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九章 昇華する心 『Acquire』 (武闘祭編)

九十九話 大切に

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「武闘祭……お前たちも出るんだな。」
「はい、申し込み用紙をください。」
「ああ、これに書いて私に提出してくれ。」

 チームを結成してから数日後、俺たちは特訓を通して着実に実力を高めていた。そして次第に武闘祭への申し込みが開始され始めたので、俺とニイダの2人は担任のラリーゼにその用紙を貰うために職員室へと来ていた。
 俺は自分の席に座っていたラリーゼに紙を貰い、記入事項を書き始めると……不意に、彼女が話しかけてきた。

「確か、お前たちはあの仮面……デュオ相手に時間を稼いだそうだな。」
「そうですね……まあ、逃げ回っていただけですけど。」
「それでも十分凄いものだ。あの日デュオと顔を合わせてしまった生徒はほぼ全員眠らされていたからな……お前たちには期待してるぞ。」
「はぁ…………」

 何とも言えない期待に俺は何とも言えない返しながらペンを動かしていると……記入欄に1つ、気になる場所があった。

「……ラリーゼ先生、この『補欠』って何ですか?」
「ん? ああ、説明した時には言ってなかったな。本来、武闘祭は4人チームが原則だが、保険としてもう1人だけチームに入れることができるんだ。」
「保険? 当日に何かあった場合の対処的な感じっすか?」
「そうなるな……まあ、今までそんな事例はほとんどなかったし、有って無いような制度だ。」
「そうですか………先生、できました。」

 話半分に聞きながら、俺は書き終わった用紙をラリーゼに渡した。

「ああ、確かに受け取った………ちなみにだが、補欠は当日でも飛び入りで参加させられる。流石に他チームからは無理だが、誰か手が空いてる奴に頼んでみろ……あったら困るからな。」
「はい、分かったっす先生!」
(…………、か。)


 相変わらず一言ひと言が、とりあえず俺たちは職員室を後にした。

「補欠っすかぁ……でももう俺たちに知り合いはいないっすから、今回は無しっすかね?」
「そうだろうな、でも今のメンバーで充分…………」



『はぁ…はぁ……くっ…!』
『…大丈夫か、フィーリィア。』




(……………いや、念には念を入れておくか。)













ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

















「……今日はここまでにするか。」
「ふぅ、やっと終わったー!!」

 それからまた数日経ったある日の夕方頃、俺たち4人は舞踏祭に向けての練習を行っており、今ちょうど終わったところだった。
 その特訓に疲れたのか、ローナはその場に仰向けで倒れ込む。

「相変わらずウルスの特訓はきついねぇ……これもウルスとミルに修行をつけてくれた人が教えてくれたの?」
「ところどころ俺がアレンジをしてるが、大部分はそうだな。でも、あの人の特訓はこんなもんじゃなかったぞ?」
「ほう~なら、明日はもっときつめに行くっすか?」
「……でも、武闘祭まであと数日しかない。あまりやり過ぎるのも良くないと思う。」
「そうだな……それじゃあ明日からはそれぞれの形式をメインにやっていくか。」

 色々と話をしながら、俺たちは訓練所をあとにして食堂へと向かう。武闘祭に向けての特訓を始めてからは、練習終わりにみんなで晩ご飯を食べるのがすっかり習慣となっていた。

「ねぇフィーリィア、たまには一緒に大浴場に行こうよ!!」
「えっ………でも、自分の部屋でもお風呂は入れるけど……」
「1人じゃ寂しいんだもん~それに自分の部屋のじゃ2人も無理だし、たまには広い浴場で汗を流したいってもんだよ!!」
「そ、そういうものなの……?」
「そういうもん!!」


「仲良くなったっすねぇ2人とも、オリジナル魔法の課題の時はまさかこうなるとは思わなかったっすよ。」
「…………そうだな。」

 食堂へと向かう途中、前でそんなやりとりをしている2人を見ながら、ニイダが話を振ってきた。

「これもウルスさんのおかげっすね、いやぁ流石っす。」
「……何でそうなる、俺は何もしてないだろ。」
「えぇ? 本気で言ってるんすかそれ? どう考えてもあの光景を作ったのはウルスさんでしょ。」
「いや、違うだろ。あれはローナの明るさが……」
「そういうことじゃないっすって。まあローナさんの明るさが引っ張ってくれているのもあると思うっすけど…………俺が今言ってるのはフィーリィアさんのことっす。」

