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八章 夏期休暇
八十八話 弱点
しおりを挟む「……忘れ物は無いか?」
「うん、大丈夫だよ!!」
家に帰省して1週間。俺とミルは休息と修行を経て今、学院へ戻ろうとしていた。
「……師匠。この1週間、ありがとうございました。おかげで全力の感覚を掴めました。」
「礼なんかするな……俺はお前の『師匠』なんだから。」
「…………はい。」
この1週間、俺は師匠との全力の勝負を続けて力の使い方を把握していった。その結果、もうほぼ完璧に全力の扱い方も理解でき、後は自力で磨き上げるターンへと昇っていた。
戦いの速さが上がると言うことは、思考速度も必然的に上げなければいけない。その特訓は旅の頃からしていたが…………これからはそれを重点的に鍛えていかなければ。
(学院で……それを……………)
「……あっ、2人ともちょっと待ってろ。」
「「……?」」
玄関前まで行ったところで不意に師匠は思い出したかのように部屋へと戻っていき……また出てきた。その出てきた師匠の手には手鏡のような見知らぬ物があり、俺たちに1つずつ渡してきた。
「これは……?」
「ああ、『ソレ』は魔力を込めることで同じ物を持っている人の顔が鏡に映って、連絡が取れる便利な手鏡だ。お前たちが学院に入っている間に英雄の1人がやってきてな……何個か家に置いていったんだ。」
「英雄の1人……? それって学院長のこと?」
「いや、違う奴だ。そいつは魔道具の発明が趣味らしくてな、『ソレ』もその発明の1つらしい。」
「……便利ですね、これは。」
所謂、前世でいうところの携帯電話か。魔法という物は本当にべ ん りだな…………
(……………?)
「仮面のこともあるしな、一々転移で連絡なんてしてられない。何かあった時は『コレ』……そういえば名前を書いてなかったな、何と呼べば……?」
「……『通信鏡』でいいんじゃないですか? そのままかも知れませんが。」
「つう、しん……? なんかかっこいいね、その名前!」
「じゃあ改めて…………これから何かあったらこの通信鏡で俺を呼ぶんだ。もちろん、声が聞きたいからって理由でも俺は嬉しいぞ!」
「まあ……はい、分かりました。」
師匠の冗談に何と言えばいいか分からず、空笑いで返す……もうそんな子どもじゃないんだけどな。
「じゃあ……そろそろ出ます。」
そう言って扉を開けて外に出る。別にわざわざ外に出る必要は無いのだが……これは癖なので仕方ない。
俺たちは師匠へと振り向き、言葉をかける。
「……次は冬ですかね、また帰ってきます。」
「今度帰った時は私を鍛えてねグランさん! それまで私も強くなってるから!!」
「ああ……楽しみにしてるぞ。」
師匠はそう笑って返してくれた。その笑みは嬉しさはもちろんあったが……どこか、寂しそうだった。
(何の………?)
「……ミル、肩に……」
「はいっ!!」
「………………まあいい。」
ミルの抱きつきに呆れながらも、俺は転移を発動させようとしたが……………
「ウルス。」
「………まだ何か?」
師匠に呼ばれ、目を向ける。
その目から見えた師匠の顔は………………
「………………焦るなよ。」
「………………
……………焦ってなんか、いませんよ。」
…………心配の、色をしていた。
「『転移』」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「………….『なんか』、か。」
2人を見届けた後、俺はひとりそう呟く。
『……何を、焦ってるんだ?』
『…………?』
『俺は焦ってませんよ?』
『……そうか…………なら、いい。』
「……ウルス、お前は…………」
……俺はお前の『師匠』だ。でもその以前に家族であり…………大切な、息子たちなんだ。
『……ここは、俺ひとりでやらしてください。』
『…分かった、気を付けろよ。』
あの時の俺の選択は、間違っていた。それに今更気づいたところでもう、俺ができることはないのかもしれない。
「…………だが、それでも………」
今、俺ができることを……子どもたちにできることを…………!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おお、ウルス! 帰ってきてたか!」
