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四度目の世界

74.

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 成れ果てていく姿を見守るのは辛かった。
 かつていた妹たち二人も成れ果ててしまった。
 神とはいえど、成れ果ててしまえば存在は消滅してしまう。もう会えなくなるのだ。会えなくなってしまうのだ。悲しかった。寂しかった。何度も願った。だけど成れ果てたあの子たちは戻ってくることはない。残された自分はどうしたらいいのかわからなかった…。

 なるべく人に関わらないよう隠れて暮らしていたのだけど、なんとなくだ。気まぐれに散歩をしていた時、たまたま目の前で起きた交通事故。
 呪われた子供が目の前で車に吹き飛ばされる姿を見た時に咄嗟に駆け寄って助けていた。
 自分でもどうして助けたのかわからない。
 でもこの小さな子供をどうにかして助けなければと動いていた。

 それからは、こっそりその子供を見守った。
 自分が呪われてることなんて全然気付いてもいないのか、普通に暮らす子供を小さな厄災から守ってあげた。

 その子供には想い人がいた。
 チカラを使ってその子供の糸を見た。
 その者の運命を、糸の長さ、状態などで見ることが出来るチカラ。他にも妹たちから得たチカラで色んなことが出来るけれど、それはあまり使いたくはなかった。
 子供の糸はどれも短いもので、長いものがあったとしても、どれも途中で切れてしまっている。

(なんて可哀想な子…)

 どの世界でも、その想い人と繋がる糸がない哀れな子供。心は縛られたまま、いつまでも想い続けなければいけない呪い。
 無事にまた会えたとしても、その想いは実ることはない。
 なんでこんな小さな子供がそんな重たい呪いを受けてしまっているのだろう?

 見守り続けるうちに、呪いとは関係なく、死へ導くなんらかのチカラが働いていることに気付いた。

(あの方の意向?)

 そんなわけがない。
 穢れた罪人でもないまだ普通の子供だ。
 ただ一緒にいたいと。また会いたいと願う純粋無垢で可哀想な子供だ。

「私が叶えてあげる」

 車の事故で死にかけている子供の傍で頭を撫でながらチカラを使う。
 無事に守ることが出来たと思ってたら、偶然にも神と共にいる男と目が合ってしまった。しかも、その男に自分の存在を侑斗にバラされてしまった。なんてウザイ男だ!
 余計なことをされたと苛立ちはしたが、侑斗が怖がることはなかった。嫌がられたらどうしようと焦っていた。
 最初こそビックリはしていたけども、侑斗は北野遥馬という男が話す内容に「すごい!かっけー!」と喜んで聞いていた。
 遥馬と行動を共にするテュールという神のことはよく知らないが、あの方と同じ匂いがしたのであまり近寄りたくはなく…モイラは、ひっそりと隠れていることにした。

 侑斗は春休みという短い休みの中で、子供たちと遊ぶでもなく、呪いのことや輪廻する魂のことを学んでいた。
 遥馬と楽しそうに過ごす侑斗は年相応で可愛らしかった。
 しかし、遥馬と出会って四日目。春休みの最終日。
 成れ果てた者が突然現れ、公園で遊んでいた遥馬と侑斗は呪われてしまった。
 あっという間だった。
 狙われたのは遥馬だったが侑斗が巻き添えになってしまったのだ。

「侑斗!侑斗!しっかりして!」

 苦しそうに倒れる侑斗に声をかけるが反応してくれない。呪いは既に侑斗の小さな全身に回ってしまっていた。

「テュール…あの子助けることは…?」
『出来んな。人が呪われればそれまでだ』
「そんな。俺のせいで…」

 もう動くことが出来ない遥馬を可視化したテュールが抱き起こす。侑斗を抱きしめて必死に声をかけるモイラを見てテュールが鼻で笑うと冷たく言い放つ。

「おい、そこの女神。そのチカラは何のためにある?何故使わないのだ?」
「アナタに関係ない!」
「一度紡いで絡んでしまった糸は簡単には解くことは出来んぞ」
「言われなくてもわかってる」
「なら早く使わんか。遥馬も小僧も死んでしまうぞ」
「うるさい!アナタに関係ないでしょ!?」
 
 怒鳴りながらもチカラを使った。この子たちが死んでしまう前に糸を次へと繋ぐのだ。
 すぐに条件の揃った良い世界が見つかった。
 車の事故で息子たちを亡くしてしまった七海と遥馬と葵の母である那月が互いに泣いているのが見える。その世界に二人の糸を繋げた。
 モイラは、その事故が起きないようにして二人をその場に送ることにした。

「遥馬のやつは良いが小僧の記憶は消しておけ。そのチカラは人間に知られない方が良かろう」

 見ていただけなのに偉そうに言うテュールにモイラはきつく睨んだ。

「黙らないとアナタの記憶も消す」
「相手を選んでものを言うんだな」
「………」

 無事に糸を紡いだモイラは今の二人を繋ぐ糸を手にした。

「怖くないから。大丈夫。大丈夫だからね」

 苦しそうに涙を流してる侑斗に言い聞かせるよう囁きながら手にしてる糸をプツリと切った。
 これが侑斗の本当の三度目の死だ。
 テュールには記憶を消せと言われたが、モイラはあえて消すことはしなかった。
 
