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7章 蒼色と金色 (仮面編)

七十二話 エネルギー

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「…………おはよう。」
「……フィーリィアか、おはよう。」

 ルリア=ミカヅキと約束した当日の昼前。寮から少し離れた場所にある広場のベンチに座っていると、どこからかフィーリィアが現れた。
 彼女は軽く挨拶をしてから、同じベンチの端の方に座った。

「偶然だな、よくここに来るのか?」
「……うん、ここがお気に入り。」
「そうか……邪魔だったら俺はかえっ……?」

 俺はそう言って立ち上がろうとしたが……不意に、フィーリィアは俺の袖を強く掴んだ。

 予想してないことに俺は少し驚きながら、彼女の顔を見たが……何故か、口元を少し不満そうに歪ませていた。

「邪魔……じゃない、だから…………いて。」
「あ、ああ……」

 彼女の謎の凄みに気圧けおされ、俺は再びベンチに座る。邪魔じゃないならいいが、何故そんなに凄んで来るのだろうか…………


「…………そういえば、夏の大会はどうだった? まだ詳しく聞いてなかったな。」

 俺はそう彼女に話題を振る。
 確か、フィーリィアは予選負けだったはず。彼女の実力なら本戦に出ることはそう難しく無いと思うが……
 
「……私のグループには首席と……もう1人上位スプリアがいて……その2人に負けた。」
「そうだったのか……それは運が悪かったな。」
「うん……でも、正直…………。」

 フィーリィアは小さく息を吐いた。


「……でも、無理だった。魔法が…………できても初級、中級が2、3回……それだけしか、できなかった。」
「……まあ、それは仕方ない。練習と本番は違うからな。」
「…………うん。」

 フィーリィアは、顔を少し俯かせた。
 ……夏の大会前の俺との特訓では、フィーリィアは上級魔法も少しだけ扱えていたが……やはりまだ怖いのだろう。

 

『今は分からなくていい。けど、いつかお前がそれを選択できるようになるまで……俺が付き合う。だから…………ほら。』





「……まだまだ、ここからだな。」
「…………!」

 俺は、フィーリィアの頭に手を乗せ……軽く髪を撫でた。

「今日は無理だが……また今度、一緒に魔法の訓練をしよう。1人じゃ苦しくても、誰かとなら楽になるしな。」
「………らく、に……」
「そうだ、何も辛くやる必要はない。楽しく、気ままに特訓するのも良いだろ?」

 
 ………薄い言葉だな。


「……そう、だね。楽しく……か……!」

 だが、フィーリィアには届いたようで、顔を上げて期待を込めた様子でそう呟いていた。
 

(………届いたなら、いいか。)


 撫でていた手を引っ込め、広場に吹く風を受け止める。ここは建物も少ないので風通しも良く、開放的な気分になれる…………お気に入りの場所に選ぶのも納得だな。



「……そういえば、『今日は無理』って……勝負するからだっけ?」
「…………知ってるのか?」

 1人で勝手に考え込んでいると、フィーリィアが突如今日の勝負のことについて話をしてきた。

「うん……ちょっと噂になってた。あと、朝起きたらローナが『ウルスとルリア=ミカヅキさんが勝負するよっ!』……って。」
「ローナのやつ…………」

 噂になっていたのは、昨日の廊下でのやりとりを観てた通過人だろう。それは仕方ないにしても…………



(…………これは、面倒だな。)









ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー














「それじゃあ……頑張ってね。」
「ああ……行ってくる。」

 フィーリィアに見届けられながら、俺は舞台へと上がった。


「……おっ、来たぞ! あれが例の空を飛ぶ魔法を使う奴か……」
「結構地味な格好をしてるわね……貴族じゃないのかしら?」
「上級生、しかも上位スプリアに試合を申し込むとは……中々に無謀な奴だ。」



(……これは………多いな。)

 頼んでいない宣伝のおかげか、この場には想像以上の数の観客が俺たちの試合を観ようと足を運ばせていた。休日ってこともあるのだろうが……変に名が知られているのもあるか。

「頑張れーウルスくん!!」
「また面白いことしてるっすね、ウルスさん。」
「せっかくなんだから勝ってくれよ、ウルス!!」
(もちろん、あいつらもいるか…………)

