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四度目の世界

80.

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 ムカついたからといって、自分からなんてことしたのだろうと龍鵬が眠る腕の中で顔を覆いながら悶える。
 チラリと時計をみれば既に15時を過ぎていた。
 まだ起きる様子もない龍鵬。無理もない。話している間も眠そうだった。

(もう少し寝かせておこう)

 モゾモゾと起こさないように抜け出す。布団の上に散らばっていた服を見ると顔を強ばらせた。恥ずかしくなって、ささっとかき集めて着替えた。龍鵬のは畳んで横に置いておく。

「お腹空いた…」

 さすがに朝から何も食べていないから腹ぺこだ。ベッドサイドに置かれている袋を手にしてキッチンへと移動した。
 チラリと中を覗けば、ハムと卵のサンドイッチだった。駅前のパン屋さんのものだ。以前、桜華が美味しいと喜んだら、龍鵬が買ってきてくれるようになった。

「サラダとか食べるかな…?」

 パンはウォーム使えばいいとして、ちょっとしたおかずを作ろうと冷蔵庫を漁り、野菜を洗ったり切ったり。簡単なスープを作ってから、ソファーに腰掛けてベッドのほうを、ぼんやりと眺めた。

 まさか龍鵬に、あんな事を言われるとは思っていなかったので、かなり困惑した。
 侑斗とは呪いのことが残ってはいるが友達としてそばにいることにした。
 だってあんな事をされても、真っ先に思い浮かぶのは龍鵬なのだ。
 格好良くて可愛いこの人のことが愛おしいのだ。
 男の人は相変わらず苦手だけど、人生四度目にして、初めて好きになった人だ。
 それなのに、あんな風に言われると悲しかった。

 桜華は恥ずかしすぎて膝を抱えて丸まった。

 その瞬間、ぶわっと桜華の魔力が部屋中にいっぱいになる。

「え?」
「な、なんだ!?」

 なんで?と不思議そうに声を上げる桜華と、魔力を感じたのか龍鵬が驚いて飛び起きた。上半身裸のままで目のやり場に困り、桜華は龍鵬を見るが慌てて視線をそらす。

「なんだいまの」
「わ、わかんない」
「わかんないってなんだ。使ったのお前だろ?お前の魔力だったぞ…」
「わ、わからないけど、突然……」

 別に使おうとして使ったものではない。
 えええ?なんで?と桜華は眉をへの字にして、広げた手のひらをじっと見つめた。
 龍鵬も起きるとシャツを羽織り、ソファーにいる桜華の横に向かうと腰掛けた。

「暴走?いや、意識も異常ないしな……」

 手を握られ、顔を覗き込まれる。

「……ん?」
「え?え?なんかありました?」

 桜華が不安そうに龍鵬の手を握り返す。

「甘いにおい…菓子食ったか?」
「食べてないよ?さっき起きてご飯作っただけ」
「……?」
「ちょ、」

 くんくんと犬のように首筋辺りを匂われ、お風呂に入ってない!と思わず後ろへ倒れて逃げようとしたがソファーの背もたれが邪魔して動けなかった。

「り、龍さん…?」

 返事のない龍鵬のほうを、そろりと見た。
 すると龍鵬が目をきつく閉じて、思い切り歯を食いしばっていて、桜華はギョッとして龍鵬を押し退けて身体を離すと両肩を掴んで声をかける。

「龍さんどうしたの?大丈夫!?」

 小さく呻くだけで返事がないまま。
 どうしよう、どうしよう!?と混乱する頭を横に振って落ち着こうと深呼吸をする。
 今は天津がいない。
 いないから自分でなんとかするしかない。

「メニュー!」

 そう叫ぶと目の前に画面が表示された。
 天津がいなくても、この機能は使えるようだ。

「龍さんの状態調べたいの。できる??」

 そう尋ねると、画面に『可能です』という文字が表示されて、パッと画面が切り替わった。
 そこに書かれていた状態異常は『魅了状態』だった。
 その文字を見た瞬間、漫画で言えば、思わず頭の上に?が飛び回っている状態になる。

