平和に生き残りたいだけなんです

🐶

文字の大きさ
上 下
78 / 82
四度目の世界

77.

しおりを挟む

 ムスッと頬を膨らませながら座った桜華は、ふと視線を感じて侑斗の座っている方を見た。すると侑斗は何かを言いたげにじっと桜華のことを見ている。

「どうしたの?」
「……今のは?」
「え?」
「天津にされてたじゃん」

 わかっていない桜華に、侑斗は自身の額を人差し指でトントンと突いた。

「よくするの?」
「よ、よ、よくするわけない!あれはあーくんが勝手にっ…」
「ふーん?」

 慌てて否定をしたけど信じてなさそうに返事をしてくる侑斗。そんな侑斗に頬を膨らませて、ずりずりと這って目の前に移動した。

「ねえ。信じてないでしょ?」

 そう尋ねてくる桜華に頷きながら、膨らんだ頬を指で突いた。ぷしゅっと口から空気が抜ける。
 
「葵ともしてたし。天津ともしてたじゃん?桜華は無防備すぎなんだよ」
「え?え?な、な、なんで知って……!?」
 
 どうして知ってるのかと動揺する桜華に「俺、見れちゃうからね」と侑斗は口を尖らせながら、ぽつりと呟く。
 あー、そう言えばそうだった。

 (ってことは…まってまって)

 見れるってことは…他のことも見られている可能性があるわけで…?

「そ、そういうの全部、侑斗くんの記憶から消して!」
「消すなって言ったり、消してって言ったり…桜華は忙しいなー」

 わっと顔を両手で多いながら叫ぶ桜華に苦笑した。
 消せと言われても、もう二度と消さないけど。

「まあ…とりあえず、ご飯食べようか?」
「食べる……」

 七海たちが作り置きしてくれたものがキッチンにあるから食べに行こうと侑斗は立ち上がり、膨れっ面のままの桜華に手を差し伸べて、しっかり立たせる。
 侑斗は何故かそのまま手を離さずに自身のほうへと引き寄せて抱き締めた。

「侑斗!?」
「ん?驚くと呼び捨てで呼んでくれんだ?」

 怒って腕の中で暴れる桜華に、くすくすと笑う侑斗。そんな桜華ですら可愛いと思ってしまう。
 桜華の前髪をかきあげて、顕になった額に冷たい唇が触れた。まるで天津の触れたところに上書きするように侑斗は口付ける。きょとんとする桜華に、額をトントンと突いて顔を覗き込んだ。

「ほら無防備ー。こんなに簡単にさせるなんて心配だね?」
「っ~~~!!」

 侑斗はそう言いながらも更に顔を近付けてきて、唇がくっつきそうな距離になり、さすがに焦った桜華は慌てて両手で侑斗の口を塞いでグイッと思い切り突っぱねた。

「ダメ!」
「俺はダメってこと?」

 口を塞がれながらもモゴモゴとしゃべるので、手のひらがくすぐったくてパッと離して握りしめると俯いて目をぎゅっと閉じる。

「だ、だって…」

 全部思い出すことは出来た。
 侑斗の呪いのことも、侑斗の想いのことも知ることが出来た。
 好きかと聞かれれば侑斗のことは好きなのだ。
 しかし、これはダメだ。

「西条さん?」

 龍鵬の名前を聞いて、どくんと心臓が跳ねる。

「龍、さん……?」
「そう。桜華は西条さんが好きでしょ?俺も好きだよ」
「え?あ、あげないよ…?」
「なんでそうなるんだよ」

 やけに懐いているとは思っていたが、そういう意味で好きということだろうかと桜華は首を振って嫌がる。
 すごく不安そうに見てくる桜華に、何の心配してんだと呆れ気味の侑斗。

「西条さんはいい人だよ」

 あの二人のことは、桜華の引越し作業を手伝った時には既に能力を使用して記憶を確認済みだ。
 思わぬ場所で桜華に再会し、こっそり見守っているうちに、たまたま一緒にいるのを見かけた。なんであんなヤクザみたいな人と歩いてるのか、悪い人ではないだろうかと気になって調べたのだ。
 しかし西条も東も自分が思っていた以上に悲惨な過去で悪い人ではなかった。むしろゲームの主人公たちのような勇者と王子だ。格好良すぎだろう。

