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八章 夏期休暇
八十五話 クズ野郎
しおりを挟む「…………というわけで、明日から夏期休暇へと入る。学院に残るもよし、実家に帰るのもよし、自由に過ごしてくれて構わないが……くれぐれも訓練を怠るなよ。うっかりサボって1人だけ置いていかれるようなことになっても知らないからな。」
時間は過ぎていき、ついに明日から長期の休みとなっていた。前世で言うところの学校の夏休みみたいなものだろう……多分。
「あと、最後にだが……以前、学院を襲撃されたこともある。我々や国の人たちが現在その奴らを探し回っているが、もし何かこの休みで変なことが起こったり気づいたことがあったら教えてくれ…………では、解散。」
(仮面…………)
『さぁな……また、会おう。』
……奴らはいつかまた、必ずここに来る。その時までには…………
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「夏期休暇……皆さんはどうするっすか?」
「私はここにいるよ。親には会いたいけど、今はジェットの特訓中だからね!」
「俺とカーズも今回は帰らないな、学院で武者修行だ。」
「武者修行って……意味が違うような…………」
解散の後、俺たちはいつものように集まってこの夏期休暇中どう過ごすか話し合っていた。
「へぇ、俺はちょっと実家に帰るっすね、すぐに戻ってくるとは思いますが。」
「私とウルスくんも帰る予定だね。」
「……そうだな。」
師匠には出る時に帰ると言ったし、『やりたいこと』もある。仮面のことを考えると少し心配だが、学院長には……
『大丈夫だ、グランさんのためにも帰ってあげてくれ。』
……と、言われた。ならばと言うわけで結局、俺はミルと一緒に帰省することを決めた。
「あとは……ライナさんとフィーリィアさんっすか。誰かどうするか聞いたりしてるっすか?」
「ライナは帰らないって。フィーリィアさんは……」
「……フィーリィアは帰るらしい、本人から聞いた。
おそらく以前言っていた『恩人』とやらの元へ帰るのだろう。彼女曰く『5本の指に入る強さ』らしいので是非確かめてみたいものだが……さすがにそこまで図々しいことはできないな。
「ウルス! 帰ってくるまでにはジェット覚えておくから、楽しみにしててね!」
「ああ、楽しみにしておくよ。」
「……じゃあ、俺たちはそろそろ特訓しに行くよ。」
「3人はしばらくお別れですね、楽しんでいってください。」
ソーラとカーズはそう言って教室を出ていった。
「ミル、明日には出るから準備はしておいてくれ。」
「うん、わかった。」
「やっぱり一緒に帰るんだねぇ、2人の『親』ってどんな人なの?」
「え、えっと…………」
……そういえば、ミルには俺たちが孤児だってことを伝えたことは言ってなかったな。
「……ミル、2人とライナには俺たちのことは少しだけ言ったんだ。だから……俺たちに本当の親がいないことだけは知ってる。」
「……そ、そうなんだ……?」
「…………あ、ご、ごめん……その、つい……」
俺たちがコソコソと話していると、ローナもあの時の話を思い出したのか凄く申し訳なさそうに頭を下げる。
そんなローナにミルは慌てて安心させる。
「だ、大丈夫だよローナさん! 私はもう気にして……ないから!」
「で、でも…………」
「ローナさん、そこまで分かりやすく反応するのも逆に失礼っすよ…………で、確かウルスさんたちの育て親さんは2人を鍛えた人でもあるんすよね? それもかなり強いとか何とか。」
「……ああ、強いな。俺はアレだが、ミルの戦い方はほとんどその人と変わりないな。」
ニイダにはまだ、師匠……グラン=ローレスのことや旅のことなど細かいことは言っていない。もう俺のことはバレているのでその内前世のこと以外は話すつもりだが……多分こいつは今更驚かないだろうな。
「ウルスさんは違うんすか?」
「一時期、1人で修行していたからな。どちらかというとミルのほうがその人の戦い方に近い。」
「ほーん、ならいつかミルさんと手合わせ願いたいっすねぇー……って…………」
「ローナさん、私は大丈夫だから……ねっ?」
「うぅ……でもぉ…………」
「「………………」」
俺たちの会話は聞いてなかったのか、何故かミルが落ち込んだローナの頭を撫でながら慰める構造が出来上がっていた。
