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四度目の世界
81.
しおりを挟む雨が降り凍えそうな夜、薄暗い路地の中、自分は傘もささずに地べたに座り込んでいた。
路地の向こうは沢山の人が行き交い賑やかだ。
雨のせいで服が濡れていて寒いうえに、殴られ怪我をした場所が痛いわ、腹も空いているわで無性にイライラした。
『呪われているヤツなんかいらない!お前なんか顔も見たくない!出ていけ!』
丁度、飯を食べようとしていた時だ。
タイミング悪く帰宅してきた父親に怒鳴られながら殴られた。
飯を食いっぱぐれるし、何もしていないというのに殴られて家を追い出されるとか理不尽にも程がある。
床に倒れる自分を、なおも殴ろうとする父親に母親が止めに入るが、それに激怒した父親に頬を叩かれ泣いていた。
(クソ野郎が…)
口の中を切ったのか血の味がする。
ペッと吐き出して、名前を呼ぶ母親の声を無視して家を飛び出してきて今に至る。
ここにいても仕方がないので立ち上がると表通りに出た。
夜の繁華街。
昼とはまた違う街の雰囲気。漁師どもがひと仕事終え、酒を飲んでは女を漁りに遊びに来ている。
「お兄さん、遊んでいかない?」
歩いていると香りが強い女が声をかけてきて胸元に抱き着いてきた。
「あら、色男ね。それは自分で彫ったのかしら?」
するりと指を滑らせ左腕にある痣に触れられる。
どうやらこの女は痣を刺青かなにかだと思っているようだった。
「勇者の印を真似するなんて不敬罪で連れてかれてしまうわよ」
勇者に選ばれたものは、黒い剣と盾、そしてそれを包み込むように広がる翼の印を持ち生まれてくると言われている。
チッと舌打ちをした。
「ねぇ、店に…」
「金持ってねーから行けねぇよ?」
「まあ。まさか捨てられたの?それは可哀想ね」
無一文だと言えば他の男を引っ掛けにすぐ消えるかと思ったのに、この女は去ろうともせず、怪我した場所をツンと指で突く。痛くて顔を顰めるとクスクス笑って腕を組んできた。
「店がすぐそこなの。着いてきなさい」
「だから金は…」
「特別に私がそれを手当てしてあげるわ」
「なっ…?いいって言ってるだろ…っ」
「図体はデカイけど、あんた、まだ子供でしょ?」
「…っ」
いいから着いてきなさいと問答無用で引きずられるように連れられていく。
女が勤めているという店は一分もかからずに着いた。
店に入ると店主らしき男が呆れたような眼差しで女を見て、店の裏に行けとクイッと指で合図をする。女が「ダンナありがと!」とウインクをして裏に連れていかれた。
置かれていた木箱の上に座れと言われ、しぶしぶ木箱に腰掛けた。
「帰る場所がないんでしょ?ここのダンナが一人だけで男手が欲しいって毎日うるさくてねぇ。あんたここで働きなさいな」
「はあ?何勝手なこと…」
女が手当てする道具を棚から出しながら言う。
「呪われた勇者の子供」
そう言われ、ビクッと肩を震わせ俯いた。
「この辺りにそう呼ばれる子供が住んでるって噂を客から聞いてねえ?…あんたのそれはホンモノなんでしょ?」
「………」
袖をまくっていたのを、もぞもぞと戻して痣を見えないように隠した。
「ふふ、そんな風に隠したら、そうなんですって言ってるようなものよ?」
大きく舌打ちをしたら、額にバチンとデコピンを食らった。
「痛ってぇな!」
「舌打ちはしないの。幸せが逃げていくわ」
優しく微笑んで、女は丁寧に怪我を手当てしてくれた。
早く治るようにと、キズ薬に使われる薬草は高いというのに、これでもかというくらいに塗りたくられて、さすがに店主に怒られるからやめろと止めた。
「私はゾネよ。あんた鍛えたら強くなりそうね。ダンナには私が話しておくから頑張ってね、用心棒さん」
ゾネと名乗る女は軽い食事を持ってきた。腹が空いていたからがっついて食べていたら笑われる。
こうして家を追い出されたが、ゾネに拾われ、店の空いてる部屋をかりて住み込みで働くことになった。
ダンナの手伝いをして働きながら、ゾネの常連という騎士に体術や剣を教えてもらうことになり、いつの間にかその騎士より強くなってしまっていた。これも忌々しいこの痣のせいだろうか。
飯もちゃんと食えているからか、ぐんぐん背も伸びて節々が痛い。
ゾネは店の一番人気なのか、厄介な客が度々来る。
ダンナではどうしようもない時に、それを追っ払うには教わった体術などが役に立った。
「強くなったわね」
「……」
「あんた、告白されたんだって?もともと色男だとは思ってたけれど」
「興味ねぇよ」
言い寄ってくる女が増えた。それどころか男にも絡まれる。しかし、鬱陶しいと思うだけで恋愛なんか興味がなかった。恋愛だの結婚したところで両親のように喧嘩ばかりになるなら、別にしなくても構わない。ひとりの方が楽でいい。
「勿体ないわね。あんたも、あの王子も」
「……王子?」
「あんた、知らないの?最近、街にいるのよ。あの王太子がお忍びで」
ゾネは『あの』という言葉を強調した。
最近、王が再婚をした。