「俺は桜華が幸せでいてくれるならそれでいいんだ」

 何度も会わないように距離を置いた。辛い思いをさせたくなくて記憶も消した。しかし、こうしてまた桜華は自分の目の前にいる。

「もう…離れたくはないかな…」

 こうしてそばにいることを許してくれるだけでいいんだ。
 眉を下げて見つめてくる桜華の頬を、侑斗はぷにっとつまんでから優しく撫でて笑った。

「でも呪いが…」
「俺たちの呪いは…っていうか俺の呪いか。桜華は巻き込まれただけなんだ。気にしなくていいんだよ。むしろ怒ってもいいんだから」
「そ…そんな…!」

 気にするなと言われても気にしてしまうでしょ!?
 桜華は目の前の侑斗の胸を弱い力で叩いて怒る。

「侑斗も幸せじゃないとダメだよ…!」

 侑斗が好きだという女の子を何人も知っている。
 桃だってそうだし、たぶん椿ちゃんもそうだ。
 中学のときや大学の時に付き合っていた頃もそうだ。なにも言ってくれなかったけども何度も告白されていたのを見かけたことがある。
 それに何度も私のせいで命を落としている。

「こんな呪いに縛られる必要なんてない!」

 おまじないの想いが強すぎたからとはいえ子供の頃の願いだ。『ずっと一緒にいたい』という願いがどうして『一生相手を想い続ける』という呪いになってしまうのか。

「どうにかおまじないを解く方法があれば……」
「それを解く必要はないよ」
「なんっ…」

 なんで?という言葉が最後まで言えなかった。
 侑斗の唇で塞がれた。
 すぐに離れたが、驚いて目を見開いて固まる桜華に侑斗は少し怒った表情で伝える。

「呪いのせいで桜華が好きってわけじゃないんだよ」

 両手で桜華の頬を包んで、もう一度ゆっくりと口付ける。

「まじないをする前から、ずっと好きだった」
「ゆう…んぅ……」

 再び唇が重なり、侑斗の胸を押し返そうとするが全く動かない。身動きが取れずによろけてしまい、ぶつかった本棚に身体を固定された。

「ごめん桜華」
「ま、まって……んんっ…!」

 謝りながらも止める気配はなく、更に舌が入り込んできて思うように声が出せない。

(やばい!やばい!やばいって!)

 何度も逃げる舌を追うように深く絡め、吸い上げられる。
 天津が暴走した時のように寝かせてしまおうかとも考えたのだが、全然唇を離してくれないし、頭がぼんやりとしてきて上手く魔力を込めることもできない。これ絶対酸欠になってる!!

「んんんぅぬぅ!!」

 苦しいと唸りながら、ぺちぺちと腕や背中を叩いたら、やっと侑斗は口を離してくれた。

「っ……ばか!死んじゃう!」
「キスで死にはしないよ」
「死にそうだったもん!!」

 顔を真っ赤にさせてフーフーと荒い息で毛を逆立てる猫のように睨んでくる桜華に侑斗は笑いながら背中を撫でてやる。

「怒るところ違うでしょ」

 そう言って桜華の肩口に顔を埋めて大きく息を吐き出した。首筋に息がかかりくすぐったくて身を捩る。

「ねぇ桜華…お願い。好きでいさせて」

 呪いが解かれたとしても消える感情ではない。たとえ桜華ではなく自分の記憶を消したとしても、きっと再び桜華に会い、桜華のことを好きになるはずだ。

「愛してる」

 耳元で甘く囁かれた言葉に驚いて動けなくなる。
 そんな桜華の真っ赤に染まった耳殻を食む。桜華が小さく悲鳴を上げて、腕の中から逃れようと動くので、そのまま耳朶まで舌でなぞり軽く歯を立てた。

