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八章 夏期休暇

八十七話 求めてきた

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「……流石に、今日は疲れたな。」

 家の自室に戻り、ベッドの上に座って息を吐く。


 あれから師匠と手合わせを続け、それなりに全力の感覚は掴めるようになった。あと2、3日続ければもう心配は要らないだろう。

(………外の空気でも吸おう。)

 そう思い、俺は家の外へと出る。もう既に日は暮れかかっており、半月がもう登りかかって地面を薄く照らしていた。

「……あっ、ウルスくん。」
「ミルか……家に入らないのか?」

 外に出ると、ミルが1人近くの草原に腰を下ろして佇んでいた。

「うん、もうちょっと風に当たりたくて……ウルスくんは何か用でもあるの?」
「……いや、ミルと同じだ。ここの草原は心地いいからな。」
「じゃあ、ちょっとお話ししない? 学院じゃあんまり2人きりで話すことも無かったし、久しぶりに……いい?」
「……ああ、構わないぞ。」

 そう言って俺はミルの隣に座る。すると、ミルが俺の肩に頭乗せてきた。

「えへ……やっぱり安心するなぁ……」
「……ミルも学院に通ってからは成長したと思ってたが……まだまだ子どもだな。」
「えぇ~そんなことないよぉ……私だってもう立派な大人だよ?」

 なんて言いながらも、ミルは自分の頭を上げようとはしない。いつもなら無理やり起こしてやるところだが…………まあ、偶にはいい……だろう。


「………………」
「………………」


 無言のまま、風が優しく俺たちを吹かしていく。その風は草原を揺らし、遠くの木々を揺らし…………俺たちをも揺らした。


「……この3、4ヶ月……色々あったね。」
「…………そうだな。」

 俺は頷きながら、星を見上げる。


「……最初に会ったのはローナさんだったよね。確か……『ユウ』っていう紫目のウルスくんと間違えたんだよね?」
「…………バレてたか。」
「そりゃ分かるよぉ~明らかにウルスくんも動揺してたし、神眼のことだって知ってるんだから。」


 ……入学試験早々、旅の時に出会ったローナと再会したときは流石に肝を冷やした。幸いローナの判断材料が『目』だったので助かったが……力を見せれば俺がユウだってことは一瞬で分かるだろう。これからも注意しておかなければ。


「それで、次はニイダくんだね。初めて会ったときは変な人だと思ったけど、結構しっかりしていて驚いたよ。実力も高いし、人を見る目も凄いよね?」
「そうだな………まあ、鼻につく態度だから俺はあんまり好かないけどな。」
「えっ、そうなの? いつも一緒にいるからてっきり仲が良いと……」
「良いも悪いもない。あいつが勝手についてくるだけだからな……それに、あいつと居ると精神が擦り切れる。」
「そ、そうなんだ……」


 試験中のクナイ挨拶が印象的であり、その印象が全く変わらなかったニイダだが……ミルの言う通り、人を見抜く力はずば抜けている。実際ニイダは何もない状態から俺の力に気づいたり、人の動揺などの感情の起伏をすぐに感じ取ったりと、心理戦において正直勝てる自信はない。とても敵に回したくない人間だ。

「……入学してすぐにタッグ戦があったな、あの時に確かソーラとカーズと戦ったはず。」
「あの試合は凄かったよ、ニイダくんとの息がピッタリでほぼ完全勝利だったよね!」
「息が合ったというか……お互い自由にやってただけだがな。それに、あの時はまだソーラとカーズは戦い慣れてなかったようだからな、また同じメンバーでやれば結果も変わってくるだろう。」

 貴族であるソーラとカーズはどちらもフレンドリーな奴らで、出会った当初から何だかんだ一番接しやすい2人でもある。それは唯一『俺に対しての情報が無い』っていうのもあるが……単に人柄もあるのだろう。実力はまだまだ発展途上だが、今後に期待できる2人だ。

「そのあとかな、ウルスくんがフィーリィアさんと一緒にオリジナル魔法を作るってなったのは?」
「ああ……もうミルも気付いていると思うが、彼女には『魔力暴走』がある。最初のうちは大変だったな。」
「うん、確か魔法が上手く扱えなくなるんだよね……私も最近知ったよ。」


 フィーリィアは…………とても優しく、悲しい人間だ。それを知った俺は彼女手を掴ませ、立ち上がらせた。
 まだ、『その時』ではないと思うが……いつか、のように消え去る時が来るはずだ。『その時』が来るまで俺が支えなければ。


「夏の大会は……カリストくんだったね、あの人はムカつくよほんと!」
「まだ怒ってるのか? もう何も言ってきたりはしてないだろ。」
「それはそうだけど……やっぱり馬鹿にしてくるような人は嫌い!」
(…………随分と嫌われたものだ。)


