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十一章 束の間

百三十八話 遅くても

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「……どうですか、赤仮面は何か口を割りましたか?」
「いや……全くだ。くだらない世間話はペラペラと喋るが、肝心なことを聞くとすぐにはぐらかすかダンマリを決め込む。おそらく何をされても取り合う気はないのだろうな。」

 日もすっかり暮れた、ある日の夜。俺は学院長室にて捕らえた赤仮面の状況について話を聞いていた。

「……俺がやりましょうか? 多少手荒な真似をすればもしかしたら…………」
「…………いや、それも無駄だろう。話によると腹の半分まで斬り裂かれたにも関わらず、気をしっかり保っていたのだろ? そんな相手に拷問まがいのことをしたって、最悪死んでも話さないつもりのはずだ。」
「……となると、情報を引き出させるのは無理か。」

 組織図は想像でしかないが……以前ローナを眠らせ、俺たちを襲ってきたデュオたちの仮面は良くも悪くも特徴のない無色に対し、アーストを操った奴は赤黒い仮面を付けていた。色付きが幹部なのかは知らないが、あの風格からして少なくとも下っ端ではないはず。絶対に何か知っているだろうが…………この様子じゃその手は使えないようだ。

「…………なら、未だ何も進展はないということですか。」
「いや、進展はぞ……と言っても、あくまでこちら側から動くだけだがな。」
「……どういう意味ですか。」

 学院長の言葉に、俺は耳を傾ける。しかし学院長は首を横に振りながら俺に待てと言わんばかりに手を突き出した。

「まだ細かいことは何も決まってないんだ、こちらも色々と手続きがあってだな……もう少し待ってくれ。」
「『手続き』……つまり、それなりの人を動かす予定なのですか? なら尚更俺も話に混ざった方が……」
「おいおい、お前さんは力を他人にばらしたくないんだろ? お前がその会議やらに参加するというなら当然、ある程度の話はつけなくてはいけない…………それでもいいのか?」
「……それは…………」
「だから、こっちのことは任せておいてくれ……なに、ちゃんとお前さんの力も借りる予定だ。発表の時まで今しばらく待機していてくれ。」

 その言い分を聞いて、俺は仕方なく頷く。あまり俺に変な負担をかけたくないということなのかもしれないが……正直、むず痒い。別に俺にかかる負担なんてどうでも…………





「……ところでウルス、最近はどうだ?」
「……………最近、とは?」
「それはもちろん、学院生活のことだ。確か、お前さんの周りの人たちには自分たちのことを全部話したそうじゃないか……あれから何か変わったことでもあるか?」
「変わったこと…………」

 学院長の唐突な質問に俺は頭を捻らせる。変わったことなんて細かいところを上げればキリがないが……目に見えて変化が感じ取れたことが1つ。

「……強いて言えば、みんなが今まで以上に強くなろうとしていることですかね。」
「ほう……それは変化じゃないか。」
「…………そう、ですね。」

 俺はだけの相槌あいづちを打ったが……その煮え切れない態度が目に入ったようで、学院長は目を細めて見つめてくる。

「なんだ? あんまり嬉しそうじゃないな……もしかして追いつかれるのが怖いのか?」
「……そんなことはないですよ。みんなが強くなる分には俺も嬉しいですけど…………」
「けど、どうした?」
「………………」

 ……我ながら、気持ち悪い感情だとは思っている。しかし……一度染み付いてしまった情けない心は、俺をどんどん弱くしてしまう。


「……今まで、俺はで強くなってきました。師匠に鍛えてもらっておいて失礼ですが……俺にとっては何か、『強くなる』ということが自分のことだけにしか考えられなくて………誰かと歩みを合わせることがありませんでした。」
「……………」
「学院に入ってからもその気持ちは薄れることがなく、例え誰かと特訓をしている時も心のどこかでは『手伝いをしている』だけで、自分には何のことも無いと感じていました。」

 表面的なことを言えば、その認識自体は間違っていないのだろう。はっきり言って、ここの学院生といくら剣を交えたところでステータスは微塵も上がることはないし、こちらから動かなければ技術も成長する気配はない。
 強いて言えば発想力や考え方といった、思考的なものならあるが…………それでも、1人で特訓した方が何倍も有意義と言わざるを得ない……そう思っていた。