 ニイダそう言って、俺の脇腹を小突きながら小声で聞いてきた。

「………あれ、っすよね。『魔力暴走が危険じゃない』って話……本当は何かあるんすよね?」
「…………どうしてそう思う。」
「いや、よくよく考えたらおかしな話っすよ。『使った魔法が変になる・この称号があると魔法がうまく使えなくなる』………本当にそれだけなら、課題発表の時にああはならないっすよ。」

 

『どうした……体が震えてるぞ。』
『だ、だいっ、だぃっ……』



「遠目だったので何してたかは知らないっすけど……いくら苦手だからって、たかが魔法を1発使うだけであそこまで怯えるなんて普通じゃないっすよ。」
「…………知ってたのか?」
「いや、何も。俺には魔力暴走がどういう物かは分かんないっすし、『怯えてた』って言っても彼女の魔力の流れを見てそう思っただけっすよ。それに…………ウルスさん、フィーリィアさんには特別優しいっすからね。」
「…………別に、優しくしてるつもりはない。フィーリィアにはフィーリィアの事情があって、俺はそれを知ってるだけだ。」


 …………俺は、『優しい』と言われるほど何かをしてきた人間じゃない。本当に『優しい』人間ならば、フィーリィアに魔法なんて使わせないし…………にあんな特訓なんて、絶対させなかった。







『ぐぅ……げほっ、げほっ……!』

『……どうする、今日はここまでにするか?』

『い、いや………まだ、やり……ます………』

『私も………まだ……だから、見捨て……ない、で………』








「…………優しい奴は、人を選んだりしない…………だから、俺は優しくなんかないぞ。」
「……………………」

 意志を、俺はニイダに示す。


(……俺は、聖人でも紳士でも何でもない。人は選ぶし、殺しも何度もしてきた。例えそれが全員悪人でも…………殺しは、殺しだ。)


 この世界でも、殺人は大罪だ。しかし、前世とは違った部分もあり………それは、『大罪を犯した人間は殺しても罪に問われない』といった制度だ。その証拠に、冒険者の依頼書には生死を問わない物も少なくはない。
 その制度が正しいかどうかなんて……正直、倫理観が混濁こんだくしてしまった俺じゃ判断できない。悪者は裁かれ、善人はただ穏やかな日々を過ごす……それくらいしか、俺には言う権利がない。

 
(だが…………その悪人を殺す俺は……少なくとも善人ではない、それだけは言い切)




「何言ってるんですか、『優しさ』は人を選ぶに決まってるでしょ。」
「………………え?」


 さも当然かのように、ニイダはそう言った。

「いや、『え?』じゃなくて。誰に対しても優しい奴なんて俺は信用しないっすよ、だって気持ち悪いし。」
「気持ち……悪い?」
「場合にもよるっすけどね。でも普通、人が人に優しくするのは相手のためなんかじゃない、っすよ……それはウルスさん1番分かってるでしょ。」
「…………………。」
「勝手に優しくして、勝手に救った気になる……例えそれが善意でも悪意でも、そんな勇者面するやつは気持ち悪くて反吐が出るっす。」

 ニイダはそう笑いながらも、普段よりも強い言葉を吐き捨てる。そしてその言葉は……俺を刺すようなものにも聞こえた。

「だから、ウルスさんは優しいと俺は思うっすよ。助けたい人を選んで、選んだ人を大切にしようとするのは……俺は好きっすよ。」




『いか……ない、で………』





「…………大切に、か。」
「ありゃ、違ったっすか?」
「………………違うだろうな。」


 ……あの行動を、『大切にしようとする』に当てはめるのは……無理がありすぎる。



(…………やっぱり、俺は優しくなんてない。)

 
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