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十章 ありがとう

百二十四話 やっぱり

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「……………やっぱり、苦手だ。」

 学院長と話をした次の日の朝。俺は未だ不調な体に歯痒さを感じながらも、今日も治療室で過ごしていた。
 安静……とは言っても、色んな思いが心の中で騒ぎ立てて落ち着かないので、俺はベッドに座り1人自分の服にテコ入れをしていた。

(…………次の春……それが事実だとすれば、俺はあと6ヶ月強しか残されていない。その間に何の対策を取れば………)

 考えれば考えるほど、頭が痛くなる。かと言ってこんなこと、誰かに伝えたところで余計な心配をされるだけ……八方塞がりにもほどがある。

(……やはり、デュオを追いかけるしかできることはないのか。ならば一刻も早く…………)

「おい、入るぞ。」
「…………カリストか、今は授業中だろ?」
「余計なお世話だ、それより……お前の仕業だろ。」

 朝の授業中にも関わらず、突如としてカリストはやや乱暴に扉を開けて入ってくる。そして若干の苛立ちを含ませながら俺へと詰め寄ってきた。

「なんの話だ?」
「とぼけんな、俺の順位のことだよっ。」
「……俺は妥当だと思うけどな。」
「何が妥当だ、あんな祭ごとでに昇格なんて認めねぇぞ!」


 

『……タール=カリストを首席に?』
『はい、彼なら十分にその名に相応しい実力を持っています。素行はアレかもしれませんが、最近は少しずつ改善されていっていますので問題はないと思います。』
『うーん……確かに奴は今回の祭で力を見せたが……首席と名乗るからには、次席…ライナよりも強いと言える強さを持っていないと儂も納得はできないが……そこはどうなんだ?』
『ラナ…ライナと比べたら……おそらく、カリストの方が上手うわてだと思います。もちろん圧倒的な差があるわけでは無いですが、俺の見立てではそう感じますね。』
 



「何だ、自信がないのか? 案外そういうの気にするんだな。」
「はぁ? そういう意味じゃねぇって言ってんだろ。普通に考えて俺が一気に首席になるわけねぇだろうが、個人戦で優勝したわけでもあるまいし。どうせお前が何か仕組んだに決まってる。」
「仕組んだって……人聞きが悪いな。俺はただ推薦しただけで、決めたのは学院長だ。文句があるならあの人に言ってくれ。」
「ちっ……クソが。」

 カリストは悪態を吐きながらも、何故か部屋の椅子にどっしりと座る。まだ何か話すことでもあるのだろうか。

「……まあ、今はいい。それより……てめぇ、いつになったら俺たちに説明するつもりだ? こちとら頭ん中がそればっかで落ちつかねぇんだよ。」
「……もう少し待ってくれ。俺の体があと1、2日で回復する、そうしたらお前たちに全て話す。」
「本当だろうな? 言っておくが、俺はあんまりてめぇを信用してねぇ。今まで散々好き勝手言ってくれたくせに、自分は全く本気を出していなかった……納得のいく説明をしてくれんだろうなぁ?」
「…………ああ、分かってる。ちゃんと……話す。」


 …………やっぱり、言えないな。


「ならいいが……っていうか、さっきからお前何してんだ? 裁縫?」
「ああ、ずっと寝てるのも暇だからな。せっかくなら服にテコ入れでもしようかと。もう変装する必要もないしな。」
「……変装?」

 そう言われてもピンと来なかったのか、カリストは今も縫っている俺のコートをジロジロと見始める。意外とそういうのに興味でもあるのだろうか。


「……この服は元々茶色と黒のリバーシブルで、黒の時はロングにできていた。それで印象に差をつけてバレないようにしていたが……もうそうする必要もなさそうだからな、黒のロングに統一した。そっちのほうが軽くなるし、ロングの方がと便利だからな。」
「……どうせ『剣を隠す』とか、くだらねぇ理由だろ。」
「まあ、そういうことだ。他にも細かいことはあるが……そこまで聞きたくはないだろ?」
「ああ、お前の服なんてどうでもいい。大体何言ってるか分かんねぇし、ただ『変装』って言葉に引っかかっただけだ。」

