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四度目の世界
79.
しおりを挟むピンポーン…
インターホンの音が部屋に響く。
いつものように天津の声で誰が来たというお知らせもなく、桜華はベッドからモソモソと起き上がって玄関に向かった。
天津とモイラがチカラの回復をさせに行ってしまってからというもの、ここ数日間は目覚ましが鳴る前に、家のインターホンの音で目が覚める。
眠たい目をこすりながら玄関のドアを開けると、いつものスーツ姿の龍鵬が立っていた。
「お前な、確認する前にドア開けるなって何度も…」
昨日も同じようなことを聞いた気がする。
睡魔が襲ってきて、立っているのも辛くて龍鵬の言葉が終わる前に桜華は胸へ頭を預けた。
「おい」
仕方ねぇな…と龍鵬は桜華を抱き上げて、部屋の中へ入っていくとベッドの上へ運んで寝かせる。
「んん……?……龍さんが龍さんじゃない?」
「何言ってんだよ。寝惚けてねぇで起きろ。飯買ってきたぞ」
こんなやり取りを前もした事あるなと思いながら龍鵬は桜華の頭を撫でる。
ぼんやりとした眼で龍鵬を見つめる桜華は、とても無防備で、女なのだから危機感を少しは持てよと龍鵬は深く息を吐き出しながらベットに腰掛ける。サイドボードの上に持ってきた荷物を置いた。
「髪、切ったんですか?」
「ああ。暑くなってきたしな」
肩ぐらいまであった髪が、ばっさり切られて短くなっている。まとめて結っていた髪型も良かったが、短くした今の髪型はさっぱりとしていて、いつものスーツ姿でも、チンピラというよりは好青年という印象になった。
「カッコイイなぁ…」
「そらどうも」
「お姉さん達に着いてっちゃダメですからね」
これで街を歩いたら、違う意味で色んな人にチラチラ見られるんだろうなと桜華は思いながら目を閉じた。ただでさえカッコイイのに。龍さんがこれ以上モテてしまったらどうしよう──。
「お前しか目に入らねぇよ。飯は食うか?」
「んんん……!龍さんも一緒に寝る?」
「………」
バイトは今日は休みだ。
目を開いて微笑みながら布団を捲り上げて横に寝るかと声をかければ、龍鵬は無言で立ち上がるとスーツの上着を脱ぎ、クローゼットのハンガーにかけてからベッドに戻ってくる。
デコピンでも食らうかと思ってたのに。
桜華の隣に横になると強く抱きしめてきた。そんな龍鵬の首に桜華も腕を回して抱きつくと短くなった髪に触れた。
「くすぐってぇよ」
文句を言いつつも桜華の好きに触らせてくれる。さわさわ。さわさわ。ずっと触ってられそうな不思議な感触で笑った。
くぁっとひとつ大きな欠伸をして龍鵬は静かに目を閉じた。
「寝る?」
「お前が一緒に寝ようって言ったんだろ」
「そうですけど…」
寝るつもりらしく、龍鵬はぎゅうぎゅうと桜華を抱き締めてきて身動き出来ない。首にかかる息がくすぐったく身を捩る。
昨日の夜は、桜丘の仕事を手伝うと言っていた。
一睡もしていないのか目の下にうっすらとクマがある。
侑斗が聖夜の店に来たあの日、なるべくひとりにはなるなと言われて、こうして毎朝のように来てくれているが、無理してるのではないかと心配になってしまう。
それと同時に、こうして一緒に過ごせることが嬉しいと喜んでる自分もいて複雑だなあと桜華は龍鵬の胸に頭をぐりぐりと押し付けた。
「お前なぁ…寝ないなら飯食うか?」
「ううん…少し寝ます。起きたら一緒に食べましょう」
「そうだな。おやすみ」
「おやすみなさい」
目を瞑って動かずにいると、数分も経たないうちに龍鵬の寝息が聞こえてきた。まさかこんなに早く寝てしまうとは…。
(やっぱり無理してんじゃんか)
桜華は天井を見上げ、小さく息を吐いた。
先日、聖夜の店で桜丘と龍鵬の二人が何度か話をしていたのを見かけたので、聞き耳スキルを使って、こっそりと盗み聞いてみたりした。
桃の事件は進展がないようだし、葵もまだ見つかっていないようだった。
そもそも桃が言っていた犯人は葵ではないのだから進展もなにもあったもんじゃない。かといって桃を殺した犯人は葵ではないと伝えても、何故自分が知ってるんだと桜丘に聞かれて、ややこしくなりそうだから言いたくはない…。
(なにか手がかりがあればいいんだけどなぁ)
桃から聞いた『おじさん』が誰かわかれば一番手っ取り早いのだが、あの日、怪しい人物が誰もいなかったらしいので、犯人は魔法を使って桃の家に侵入したのかもしれない。
(でも、なんで桃ちゃんは駅前のおじさんと同じ死に方したんだろう?侵入してきたおじさんに驚いて自分で……?桃ちゃん、そんなこと言ってなかったし……)
駅前の時は声が聞こえたと言っていたし、お祭りの時も再び聞こえたと言っていた。
桃が殺された日も女神の声が聞こえてチカラが暴走してしまった可能性もあるといえばあるのだろうか?
うーん、と桜華は唸って目を瞑った。
(あー!特徴とか聞いとけばよかった!)
