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十一章 束の間

百三十七話 必殺魔法

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「『化身流けしんりゅう』を覚えたい?」

 ある日の放課後、またまた俺は人と……もとい、カーズとソーラの2人と一緒に特訓をしていたところ、カーズがいきなりそんなことを言い出してきた。

「はい! 確かウルスさんってグラン=ローレスの弟子でしたよね? ならグラン=ローレスだけが使えるとわれていた伝説の魔法、化身流も教えられると思って。確か、この前見せて貰ったウルスさんのステータスにも【化身流継承者】と書かれてあってので、もしかしたらなぁ……と。」
「…………そうだな……」

 カーズはこれまでに無いほどの無邪気な視線をこちらに向けてくる。そんな瞳にどう答えたら良いものか、探りさぐりに反応を伺う。

「……分かっていると思うが、化身流というのは物凄く習得に訓練が必要だ。俺でも覚えるのに1ヶ月はかかったし、ミルはおそらく1年以上かかった代物しろものだ。」
「い、1年? あのミルでもそんなにかかったのか?」
「ああ。この魔法は他のオリジナル魔法とは異なって、仮に発動できても上手く扱えない可能性が高い。今のカーズには正直、とてもじゃないが活用できるとは思えないが……それでもやってみるか?」
「………………」


 俺の問いに、カーズは少し考え込むが…………どうせ、結論はでているのだろう。


「…………僕は入学するまで、魔法だけなら人よりも優れていると思っていました。しかし……ウルスさんはもちろん、ミルさんやライナさん、フィーリィアさんにカリストさんと、上には上がいることを武闘祭で思い知らされました。今のままではみんなに到底追いつけない……そう感じました。」
「……そんなことを思ってたのか、カーズ。」
「はい、ソーラも思いませんでしたか? 『今の自分じゃ駄目だ、何か変わろうとしないと』と……少なくとも、今の僕にこれといった長所がないです。だから…………ウルスさんに化身流を教えてもらえたら、この現状をどうにか変えられると考えました。」

 カーズは拳を握り、俺の方へ突き出した。

「お願いします。僕に、更なる高みを教えてください……僕も、ウルスさんのように誰かを『守れる力』が欲しいんです。」
(…………守れる、力………)

 カーズの言葉にはしんがあり、誰に何を言われようとも揺るぎない強い意志を感じた。それはまるで…………



『僕を……俺を鍛えてください。もう…誰も失わないように。』



「…………分かった、カーズ。お前に化身流を習得させよう。」
「……! ありがとうごさいます!! それでは早速お願いします!」
「ああ……それじゃあ2人とも、少し離れてくれ。今からそれを実践してみせる。」

 そう言って俺は2人に距離を取らせ、魔法の準備をしながら化身流について話し始める。

「化身流というのは、ローナのフレイムアーマーのように常時発動するタイプの魔法だ。しかしその魔力消費量は桁違いで、今のカーズなら…………」






名前・カーズ=アイク
種族・人族
年齢・16歳

能力ランク
体力・56
筋力…腕・47 体・50 足・49
魔力・69

魔法・10
付属…なし
称号…なし




「…………できて1分程度だな。」
「1分……かなり短いですね、それでも大丈夫なのですか?」
「ああ、あくまで最初のうちはって話だ。慣れてくればもう少し長く使えるだろうが……その『慣れ』というのが重要なんだ。」
「慣れ? それは一体……」

 カーズの質問に答える前に、俺は一度化身流の魔法を発動した。


「『レベル1・ウィンド』!」
「「…………っ!!?」」

 そう唱えた瞬間、体から緑色の光があちらこちらからあわください溢れ出し、体に形容けいようし難いがのしかかってくる。そして、この魔法が漂わせるプレッシャーに2人とも大きく驚いていた。

「こ、これが……化身流? 凄い魔力の圧だ……!」
「そ、そうですね…………? あれ、でもそれ以外に特に何かあるのですか? ステータスが上がったりとかは……?」
「いや、化身流に身体的強化はない。むしろこの状態では体が動かしにくくなるが……この魔法の真価しんかはここからだ。」

 俺は化身流を発動させたまま、腕を高く上げ……適当な方向へ一気に振り下ろす。すると…………瞬く間に体から溢れる光がその腕の軌跡きせきを辿るようになぞられ、前方方向へ風となって飛んでいく。
 そのスピードと威力は破格のもので、あっという間に訓練所の壁に激突したかと思ったら、そのまま壁を抉り始め……頑丈な石灰せっかいに巨大な爪痕つめあとを残していた。