「久しぶり…ってほどでもないですね、おかえりなさい。」
「……ソーラ、カーズ。2人で特訓か?」
プリエに転移し、学院に戻ってミルと別れてから何となく訓練所に行ってみると、そこでソーラとカーズの2人が武器を持って特訓をしていた。
2人は俺を見て何やら自信満々な様子で話をしてくる。
「ああ、お前が居ない間ずっと鍛えてたんだ。夏期休暇中は自由にできるからな、おかげでこの短期間でもかなり腕を上げられたよ。」
「そうか……それは楽しみだな。」
「……そういえば、カリストさんの話は知ってますか? 」
カーズの質問に俺は首を横に振る……大方予想はついているが。
「実は…………カリストさん、この夏期休暇中朝から晩までずっと訓練所に篭ってるらしいんですよ。今まで授業もサボったり、自主訓練なんてもってのほかだったのに……何か変化でもあったのでしょうか?」
「…………だろうな。」
「ん? 何か知ってるのかウルス?」
「いや…………何も知らないな。」
……残り1ヶ月ほど、この期間でどこまで強くなってるか…………楽しみだ。
「……そうだ! ウルス、今時間はあるよな?」
「まあ、あるが…………何かするのか?」
「さっき『楽しみだ』って言ってたよな? だったら……今ここで見てみないか?」
そう言ってソーラは俺から距離を取り、手を招いてきた。
(…………勝負か。本当は1人でやりたいことがあったが…………それはまた今度でいいか。)
「……ああ、見せてくれ。」
鞘からシュヴァルツを抜き、ソーラへと構える。そんなやる気満々な俺たちを見てカーズは呆れながらも、中心に立ってくれた。
「いきなりですね……まあ、勉強になるので僕はいいですけど。2人とも、準備はいいですか?」
「「ああ。」」
「それでは……今からウルスさん対ソーラの勝負を始めます。用意…………はじめっ!!」
カーズの合図で戦いが始まる……が、ソーラに攻めてくる気配はなかった。
「……お前の戦い方じゃ、待ちは悪手だと思うが?」
「その手には乗らないぞ! ウルスは会話で揺さぶってくるってカーズに聞いたしな!」
「親切心を無駄にするのか?」
「気持ちだけ貰っておく……よっ!」
ソーラはそう告げると同時に剣をしまい、何やら手を筒のように形取って口元へと近づけていった。
(……あれは、確かオリジナル魔法作りで見せていた……いや、でもあれはローナとの2人で発動する……)
「……炙れ、『ドラゴンブレス・ファイア』!!」
「…………!!」
ソーラが唱えた直後、その筒状の手から炎が伸びてくる。
その炎は鞭のようにしなやかで、また高い温度で空気を焼きながら俺目掛けて飛んできた。
「1人で使えるよう……調整した、ってわけか!」
「正解だ! これで苦手な魔法は克服したっ!」
「克服…………」
迫ってくる炎を避けながら、カーズの呟きに耳を傾けるが…………その炎は避けたのにも関わらず、俺の後を追ってきていたのであまり余裕はなかった。
ドラゴンブレス・ファイア……この魔法は以前の授業で俺とフィーリィアが一緒に魔法を作ったように、ソーラとローナの2人で作ったオリジナル魔法だ。
炎を蛇…………いやドラゴンのように飛ばし相手を焼く魔法で、あの時はローナと2人で発動していたが……この夏期休暇で1人でも扱えるように特訓したのだろう。
追尾性のある魔法はそれほど珍しくない……というより、大体の魔法は操作することで後を追わせることは可能だ。その分魔力をそれなりに消費するので学院生クラスの人間はあまりやらないが…………この魔法の厄介なところはそこじゃない。
「速さも上がってるな………」
「いいのか? そんなに動き回ったら逆に動けなくなるぞ!!」
ソーラの言う通り、俺はドラゴンを動き回って回避している。
そして、この炎は追いながら伸び続けている…………つまり、俺が動いたり避けたりすればするほど、炎がそこに残り続けて俺の動きを封じてしまうことになる。その証拠に今、既にこの場には長い炎の道が俺の行動を制限していた。
「っ……『ジェット』」
「飛んでも無駄だ!!」
俺は半ば誘導されるようにジェットを発動し空へと逃げるが、変わらず炎は俺を追ってきていた。
(…………制限させられている……とはいえ、あんなに伸ばし続けていたらそのうち魔力切れを起こす。それはソーラも分かっているはずだが…………いや、ジェットを使わせて先に俺の魔力を削るつもりか?)