 死後、魂は紡いだ糸の先の器に向かう。
 その時にその器がこれまで過ごしてきた全ての記憶を理解できる仕組みになっている。
 しかし稀にその器の情報を読み込むことができず、何らかのきっかけで思い出すことがある者や、それとは逆に、前世の記憶が読み込まれない者がいる場合もある。
 侑斗は記憶を操作することができる能力を持っている。自分が憑いた影響でもあるのだろう。
 悪用しないか心配だったけども大丈夫そうだった。
 ゲームみたいだと最初は喜んでいた。
 侑斗は賢い。
 チカラのこと、呪いのこと、色んなことを調べて学んで…更にそのチカラを使えるようになれるよう練習したりもした。
 使えるチカラが記憶に関係するものなので特殊だ。属性のものだったりすれば本も探せば沢山あるのだが、こういったものはあまり本はない。悪用する者がいるため記録を残すようなことはしないからだ。

「人だと難しいなぁ」

 そこら辺にいる野良猫だったり、家族、友人の記憶を見させた。
 簡単に使ってはいけないチカラではある。いじったり消したり勝手なことは絶対にしないという約束をモイラは侑斗とした。
 こっそり記憶を覗かせてもらうだけ。
 それもあまり良くはないけど練習のためだ。

 中学の時、侑斗の父親である柚希の仕事の関係で、また引っ越すことになった。
 引っ越した先にいたのは侑斗の想い人。
 やっと会えたんだと本人よりも喜んだと思う。やや強引ではあるが桜華と付き合うことにもなった。楽しそうな侑斗を見ると自分まで嬉しくなった。

 しかし、そんな思いは長くは続かない。
 最初から糸が短く切れていたように、侑斗は葵と成れ果てた女神によって殺されてしまった。

(あんなに嬉しそうだったのに……)

 成れ果てのくせに。
 どうして幸せそうな侑斗の邪魔をするのか。
 どうして負の感情の願いを叶えようとするのか…。
 妹たちはなんて言ってただろう?
 思い出せない。
 思い出したくもない…。

 紡いだ先は、遥馬とテュールに出会い、呪われて死んだ場所。
 急いでいたとはいえ、桜華に会わせてあげられるチャンスはいくらでもあるこの世界にして良かったと思った。
 だけど侑斗は桜華に会おうとすることはなかった。

「桜華が幸せなら、俺はそれでいい」

 自分に会って、あの日のことを思い出して泣いてしまう桜華を見たくないと侑斗は言った。
 どこまでも優しく、どこまでも可哀想な子供だなとモイラは思った。

「好きなんです」

 侑斗を想い、勇気を振り絞って告白しても、侑斗は既に呪われているから、その者との糸は侑斗には繋がることはない。

「ごめん。好きな人がいるんだ」

 そう言って申し訳なさそうに笑いながら、何度も断る侑斗を見ているのは辛かった。

『侑斗!侑斗!それはダメ!』

 モイラは叫ぶ。
 桜華が過労で亡くなったと聞いてしまった侑斗は自暴自棄になっていた。
 ここ数日間は飲食もロクにしないから、可視化して無理矢理にでも食べさせていた。
 会社には行っていたので、会社に着いてからはモイラも少し休んでチカラを回復させようと姿を消した矢先だった。侑斗が屋上のフェンスを軽々と越えて身を投げてしまったのだ。

(なんてことを!)

 泣きながらモイラはチカラを使い糸を紡ぐ。
 自殺、他殺、その他諸々あるけども…死因によってはペナルティとして転移は出来ないこともある。赤子から始められる場所を探さなければならない。
 
 モイラは迷わず選んだ場所。
 七海の子供として侑斗を生まれさせた。
 侑斗は気に食わなかったのか、とにかく泣いて、泣いて、泣きまくって七海を困らせていた。

(ああ、愛らしい子)

 小さな手をぷにぷにと握って微笑む。
 何か言いたいことがあるのか、侑斗は眉間に皺を寄せながら「ぶううう!」と唸っている。そんな姿すら可愛らしい。

 幼稚園に通い始めた頃、七海は小さな客を連れて侑斗の部屋にやってきた。
 それは桜華だった。
 この流れは予測できていなかった。再会はもっと遅いだろうと思っていたのに。
 しかし再会できた桜華とは、またすぐに離れることになる。

 何かがおかしい。
 本来、起こるべきものが起こらないで、違う出来事が発生したりしている。
 紡いできた糸が原因だろうか?
 それとも、これもあの方の……?

(そうだとしても私が今度こそ上手く紡いでみせる)

 会えたとしても、また離れてしまう。
 遠くに引っ越して、再会して、また付き合うことになったというのに、また葵と再会してしまった。

(どうして上手くいかない!?)