「…………えっ!? な、今何が……!??」
「腕を振り下ろしただけで……こんな、超級以上の威力を出せるのか……!!」
「そういうことだ。化身流を発動した際、体の動き……蹴りや腕の薙ぎ払いをするだけで、それに応じた現象が起こせる。その特徴は属性に依存するが、風の場合ならこうなるな……ちなみに、化身流にはまだ2段階上の状態がある。それを扱えれば常時、神威級クラスの攻撃を繰り出すこともできるようになるぞ。」
「か、神威級!?? やはりとんでもない魔法なんですね……!」
「ああ、その上この状態から放った魔法は化身流の威力が上乗せされ、たとえ初級であっても超火力の魔法へと化ける……短期決戦にはもってこいのものだな。」

 化身流は体内に流れる魔力に属性をつけ、自然に解放させることで常にその魔法の状態を付加するという、フレイムアーマーのような『外部的』強化ではなく『内部的』強化魔法だ。
 また、体内に流れる魔力というのは生命維持にも重要な役割を果たしており、その魔力そのものを変えるという行為自体が危険であると言える。そのため、しっかりとした段階を覚えずやたらめったらに使えば魔力は一瞬で空っぽになり、戦いにおいては自殺行為にもなり得る。

「カーズ、しっかり聞いておけ。化身流を習得するということは、英雄たちとの力を持つということだ。本来ならもっと鍛えた上で挑戦する魔法だが……覚悟はいいな?」
「か、覚悟……って、どうしましたかウルスさん……?」

 俺は忠告をしながらカーズの肩に手を置く。そんな俺の異質な様子に困惑するカーズだが、無視して話し続ける。

「さっき、俺は『慣れ』が重要だって言ったよな。覚えてるか?」
「……? はい、それは長く使うための秘訣? 的なことなんですよね?」
「……まあ、ある意味ではそうだな。この魔法の長く使うための……に耐えるために。」


『グラビティ・ライド』
「……えっ、がぁっ!?」

 俺はカーズに超越級魔法であるグラビティ・ライドを付加させる。すると……急にカーズはまるで何かに押しつぶされるかのように地面に倒れ込んだ。

「カ、カーズ? どうしたんだ急に寝転がって……?」
「ね、寝転がった、わけでは……くっ、お、重い……!?」
「今、俺はカーズに重力を増幅させる魔法をかけた。数値的に言えば1.5倍くらいの重さを感じるだろ?」
「そ、そういうことだったん、ですか……でも、どうしてそんな、ことを……?」

 カーズはのしかかる重力に耐えながら、ゆっくりと立ち上がる。体格的に彼の体重なら俺よりも魔法の影響は少なそうだが……それでも中々こたえているようだ。

「化身流の難しいところは発動だけじゃない……この魔法を使っているときは常に体が鈍く、なまりのように重くなることだ。つまりカーズのその状態が化身流発動時には常に……さらに、それ以上の負荷がかかるということだ。」
「こ、これ以上……!? 今でさえ、結構な負担、が……!」
「ああ、少なくとも3倍の重力に耐えられないとまともに使えない。決定打としてはともかく、それくらいできないと戦闘中で棒立ち状態になるからな。」
「な、なるほど……それじゃ、まずこの重さに、慣れてから、ってことです、ね……!」
「………………」

 俺の行為の意味を理解したカーズは改めて気合を入れ、早速体を動かし始めた。すると、何やら難しそうな顔をしたソーラがカーズの様子を見ながらこちらへと近づいてきた。

「…………どうしたソーラ? カーズの張り切りに気圧されたか?」
「うーん、まあそれもそうなんだが……俺にもああいうのが欲しいなって思ってさ。」
「ソーラも化身流を覚えたいのか? だがお前は魔法が苦手だったろ、流石にそれを習得するくらいなら他のものがいいと思うぞ。」

 今回は比較的魔法よりの動きをするカーズだから化身流を勧めたが……もともと近接主体のソーラには正直合わないだろう。化身流は近接にも使えないことはないが、動きが鈍くなる分ただ不利になるだけの可能性が高いし、その場合ソーラの強みを消してしまうことになる。

