探すのがこの試合の目的だろう。そう考えると、ニイダの戦闘スタイルも速さを活かしているので選ばれそうなものだな。
(…………『速さ』と言えば………)
『ああ、奴の動きは何度か見たことがあるが……とにかく速い。おそらく足のステータスが人より優れているんだろう、少しでも油断すればあっという間に置いてかれてしまうな。』
「……ニイダ、2年の首席について何か知っているか?」
「2年の首席? ……何か気になっていることでも?」
「ルリアさんから聞いたんだ、その人は学院生の中でも飛び抜けた速さを持っているって。」
確かな名前は……『クルイ』だったか。足が速いという話なのでおそらく近接型だと思うが、果たして一体どんな人物なのだろうか。
「…………あの人は強いっすよ。少なくとも俺は一度も勝てたことが無いっす。」
「……? まるでやり合ったことがあるみたいな言い方だな。もしかして……」
『知り合いなのか』と問おうとしたところ、遠くからニイダの名前を呼ぶ声が聞こえてくる。そしてニイダは何やらまたニヤニヤとした様子で俺の元から答える前に離れようとする。
「じゃ、そういうことで。彼のことならその内分かると思うっすよ。」
(…………意味深だな……)
それを言い残したニイダはちゃっちゃと指定された場所へ向かっていった。
俺は早めに試合が終わったので待機時間は長いだろう、今のうちに同じ会場にいるキールにでも聞いてみ…………
「続いて、ウルス対クルイだ。指定された場所に向かってくれ。」
…………『その内』、だったか。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……おっ、お前がウルスだな?」
「……あなたがクルイですね。」
早々に次の試合が回ってきた俺はその場所へと向かい、舞台に上がって既に到着していた男……クルイを観察する。
見た目は黒髪の長身で首に鼠色のマフラーのような布を巻き、黒色の半袖の厚いシャツにカーゴパンツに手には指抜きグローブ、関節部分にはサポーター代わりの布といった……明らかに動きやすさ重視の戦闘服を着ていた。
(……誰かと『雰囲気』が似てるな。もしかして…………)
「いやぁ、弟が世話になっているようだな。あの捻くれもんを相手にするのは疲れるだろ?」
「…………やっぱり、ニイダの兄でしたか。」
『……そういえば、2人は他に知り合いがいたりしないの?』
『うーん、私は特にいないな。』
『俺は1つ上の学年に兄がいますね……結構強いっすよ?』
『お兄さんか……羨ましいなぁ。』
『いやぁ、そんな良いことばかりでもないっすよ。あの人、人が気にしてることばっかり突いてくるっすから。』
以前、学院に入学した日にニイダがそんなことを言っていた気がする。それ以降特に話題に出すこともなかったのですっかり忘れていたが……まさか、兄貴が2年の首席だとはな。
「そうそう、俺はニイダの兄であるクルイ。一応2年の首席を張らしてもらっているが……正直、そこらの3年よりずっと強いと思うぜ?」
「……それはこっちのセリフです。」
「はっは、それもそうだ! 噂によっちゃ空を飛び、圧倒的なステータス差をもひっくり返す実力者らしいな。そりゃこの学院のほとんどは相手にならないようだが……所詮、それは1年だったからだ。」
そう言ってクルイは手に持っていた深みのある翡翠色の短剣を遊び始める。その手捌きはまるで短剣が体の一部であるかのように素早く、スマートで無駄のないものだった。
「言っとくが、これは馬鹿にしてるわけでも見下してるわけでもないぜ。単なる『事実』だからってまでだ。」
「1年はまだひよっこで経験不足……そういうことでしょう?」
「分かってるじゃねぇか……まあ、少なくともお前をひよっこと呼べるほど、俺も強くは無いだろうがな。」
……どうやら、アーストとは違って本当に首席らしい器を持っているようだ。
「けど、負ける気も感じない……お前がどこまで俺についていけるのかは分からないが、一瞬で終わってしまわないことを願うよ。」
(……ということは、やはりニイダと同じ先行タイプなのだろう。)
名前・クルイ
種族・人族
年齢・17歳
能力ランク
体力・109
筋力…腕・111 体・125 足・214
魔力・90
魔法・14
付属…なし
称号…【神速 の脚】(足のステータス成長率が超上昇する)
【忍・表流継承者】
……話通り、かなり速そうだ。この称号を持つ人間は冒険者の中にも何人か居たが、そいつらは揃って動きの素早い猛者ばかりだった……しかも、おそらくクルイはそれら以上の力を持っているはず。
(……流石に、厳しい戦いになりそうだ。)
「それでは、ウルス対クルイの試合を開始します。用意……始め!!」
「先手必勝!!!」
「…………っ!!」
開始と共にいきなりトップスピードで詰めてきたクルイは、あっという間に俺の目の前に立ち短剣を振おうとしてくる。それに対し俺は何とかC・ブレードで受け止めることぐらいしかできることはなかった。
「おらおらっ、休む時間は与えないぜ!!」
「ぐっ…………!」
クルイは続けて超速連撃を繰り出してき、俺はただ防御でダメージを受けないようにするのが精一杯だった。
(洗練された剣撃、反撃する暇もない……!!)