ジェットの魔力燃費が見た目よりも良いため、お世辞にもいい作戦とは言えないが…………彼なりに考え抜いた作戦なのだろう。以前は接近戦に頼ってばかりで単調なことしかできていなかったソーラだったが、彼もまた成長しているんだな。
(…………せっかくだ、ただ待つだけじゃつまらない。)
何だかんだここまで追い詰めてくれたんだ…………ここで彼の成長に応えないのは、卑怯というものだ。
「……行くぞ!!」
「っ!?」
相変わらずソーラはその場に留まりながら続けて炎を放ってくるのに対し俺は、ジェットのスピードを上げて一度その炎を振り切ってしまう。そしてそのまま俺は炎の茨の道へと潜り込んでいく。
「なっ、何でそのスピードで……!!?」
「生憎、俺の住んでいた周りは自然が多くてな…………これくらい避けるのは造作もない!!」
………昔はよく森の中を駆け回ったものだ。
(修業でも…………遊び、でも。)
「それを使っていると動けないんだろ?」
「なっ、何故それを……!?」
炎の茨道を通りながらあくまで最短距離ではなく、混乱させるためにぐちゃぐちゃなルートを辿って距離を詰めていく。
この魔法を発動している際、ソーラはずっとその場で棒立ちだった。一応盾を空いてる手で持ってはいるが、魔法に集中しているためか全く構える様子は無かった。
そして、元々魔法の得意ではないソーラがこんな手の凝った戦法をする……いくら鍛えたとはいえ、その分隙が生まれるものだ。
「は、速い……!!」
「俺だって、ただ休んでいたんじゃないぞ?」
それっぽいことを言いながら俺はジェットで掻き分けていく。そんな俺を見てソーラは焦って盾をこちらに合わせようとするが…………
「……あっ、しまっ……!!」
「消えたな。」
盾を合わせるのに気を逸らしたのか彼は魔法を解除してしまい、一瞬にして炎の茨道は消え去ってしまった。
俺は炎が消えた瞬間、一気にソーラとの距離を詰め蹴りを食らわせていく。
「はぁっ!」
「ぐぉっ……このっ!!」
二撃食らわせられたソーラは咄嗟に剣を抜いて反撃して来たが、俺はジェットでそれを避けてまたすぐに距離を詰めていく。
「落ちろ……っ!?」
「直線的だな。」
俺の接近にソーラは愚直に剣を横振りしてきたので、当たる寸前で彼の頭上へフワッと浮かび上がって剣撃を避ける。そして『ある物』を真上に投げてから、彼の背後へと降り立ってジェットを解除する。
「そろそろ終わらせてもらう、中々面白かったよ。」
「ま、まだ終わって……ない!!」
俺が渾身の打撃を与えようと深く構える中、ソーラは振り返りながら勢いよく剣を振りかざして来た。
この状況、普通ならソーラの方が先に攻撃が当たるが…………
「……うぐっ!?」
「ま、また剣を……!!」
カーズの呟き通り、ソーラは頭上から降って来た剣にぶつかり、動きが中断されていた。
「いいのか、止まって……てっ!!!」
「っ、ぐぁっ!!?」
停止したソーラをブン殴り、大きく吹き飛ばす。そして彼にぶつかったことで再び浮かび上がった剣を掴む。
「らぁっ!!」
「がはぁっ……!!」
俺は吹き飛んだ距離を直ぐに詰め、勢いのままソーラを斬り飛ばし魔力防壁を破壊した。
「そ、そこまで! 勝ったのはウルスさんです!!」
「立てるか、ソーラ?」
「いてて……相変わらず強いな、ウルスは。」
ダメージが少しオーバーしたのか、ソーラは俺の手を掴んで立ち上がりながら体を撫でる。最近は本気でずっとやっていたから、少し調整をミスったか………
「僕の時と同じでしたね……まあでも、あれは気づかないですよ。」
「……そうか、ジェットで浮かんだ時に投げたのか。よく即興であんなことできるよな、羨ましいぜ。」
「勝負事は全部即興だ。その場の状況で判断しただけに過ぎない、特別なことはしていないぞ。」
「それはそうかもしれないが…………やっぱり、そう簡単には出来ないぞ。特訓が足りないのか……?」
そう言ってソーラが頭を捻らせたので、俺は少し助言を与えた。
「難しいなら、まず相手の弱点を探すことをやってみるんだ。ソーラが『あのドラゴン魔法を使っているときは動けない』みたいな、根拠が無くてもそう仮説して実践する…………そういう積み重ねをしていけば、自ずと体が動いてくれるものだ。」
「弱点…………ちなみにウルスはどうやって俺の動けない弱点を見つけたんだ?」
「ああ、それは…………カーズ、お前だ。」
「……えっ、僕ですか?」
傍観者気味に聞いていたカーズは、急に話を振られたことで少し驚く。
「最初、ソーラは『苦手を克服した』って言ったよな?」
「あ、ああ。それは言ったが……」
「俺は元々ソーラが魔法をどれくらい苦手か知っていた。そこから虚勢を張るような発言、そしてカーズの『何とも言えなさそう』な呟き。」
「え? …………あっ。」
思い当たる節があったのか、カーズは零す。
『正解だ! これで苦手な魔法は克服したっ!』
『克服…………』
「本当に克服しているなら、あんな呟きはしないよな。」
「……つまり、カーズのせいで負けた?」
「い、いやいや僕のせいですか!?」
「まあ、あくまでそれはおまけだ。どっちにしろその内気づいていただろうな。」
「そ、そうなのか?」
俺は一応カーズのフォローしておく。きっかけにはなったし、それが無かったらこんな形で決着はついていなかっただろうしな。
「もしソーラが動けていたら、俺も危なかった。これからはそこを鍛えた方が良いかもな。」
「そうか……ありがとうウルス、また今度魔法のコツでも教えてくれ!」
「別に構わないが……カーズに聞いたらどうだ? 魔法は得意だろ?」
「いやぁ、カーズは人に教えるのが下手だからな。堅苦しいというかなんと言うか…………頭に入ってこないんだよ。」
「そ、それはソーラがちゃんと話を聞かないからですよね!? 『話が長い』ってよく言いますけど、説明するにはちゃんと言葉を使わないといけないんですよ!」
「俺は賢くないから端的にまとめて欲しいんだ!」
「開き直らないでください!!」
「……………」
ギャーギャー騒ぎ始めた2人を見ながら俺は息を吐く。
(……仲が良い事だ。)
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