「ソーラには剣と盾、2の武器があるんだ。だから、俺たちとは違って近距離戦では選択肢の幅が広い……まずはそこから鍛えるのも悪くはないんじゃないか?」
「それもそうなんだが……いやぁ、やっぱり俺も欲しいんだよ。ウルスの風神・一式やニイダの苦無ノ舊雨、それこそカーズの化身流みたいに自分だけの必殺技…いや、必殺魔法的なのがなぁ……」
「子供っぽい発想だな……気持ちはわかるが、正直なところ自分オリジナルの魔法より、他人から盗んで覚える魔法の方が何倍も効率がいいものだ。それより、変にこだわるよりもまずは基本的なところを…………」
「……あっ、そうだっ!!!」

 俺の話をさえぎりながら、不意にソーラが何かを思い付いたかのように声を上げる。そして彼は手に握ったままだった自身の剣と盾をジロジロと見つめてから、こちらへ差し出してきた。

「なぁウルス!! 確か物とかにも魔力ってあるんだよな、それって俺たちとかでも使えたりするのか!?」
「あ、ああ……そもそも、魔法武器や道具はその素材に秘められている魔力を操作して構築するからな、できると言えばできるが……武器の魔力から普通の魔力を撃つなんて、ソーラの技術力じゃ不可能に近いぞ?」
「え……そうなのか?」

 ソーラは出鼻を挫かれたのか、ガクッとその場で項垂れる。
 
(実際のところ、やろうと思えばできなくはないが…………俺でも手こずるレベルだ。ソーラなんかがまともに使えるようになるには何年かかるかどうか……やるだけ無駄だ。)

 それに、物などに宿やどる魔力は基本的に外に出ようとしない性質があったり、物の質によって魔力の質や量も変わるなんていうものがあったりと不安定で、まずやる意味がない。神器クラスなら無くはないが、それでもフレイムなどの生成・発動系は狙いが定まらなく、付属系も効果はないはず……だとすれば干渉や操作系になるが…………




「はぁ……せっかく化身流をできると思ったのに、残念だな………」
「…………『応用』? どういうことだ?」

 ソーラがぽつりと呟いたその一言に、俺は引っかかる。

「えっ、いや……もし俺の剣に化身流を発動することができたらめちゃくちゃ強いだろうなって思ってさ。こうやって剣を一振りするだけでババーンッとできたら最強じゃないか? 武器の魔力を使うなら自分の魔力も消費しないし、俺でもできるかなと……まあ、そんな上手い話があるわけ……」
(…………武器に、化身流を発動させる?)


 …………確かに、もしソーラの推測通りに行けば……


「……ソーラ、見ててくれ。」
「ん? 見ててくれって……その新しい剣をか?」
「ああ、一応その案を試してみようと思ってな。」

 俺は早速C・ブレードを取り出し、武器の中に流れる微弱な魔力の反応を探して操作し始める。すると……途端に剣から淡い無色の光がポツポツと溢れ始めた。

「……あとは属性を………っ!」
「お、おおっ……!! これってさっきのウルスと一緒じゃないか……!!?」

 魔法が成功し興奮するソーラを他所に、俺は何倍にもC・ブレードを何とか持ち上げる。剣からは化身流を発動した際と同じように緑色の魔力の光が漏れており、見るからにただものではない雰囲気を漂わせていた。
 また、そんな俺たちの異変に気づいたカーズもゆっくりとこちらに近づき、剣を見ると同時に驚きの声を上げる。

「なっ、それはまさか……武器に化身流を……!?」
「そうなるな……しかし、まさかできるとは思わなかった。ソーラの発想力も大したものだな。」
「へっ、褒めても何も出ないぜぇ? ……なぁ、一回素振りしてみないか? さっきみたいに風が飛んでいくのかどうか確認しておかないと。」
「ああ、見てろ…………はぁぁっ!!!」

 ソーラの希望に応え、俺は剣を垂直にその場で振り下ろす。すると、先ほど鋭く、速い風の斬撃が一直線に飛んでいき、訓練所の壁をえぐる…………どころか、衝突の衝撃があまりにも強かったのか、壁にできたのはクレーターのような円形の巨大な穴だった。



「「「…………え?」」」


 化身流よりも圧倒的な攻撃が繰り出されたことにより、俺までもが揃って困惑の声をあげてしまった。感覚的にはレベル1と同じなんだが…………コントロールができていなかったのか?

