平和に生き残りたいだけなんです

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四度目の世界

73.

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 成れ果てた女神は、前に見たような黒い塊ではなく、やせ細っていて、よく見ればボサボサの黒い長い髪で顔が見えず、隙間からギョロリと侑斗と桜華の二人を交互に見て、すごい形相で睨んでいる。

(なんだあれ?なんだあれ!?)

 めちゃくちゃ怖いぞ。ホラー映画でよくいる幽霊みたいな女じゃん。もしかして、お前、見えてない?なに普通に並んで立ってられんの?と侑斗は顔を引き攣らせながら後退った。女神のことが桜華にも見えているのか小さな悲鳴が聞こえてくる。

「どうして南くんが…?」
「どうしてって…久しぶりだっていうのに挨拶もなし?」
「なんでお前に挨拶なんかしなくちゃいけないの?」

 葵が侑斗のことを鼻で笑い、桜華がいるほうへと視線を向ける。

「それ言うなら桜華もだよね?なんで黙って行っちゃうかな?」
「葵…」
「そんなの俺が近付けさせるわけないでしょ?怖いやつを憑けてるやつに」
「怖い?どこが?こんな美しいのに」

 するりと横にいる女神の頬をゆっくりと撫でる。
 女神は表情は変わらないものの、どこか嬉しそうに葵の手に擦り寄った。

「僕の願いを叶えてくれる最高の女神だよ?怖いなんて言ったら罰が当たるよ」

 ねえ?と葵が女神の頬にキスをするのを見て侑斗と桜華の二人は(マジで?)と絶句した。
 女神は照れているのか頬を赤く染めてもじもじとしている…ように見えた。
 侑斗は桜華を庇うよう前に立つ。桜華も、そんな侑斗の腕をぎゅうっと掴んだ。その二人のことを見て葵は眉を寄せた。

「それで…」

 葵が不愉快そうに口を開く。

「なんで消したはずの南くんが桜華と一緒にいるの?」
「さあね?俺たち赤い糸で結ばれてるからかな?」

 なんとなく思いついたことを口にした。
 葵が眉間に皺を寄せて嫌そうに睨んでくる。
 いや、そんな顔しないでよ。ちょっと自分でも寒い台詞だなと恥ずかしくなったけれど、言っちゃったものは仕方ない。気にしないことにした。

「前はあんな風にされたけど、今もこうして桜華と付き合ってるんだからさ、邪魔してこないでくれない?」

 肩を抱き寄せ、仲良しアピールをしてみたりして。

「ね?」

 桜華が戸惑いながら侑斗を見てきたが、じっと見つめると大きく頷いて侑斗に抱き着いてきた。可愛いな、もう。

「あ、葵があんなことするとは思わなかったよ…。侑斗が生きてたら、私は彼女に突き落とされなかったかもしれない。私は葵の彼女に殺されたんだから」

 そもそも葵がちゃんと桃のことを見てあげていたら、あんな事をするような子ではない。

「文化祭の時のことを知ってたの?」
「知ったんだよ」
「口が軽い男だな」

 ボソリと葵の呟きが聞こえる。

(俺じゃないけどね)

 教えてしまったのはモイラだ。思わず乾いた笑いが漏れる。

「アイツが桜華を殺したって言うからさ、僕が殺してあげたんだ」

 葵の発言に侑斗と桜華は表情を強ばらせた。

(は?今なんて言った…?)

 ゆらりと女神が一歩前へと動いたのが見えて桜華を庇うよう抱きしめる。

「あ、あの子も殺したの?まって。まって?葵の彼女でしょ?な、なんでそんなこと…!」

 あの子は泣いていた。
 彼女になったとしても、他の子たちと特別なにか変わるわけでもない名前だけの彼女。
 突き落とされた瞬間も泣いていた。

「なんでそんなことできるの…?」
「なんで?なんでって…どうしてわからないかなあ?ホント桜華って鈍いよね!」

 葵が怒鳴った。それに反応するように女神が両手を二人に向けた。

「桜華は僕のものだって言ったでしょ?わからない?こんなに愛してるのに!!」
「は…はああ!?わ、わかるわけないでしょ!?そもそも好きなんて言われたことない!!」
「好きじゃなきゃキスもしないし、南くんのことも桃のことも消すわけないでしょ!」
「消すってその発想がヤバくない!?なんなの?厨二病拗らせすぎじゃない!?」

