平和に生き残りたいだけなんです

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四度目の世界

78.

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「……」

 隣に座る年下の少年に、とびきりの笑顔で見つめられて、居心地悪そうに顰めっ面する男が座ってるのを桜華はカウンターの中で苦笑して眺めていた。

「久しぶりだな」
「そうっすね!」

 龍鵬が声をかけたら侑斗が元気よく返事をする。
 ニコニコと機嫌が良い。
 お泊まり会も終わり、バイトに行くから帰ると言えば侑斗は「桜華が働くところ見てみたい!」と店まで着いてきてしまった。
 店に着いてみれば、既に龍鵬と東がカウンターの席に座っていてファイルを見ながら聖夜と話していた。

「お泊まり会したのですよね?楽しめましたか?」

 何気なくかけられた言葉に一瞬だけピシリと表情が強ばり、すぐに笑顔に戻る桜華に対して、侑斗は笑顔のまま「はい!」と元気よく答えた。
 どうかしたのだろうか?と不思議そうに首を傾げて東は桜華を見たが、何ともなさそうなので気にしなかった。龍鵬もその様子に気付いているようなのか、無言でじっと桜華を見ている。

「おい、桜…」

 龍鵬が声をかけようとした時にドアベルがタイミング悪く鳴り、桜華は小さく謝って「いらっしゃいませ」と接客しに向かってしまう。

「桜華ちゃんの幼馴染って子でしょ?」

 聖夜の背後から、ひょこりと透が顔を覗かせて侑斗に話しかける。
 夢を覗いた時に、あの場にいた子供だと店に来た時にすぐにわかった。透は目を輝かせて言う。

「回帰者だったんだね」
「え?」
「はぁ?」

 透の言葉に東と龍鵬が共に驚いた。言われた本人は隠す素振りもなく笑顔で頷く。

「知ってる方なんすね。俺、もう五回目くらいかな」
「そ、そんなに?」

 桜華よりも多いと東は更に驚いて思わず声に出てしまい、慌てて口を手で押さえた。

「す、すみません。まさか南くんもだとは思わなくて」

 能力を使用して二人の記憶を見ているから知っているとは言えないので、侑斗は話を合わせる。東は同じ回帰者と知り合えたことを喜んでいるようだ。

「ここは回帰者のお客さんが多いんだよー」
「へえ!ってことは店員さん達もそうなんですね」
「まあ、そうだな」
「俺たちの方が南くんより回帰の回数は少ないよね」
「あぁ」

 龍鵬が何かを言いたげに見てくる。
 この透という女の人と龍鵬、あともうひとりに桜華の記憶を戻している途中に、何故か記憶の中に潜り込まれていたのには侑斗も気付いていた。
 過去は過去だ。覗かれたとしても構わない。
 しかしモイラから得たこの能力のことは、あまり人には知られてはならない。利用されるのはごめんだ。
 能力を使っているところを覗かれてしまえば記憶を操作しなければいけなくなるから、あの場面で良かったのかもしれない。
 
「聖夜が回帰の情報収集してて教えてくれるから、知りたいことあればいつでも来ればいいよ」

 透も嬉しそうに教えてくれる。侑斗はまた頷いた。
 聖夜と龍鵬には、なんだか様子を見られているような感じがしたので、侑斗は桜華が戻ってくるまで適当に話をあわせておこうと思ったのだが、急にガシッと肩に腕を回され捕まえられた。

「おい、侑斗」
「……っ?」
「暁、こいつに話があるからあっちの席使うぞ?」
「ええ。人も少ないですしどうぞ」
「えっ?えぇぇ?いま俺の名前…」

 イスから立ち上がるとグイグイ引きずられるように奥のテーブルへと移動する。侑斗は戸惑いながらイスに座らせられて、龍鵬は向かい側の席へと座った。

「お前、知ってるのか?」
「何を?っていうか名前呼んでくれんすか!?」
「なんでそこに食いつくんだよ…」
「はぁぁぁ…推しに名前呼ばれるなんて…」
「は?なんて?推し??」

 何言ってるんだお前と若干引かれているのに気付いて侑斗は笑顔に戻って龍鵬を見た。

「えーっと?知ってるって何をですか?」
(こいつら、話をいきなり始めるところとかソックリだな…)

 推しのことはこれ以上話す気がないのか、話を戻されて龍鵬は眉を寄せた。

「悪いが、たぶん前にお前の記憶の一部も覗き見たことがある。その時に北野葵というやつと話してただろう?葵のこと知ってるか?」
「葵って北野?」
「知ってんだな?」

 あの時に覗き見た記憶のカケラとやらは本当にあったことなんだと龍鵬は拳を握りしめた。

「知ってんなら伝えておくぞ」

 侑斗も知っておく必要があると龍鵬は思った。
 少なくとも桜華のことは、ただの幼馴染という風には見ていないことは最初から明らかだし、あの屋根裏部屋の記憶のかけらを見たからわかる。

「葵があの祭の日に目撃されている。死んだお前たちの友達とやらは葵に会っている」
「まっっ……!!」

 マジで!?と叫びそうになったのを、とっさに手で口をおさえる。他のお客さんがいるのに大声など出せない。そろりと後ろを向いて確認するが大丈夫そうだった。
 葵がここでも存在することはわかっていたが、もう既に記憶がある状態で、尚且つ、すぐ近くにいるということに驚きを隠せなかった。