 ……何だかんだ貴族らしくそういうファッション趣味があると思っていたが、案外そうではないらしい。最近は派手な格好もしていないし、おそらく自分磨きに夢中なのだろう。

「…………聞くがお前、何で隠してた?」
「……だから、それは次のと」
じゃねぇ。なんかあいつらの話を聞く限り、ライナと腐れ縁だったそうじゃねぇか。別に力を隠していてもそれは言えたんじゃないのか?」
「……………それは………」

 ……………カリストの、言う通りだ。本当の実力を隠していても、伝えることはしなければいけない。例え全てを話すことはなくても、それだけは…………


「………………」
「……だんまりか。まあ俺は関係ねぇし、知ったこっちゃない。」
「…………すまん。」
「はぁ、何謝ってんだ? 俺に言っても仕方ないだろうが……けっ、これがあの日アーストと仮面を圧倒した奴とは思えないな。」

 カリストは少し不満そうに鼻を鳴らす。そしてもう話したいことは全部話したのか、椅子から立ち上がって医療室の扉の取っ手を掴みここから去ろうとしていた。
 そんな彼に、俺は一言声をかける。

「……カリスト。」
「……なんだ。」
「…………ありがとうな。」
「……気持ち悪い、とっとと寝てろ。」

 扉は乱暴に閉められ、再びこの部屋に静寂が訪れる。


「………………このままじゃ、駄目だ。」

 
















ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
















「…………はぁぁ!!」

 その日の夜、俺はうずく体に従うように医療室から飛び出し、訓練場でひたすら自身の動きを確認していた。
 
(まだ少し痛い……が、我慢できるレベルだ。これくらいで寝たっきりなんて馬鹿馬鹿しい。)

 身体中に針が軽く刺さっている痛み……昔なら泣きたくなるほどのものだったが、今じゃ慣れてしまって全く何も感じない。新しく腕に付けた甲冑かっちゅう代わりの、特殊な黒い布が動きをサポートしてくれているのもあるが。

「……動きやすい。魔力を込めればある程度の攻撃も受け止められる……足の方にも付けておくか。」

 なんて独り言を呟きながら、薄暗い闇の中でしばらく体を夢中で動かし続ける。
 
「はぁっ……らぁ!!!」

 拳や蹴りは空を切り、空間は穴が空く寸前までに歪んでいく。流石に剣を使わないと時空斬りはできないが……もう少し練度を上げれば素手でも扱えるようになるだろう。武闘祭のおかげで大分思考スピードも速まったし、後はその動きと思考をどう組み合わせていくか、そして…………

「…………魔法と、魔技の強化。」

 和神流や洋神流の魔法はほぼマスターしており、その強さもかなり極まっていると言っても過言ではない。だとすれば、今後鍛えるべきなのは新たに作った龍神流の竜属性魔法や裏式魔法……またはこの身体を最大限に活かした魔技の拡張…………


(……これはできるか……?)
「…………《こがらし》!」

 俺はある地点を中心とし、その周囲を全力で円を描くように走り始める。すると徐々に風がその中で渦巻き始め、やがて小さな竜巻を作り出し始めた。
 その勢いはほどほどであるものの、まず棒立ちはできないくらいには風が吹き荒れている。思い付きでやったもので魔技と呼べるかはあれだが、いつか使える時が来るだろう。


「…………ぐっ……?」

 凩を終え、次の手段を考えようとした瞬間に再び体に痛みが走る。それはさっきよりも少し大きいもので、たまらず膝をついてしまった。

「……くそ……こんなもんじゃ、寝れない……」

 対策がまだ思いつかない……なら、今はできることをするべき。より自己を高め、脅威を打つ……そのためなら、こんな痛みなんて無視しろ。

(意識したって価値なんてない、なら…………)
『陰陽成る光影』

 俺は光と影の球を作り出し、上空へと放つ。この魔法は狙った相手の回避行動……具体的には相手の『回避』という思考を強制的にシャットダウンさせ、球と対峙たいじせざるを得ないという思考に陥らせる魔法だ。
 その上、威力は絶大。まず普通の人間が受ければ魔力防壁は壊され、下手をすれば死……そんな魔法を俺は放った。

