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一章 花

十二話 咲う

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見つけましたね。

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 あの後、ウルスくんと一緒に魔法の練習をした結果…………私は水の他にも火と雷、そして風の魔法が使える様になった。

 それはウルスくんの教え方が良かったからだろうし、何より………楽しかったからできたのだろう。
 きっと1人だったら一生かかってもできなかったかもしれない。ウルスくんには、感謝しかない。







「楽しかったな……」


 家に戻り、部屋で1人呟く。外はすっかり暗くなっており、月明かりが部屋を薄く照らしていた。



 …………ここに来て初めて笑えて、魔法も使えるようになったし…………今日は、いい日なのかもしれない。




(この魔法も、みんなに見せたかった、なぁ…………)




「……うぅ……みんなぁ………」


 また、涙が溢れ出てくる。

 でも…………もうあの頃は戻ってこない。こないから、前を向かないと……いけない…のに…………!





(みんなに……みんなに会いたいよぉ…………)
















「ミル、入るぞ。」






 その時、不意にウルスくんの声が扉越しに聞こえてきた。


「……え、ちょ、ちょっとまって!」


 私は慌ててそう言うが、ウルスくんはお構いなしに扉を開けて入ってきた。その結果、顔を隠す暇もなく彼にその崩れた表情を見せてしまった。


「…………」
「ぅ、うぅ…………」



 泣き顔を見られた恥ずかしさのあまり、顔をベッドに押しつけて無理やり顔を逸らした。



(……見られた……本当に私は…………)





「…………やっぱりな。」
「……………ぇ?」
「隣、座るぞ。」

 ウルスくんはそう言って、私が座っている椅子の近くにあるベッドの上に座った。

(何が、『やっぱり』………?)



「………孤児院のみんなが居ないのは、辛いよな。」
「……聞いてた?」
「……すまん。」
「…………趣味が悪いよ。」
「あ、ああ……盗み聞きしたのは悪かった。」

 私が少し強く言うと、ウルスくんは申し訳なさそうに言う。私はそんなウルスくんの顔をチラッと見上げる。

(……こんな顔もするんだなぁ……)


 泣き顔もマシになった私はゆっくり顔を上げ、ウルスくんの横に座る。それからしばらく沈黙が続き、やがてウルスくんが話し出す。

「…………何か聞いて欲しいこと、ないか?」
「………聞いて、欲しい……こと。」









「言葉にした方が楽になるぞ。」


「…………!」



 ウルスくんのそんな言葉に、私は目を見開く。そして……ある疑問が浮かんだ。


(…………ウルスくんはなんでここまでしてくれるのだろう。)


 どうして……私に優しくしてくれるのだろう。彼が私に優しくしてくれる理由なんて、無いはず……なのに、なんで……………



「どうして………」
「ん?」
「どうして、そこまで私に………?」
「…………」

 そこまで聞くとウルスくんは目を瞑った。その行動は何か、覚悟を決めたような……でも、次に開かれた目にはそんな強い意志は見えなかった。


 そして…………彼は語り始めた。






「………ミルって、どうしてここに俺が住んでるか知ってるか?」
「え……それは、ウルスくんが町から出てグランさんに弟子入りしたってグランさんが言ってたけど………」

 一度、グランさんに何故ここにウルスくんが住んでいるのか聞いたらそう答えていた。だが、ウルスくんは『それは違うと言わんばかり』に首を横に振る。


「………違うんだよ、俺が師匠に本当のことは言わない様に頼んだんだ。」
「そう、なの?」


 ………なんで、そんなことを頼んだのだろう。

「ああ…ミルに気を使わせないように隠してた……でも、話そう。」
(『隠してた』………? じゃあ一体、どういう理由でここに……?)


 ウルスくんの言うことに私は気になってしまった。
 そんな興味津々な私を見て、ウルスくんは一瞬暗い顔をしたと思ったら…………哀しげに、嘲笑あざわらった。




 まるで…………自分自身を憎むように。




「ミルと同じ様なものだ。6歳の時……俺の村が襲われて、俺の親や村の人たちは亡くなって…………村は潰れて無くなった。そんな時、俺は師匠に拾われて…………今、ここにいる。」









「…………ぇ……」




 …………ウルス、くんも同じ……なの……?



「ウルスくん……?」
「ああ、俺だ。」
「………じゃあ…………どうして………」
「………?」

 私は私くらい……いや、それ以上のことが起こったはずのウルスくんに向けて、遠慮もなく聞いた。



「なんで、そんなことがあったのに………ウルスくんは普通に、過ごせるの?」


 私は、震える声で必死に尋ねる。


「どうやって、過去のことを、克服したの………私は、その方法を……知りたい、知りたいよっ………!」



 『知りたい』………ただ、その一心で彼に聞いてしまった。

(………なんで、また………)

 理由のわからない涙が私を襲う………が、私は構わず彼に顔を合わせた。本当に、知りたかったから。



「教えて……どうやって、乗り越えたの………!!?」


 それを知れたら……私の、この弱さも……………!