「……は?なに?え?魅了?なんで??」

 フーフーと荒い息が聞こえて視線を龍鵬に戻せば、まるで獣に睨まれているような目でこちらを見つめていてゾクリと肌が粟立つ。

「はな、れろ」

 苦しそうに言うので首を横に振る。
 呆けている場合ではない。龍鵬をなんとかしなければ。
 魅了に心当たりがあるとすれば自分の持ってる能力のひとつにあるものだ。桜丘はフェロモンがどうとか話していたが、どうも話で聞いていたようなものではない気がする。使い方がわからないが、さっきの魔力がぶわっと溢れ返ったアレがそうなのだろう。

「魅了状態を解除する方法…あ!いつもの治すイメージで魔力使えばいい?」

 傷を治すのと同じならば光の魔法だ。もしかしたら、聖夜に見せてもらった本の中に治し方がのっているかもしれない。

『その魔法では魅了は解除できません』
「え?なんで!?じゃ、じゃあ、」

 どうしよう…と焦っていると、スマホの着信音が聞こえてきて、こんな時に誰だろうと画面を見たら天津だったので急いで出た。

「あーくん、どうしよう!?」
『西条龍鵬は…アナタの魔力にあてられた状態です』

 久しぶりに聞いた天津の声は、いつも通りで落ち着いており、言い聞かせるように桜華に説明をはじめた。
 この画面は天津と繋がっているのだろうか。
 事情を説明する前に、こちらの状況がわかっているようだった。

「な、なんで急に?今まで使えてなかったのに」

 使えていないというか使い方もわかっていないものだ。

『愛を知ったからじゃないかしら?』
「あ、愛!?」

 今の声はモイラだ。
 モイラも変わりない元気そうな声。

『ちょっと邪魔しないでください』
『なによ、こうすれば聞こえるでしょ』

 向こうで嫌そうな天津の声と、呆れたモイラの声がする。どうやらスピーカーにしたようだ。

『魅了状態になった者は使用者、つまり桜華を求めるの。魅了の種類によるけど……その子の状態は発じょ、ふぐっむむむ…』
「モ、モイラ?」

 説明していたモイラの声が途中で聞こえなくなり首を傾げる。

『なんでもありません。プリンが喉につまったんでしょう』

 モイラのかわりに天津が返事する。
 ええ?プリンが喉につまるなんてことある…?

「ねえ、どうしたら治るの?」

 龍鵬を見ると辛そうだ。ソファーに丸まって横たわっている。ギチギチに手を握りしめているからか、よくみたら手から血が出ている。机の上にあった綺麗なハンカチを手に握らせる。あとで魔法で治してあげなければ…。

「あーくん」

 反応がない天津な名前を呼ぶと『はい』と返事が返ってきた。

『とりあえず、そうですね…西条龍鵬を寝かせることは出来ますか?前に私にしたように』
『あなた寝かされたことあるの?』
『モイラ、少し黙ってていただけますか?』

 信じられないとモイラが言うとカチンときたのか天津の苛立った声。

(……この二人、本当に一緒にいて大丈夫なのだろうか?いつもこんな感じなの?)

