平和に生き残りたいだけなんです

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四度目の世界

76.

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 屋根裏部屋に戻ってきた。
 これで桜華も天津も虫食いのように失っていた記憶は全てを思い出したはずだ。
 最後のは天津の記憶の部分のようだった。
 とても見ていることができない光景で、侑斗も桜華も、互いに抱きしめ合いながら目を瞑って耐えていた。
 先に目が覚めた桜華は起き上がると震える身体を丸めて膝を抱えて泣いた。そんな桜華を侑斗は背後から強く抱きしめる。葵への怒りと、あの時、呪われてさえいなければ守れたかもしれないのにと後悔で胸が痛む。

「あんな事をするとは思わなかった。ごめんなさい、桜華…」

 葵が桜華に手を出すとは思ってもいなかったモイラが謝った。侑斗の腕の中で桜華は小さく首を横に振る。

「モイラは悪くないから謝らないで。それに…」

 振り向いて侑斗を見ると頬を膨らませた。

「侑斗くんのほうが問題」
「……」
「いくらなんでも…自分ごと消そうとしないでほしかった…」
「…ごめん」
「今度やったら頭突きするから」
「いや、それは…や、やめてほしいかな…」

 すげー痛いんだからと、サッと顎を両手で守るような格好をしたので桜華は吹き出してしまった。

「侑斗、桜華」

 モイラは立ち上がると天津の隣に移動して、目が覚めたのか、ぼんやりと座ったままの天津の腕を掴んで引っ張る。天津は嫌そうに腕を戻そうとするが『立ち上がって』と更にモイラに腕を引っ張られた。

「少しの間、戻らないと思う」
「戻らない?」
「ええ。天津は呪われている」

 モイラが手を伸ばし、ハイネックのネック部分を指で摘み、くいっと首元を晒した。天津の顔色がサッと青くなり、モイラの手を思い切り払って両手で首を隠す。しかし呪いの痣はまだくっきりと残っていて隠しきれない大きさになっていたのが見えてしまった。

「……前より大きくなった?」

 すぐ隠してしまったから、ちゃんとは見えなかったが、数日前に見たときよりも大きく広がっているように見えた気がする。

「人が成れの果てに触れたら死んでしまう。私たちの場合…このままだと、いずれ天津は成れ果ててしまう」
「え?」

 今、モイラはなんて言った?成れ果てる?
 驚いた桜華が天津を見つめた。

「あーくん…それ本当?」
「……彼女が言っていることは正しいです」
「そんな!なんで言ってくれなかったの!?」

 天津は『ちょっと』と言った。

(やっぱり全然ちょっとじゃないじゃん!!)

 桜華が怒鳴ると天津は眉を八の字にさせて申し訳なさそうに俯いてしまう。

「チカラがなくなる前に回復させなければいけない」
「回復なら魔法で!」
「それはやりましたが効果がありませんでした…」

 何度も試してみたが治らなかったと首を振る天津。

「呪いはチカラでは回復しない。チカラを回復させるのと同じで、願いを叶えて回復させるしかない」

 だから…とモイラは言葉を続けて、天津の腕を引っ張ってなんとか立たせようとする。

「回復させてくるから、しばらくは戻らない」

 モイラが言ってることは理解した。しぶしぶ立ち上がる天津。

「モイラも行くの?」

 侑斗が尋ねるとモイラは頷いた。

「直接、教えた方が早い。記憶が消えていたとはいえ、こんなに回復できていないとは思ってもいなかった……」

 天津はモイラの言葉に顔を顰めると、掴まれたままの手をサッと払いのけた。出来が悪いと言われたようで気に入らないみたいだ。

「だいぶ力は取り戻した方です。ちょっと女神に触れただけで…」
「触れたら、チカラはごっそり持っていかれる」
「そんな持ってかれてません!」

 認めようとしない天津の様子にモイラは呆れ、侑斗は苦笑した。

「あ…あああ!まってまって!ねえ、まって!」

 桜華がハッと何かを思い出したように自分の右手を見つめながら逆の手でバシバシと侑斗を叩く。

「ちょ、いたっ…!痛いって…!」

 地味に痛い攻撃を手を掴んで止めさせると、ズイっと左手を差し出して見せてくる。

(うわ、近ッ…)