「ん、」

 可愛い声を上げた。
 もっと聞きたい。
 でもこれ以上怖がらせては駄目だ。
 侑斗の中で気持ちがせめぎあって、ぎゅうっと力いっぱい抱き締めた。

「あー、お腹空いた」

 桜華を離して、お腹を擦りながらハシゴの方へと移動する。振り返って桜華に視線をやると耳に手を当てて固まったままの状態だった。

「食べに行こう。桜華が好きなもの沢山あるよ」

 声をかけても動かない。
 仕方ないなと侑斗は苦笑して桜華に手を差し伸ばす。

「今日だけ。今日だけ俺の桜華でいて」
「……え?」

 戸惑いながら差し出された手に触れる。

「食べて、遊んで、一晩寝たら、俺と桜華は普通の仲良しの幼馴染。記憶があるなしじゃなく、いつもの俺たちに戻る」
「そんなの…」
「せっかく頑張って飾り付けたんだし、今日は楽しもうよ?美味しいものもあるんだからさ」
「……うん」

 ね?と繋いでいないほうの手で俯いている桜華の顔を上げさせて笑いかけてくるので小さく頷いた。
 本当にそれでいいのだろうかという迷いはある。
 侑斗は満足そうに先にハシゴをおりて桜華が落ちないようにと見上げて待つ。

「小さい頃、上から飛び降りた桜華に、みんな大騒ぎしたの覚えてる?」
「なにそれ…」
「スー〇ーマンみたいなのが出る絵本読んで、私も飛べるかも!ってそこから飛び降りたんだ」
「えぇ……?」

 全然覚えていない。
 小さい頃の自分、何やってんだ……。

「あれは焦ったなー」

 桜華の父の恭介が受け止めたので怪我もなかった。春菜と七海は顔を真っ青にさせて、人騒がせな子供だねと祖父と祖母は笑っていた。

「…飛ぶ?」
「飛ばないよ!」

 下で両手を広げてニヤニヤ笑う侑斗に、桜華は本当に手を離して落ちて潰してやろうかと思ったけど、どちらも怪我しそうなのでやめておいた。

「それに飛んだことあるし」
「え?飛んだことあるの?」
「そうだよ。あーくん、天女の羽衣みたいなの持ってた」
「羽衣ってあのふわふわしてるやつ?」
「うん。風の魔法でも飛べるみたいだけど」
「すごいじゃん!」

 俺も飛んでみたいなと羨ましそうに言う。
 天津が戻ってきて頼んだら、またあの時のように飛んでくれるだろうか?

(早く元気になって戻って来てほしいな…)

 侑斗に手を握られてビクッと反応してしまったけれど、そんなのお構い無しにキッチンのほうへと歩き始める。

「母さんたち、桜華が来るって張り切って作ってたから覚悟してね」

 侑斗の言葉通り、案内され食卓に着いた桜華は料理の量の多さに言葉を失った。
 なんで知ってるのかと思ってしまうほど桜華の好みの料理が多いし、どれも美味しそうだった。

「俺も手伝ったんだ。春菜さんに教えてもらったのもあるよ」

 母の名前を聞いて、ぱくりと一口食べれば、ちゃんと思い出した母が作ってくれたものと同じ味がして涙が出そうになった。

「美味しい…」
「そう?良かった。いっぱい食べてね」

 デザートもお菓子もあるからと侑斗は嬉しそうに冷蔵庫を指差した。

「侑斗くん、お祭りの時も思ったけど…すごい食べるよね」

 侑斗のお皿に取り分けられた料理の量を見て、思わず呟いてしまった。

「そう?母さん作りすぎるから、そのせいじゃないかな」
「あー…」

 これで太らないのは羨ましい。
 横腹をつまもうとしたが、何かを感じ取ったのかつまむ前に腕を掴まれてとびきりの笑顔で聞かれた。

「それは、俺もつまんでいいってこと?」

 つまむなら俺もやるよ?と脅されて、ぶんぶんと首を思いきり横に振って腕を引っ込めた。

 多少は気まずいけども、思ったよりも普通に接することが出来るのは侑斗のおかげだろう。
 呪いのことも気にするなとは言われたがそうはいかないし、侑斗とのこともこれでいいのかというモヤモヤした気持ちになる。そして龍鵬のことを思い出して会いたくなった。
 色んなことがありすぎて頭がパンクしそうだ。
 とりあえず今は侑斗が言った通りに美味しいものを食べて、楽しむことにした桜華だった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

処理中です...