 今思えば、カリストが散々していた煽りに中身は無かった。あれらの言動は自尊心から来ただけであり、全て見下す・侮蔑するだけで深い意味は存在しなかった。だから俺を馬鹿にしていたのもただ下に見たかっただけで、俺そのものに興味なんてこれっぽっちも無かったのだろう。
 だが、見下ろしていた俺に負けたことでそれら無関心は全部……『野心』へと変わった。この短期間でどれほど強くなっているのか楽しみだ。



「そういえば…………ミカヅキさんって入学式の日に覗いた人だよね。ウルスくんったらいつの間にか仲良くなって『ルリアさん』って呼んでるし……やっぱり年上の綺麗な人が好みなの?」
「ルリアさんにそう呼んでくれって言われただけだ、好みとか別にそういうわけじゃない……話はしただろ?」
「ウルスくんの力がバレそうになって、神器で誤魔化したんだよね? ウルスくんの神器って色んな武器に変わって、強いといえば強いんだけど……よくそれだけで通せたね。私じゃ多分無理だよ。」
「まあ、ミルのと比べたら地味だしな。誤魔化すのには苦労したよ。」



 ルリアには謎の称号、『解放される力』がある。その力の詳細はまだ何も分からないものの、発動すれば超人的能力を得られることができる不思議な称号だ。今はまだコントロールできないらしいが、いずれできるようになれば強敵になるかもしれないな。








「…………仮面の人たちって、何が目的なのかな。」
「……それは分からない。神界魔法のこともあくまで通過点かも知れないし、今の時点でそれ以上のことは知るよしもない……だから、ミルもあまり気にしなくていい。」
「でも、ライナを…………ような人たちだよ。そんなのがまた来るかも知れないって思うと…………落ち着けないよ。」


 ミルは肩から頭を離し、俺の目を見てそう言う。
 


 その映る目には見たことのない…………いや、色をしていた。


「……ライナと話をしたんだ。」
「…………何の話だ?」
「仮面の時のこととか……あと、は………」
「…………?」


「……ライナの幼馴染のこと、とか。」

(…………………)




「……何で、分かったんだ?」
「…………その、ライナが仮面に襲われた時に助けてくれた人が……『ウルくん』って。その『ウルくん』は小さい頃に村が盗賊に襲われた時に亡くなったって………………そんな風に呼ばれてたんだね。」
「…………ああ。」

 ……俺はミルに、村の人たちのことを…………ラナの話したことはなかった。その話をしても、『辛いだけだから』という理由もあったが…………


 『強くなる』。その言葉意志に囚われていた俺に、過去の思い出を振り返るほどの余裕は無かった。失ったショックや繰り返さないといった意志に突き動かされるばかりで、少なくとも『彼女たち』との旅を終える頃までにそんなことは……考えようともしなかった。


 そして、忘れ去った結果…………半端な想いのまま、学院で出会ってしまった。
 

「ウルスくんも、あだ名か何かで呼んでたの?」
「…………『ラナ』って、呼んで。」
「……仲が良かったんだね。」
「…………まあ、良かっ。」
「……そっか。」


 上手く話を続けられず、目を逸らしてしまう。そんな俺を見てか…………ミルは聞いてきた。




「……言って、あげないの? 『俺がウルくんだ』って、『生きてたよ』って。」

「………………










 …………まだ、言わない。」


 駄々をこねる様に、呟いた。


「……『ライナ』にとって、俺は死んだ存在だ。そんな奴がいきなり『生きてる』なんて言っても信じないだろ。それに…………」
「……それに?」
「………おれは………、仮面のことがある。不用意に伝えるんじゃなくて、もっと落ち着いて、然るべき時に、言う、つもり…………だ。」

 ツギハギな理由を自覚しながらも、俺は悟られないように飾る。

 ……何故今、ミルに対しても虚勢を取ったのか…………分からないふりをしていても、じわじわと勝手に蝕んでくるのに……なぜ…………








「…………なら、仕方ないね。」
(………………!)

 俺の言い訳を、ミルは安心したかのように微笑んで返してくれた。



 その緩んだ表情を見て…………俺は、その理由を理解した。


(………俺、は…………)












「…………ごめんねウルスくん、変な言い方しちゃって。幼馴染なんだし、ウルスくんがライナのこと考えてないわけなかったよね。」
「ああ、いや…………大丈夫、だ。」
「………………そろそろ戻ろっか。」
「…………あぁ。」


 ミルは立ち上がり、俺に手を伸ばしてきた。


 俺より一回りも小さく、そして俺よりも綺麗でしなやかな指と掌が月明かりに薄く照らされ…………







「…………大丈夫だ。」


 彼女の手は掴まず、自力で立ち上がる。



 それが…………せめてものであり、求めてきた『強さ』なのだから。
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