 侑斗は危ないなと思いながらも、その手も掴んで纏めると両手をぎゅうっと握った。

「あのね、私、女神に触れたけど呪われてないよ?」
「?」
「触れたって?」

 突然なにを言い出すのかと三人ともキョトンと桜華を見る。

「あーくんが女神に襲われてる時に必死で…あの塊を引き剥がそうと掴んだけど?」

 ぬるぬるして気持ち悪い感触だった。

「それに東さんも触ってたよ」
「そういえば……」

 東がライティングを使い、追っ払った時に触れていた。なのに桜華も東も呪われていない。

「なんで呪われなかったんだろう?」

 結構ガッツリと掴んでいた。侑斗は軽く擦ってしまっただけでも呪われて死んでしまっていたのに。

「東しのぶ?」
「東さんが?」

 なんであの人が?と聞かれたので、助けてもらったことや、東も龍鵬も回帰者だということを話した。

「気配が妙だったのは回帰していたからか」

 モイラはひとりで納得したように頷いた。
 反対に侑斗の方は複雑そうな表情をしながら再び背後から抱きついて肩に顔を埋めてきた。

「侑斗くん…?」

 声をかけてもそのまま動かない。

「見なければわからない…。でも桜華と同じチカラを得ているようだから、それでだと思う」
「同じって?光の魔法ってこと?」
「そうではなく…」

 モイラは言い難いのか天津を見た。

「?」
「何故あなたは気付かないんだ。あなたの親族だろう?」
「何の事ですか?」
「桜華にチカラを与えたのは、あなただけではないはずだ。あの方の匂いがするから」

 モイラの言う『あの方』とは、神よりもすごい存在だと聞いていた侑斗。その親族だという天津もすごい存在なのでは…と息を飲んだ。わからない桜華は首を傾げる。

「あの方?」
「この国でいう最高神」
「え?最高神って…あれ?あ、そうか、天津はニニギだから…ええ?そんな神様が私に力を与えたってこと?うそぉ…!?」

 侑斗がパニックを起こしている桜華の背中をポンと叩くと、我に返ったのか「うわあ…やっばい…」と一言だけ呟くと侑斗に凭れ掛かってきた。

「ねえ、あーくんは知ってたの?」
「いえ…まあ…」

 煮え切らない返事をする天津は俯きながら手を握りしめた。この反応は知ってたな。

「私は桜華に水と火属性の魔法を与えただけです。その他のものは、私が桜華と出会う以前に得ていたものなので…あの方から得た加護ということになるでしょう」

 魔法でないものも、いまいち使い方がわかっていないものが多いが沢山ある。能力を持つ者は少ないなんて言っていたし、こんなに持っているのは普通じゃないのだろう。

「桜華、そんなに色々魔法が使えるの?」
「魔法は火と水と光だよ」
「すごい」
「まだ上手く使えないけどね…」

 何種類も使えるなんて、本当にゲームのようだ。
 失敗することがないライティングで、暗くなってきた部屋を少しだけ照らしてみると、驚きながらもワクワクした表情で光を見つめている侑斗。

「あの方に聞くのが一番早いけど…」
「無理でしょう」
「え?なんで?」
「私たちが隠れて暮らしていたように、あの方も滅多に姿を現さないからです」
「へぇ…」

 神様はかくれんぼスキルが高いのかと桜華は置いてあった未開封のペットボトルに手を伸ばして取ると、蓋を開けてサイダーをひとくち飲んだ。
 すごい空腹感を感じた。昼食を食べていないし、もうすぐ夜になる。

「お腹空いた…かも…」
「来てから食べたのプリンだけだもんね」
「私たちは行くから、ちゃんと食べなさい」
「どのくらいで帰ってくるの?」
「ここまでひどいと完治まで一ヶ月、二ヶ月かかる」
「そんなにかかるのですか!?」

 期間を聞いた天津は、行きたくないと駄々をこねる子供のように首を横に振って嫌がった。
 そんな長い間、桜華と離れたくはなかった。

「あなたが頑張れば、もっと短期間で治るかもしれない」

 早く行こうとモイラは手を引っ張った。

「あーくん、頑張って治してきて?成れ果てちゃうのは嫌だよ」
「……!!」

 桜華までそんな事を言うのかと悲しそうな表情になったので、侑斗の腕から抜け出し、よいせと立ち上がって天津に近付くと背伸びをして頭を撫でた。いつも撫でられているように。

「待ってるね」

 天津が百面相しており、桜華は微笑んでモイラにも天津をお願いしますと頭を下げた。

「行ってくる」
「うん、気をつけて」
「侑斗も」
「何かあったらメッセージで聞いてください。南侑斗の携帯にも追加しておきました」
「え?」

 何の事だ?とスマホをポケットから出して見る侑斗。
 いつの間にか知らないアプリが追加されていた。今までのメッセージアプリと変わらないものだが、それには天津とモイラの名前が追加されていて、この四人のグループも追加されていた。

「相変わらず仕事が早いなあ…」

 ぽつりとスマホの画面を見つめながら呟いた桜華の額に口付けしてから天津は姿を消した。

「!!」

 やられた!
 文句を言う前に姿を消された!!

「そういうのなしって言ってるのに!!」

 桜華は額をおさえながら怒る桜華。そのやり取りに深い溜息をついてからモイラも姿を消した。






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