 侑斗は桜華が転移してきたことによって、すでに葵もそうなのではないかと疑っていた。
 自分の身に何かあったら桜華の記憶から自分の存在を消して欲しいと頼んでくる。
 理解できない。
 何故、侑斗の存在を消さなければならないの?

「モイラは付き合ってる人の死を想像したことがある?俺は桜華が死んでしまったら、すごく悲しいよ。もう会えないんだよ。だからあの日飛んだんだ」
『………』

 ビルの屋上のことを言っているのだろう。
 悲しいのはわかる。妹たちに会いたくても会えない。モイラは黙ったまま侑斗の話を聞いた。

「葵がもし記憶を持っていたとしたら、きっと俺を殺す。二度目だ。桜華には耐えられないでしょ」

 横で眠っている桜華の頭を撫でながら侑斗は悲しそうに笑う。

「桜華は泣き虫なんだ。俺が桜華を呪ってしまった。これ以上、俺のことで泣かせたくない」

 侑斗は危険な状態になった時はチカラを使用することを許可してほしいと頼んできた。

「お願いだよ、モイラ」

 侑斗が天井に向けて手を伸ばした。

「………あなたがそう望むなら」

 その手を可視化してモイラは強く握る。
 本当は消したくないくせに。
 泣き虫なのは侑斗も変わらないくせに。
 わからない。わからない。何故、自分まで泣いているのかわからない。

『アナタは何故その者に憑いているのですか?』

 男の声が聞こえた。
 侑斗も桜華も眠っている。ということは、桜華に憑く神の声だろう。

「私の勝手でしょ」
『アナタも南侑斗のことが好きなのですか?』
「………も?」

 変な尋ね方に首を傾げた。

『私は亡き妻に似ているこの子に目を奪われた』

 スーッと可視化して現れた長髪で着物姿の男。

「無茶ばかりするこの子のことが心配で目が離せない」
「侑斗と同じ優しい子だからね」
「はい。成れ果ててしまった妻を、家族を、もう見守るのは辛いはずなのに、どうしてかこの子のことを放っておくことはできないのです」
「私と同じ」
「アナタも?」

 きょとんとモイラを見つめてくる男に「そうよ」と頷いた。

「妹たちが成れ果てて消えていった。あなたのように誰かに似ているとかではないけれど、偶然、死にかけたこの子を、桜華を想うこの子のことを放っておくことができなかった」

 見守るのは辛いとわかっていても、もう侑斗から離れることは出来ないだろう。自分が成れ果てて消滅するまでは。

「成れ果てたくないのであれば、少しでもチカラを回復させること」
「回復…ですか…?」
「私たちは…一応、神の子よ。人々の願いを叶えればチカラは回復する」
「……なるほど?」

 わかっていないのか顎に手をあてて首を傾げている男に深い溜息をついて、ずいっと男の鼻に人差し指を突きつけた。

「無理な願いを叶えようとすると、私たちの寿命が縮むと思えばいい。底をつけば成れ果ててしまう。逆に善い願いを叶えれば回復する。それによってチカラもレベルアップする」
「れべるあっぷ、ですか」

 二人がやっていたゲームの用語だ。
 時々、部屋に遊びに来てはゲームをしていたのを、こんなものがあるのだなと、こっそりと眺めていた。

「あの子が…」

 校内のベンチで座って待っていると、男が桜華を抱きかかえて俯いてやってきた。
 侑斗の言っていた通り、葵に再会してしまった。
 男がモイラの場所に来たということは、侑斗が危険だということだ。

「あなたの記憶も少し消えるわ」
「聞きました」
「そう…」

 ズキリと身体が痛む。思っていたよりもそんなに時間が無いかもしれない。

「アナタと話せてよかった。こんなに話したのは久しぶりでした」
「…私も」

 これから侑斗と自分との記憶は消してしまうので、この会話のことも忘れてしまうだろう。
 胸が痛い。あの子の望みなのに。とても苦しい。

「桜華を守ってあげてね」

 眠っている桜華を見て、泣いたあとが残る頬を優しく撫でる。
 そして視線をあげて、じっと男を見つめた。

「あなたは私の妹たちのように成れ果てないで」

 手を伸ばし、桜華にしたように男の頬に触れた。男は両手が塞がっているので、目を瞑るとモイラの手に擦り寄る。

「またいつか」

 いつか会える時まで、あなたも無事でいてほしい。
 もう成れ果てた姿は見たくないのだ。
 自分の手で終わらせたくはないのだ。
 モイラは少しだけ微笑み、背伸びをして男の頬にキスをすると姿を消した。

 目を開いた時には、どうしてここに立っているのかわからなかった。
 わからないのに、腕の中で眠っている桜華を見ると涙が止まらなかった。

 モイラのチカラにより糸が切られ、侑斗という存在がこの世界から消滅した瞬間だ。



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