(何を見せられてるのか…………)
「……ほら、ジェットの特訓しようよ!! 今日は私も応援するから、行こっ?」
「う、うん…………」
「じゃあ2人とも、行ってくるね!」
「あ、ああ……」
そう言ってミルは、ずっとしょんぼりしているローナと一緒に訓練所へと向かっていった。
……初めて会った時はローナが引っ張っていた気がするが…………ミルは案外、姉御肌なのだろうか。
「……じゃ、俺たちも解散するっすか。話したい……というか、話すべきことは腐るほどあるっすけど、帰省の準備もしないといけないっすからね。」
「……それもそうだな。」
話もそこそこに、俺たちも席から立ち上がる。こうやってニイダ相手にもう誤魔化す必要が無くなったのはかなり楽になったが…………こいつの性格だ、俺を弄るのはやめないだろう。
「……ニイダ、一応言っておくが…………」
「おい、ウルス。」
教室を出ようとした際、不意に背後から声をかけられる。その声の主は…………
「……俺に何か用か、カリスト?」
「…………ああ。」
振り返るとそこには、相変わらず派手な白い服を身につけたタール=カリストが立っていた。
カリストは以前のような自信満々な表情とは違い、ただ空虚な雰囲気を漂わせながら俺を指差して言う。
「今から……俺と勝負しろ。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「俺は見てていいんすか?」
「……好きにしろ。」
カリストに勝負を挑まれ、俺とニイダは訓練所へと連れていかれた。
俺は剣を引き抜きながらカリストに疑問をぶつける。
「……何故、俺と勝負したいんだ?」
「………そんなの、一々言わないといけないのか?」
「…………いいや、別に問題はない。だが俺が勝ったら理由くらいは聞かせてもらうぞ。」
「……ああ。」
夏の大会の時とは違い、至って冷静なカリストに俺は違和感を持つ。
(……真剣……いや、別にあの時もふざけていたわけじゃないだろう。それより気になるのは、一度負けた相手に勝負を挑むような奴では無かったと思っていたからだが…………)
「ルールは夏の大会と同じだ、いいな?」
「ああ、構わない。」
「……ニイダ、合図をしろ。」
「分かったっす。」
ニイダにそう言って、カリストも大剣を構える。最初は接近戦で来るだろうか。
「じゃあ、始めるっすよ。両者用意はできてるっすか?」
「大丈夫だ。」
「ああ。」
「それでは、3、2、1……始め!!」
「いくぞぉっ!!」
(やっぱりな。)
予想通り、最初にカリストは大剣を振おうと接近してくる。
それに対して俺はその場を動かず、カリストの剣が振われるまでタイミングを待つ。
「はぁぁっ!!」
「『グラウンドウォール』」
そして振われる瞬間、俺は彼我の間に土の壁を作り出す。
「んなもん、ぶっ壊してやる!!」
もちろん、カリストはその壁ごと破壊しながらむこうにいるであろう俺を斬り伏せようとするが…………壁を経由したことによる剣速のブレが、俺に避ける時間を与えた。
壁の横から軽く顔を出し、カリストを見据える。
「ああ、壊してくれてありがとう。」
「なに……ぐっ!?」
俺はカリストが壊したことによって舞っていた土の壁の一部を蹴飛ばし、彼にぶつける。
それ自体は大したダメージにはならなかったが、魔力防壁にぶつかった土はその場で粉砕し、土煙を巻き起こした。
「み、見えな……!?」
「はぁっ!!」
「ぐはぁっ!?」
カリストの視界を奪い、混乱させているうちに俺は背後へと回り込み背中を斬りつけ吹き飛ばした。
地面を転がっていくカリストに俺は追い討ちの魔法を放つ。
「『エアボール』」
「ちっ……!」
風の球を見て舌打ちをしながら、カリストは立ち上がってそれを避ける……さすがに直線的だったか。
「小細工ばかりやりやがって……!!」
「……まだそんなこと言ってるのか?」
「うるせぇ、とっととやられろ!!」
俺の煽りにカリストは唇を噛み締めながら、剣を握り直して再び接近してくる。
それを見て俺はカリストに対して少し、違和感を持った。
(…………片手?)
「おらぁぁっ!!!」
さっきとほぼ同じ構図で、カリストは俺に剣を振り翳してくる。またグラウンドウォールで対処してもいいが、ここは素直にバックステップで…………
「焼け、『フレイムショット』!!」
「っ……?」
(魔法を……使った?)