 一通り見渡していると、当たり前のようにミルやニイダ、ソーラたちがその観客たちの中に混ざって俺を応援?していた。

 そして…………

「……………………」
(…………だな。)




「人気者だな、君は。」
「……あなたが有名なだけですよ、ミカヅキさん。」

 後ろからそんな声をかけられ、俺は振り返る。そこには既に闘志を高めていたミカヅキの姿があった。

「そうでもない。私は上位スプリアの中でも最下位だからな……普段はそこまで話題になる様な存在じゃない。やはりみんな、空を飛ぶ魔法が見てみたいんだろう。」
「……謙遜を。」

 俺は後ろ足で定位置まで歩きながら、話を続ける。

「一応言っておきますが、この試合の勝ち負けは正直関係ありません。俺がミカヅキさんの力を知りたいってだけの勝負なので。」
「ああ、分かってる。つまり、仮に私が勝利してもジェットを教えてもらえるかは別ってことだろ?」
「まあ、そうなりますね…………俺が勝つことはないと思いますが。」

 そう、この戦いは俺がこの人にジェットを扱えるかどうかの力量を確かめる……という建前の勝負だ。

 ……実際、俺がただこの人と戦ってみたい………それだけなんだがな。


(ステータスは………)





名前・ルリア=ミカヅキ
種族・人族
年齢・16歳

能力ランク
体力・90
筋力…腕・81 体・80 足・104
魔力・117

魔法・14
付属…なし
称号…なし




 ……見たところ、ラナより少し高いくらい……万能型といったところか。

「……そういえば、具体的なルールを決めてなかったな。どうする?」
「普通で行きましょう。魔法も武器も有り、先に相手の魔力防壁を破壊した方が勝ちで。」
「分かった。」

 彼女は漆黒の髪を束ねた鉢巻を締め直し、鞘から剣を抜いた。
 
 その剣は少し特殊な形をしており、俺のシュヴァルツやソーラの持つ片手剣のていを成しながら、刃は片面にしか付いていない…………確か、前世に似た様な武器があった様な……………

(刀……だったか? まあ剣身の太さからして抜刀術のようなものできない………………はず
「……それじゃあ、そろそろ始めようか。」
「…………はい、合図は俺が。」

 互いに剣を抜き、構える。

「3、2、1………スタート!!」
「っ……!?」

 始まった瞬間に、俺は猛突進していく。

 そんないきなりの行動に驚いたのか、ミカヅキは一度固まったもののすぐに切り替えてこちらの動きを見てきた。

「はっ!!」
「…………!」

 距離を詰め、剣を振るうが……簡単に避けられる。流石に愚直か。

「こっちもいくぞ!!」
「くっ!」

 反撃の剣を俺はギリギリで受け止めたが、軽く吹き飛ばされてしまう。

(……予想以上の剣の速さ、あの時見た努力は偽物じゃなさそうだ。)

「まだっ!!」

 吹き飛んだ俺を追いかけながら、ミカヅキは続けて剣を振るってくる。
 それを俺は受け止めたり、避けて防いでいくが……

「ふっ、はぁっ!!」
(……少しきついか……?)

 彼女の剣の速さに、徐々に追い詰められていく……これは、一度抜けなければまずいな。

「……………っ!!」
「なっ、滑っ……!?」

 俺は彼女の剣の振り下ろしに対して、体を横に向けて流す様に避けようとする。
 そして、そんな姿を見せてから俺は上から剣に剣を被せ…………滑らせた。


……だがな。)


「ぐっ!?」

 シュヴァルツを滑らせながら彼女の剣の軌道を操り、大きく空振りさせて隙を作らせた。
 その隙を突くように、俺はミカヅキの腹の部分を蹴り飛ばして後退させた。

「うっ……やるな、だが……その程度っ!!!」
(…………来るか。)

 俺の体勢があまり良くない状態からの蹴りだったからか、彼女はすぐに立て直して攻め上がってきた。

 …………だが、今ので十分だ。


「『ジェット』」
「っ、ここで飛ぶか……!!」

 剣をしまってから空を飛び、ミカヅキから大きく距離を取った。


「おっ、本当に飛んだ!!」
「あれが空を飛ぶ魔法……思ったより凄い……!!」
(…………やりにくいな。)