「それ…桜華は知ってんですか?」
「桜華から聞いたからな」
「な…なるほどねー……」

 このことを知っている状態で、全ての記憶を戻してしまったということになる。桜華が怖がってなければ良いのだが…。

 だんだんと顔色が悪くなっていく侑斗。
 それに龍鵬が気付いて、俯いてブツブツ何かを呟いてる侑斗の前髪をかきあげて顔を覗き込む。

「おい。平気か?まさかお前まであいつに殺されたとか言わないよな?」
「まかさもなにも…俺、北野に二回殺されてますけど」
「はあ!?」

 せっかく我慢したというのに龍鵬が思い切り叫んでしまう。侑斗は慌ててシーシーと口の前で人差し指を立てた。

「す、すまん」

 皆、驚いた表情で二人を見ていたので、『悪い』とすまなそうにジェスチャーで謝って侑斗に視線を戻す。

「そうか…お前も殺されたのか……」

 なんてやつだと拳を握りしめる。

「あいつ、桜華のこと自分のものだと思ってるから西条さんも気をつけた方がいいすよ」

 自分はそれで殺されたと侑斗が教えると、怒りとも悲しみともつかない表情を浮かべている。
 侑斗はその表情を見て、ひくりと引きつった笑顔を龍鵬に向けた。

(こっわ。この人、身内には優しく、敵には容赦しないタイプか)

 桜華はこの人のこんなところも見たことがあるのだろうか?……安全?いや、これでも元勇者だしなあ…。

「侑斗くんのこと、いじめてません?」

 元の席になかなか戻ってこない二人を心配したのか桜華が近寄ってきて話しかけた。

「いじめてねぇよ」
「だって龍さん眉間にしわ寄せて、こんな顔してた」

 龍鵬の顔マネをする桜華に思わず侑斗は吹き出した。不意をつかれたのもあるがものすごく…

「似てる!」
「でしょ?」

 自信たっぷりに言う桜華の額に龍鵬のデコピンがヒットした。痛かったのか額をおさえてその場にしゃがみ込んだ桜華。ハッとして龍鵬に視線をやれば、すでに目の前には龍鵬の指があって、容赦のないデコピンを食らう。

「っっ………」

 桜華の頭突きも痛いが、龍鵬のデコピンも負けないくらい痛い。

「お前らなぁ……。まぁ、いいわ。戻るぞ」

 伝えたからな?と念を押すようにそう言われて立ち上がると、龍鵬は東のほうへと戻って行った。

「…なんか言われたの?」

 心配そうにしゃがみ込んだまま侑斗を見上げて尋ねてくる桜華に首を横に振った。

「北野がいるって教えてくれただけ」
「龍さんが??」

 なんで?と不思議そうにしている桜華に苦笑して侑斗も立ち上がって桜華の腕を引っ張って立たせる。 

「心配してるんだよ、桜華のこと」

 それだけではない気もするが聞いてもはぐらかされそうだ。能力を使っても良いのだが…モイラがいない今、勝手に使用したらあとでぐちぐち小言を言われそうだ。

「あっち行こ?」
「うん」

 動かない侑斗の手を掴むと、ぐいぐい引いて桜華は元の席へと連れていく。

(すげえ見られてる)

 龍鵬の視線に気付いた。
 ガン見じゃん、と侑斗は声に出てしまった。
 桜華は記憶が戻ったことで、こうして手を繋ぐのも自然としてしまうのだろう。それをあの人らに見られてるというのに気にもせず行動にうつしてしまうのだから困ったものだ。

(ま、いいや。俺はしーらない)

 ぎゅっと手を握りしめたら、ようやく手を繋いでしまってるということに気付いたのか、桜華かしまった!というように慌てて手を離して片付けていないテーブルのほうへと逃げていった。
 その様子を見ている龍鵬も複雑そうな表情になってるのがまた面白い。

「店員さーん、この元気の出るサンドウィッチひとつくださーい」

 イスに座ってメニューを指差して注文する。

「それ以上、元気になってどうすんだお前…」
「元気なのはいいことじゃないですか」
「そうですよー。だってこんな風に書かれてたら気になるじゃないですか」

 メニューには透が書いたであろう字で、『元気が出るサンドウィッチ』だの『落ち込んだ時にはカモミールティーがおすすめ!』だのと色々なことが書かれている。

「素敵な店っすね」

 カウンター内にいた聖夜に聞こえたのか「ありがとうございます」と侑斗の方を見て微笑んでくれた。
 よくこんな場所を見つけたなと、顔が赤いままブツブツと何かを呟きながら片付ける桜華を見て侑斗は小さく息を吐き出した。

(西条さんの話が本当なら、モイラと天津どちらもいないし気をつけないと……)

 今回は簡単にはやられてやるもんか。
 岸田が北野に会ったと言っていた。あいつに殺されたのだろうか?いや、でも何でだ?
 盗み聞きしてしまった時に、北野は岸田の元彼と聞いてしまったけれど、前に付き合ってた彼女と再会したからといって殺す必要はないはずだ。

『早く戻ってきて』

 侑斗は天津に追加してもらったメッセージアプリでモイラに送ったら、すぐに狐のキャラクターが嬉しそうに喜んでいるスタンプが返ってきた。



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