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六章 仮初 (夏の大会編)
六十二話 怒る
しおりを挟む「……それでは、来月に行われる『ソルセルリー大会・夏の部』の説明をする。」
休憩時間も終わり、ラリーゼが教卓に立つと何やら大会とやらの説明を始めた。
「大会……?」
「……学院が毎回やってる、学期末の行事…らしい。入学式の時に言ってた。」
「そうだったか、ありがとう。」
俺の疑問に、フィーリィアがそう説明してくれる。
ラリーゼの説明によると、この大会というのは毎年夏・冬・春とそれぞれ3回行われる……所謂、前世の学校でいうところの期末テストみたいなものらしい。
その大会は季節ごとに多少内容が違うらしく、今回は学年ごとのトーナメント形式だそうだ。
「夏はシングル戦の勝ち抜き戦だが……勝ち抜き戦に出るために、まずは予選として総当たり戦を行ってもらう。」
(総当たり……リーグ戦か。)
「その総当たり戦では、学年の中でランダムに5人選びその5人で競い合ってもらう。そして、その中で勝ち数が最も多い1位と2位だけが勝ち抜き戦に出れることになる。」
1位と2位だけか……これは相手にもよるが、予選で負けておいたほうがいい場合もあるな。
「……ねぇ、ウルスさん。」
「…………なんだ、ニイダ?」
引き続きラリーゼが細かな説明をしている時、不意に前に座っていたニイダがこちらを向いて聞いてきた。
「いやぁ……なんか、さっきから隣のミルさんがすっごいカリストさんを睨んでるんすけど……さっき、何か言ってたんすか? 俺はその時遠くにいたのでよく分からないんすよ。」
「睨んで……?」
そう言われ、俺はミルの後ろ姿を見てみると……
「……ルくんを……この……」
「………ああ……」
……何やら、物凄い負のオーラを放っていた。確かに嫌な態度だったが、ミル自身が馬鹿にされたわけでもないのに何故そこまで…………?
「で、何があったんすか?」
「それは…………」
俺はニイダにさっきあったことを軽く説明した。すると、ニイダは急にニヤニヤと笑みを浮かべ始めた。
「ほっほぉ……これはまた面白そうなことになってるっすね。」
「気持ち悪いな……別に面白くも何ともない。ただのいたずらみたいな物だろ。」
「いやいや、ちょうど夏の大会もあるんすよ? これはカリストさんの『痛い目』ってやつが見れるかと思って。」
(……そういう意味か。)
とことんこいつは……
「…まあ、そう簡単には当たらないだろ。多分その前に負けるだろうしな。」
「えぇ? 優勝しないんすか?」
「……馬鹿言うな、できるわけないだろ。」
「またまたぁー」
「…………はぁ。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……ミル。」
「…………!」
「…おい、ミル。聞こえてるか?」
「…………はぁ!」
授業中の剣の打ち合い中、俺はミルと一緒にやり合っていたが……ミルの動きがいつもより固く崩れていたので指摘しようとしたが、集中して聞こえていないのか真剣な顔で俺に訓練用の剣を振るってきていた。
しかも、その振われる威力はどんどん上がっていき、明らかに仮初のステータスとは桁違いのものとなっていた。
(これは……止めないと。)
「……ほら。」
「えっ、足……うわぁ!?」
俺はミルの剣を一度避け、他の奴らに怪しまれる前にミルの足を引っ掛けて転ばせて動きを無理矢理止めさせた。
その結果、ミルは思いっきり前に転んで悲鳴を上げた。
「ウ……ウルスくん、それはずるいよぉ……!」
「………ずるいも何もないだろ。誰も足を引っ掛けたら駄目なんて言ってないし、そもそもミルがちゃんと周りを見てなかっただけだ。」
「そ、そうだけど…………」
ミルはそう言って地面にぶつけたおでこを撫でる。どうやらギリギリ魔力防壁が発動しなかったようで、直にダメージを受けたようだった。