ゾネが言っているのは前王妃の息子である王太子。
剣術に長けていて、最年少でマスターにもなれるのではないかと噂があるのに、試練を受けずに戦場で走り回っているという。今の王妃と仲が良くないらしく、試練を受けさせてもらえていないと噂があるくらいだ。
いくら俺たち子供に才能とやらがあっても、親がこうもダメだと、どうにもならない。
その王太子やらも苦労してんだなと溜息をついて作業に戻る。
それからしばらくしてからだった。
「あんた!逃げなさい!」
ゾネが慌てた様子で部屋に突然入ってきて、勝手に自分の荷物を漁り、革袋に詰め込み始める。
「おい、何してんだよ!」
「いいから早く出ていく準備するのよ!この街から…いや、ダメね。船に乗って隣国まで…」
「は?」
「逃げられたら困るなァ」
「っ!」
振り返れば部屋の入口を塞ぐように立つのは、ゾネの常連である騎士だ。体術や剣術を教えてくれた男がニヤニヤしながら、こちらを見ている。
「なんだ?なんでお前が俺の部屋に…」
「覚えがいいと思えば、お前が『呪われた勇者の子供』だったんだって?」
「!!」
騎士は近付いて来ると、腕を掴んで服の袖を捲りあげた。
忌々しいあの痣を確認する。
「本物を拝めるとはな。おい、ボウズ、俺に着いてこい」
グイッと腕を引っ張られる。
訳が分からず、ボケっと騎士を見ていたら、ゾネは騎士の手を振り払った。
「お前さんとはいえ、この子は大事な店の子だから勝手に連れてかれたらいけないねぇ」
「邪魔するな、ゾネ」
キッと睨み、ゾネが庇うように前に立つ。
「そいつを城に連れて行けば一生遊んで暮らせる金が手に入る。それが入ったらお前を迎えに来てやるから、大人しくそのボウズを渡すんだ」
なんだそれ。城ってボーデン城のことだろうか?
呆気にとられていると、ゾネが鼻で笑う。
「お断りだね」
騎士が舌打ちをすると、ゾネを乱暴に退かし、自分の腕を掴みあげる。吹っ飛ばされたゾネはキャビネットにぶつかり床に倒れた。
「ゾネ!」
ゾネの元へいこうとしたが騎士がそれを許さなかった。
「離せ!」
「お前は大人しく俺に着いてこい。暴れたらどうなるかわかってるな?」
「そんなの知るか!!」
騎士を思い切りぶん殴り、倒れたゾネを抱き起こして怪我はないか見た。
ゾネの額から血を流れているのをみて、怒りで目の前が真っ赤に染まり、全身の血が煮えたぎるような感覚がした。
「テメェ…!」
「リュウ!ダメよ!」
泣きながら止めようとするゾネの声がしたけれど、騎士を殴る手は止まらない。
騒ぎを聞き、駆けつけた騎士たちに止められた。
どうやら北の方で魔物たちの動きが活発になっているらしい。魔王が復活するのではないかと勇者を探しはじめた王族たちだが、勇者の証である痣をもつ赤子が誕生したという知らせは一向にない。
焦った王族たちは『勇者の証を持つ者を見つけ、城に連れてきた者には謝礼をやろう』とお触れを出した。
この痣を呪いだと思っている両親は自分を隠して育てたのだから見つかるわけが無い。
ゾネの常連の騎士が、謝礼目当てに城へ連れていこうとしたという流れを理解して、縛られて動けないこの状況に舌打ちをした。
ああ、なんて忌々しい痣なんだ。
城へ連れていこうとした騎士を三人ほど半殺しにしてやったが、結局は騎士たちに捕まり、ギチギチに縛られて城に連れていかれた。
「この者と共に北にある魔族の城へと向かえ」
王らしき男が、自分の隣に立つ青年に命令する。
その言葉を聞いて、困惑した様子で自分を見ている。
どうやらこいつがゾネが話していた王太子らしい。
王太子が何を言ってもその場にいる者たちは聞こうともせず、勝手に話が進んでいく。芝居かかった王妃の言葉に吐き気がした。
ボーデンの街の入口。
やっと自由にされた身体を伸ばす。縛られていた腕が痛い。
すまないと謝る王太子に同情した。
護衛もつけず、二人だけで北の魔族の城へ行けと言われたのだ。死んでこいと言われたも当然だ。
なんだかんだ二人で北を目指して旅をする。
こんな風に自由に色んな場所に行けるのは楽しかった。
自分より歳が下なのにシノブは強かった。
マスター候補なだけある。
鍛えられていたが魔物と戦うのは初めてだったが、シノブが教えてくれて、いざ一緒に戦うと、ものすごく戦いやすかった。
「リュウは強いな」
強いお前に言われたくねえよ、とも思ったが、優しく微笑むシノブに苦笑して頭を撫でた。
自分もシノブも親に可愛がられて育ったわけではない。こうして撫でてやると喜ぶシノブに、なんだか弟が出来たようで嬉しかった。
一緒に過ごしていくうちに家族のような絆ができたように感じた。
魔物が徐々に強くなってきて、なんとしてもコイツを生かし守らなければという思いも強くなる。
そんな頃に出会ったのが怪我をして動けなくなっていた魔法使いだった。
胡散臭いコイツと出会わなければ…シノブを…みんなを守れたのかもしれない…──。
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