 呪いのためとはいえ少し心配になる。
 桜華は龍鵬の目を覆うように手のひらを置くと、お昼寝をするイメージで魔力を練る。
 深い眠りにならないよう気をつけながら。
 すると荒かった呼吸が静かになったので手を外すと龍鵬は眠っていた。

「出来たよ」
『寝かせたら指を口にふくみます』
「指を?うん…それで?」
『その指を西条龍鵬の口に突っ込みます』
「え?ち、ちょっと待って待って」

 天津がふざけているわけではないのだろうけど、舐めた指を龍鵬の口に突っ込むという行為には抵抗がある。

「なんで口に?」
『アナタの唾液で治めようかと』
「え…ええ…?」

 だからなんで唾液?と困惑するが、天津はこれ以上は詳しく説明する気がないようだ。どうして!?
 モイラの『仕方ないわね』という声が聞こえ電話が切れてしまった。
 スマホの画面を唖然と見つめながら、もう一度電話をしようか悩んでいると…

『桜華』

 モイラの姿が目の前に現れ、声が頭の中に響く。
 いつもの可視化した姿とはまた違い、半透明に透けて見える。

「モイラ」

 モイラだけ?と尋ねると、天津は力不足なのと不貞腐れているとのことだった。

『今いる場所がここから遠いの。完全にはこちらに移動できないから、この姿のままで言うからよく聞いて』
「う、うん」

 龍鵬の頬に手を添えて様子を見る。
 眠っていたはずの龍鵬がパチリと目を開くが、天井をぼんやりとしばらく見つめ、また目が閉じられた。
 モイラが何か力を使っているのかな?

『さっきはあのポンコツに邪魔されて言えなかったけれど、この子はいま桜華の魔力にあてられ発情している』
「はつじょ……!?」

 やっぱりプリンを喉につまらせたわけじゃなかったのか。

『わかりやすくいえば魅了もレベルがあるの。桜華は持っていたチカラの使い方がわからないから使えなかったと思っているようだけど、それは違う。発動条件が愛だっただけ』

 なにそれ。発動条件があるなんて聞いてない。
 モイラがいうには、魅了を習得したはいいが初恋もまだだった自分には使用することが出来なかったとのことだ。ようするに、お子様だったというわけだ。
 現在は龍鵬と出会い、龍鵬と結ばれ、その条件を満たした。

『チカラを早急にコントロールしなければ大変なことになる。この子は我慢してくれていたようだけど…』

 ちらりと手の怪我を見てモイラはそう言った。

 フェロモンだけだったら人に好かれやすいだけでどうとでもなるが、コントロールが上手くいかず、魔力だだ漏れ状態で、人々を発情させてしまえば恐ろしいことになる。

 うっわ。なにそれ。そんなエロゲーみたいな展開は嫌すぎる。

『魅了の解除する方法は体液を相手に与えればいい。だから唾液とあのポンコツは言ったの』

 もうエロゲーのそれじゃん?
 なにこれ、なにこれ。厄介スキルすぎない?
 映画のようなハニートラップみたいな事してみたいなんて思ったこともあったが、知った今、こんな力いらないんだけど?

『キスのひとつでもしてあげたら治まるはず』
「え、」
『指を口に突っ込むよりは、良いでしょ?』

 あなた達、恋人なんだからとモイラは言った。
 かああっと顔が赤くなる。

『そろそろ戻る。またね、桜華』

 モイラは説明するだけ説明して消えていった。
 あっさりしてんなぁ…と思いながら、グループメッセージの方に『ありがとう』とお礼を送っておく。

「龍さんをなんとかしないと…」

 寝かせているとはいえ魅了状態のままなので、顔が赤く、じんわりと汗もかいてて苦しそうなままだった。
 龍鵬の唇をじっと見つめ、桜華はその唇に触れた。
 改めて自分から口付けようとするのは物凄く恥ずかしい。
 かといってこのままなのもダメだ。

(えい!!)

 ぶちゅっと勢いよくキスをする。
 勢い余って歯があたった。痛かったが、おずおずと自分の舌を龍鵬の舌にくっつけた。

(もう無理…!)

 勢いよく離れる。
 知らず知らず息を止めていたのか苦しくて、ぜーはーと深呼吸を繰り返した。

「これで…治ったよね?」

 あとは起きるのを待つだけだ。
 手の怪我を治し、お腹が空いていたので、桜華は龍鵬には悪いけど先に食べることにした。


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