さっきの言葉通り、今まで戦ってきた一年生よりも一層鍛えられてきた彼の攻撃はまず俺に魔法を使わせる隙も与えなかった。それに速いだけじゃない、相手が嫌がるような場所をランダムに、気を散らすよう的確に狙ってくる……これが1年と2年の差ということか。
「さぁ、どうするウルス!」
「どうもこうも……らっ!!!」
俺は挑発に乗るように、防御した際の衝撃を殺さずそのまま体を回しカウンターの水平斬りを繰り出す。しかしその動きは単調だったのか、クルイはすかさず一歩下がって簡単に避けてしまった。
(……それでいい。)
「面白いが、当たらないなっ!!」
「ぐぉっ……!!」
空かした俺にクルイの一突きが刺さり、大きく吹き飛んでいく。そして俺が体勢を立て直す前にクルイはその脚で追撃を食らわせようとしてくるが……
「…………かかったな。」
『結』
「……何っ!!?」
俺は崩れた体勢のまま、ギリギリのところでクルイの剣わ受け止め…………C・ブレードと結合させた。その結果、クルイはある程度脱力していたからか、次の攻撃を繰り出すために腕を引いたと同時にその攻撃に必要な短剣をすっぽりと手放してしまった。
また、驚いたままのクルイから俺は距離を取り、結合を解除して彼の武器を奪ってこの会場の外へ適当に放り投げた。
「『離』……これで、剣は使えませんね。」
「なっ……くくっ、なるほど。『何をしてくるのか分からない変人』だとは聞いていたが……これは一本取られたな!」
(変人…………)
焦りはしているものの、変わらずクルイはどこか余裕のある表情を見せながらそんなことを言ってくる。まだまだ手を隠しているようだな。
「それで、次は拳で来ますか? それとも魔法ですか?」
「………じゃあ、両方とも取らせてもらおう、はぁぁっ………!!!」
突如として、クルイは何やら体内の魔力の流れを活発に回転させ始める。そして…………
「『ライトニング・ライジング』!!!!」
「っ……稲妻……!?」
魔法を唱えた瞬間、クルイの体から電気のようなものが放電されていく。また、彼の気配や魔力が先ほどとは大きく違った異質なものとなっていた。
(なんだ……ローナのフレイムアーマーのように電気を纏った……いや、違うな。なら化身流に近い方法か……?)
だが、流石に化身流ともろ同じような魔法はクルイレベルでは使えないはず。その証拠に化身流では体内の魔力に属性をつけて溢れさせるだけのに対し、ライトニング・ライジングとやらは『属性』を付けるだけでなく、すでに発動させるだけで『魔法』として完成している。
「ふぅ、相変わらず痺れるな……だが、これでもうお前は俺に太刀打ちできないということだ。」
「……どういう意味ですか。」
「すぐに分かるさ。さぁ……俺の拳が受け止められるかな?」
クルイはそう言ってわざとらしく自身の拳を堅く握り、仕留めにいくと言わんばかりに深く俺を見定めていく。
流石にあからさま過ぎると思った俺は剣を構えながらもその意味について考察する。
(……あの魔法は何の目的で発動した? ただ身体能力を上げるだけの物なら身体強化でも何でも、他の魔法でも良いはず……わざわざ体内の魔力を電気属性にし、あそこまで流れを速くする意味は…………)
血液と同じく、魔力も流れを良くすれば多少体の動きも良くはなるが……だとしても属性を付ける理由がない。ライジングという言葉に何かヒントがあるのか?
(……分からない以上、まずは受け止めるしかない!)
思考をやめ、目の前のクルイが行うであろう行動のために集中力を高めていく。この状態であれば最悪避けることは可能なはず…………
「行くぞ、ウルス…………はぁぁっ!!!!」
「……なっ、なんぐふぅっ!!??」
しかし、俺の予想とは反して彼の拳を避けることはできず、もろに腹をぶん殴られ吹き飛ばされてしまった。
(は、速い……いや、それより……目が追いつかなかった!!?)
「へっ、効いたようだな……おらぁっ!!!」
「っ、がはぁっ……!!?」
今まで感じたこともない感覚に俺は一瞬動じてしまい、その隙に再び拳を食らってしまう。
幸いにも、2撃目は当たりどころが良かったのか怯むことはなく、俺は逃げるようにジェットで空へ浮かび上がる。
『ジェット』
「逃がさねぇぞ!!」
空へ逃げても追撃が来ると確信していた俺は、クルイが動く前に軌道を変えて何とか3回目の攻撃を避ける。そして彼が地面に着地して次の行動を仕掛けてくる前にあの謎の動きについて思考していく。
(……速いが、スピード自体は劇的に変わっているわけじゃない。なのに、俺の目……しかも集中状態でも零してしまったとは……やはりあの魔法のせいなのだろうか……?)
しかし、いくらなんでもあの魔法で俺の感覚がズラされる……なんてことはあり得ないはずだ。もし俺に直接影響を与える魔法ならば、こっちの体に触れるなりする必要がある。だとすれば変わったのはクルイであって、俺ではない……が、なら今の現状に説明がつかない。
「届くぞ、その位置も……はぁっ!!!」
「なに……くっ!?」
地面とは既にかなりの距離を取っていたにも関わらず、再びクルイが飛び上がって俺を打ち落とそうと拳を振るってくる……だが、さすがにここに来るまでの時間があったため、その攻撃は難なく避けることができた。
それでも、今のクルイに反撃するよりも俺は魔法の効果を分析するため、あえて無防備な彼に手を出すことはなかった。
「……動きが洗練されて……いや、そんな気配もない。称号魔法でもあるまいし、そもそも神速の脚はただ成長率を上げるだけで発動型ではない……」
…………考えろ、情報は既に出ているんだ。そこからあの魔法? の効果を見極められれば必ず勝機が…………
『ふぅ、相変わらず痺れるな……だが、これでもうお前は俺に太刀打ちできないということだ。』
『は、速い……いや、それより……目が追いつかなかった!!?』
「……………!!」
…………そういうことか。
応援ありがとうございます!
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