(っ……こういう感覚か、確かに避けられないな。)

 この魔法特有の感覚に一種の感嘆を思いながらも、俺は受け止める体勢を取り始める。もちろん魔力防壁は無理やり発動させずに、生身で。

「さぁ…………ぐ、うぉっ……!!」

 両手で球を受け止めた瞬間、指先から熱く冷たい激痛が体に回り始めた。

(これは……想像以上………だが、これくらい……!!)
「ぐぐっ……がはァッ!?」

 体を裂かれそうな痛みを耐え忍んでいると、不意に身体の内側から別の痛みが走り始める。おそらく鬼神化の反動がここに来て急激に現れ始めたのだろうか。

(痛い……剣を体に刺した時と同じくらいの痛みだ……!!)
「ァあ……こんな、もの………!!!!」

 今にも逃げ出したい気持ちだったが、生憎そんな感情はこの魔法に打ち消され、ただ暴れ狂う球が収まるまでひたすら我慢するしか無かった。

(耐えろ……神威級ぐらいでを上げるような鍛え方は……してないだろ!!!)

 俺は…………守るんだ。そのためなら、例え……たとえ…………!!!!




















『「それでいいのか?」』
「…………………ぇ??」


 ……誰の声……………?



「…………えっ、ウルス!!?? 何してるのっ!?」
(っ、ローナ……!?)

 どこからともなく聞こえた声に戸惑っていると、不意に訓練所の入り口からそんな驚愕の声が届いてきた。そして俺はすかさず魔力防壁を発動させて球を受け止めさせた。
 ちょうど球は勢いを失ったのか、次第に小さくなりやがて綺麗に消え去っていったが……代わりに、彼女が怒った様子でこちらにズカズカと近づいてきた。

「……今のってウルスが発動した魔法だよね、何であんなことしてたの?」
「……それは…………」
「まだ体は完治してないって話だったけど……まさか、無茶苦茶なことをしてるんじゃないよね?」
「…………ずっとあそこにいると、落ち着かなくてな。ずっと寝たきりだったし、身体を慣らそうと……」
「…………………」

 俺の言い訳じみた言葉に、ローナは変わらず訝しんだ表情を見せる。

「…………そうやって、無茶ばっかりして。みんな心配してたんだよ?」
「……すまん。」
「分かってるならいいけど………」
「……ローナこそ、何でここにいるんだ?」
「私? 私はたまたま夜の特訓に来ただけだよ。最近は涼しくなってきたし、この時間帯なら誰もいないしやり放題ってこと!」

 ローナは訝しんだ顔をやめ、澄んだ夜空を見渡すように俺目を逸らした。そんな彼女が俺の目には…………に感じる。

「…………随分と珍しいんだな、ローナが夜の特訓なんて。いつもならとっくの前に寝ていたと思うんだが。」
「……最近は色々あったからね、目が冴えちゃってるんだよ。」
「そうか……なら聞くが、何故俺が
「………………たまたまだよ。」

 ローナの表情は未だ見えず、代わりに燃えるような赤い髪がなびく。また、月明かりに照らされた彼女の髪はどこか儚げで、現実味のない幻想的な色合いを醸し出していた。

「…………………あの日、ウルスの強さを見て……既視感があったんだ。」
「…………既視感、か。」
「うん……他を寄せ付けない、圧倒的な力と凄み。それが……って思った。」
「………………。」
「前からそんな気はしてたんだ。だって雰囲気とか似てたし、声色や見た目もそっくり……でも、まさかこんなところで再開するとは思ってなかったし、何より目の色が全然違ったから、勘違いかなって。」

 

『いやぁ……見た目や雰囲気は全く一緒だったんだけど、が違ったんだよ。』
『目の色?』



(…………こっちの方も、話さないといけない時が来たのか。)

 自分やラナのことで頭がいっぱいだったが……まだ、俺には隠していることがあるんだった。たった数時間の、俺の旅の中ではあまり大きな出来事では無かったのですっかり後回しになっていたが………………






「…………でも、やっぱりそうだったんだよね…………『』。」




 ローナは、俺の目を見てそう言った。
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