泣いてばかりで葵のことしか聞けていない。
もっともっと色々と話したかったと今更後悔した。
「………寝れないのか?」
いつの間にか龍鵬が起きていたのか、優しく頬を撫でられてハッとして視線をやる。眠そうな声。心配そうに桜華を見る龍鵬と目が合って慌てた。
「か、考えごとしてたの。寝る、寝ます!」
唸り声がうるさかったかな。ごめんなさいと謝れば、ちゅっと頬に唇が当たる。びくっと身体を跳ねさせたら眉間に皺がよった。
「なんでビビるんだよ」
「だ、だって龍さん、前にほっぺ食べたじゃん」
あれは痛かった。
サッと頬に手をあてて隠す桜華が気に食わなかったのか腕を掴むと退かす。そのまま身体を起こすと桜華に覆いかぶさって指を絡ませてキュッと握りしめ、布団に縫いとめた。
「へぇ?もっと食われたいって?」
「そんなこと言ってない!!」
ニヤッとしながら言ってくる龍鵬に恥ずかしくて頭突きをしようとしたけど避けられてしまった。
「危ねぇな」
なんだその反射神経!
侑斗くんなら避けられないはずなのに。元勇者だから!?
「あ」
そんなことを思ったら、ふと思い出して声が出た。
「そうだ、龍さん!」
侑斗で思い出した。
「ん?なんだ?」
「あのですね、思い出したんです!」
突然じっと見つめて言ってくる桜華に声は出さなくても「何をだ?なんで今?」という困った表情で桜華の上から退くと再び横に寝転がり頬杖をついた。
「んで?何を思い出したんだ?」
「生き返ったら全部思い出すのに、全然思い出せないって前に話したやつあったでしょ?」
「ああ、あれか…」
あの時、話していた通り、侑斗に記憶をいじるチカラがあって、侑斗と過ごした時間の記憶を消されていたと全てを説明したかったけれど躊躇う。
モイラが侑斗と天津が近くにいない時に、このチカラのことはあまり人に伝えてはいけないと言われたからだ。
迷いに迷って、心配するようなことはおきないだろうと桜華は龍鵬に話すことにした。龍鵬には包み隠さず話しておきたかった。
でも侑斗が実は元カレでした…なんて、どう説明すればいいんだと桜華は顔を手で覆って悩んだ。
「おい、大丈夫か?」
心配そうに桜華の顔を覗き込んできた龍鵬に頷くと「よし!」と気合いをいれて話しはじめた桜華。
透と一緒に夢を覗いた時に起きたことは記憶を取り戻すために使ったチカラの影響があり、お泊まり会の時に記憶を全て取り戻したことまで話した。
龍鵬がどう思ってるのか読み取れない表情をしていて桜華は不安になる。
(本当に話して良かったのかな…)
無言のままの龍鵬。
頬杖ついてないほうの腕に恐る恐る触れた。
するとその手が動き頭を撫でてくれた。
「侑斗が葵に何度も殺されたことは店に来た時に聞いたから知ってる」
「えっ!?」
あの時、龍鵬に話していたことに驚いたけれど、それよりも侑斗と名前で呼んでいることに驚いてしまった。
「なんで、え?なんでなまえ…」
「お前はどうしたいんだ?」
「…えっ?」
なんで名前呼びなの!?と言いたかったけども、それよりも前に龍鵬が聞いてきた。桜華は「何を?」とキョトンとして龍鵬を見つめる。
「思い出したんだろ?」
「はい、思い出しました」
「あいつのこと好きだったんだろ?」
「え?………うん?好き?」
コテンと首を傾げた。
龍鵬が何を言っているのだろうかと意味がわかるまで数秒ほどかかって、理解した桜華はポンと顔を赤らめた。
「ど、ど、どうしたいって…え?え?どういう意味ですか!?」
ガバッと起き上がると正座をして身を乗り出して叫ぶ。
「私、捨てられちゃうの?!」
「うぉっ…いや、お前じゃなくて俺がだろ?」
「へ?なんで!?」
何でそうなる?え?本当になんでだ?
桜華が頬を膨らませながら涙目になって睨んでくるもんだから、龍鵬も慌てて起き上がり、心配そうに顔を覗き込みながら、落ち着きなく行き場のない手を握ったりひらいたり。
侑斗と付き合っていたことを思い出したとしても、ここで好きなのは龍鵬のことだ。
「……好きって言ったこと伝わってなかった?」
「そっ…!そんなことじゃなくてだな…」
だんだんと声が消え入りそうになって、力無く手がおろされ龍鵬が俯いてしまった。
「私は…龍さんのでしょ…?」
手に触れてぎゅっと握る。
「あ、あんなことしといて、む、昔の男が現れたからってポイって捨てるの!?」
「はあ!?お、お前なあ…!」
「いっ…たいっ!」
なんつー言い方だ!と思わず手を振り払いデコピンをしてしまった。力加減などしなかったため、(しまった!)と慌てて桜華を見るが、両手で額をおさえながらキッと睨んだまま。
「私は龍さんが好きなの!侑斗のこと好きだとしても好きのレベルが違う!!」
そう叫ぶとシャツを掴み上げ、口元に噛み付くような勢いで龍鵬にキスをした。
羞恥が襲ってくるけど構うものかと、ちゅうちゅうと龍鵬の唇に自分のを押し付ける。
(あぁ、くそ…俺がどんだけ我慢してると…)
目を瞑り必死になってる桜華に胸の内で悪態をつき、桜華へ腕を伸ばして腰を抱く。
「捨てるわけねぇだろ」
幼馴染たちに、神とやらにまで嫉妬するくらい大事な存在だ。出来るならばこのままずっと自分の腕の中に閉じ込めておきたい。
そんな乱暴な気持ちを桜華に知られたくなくて大人な対応をしているというのに、それすらも許してくれない。
「俺のだし」
強く抱き締めて、桜華の首に顔を埋めながらそう呟いた。龍鵬のそんな呟きに胸がきゅうっと苦しくなり、桜華も腕を回し抱き着いた。
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