以前のカリストなら、魔法を使うことはしなかった。超越・力は例外として、俺以外の試合でもこんな普通の中級魔法は絶対に使用していない。
(ブラフからの至近距離…………だが。)
「っ!」
「なっ!?」
大剣を片手に持ち替えたのを俺は確認していたので、特に驚くこともなく体を翻(ひるがえ)して炎の弾たちを避けた。
それを避けられると思っていなかったのか、カリストは剣を持ち上げたまま不恰好に隙を見せていた。
「穴だらけだ……ぞっ!」
「ぐふっ!!」
俺はそんなカリストの腹部分を歪に蹴りつけ、ダメージを与えながらその場で怯ませた。そしてそのまま俺は彼の懐に潜り込んで魔法を発動する。
「飛べ、『ジェット』!」
「ぐぁっ……!?」
手からの爆風をダイレクトにぶつけ、さらにダメージを与えながら空へと飛び上がる。
俺の完全な優勢からか、それとも既に魔力防壁が瀕死なことからか……カリストは焦燥に駆られながら徐(おもむろ)に魔法をこちらに放とうとしてきていた。
「クソがっ、『フレイムショット』!!」
「そんな適当じゃ当たるものも当たらないぞ。」
「黙ってろ!!」
俺は軽く飛んで避けながら言葉をかけるが、カリストは構わずデタラメに炎弾を撃ち続けてくる。
「当たれよっ、このっ、おらっ!!」
(…………これはもう、駄目だな。)
そう判断し、俺はカリストの放つ薄い弾幕を振り切ってから彼の頭上へと移動する。
そして剣を握りながら一気に急降下し、決着をつけにいく。
「ちっ……この野郎っ!!!」
カリストもそれに気付き、すかさず大剣を俺の落下に合わせて斬り伏せようとしてくる。
「ぶっ飛べぇぇっ!!!」
体がカリストの間合いへと入った瞬間、躊躇なく大剣が俺を斬り飛ば…………
「終わりだ。」
「…………なっ……」
…………されることはなく、代わりに空を斬った。
「はぁっ!!」
「ぐはぁっ……!!?」
俺はカリストの体を斬り、魔力防壁を破壊させた。
「……そこまで! 勝ったのはウルスさんっす!」
「クソ……クソっ!!!」
「………………」
倒れたまま、カリストは悔しそうに地面に拳をぶつける。そんなカリストを横目にニイダが話しかけてくる。
「最後の……誘ったっすね?」
「……ああ。」
ニイダの言う通り、俺はわざとカリストに大剣を使わせようと適度なスピードで落下していた。そして実際、カリストはそんな俺の意図に気づけず大剣を不用意に振り回してきた。
その結果…………俺は間合いに入った瞬間にジェットの噴射を起こし、攻撃を透かさせることができた。
(…………今のは、分かりやすいと思ったんだがな。)
やはり、カリストは…………
「…………カリスト。お前が何故俺に勝負を挑んだのか、今ので分かった。」
「ああ……?」
「最初は俺に負けた悔しさとでも思ってたが………違うんだろ? そんなくだらない理由じゃなく、もっと……」
「……うるせぇよ。」
俺の言葉を聞くが前に、カリストは体を起こして胡座をかく。そして顔に手を当てながら嫌々に語り出す。
「……お前は言ったな、俺が負けたことに何も感じていないなら『そこまでだ』って。」
「……ああ、言ったな。」
「…………その言葉を言われた瞬間、俺はそれこそ感じてしまったんだよ。『勝負に負けたんじゃない、お前に負けた』……そう、思っちまった!!」
カリストの拳が地面をへこませる。既に魔力防壁は壊れたため、その拳には血が流れてしまっていたが……彼は関係ないと言わんばかりに何度も打ちつける。
「ステータスで上回っても、作戦を練ってもお前には勝てない…………このもどかしさが分かるか?」
「……だから、『大剣と思わせて魔法』みたいな手を使ったのか。」
「ああそうだよ!! 超越・力なんか使ったところでお前に勝てない……そう思って慣れないやり方で戦っても、これっぽっちも届かねぇ……何なんだよお前は!」
カリストの目は、潤っていた。
(プライド……それが、今のカリストに限界を与えているのだろう。)
彼は素行こそ悪いが、決して弱いわけでも伸び代がないわけでもない。むしろ、1つだけとは言え現時点で超越級魔法を扱えるほどのポテンシャルを持っているくらいだ、鍛えれば今の数倍は強くなれるはず。
だが、心の中に潜む自尊心がそれを許さなかったのだろう。『俺は強い、負けたのは運が悪かっただけだ』……と、いつも言い訳をしていたんだろう。
(……だが、今はもう分かっているはずだ。)
カリストの側へと近寄り、見下ろす。
「お前は俺に2回も負けた、だからもう一度聞く…………この負けを通して、お前は何を感じた?」
「っ…………!」
「お前は自分が嫌いな『小細工』を使ってしまった……もう、答えは出てるだろ?」
今まで挑発してきた奴からの慰めなんて、こいつには要らない。逆にプライドを逆撫でするだけだ。
必要なのは……力尽くで、そのプライドをへし折ることだ。
「この夏期休暇中、もう一度だけ勝負を受けてやる。だからそれまでに、お前の嫌いな努力を反吐を吐きながら積み上げて…………俺をぶっ潰してみろ。」
背中をぶん殴る、罵声の言葉。こいつには…………心地いいはずだ。
「……やってやるよ、このクズ野郎。」
カリストはその場で立ち上がり、俺を見下してくる。
その顔は怒りでも憎しみでも、喜びや羞恥や悲しみでもなく…………
「やってみせろ……傲慢野郎。」
狂いのない、狂気だった。
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