「でも、違いました。誰かと剣を交え、強くなるということは……実力だけじゃない。もっと根本的な……精神を、心を理解できる力が付くんだと、今更気付きました。」




『……ごめんね、そんなこと絶対ないのに……ユウが、誰かを傷つけるために強くなった、って…思っちゃった。あの時の、鬼気迫ったユウが怖くて…………ライナが泣いているのを見て、分からなくなっちゃったんだ………』



 ローナの言葉は、俺の心を疑わせた。自分が今までにしてきたへの優しさは一方的で、独りよがりな自己満足でしか無かったのだと……事実として震わせた。



『この6ヶ月、色々あって気づかなかったけど……私だけじゃない。みんながみんな、『何か』に近づくために変わろうとしてる。やっと気づけたよ。』



 ミルの言葉は、そんな俺の身に染みついた。その『何か』というもの…………『俺』という異質な存在にも対等でいようと、俺の浅い優しさを殺さないようにみんなが頑張ろうとしていたことを、本心としてノックしてきた。



『……あはは、ちょっと熱くなっちゃったけど……それくらい、私もウルくんに自信を持って欲しんだよ?』



 彼女の優しさは、俺の心に触れてきた。強いから、守らなければ…………そんな理由はこれっぽっちもない、純粋な気持ちだけで伝えてきた。


「『対等』であればもっと早いうちに気づけたものを、俺はおごって見ないフリをしてしまいました。……世界で一番強かろうと、神界魔法を覚えていようとも……できることはまだ他にあったのに。」
「…………気づけた、良かったじゃないか。」

 学院長は俺の言葉にそう返しながら、何かを想うかのように目を閉じる。その行動には後悔なのか、困惑なのか……複雑な心境を語るかのように重々しかった。

「誰かと歩みを合わせて成長するということは、想像以上に難しい……それも、差がある人間となら特に。しかし、お前と周りの人間は圧倒的にステータスの差があるにも関わらず、同じ歩幅で進もうとしている。地味かもしれないが、これは凄いことなんだぞ?」
「……でも、もっと早くに………」
「何言ってるんだ、お前はまだ15、6だろ? それが遅いと思っているなら、まだまだ世間知らずだな!」

 子供扱いしているのか、それとも気遣ってくれているのか学院長はそう笑い飛ばす。ただその姿も俺にはどこか別の『意味』が込められていそうで、何も言い返すことはできなかった。

「……そうですかね。」
「ああ、そうだとも。それに……お前なら遅くてもだ。」
「……どういう」













「『守るため』に強くなったんだろ、ウルス。そして、そのことを理解してくれる人間が沢山できたんだ……ならもう、遅れることなんて何もない。」
「……………!!」

 

「『大切にから、大切に。これくらいの摂理せつりはあっても良いとは思わないか?』」



「こっからは歩くだけだ。困っていたら手を差し伸べ、不安になったら言葉を掛けてくれる。一方的じゃない、な関係を…………『大切に』するんだ。」


(…………………『大切に』。)


 学院長から出た5文字は、その短さとは裏腹であまりにも重く…………他人事でも絵空事えそらごとでもない、のような色を含んでいた。
 そんな彼に俺はとても否定するような言葉が出るはずもなく……ただ噛み締めながら頷くことしかできなかった。


「……はい、ありがとうございます……さん。」
「……感謝されるようなことは何もしてない。儂はいつも蚊帳の外だからな……今回こそは、絶対に奴らを食い止める。頼ってばかりですまないが協力してくれ、ウルス。」
「もちろんです、今度こそデュオの尻尾を掴んでやりましょう。」

 差し伸ばされた手を、俺はしっかりと握り返す。
 
 学院長の手は硬くゴツゴツとしていて、俺よりも一回り大きくたくましいものだったが…………感じる温かさは師匠と遜色そんしょくない、胸のすくような思いをさせる手でもあった。


(…………見失うな。俺は……みんなを守るために、強くなるんだ。)






















 風は、過ぎていかなかった。



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