「うぅ……痛い………」
ミルは痛かったのか、額に触れながら顔を伏せてしまう。その表情は何故かとても儚げで…………
(………………)
『ヒーリング』
「あ、ありがとう……ウルスくん。」
「ああ……まあ、悪かったな。」
俺はミルの悲しそうな顔を見て途端罪悪感に襲われ、たまらず魔法で赤くなったミルのおでこを回復させた。
(……もしかしたら、あいつらにも厳しくしすぎたのかもな…………もう少し優しくしておけばよかった。)
…………今更だが。
「……それで、どうしたんだ?」
「…………え?」
「さっきから動きもぎこちないし、力の調節もできてなかったぞ……何か悩み事か?」
「……悩み事というか…さっきのあれが、ちょっと……」
「さっき? ……カリストのことか?」
俺がそう聞くと、ミルはうんと頷く。
「ウルスくんが暗いとか弱いとか……何も知らないくせに勝手なこと言うから…………ちょっと嫌な気持ちに……」
「………そう思ってくれるのは嬉しいが、それは俺に対しての言葉だろ? 別にミルのことを悪く言われたわけじゃない。」
「そ、それはそうだけど……!」
「実際、学院での俺は強いわけでも無いし、誰とでも話すような明るい奴じゃない。そういう目立たない奴に絡もうとする奴はどこにでもいるものだ、気にしていたらキリがない。」
前世の俺も学校ではよく1人でいたので、最初の頃は小さなちょっかいをかけられたこともある。
だが……そんなものにいちいち反応しても、どちらにとっても良いことなんてない。
「だから、それくらいで心を乱されるな。そんな言葉に流されて反撃したらそれこそあいつの思う壺だ…………ただ口で言われてるだけだ、もう気にしなくていい。すぐにカリストも飽きるだろうしな。」
「……………」
「……よし、回復できたな。そろそろ再開…………」
話は終わりと言わんばかりに俺は魔法をやめ、ミルに手を差し伸べて立たせようとしたが………
「……でも…………」
「…………ミル?」
ミルは手を掴んだものの、納得いかないと言わんばかりに頬を膨らませていた。
そして……俺を見上げて言った。
「……でも、私は怒るよ。大切な『家族』を馬鹿にされたから。」
(………………)
「ウルスくんは優しいから、そんなことを言うけど……私は優しくないから怒るっ!」
ミルは俺の手を強く引っ張りながら立ち上がり、自信満々に胸を張った。
「怒って怒って起こりまくるから!! 覚悟してね、ウルスくん!!!」
「覚悟って…………」
(…………優しい、か。)
……学院に来る前は、何だかんだで控えめだった彼女だが…………色んな人たちとの関わりを得て、積極的に物を言うようになった。
『………ミルは、通ってみたいか?』
『うん、いつまでもここに閉じこもってたらダメだと思うし…ウルスくんは嫌なの?』
『………嫌じゃないが……』
『じゃあ行こうよ!私、昔から街に行ってみたかったし、ウルスくんが居てくれたらきっと楽しくなると思うんだ!!』
「……ありがとうな、ミル。」
「…………ふぇ?」
『ミルは、確実に成長している』……そう感じた俺は、ミルの頭を優しく撫でてやった。
するとミルは急に撫でられたことに驚いたのか、顔をやんわりと赤くしていた。
「……どうした? 師匠の家じゃいつもねだってただろ。」
「え、だ、だっていきなりだし……ウルスくん、いつもたまにしかやってくれなかったじゃん!」
「……そうだったか?」
「そうだよ! 『撫で過ぎて手が痛くなる』って………あっ、じゃあこれからは頼んだらしてくれるんだねっ!!」
「……………元気そうだな、じゃあとっとと再開するぞ。」
「えっ、ちょ、ウルスくん? してくれるんだよねそうだよね………って、無視しないでよぉ!!」
……こういう、ふざけたところは変わらないか。
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