 ラナと戦った時よりも人が多いため、観客の声がより耳に届いて来る。やっぱり目立つのはあんまりいい気分では無いが…………文句を垂れても仕方ないな。


「……やはり、君の動きは面白いな。今まで味わったことのない……常に背中を狙われているような感覚に陥る。これも作戦のうちか?」
「さぁ……どうでしょうか?」

 手を招き、挑発する。

「……望み通り、やってやろう。いけ、『水紋すいもん』!!」

 その挑発に乗ったミカヅキは、飛んでいる俺目掛けて3枚の水の皿を作り出し、飛ばしてきた。

(最上級魔法……やはり、上級生といったところか。)

「………!!」

 俺は空を飛び回って皿を避けようとするが、水紋の攻撃は追尾性のある物なので簡単には巻けなかった。
 このまま飛び回るのも魔力の無駄遣いだと判断し、俺はジェットの原料でもある魔力の爆発を当てにいった。

(……全て壊すと怪しまれる……ここは。)

「はっ! ……ぐはっ!!」
「……………?」


 俺は1枚だけ皿を破壊し、残りの2枚をそのまま食らった。


(これで、ジェットにそこまでの万能さは無いことを証明できた。あとは………)


「……まだっ!」
「……『水紋』!!」

 地面へと墜落し、体勢を立て直してから最初のように俺は走ってミカヅキとの距離を詰めに行った。それを見たミカヅキは驚きながらも再び水紋を放ってきた。

「纏え、『フレイムアーマー』!」
「炎を…………?」

 俺は足に炎を纏わせる。彼女からすれば何をやっているのか分からないだろうが………

「これで……っ!!」
「なっ、速く……!?」

 通り、俺は正面から飛んでくる皿たちを炎の加速を利用して避けていく。
 だが、まだ皿たちは俺を追うことを諦めず、大回りしてから背後を狙って来る。


「……どうせなら、破壊するべきだったな。」
「そうですね。」



 挟み撃ち…………まあ、どうでもいい。


(…………やってみるか。)

 どうせ負けるつもりなんだ、試させてもらっても文句は無いはず。

「…………遅くなった……?」

 ミカヅキの疑問の通り、俺はあえてフレイムアーマーを解除し、スピードを落として調整を始める。そして、水紋の皿とミカヅキからの間合いを同じ距離にまで合わせにいった。

「…………すぅ……」

 息を整え、集中力を高める。
 ……タイミングは一瞬よりも短い。おそらく成功はしないだろうが、いつかこの技が…………




「…………はぁぁっ!!!!」
「何、皿を……!?」

 定位置まで滑りながら、腰を低く構えて3枚の皿の方へと体を向ける。
 そして剣を引き抜き、まずは3枚の皿を一振りで砕き切った。

(イメージしろ……これはだ。ステータスが高いかどうかなんて関係ない!)


「らぁぁぁっ!!」
「は、そのまっ……!??」

 さっきの一振りのエネルギーを殺さず、
 そんな理解を超えた攻撃にミカヅキは混乱しながらも、ほぼ反射的に剣を合わせようとしてきたが……

(っ、これは…………)




「……っ!」
「!?」


 瞬間、俺は滑らせていた足の摩擦で躓き……剣撃を空振った。

「……隙ありっ!!」
「ぐっ、がはぁっ……!」

 躓いた俺に一瞬固まったものの、ミカヅキは切り替えてすぐに隙だらけな俺を三度斬りつけた。
 その攻撃はどれもクリーンヒットとなり……あっという間に魔力防壁は破壊された。

「……ここまで、か。」




「……今、あいつは何がしたかったんだ?」
「さぁ……でも、どっちも凄い動きをしてたな!」
「面白かったぞ、2人ともー!!」


 決着が着き、終わり方があれだったので少し騒ついたが、それもすぐに歓声へと変わっていった。そんな歓声を受けながら、俺は体を起こしてミカヅキへ向かい合った。

「……やはり強いですね、さすが上級生でした。」
「…………ああ。お前のお眼鏡には適ったか?」
「はい、あなたならジェットも覚えられると思います。今日はもう疲れたのでまた明日以降に…………?」

 ペラペラと俺が話していると、何故かミカヅキはその途中でこちらに向かって歩いてきて、そのまま俺の隣に立った。


 その表情は、喜びても笑いでもなく…………だった。
 


「……ウルス。」


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