「……………俺は…………

















 ……………なにも克服してないぞ。」



 しかし、その答えは期待外れだった。



(してない……うそ…………)
「でも、ウルスくんは強いよ………?」
「それはステータスの話だ、心は………また別だ。」

 私の悪あがきを否定し、ウルスくんは立ち上がって窓の外を見つめた。その夜空を見つめる眼は暗かったが、月明かりに照らされると薄く光を反射させていた。


「………俺も諦めそうになったんだ。何もかも………でも、最期に父さんから託されたんだ。」
「お父、さん……?」

 私の疑問に答えるかのように、ウルスくんは部屋の片隅に置いてあった本を持ち出して私に見せてきた。

 そこには何やらウルスくんに向けて書かかれた手紙が挟まっており、彼はそれを私に渡した。


(……ウルスくんのお父さんが……………)


 開かれた内容は…………………とても、悲しいものだった。






「そん、な…………」



 ………もし私がウルスくんの立場なら、例えこんな言葉をかけられても、頑張れる自信は…………ない。
 


「……俺はなにも克服してないぞ。ただ二度と……絶対に大切な人を失わないために強くなると………そう心に誓っただけだ。本質は……ミルと同じだ。」
「そう……だったんだ。」
「最近は実力が多少師匠に追いついてきたが………それでもまだ足りない。もっと強くならないと、守りたいものも守れない…………だから俺は頑張れるんだ。」


 ウルスくんは私に向かって薄く笑った。その笑みはさっきのような嘲笑うような色はなく、純粋なものだった。



(………同じ……)





 ………ウルスくんも悲しくて、辛い気持ちは消えていない。

 でも、目的………大切なものを守るために、今も必死に強くなろうとしている。


 

(…………でも、私は………)




「…………私は、目標もないし…弱虫だし……ウルスくんみたいにはなれないや。」
「…………………」

 私はぽつりとそう零す。



 すると……………彼は私の頭に軽く手を乗せた。


「……………え?」



 困惑するが先に、彼はこう言った。





「………今すぐ克服なんて、しなくていい。」
「……………ぇ」
「人は、辛いことや苦しいことがあったら、必ず泣きたくなるんだ。でも…………我慢なんてしなくていい、ゆっくりでいいんだ。」
「が……まん……しなくて……いい?」
「ああ。何回泣いてもいい、悲しんでもいい………どれだけ時間がかかっても、少なくとも俺や師匠はずっと待ってるから。ミルがまた、元気になるまで……………ずっと。」




 温かいその手は、私の頭を優しく撫でた。




 その温もりは……………ほんとうに、あたたかった。
 



「ほんと………に?」
「ああ、本当だ。」
「ほんとのほんとに?」
「ああ……ほんとのほんとだ。」
「そっ…かぁ……じゃあ…………」




 流れる雫が、彼の服を濡らしていった。


「みんな………みんなぁ……もう……あぁっ………!!!」


 力の入らなくなった冷たい手は、彼のもう片方の手に包まれ……溶かされていく。



「ぁぁ………みんなぁ…ひっ、く……うぐっ………みんなぁぁぁぁ……!!!!!」
「………………辛かったな。」
「みんなぁ………おいで、かぁ……なぁいっ、でぇ………ぃんなぁ………!!!!!!!」



 もはや、言葉にすらなっていなかったが……それでも、ウルスくんは撫でるのをやめなかった。
 













 私は…………それが嬉しかった。
























ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





















 








 ミルが初めて泣いてくれた、その翌日。


「…………ぁ。」


 起きて扉を開けると、同じタイミングで隣のミルの部屋のドアが開いた。
 寝ぼけまなこのミルは俺を見て声を出したと思ったら、急にバタバタと慌ただして扉の後ろへと隠れてしまう。そして、少しだけその真っ赤な顔を覗かせながら口を動かした。

「お、おはよう………ウルスくん。」
「……ああ、おはよう。」
「………………」


 挨拶が終わると、何故か彼女は黙ってしまう。それで本当に終わったと思った俺は先にリビングへと向かおうとするが…………不意に、袖を引っ張られた。


「…………あ、あの。」
「…………? なんだ?」

 その小さな力につい振り返ると、ミルは恥ずかしそうにしながらも……はっきりと言った。

 


「………昨日はありがとう、ウルスくん。おかげでちょっと……楽になったよ。」
「そうか……それは良かったな。」


 …………もう、彼女は大丈夫だろう。これ以上心配必要はないな。

「……じゃあ、また後……」
「ちょ、ちょっと待って!」


 そう確信し、俺は師匠を起こしに行こうと歩き出すと……またもやミルが、今度は少し強めに袖を引っ張ってきた。


「……どうした?」
「……あ、あの……………










 ……………き、今日も魔法………教えて、くれる?」


 彼女は、今まで見た中でも1番と言っていいほど顔を赤く染めていた。
 



 そんなミルに対して…………俺は、くすっと笑いながら答えた。



「ああ……もちろんだ。」
「ほんとに? ……やったぁっ!!」

 俺の言葉に、ミルは明るく笑って喜んだ。


「……………?」
(……そういえば…………)



 そんな笑顔を見て、俺は不意に昔……………いや、前世での母さんが言っていたことを思い出す。




『……“ 笑う ”って言う漢字は、元々“ わらう ”って書いていたんだって。言葉って本当に面白いわ。』




 そう、母さんは言っていた。何故、それを思い出したのかは分からないが………………




「………まさに、だな。」
「ん? どうしたのウルスくん?」
「…………いいや、何でもないよ。」





 今………ここには、青い花が咲いていた。







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