(……いや、魔法は魔力の質にも依存する。おそらくこのC・ブレードという、2つの金属もとい魔力が混ざった複雑な代物だからこそ、このような高威力が出たのだろう。)

 俺が放つ魔法とカーズたちの放つ魔法の種類が同じでも威力が違うように、武器から放つ魔法は武器の魔力の影響を受ける……そういうことか。
 だとすれば、ソーラの持つ剣と盾……ライトソードとライトシールドの場合はもう少し威力が落ちているはずだが、それでも十分な威力は出せるだろう。

「……す、すげぇなウルス!!! もし俺がこの魔法を覚えることができたら……!!」
「……確かに、これはソーラにピッタリだな。他の魔法とは違ってこれは発動させるだけで十分だし、難易度で言えば化身流と変わらない。ソーラでもしっかり特訓すればきっと扱える魔法だろうな。」
「ほ、本当か!? なら俺も今日から化身流を……って、これは『化身流』って言うのか……?」

 ……ソーラの言う通り、こうなると化身流とはまた別系統の魔法になるな。だとすれば、名前は………


「……名付けるなら、『武身流ぶしんりゅう』だな。最も、名前に意味なんて関係ないが……」
「よし、じゃあその武身流を教えてくれウルス!!! 俺もこの魔法を使って強くなりたいんだよ!!」
「…………ああ、もちろん。なら、早速……『グラビティ・ライド』」
「……えっ、ちょ急すぎうわぁっ!!??」
「ソ、ソーラ!!?」

 俺は有無を言わせずにソーラの剣と盾に触れ、重力を増させる。そしてその重さに引っ張られるかのようにソーラは倒れ込み、武器の重さに腕が押し潰されていた。

「ぐ、ぐぉぉ……重い、重すぎる……!!」
「だろうな、いきなり3倍は体にくるだろう。」
「さ、3倍!? 僕の2倍って、どうしてそんな……?」
「考えてみろ。体が重くなるのと武器が重くなるのとではその意味も違う。カーズの化身流の場合は全体的に負荷がかかっているからその分どこかに負担が偏ることはないが……武身流は武器、つまり一箇所にそのツケが回ってくる。この意味が分かるか?」
「……? いえ、あまり分からないです……?」

 俺の質問にピンときていないのか、カーズは首を傾げる。そんな彼に俺は現在進行形で武器に押し潰されているソーラの盾を持ち上げ、ジェスチャーで教えようとする。

「『重さ』って言うのは、重心じゅうしんの場所によってかなり感じ方が変わってくる。例えば、盾の重心が内側にある場合と外側にある場合じゃ、どっちが持った時に重く感じると思う?」
「えっ、えっと、それは…………外側ですか?」
「正解だ。だから仮に化身流と武身流が同じくらい重くなると考えても、重くなった体を振るうのと武器とではかなり感覚が変わってくる……イメージは付くか?」
「…………言われてみれば、そうですね。しかも戦いとなるとその重さを感じた時点で相当不利になる可能性がある……」
「だから、ソーラの場合は武器により重めの重力をかける。武身流なら……5倍までは耐えられないと使い物にならないはずだ。ある意味、化身流よりの特訓よりも辛いかもしれないが……やめておくか、ソーラ?」

 俺の挑発混じりの問いに、ソーラは苦しそうに顔を歪ませながらも……その口元は真逆にも笑っていた。

「…………まさ、か……俺だってできる、ってこと、見せてやる……おらあぁっ!!!」

 ソーラは気合の咆哮ほうこうと共に立ち上がり、持ち上げた剣を一振りしてみせた。そして息絶え絶えになりながらも、やってみせると言わんばかりに俺の持っていた盾を奪い取り、カーズへと向けて構える。

「さぁ、こい…カーズ!! せっかくなら、一緒、に……特訓だ!」
「は、はい……おりゃぁあっ!?」

 カーズはやる気満々にソーラへと走り出すが、重力に足を引っ張られ転げてしまう。そんな彼らに俺はあえて追い討ちをかけるような言葉をかけた。

「2人とも、今日から放課後は毎日この状態で特訓してもらう。もし他の特訓をしたいならそれでも構わないが、化身流や武身流を覚えたいなら俺のところに来てくれ、グラビティ・ライドをかけてやる。それこそ、今までの何十倍もきついだろうが…………」
「やります!!」「やるぞ!!」
「……ああ、分かってる。」



 果たして、この2人がどの領域までいけるか…………楽しみだ。


 
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