 桜華の顔が赤くなったり青くなったりしている。
 女神はまだ動きはないが、こちらに手を向けたままだ。
 自分の存在を忘れているのかわからないが、ぎゃあぎゃあと言い合う二人をどうしたものかと侑斗は見守る。

(っていうか、この二人キスしたことあるのか…)

 聞きたくないことも聞こえてくる状況に侑斗は息を大きく吐き出した。
 嫉妬?そんなもんするにきまってるじゃない。
 桜華の幸せを願って会わないうちに死んじゃって、幼馴染は自分だったのに北野に奪われていた。

「桜華」

 名前を呼んで振り向いた桜華の両頬を手で包んで上を向かせる。いきなり何?という困惑した表情な桜華に微笑んでから口づけた。

「!?」
「んんっ……ゆ、侑斗!」
「桜華も少し落ち着こうよ」

 驚いて離れようとする桜華を引き寄せて、腕の中に閉じ込めてから耳元で囁いて落ち着かせる。
 桜華が真っ赤になりながらも、小さくこくりと頷いたので頭を撫でた。

「桜華はお前のものじゃない。見た通り、今も俺の彼女なんだ。いい加減にしてくんない?」
「うるさい…うるさい…うるさい!黙れ!」

 これでそうですかと終わればいいんだけどなあ、と侑斗は鬼の形相になっている葵を見て苦笑した。

「せっかく消したのに…!またゴミ虫のように湧いて出てきて…なんなんだお前…!おい、フヨウ!」

 叫ぶ葵に反応して女神がニタァと笑う。
 広げられていた手から黒い霧のようなものが部屋中にもやもやとまるで生きてるように大きくなっていく。侑斗と桜華の元にも近づいてきた。
 桜華もいるというのに、頭に血が上っているのか攻撃してきた。なんて奴だ。

(…っ!)

 背中に鋭い痛みが走った。
 桜華をどうにかしようと部屋の隅に向かうと窓を開けて下を確認する。逃げ込んだ部屋は二階だ。下までそれほど高くはないが…植木があるとはいえ怪我させたくないな。

「これ気休めだけど着てから飛んで」

 上に羽織っていたパーカーを脱いで桜華に渡す。

「侑斗は?」
「桜華が飛んでから行く」
「や、やだ!あれに触れたら死んじゃう…!」
「大丈夫」
「いやだ!一緒に行こ!?」

 子供のように嫌がって首を振る桜華に無理矢理パーカーを着せて、霧がこちらに来ていないか振り向いて確認する。桜華がその隙に侑斗の腕に離すものかとしがみついた。

「桜華、良い子だから」

 尚も首を横に振って離れようとしない桜華。
 小さい頃も、遊んで帰る時間になったら、まだ一緒にいたいと、こうしてなかなか離れなかったことがあったなぁと、ふと思い出す。

「ねえ」

 桜華の背後を見つめ侑斗は声をかける。
 
「桜華の神様いるんでしょ?早く桜華をどうにかしないと死んじゃうよ?」

 警告されて以来、声も聞こえない桜華の神様に話しかけた。この状況で反応がないと、さすがに困る。

「また桜華が死んでもいいの?」
「侑斗なに言って……」

 スッと目の前に着物を着た長髪の男が現れた。
 その男は無言でしがみつく桜華を引き剥がし、ひょいと横に抱き上げる。

「な、なに?え?えええ?ちょぉ……は、離して!?」

 いきなり現れた男にお姫様抱っこされて驚いたのか、ジタバタと暴れて降りようとしている。

「聞いていたならわかってると思うけど……」
「大丈夫です」
「そう。なら良かった」
「今の私にはこの姿を維持するのには時間があまり…」

 申し訳なさそうに男が言う。キツイ性格なのかも思ったけれど、そうでもないようだ。
 侑斗は頷いて、男の腕の中で暴れている桜華の頬に触れた。

「桜華、大丈夫だから先に行って」
「侑斗!」
「もう。桜華ってば、すぐ泣くんだから。泣かないで?」
「だってそれっ…」

 首の後ろからじわりじわりと黒い痣がゆっくりと顔の方にまで広がっていく。全身が痛い。喋るのもやっとだけど、それを桜華に悟られないように笑む。

「これは夢だ」

 夢であって欲しい。

「桜華は俺を忘れる」
「何言って…」

 本当は忘れて欲しくない。
 今まで過ごした自分と桜華の時間を全て、自分の手で消したくない。

「忘れて幸せに過ごせるように」
「本気で言ってるの?ダメだよ、そんなの、」

 桜華の目を覆う。
 いやいやと首を振って暴れていた桜華が侑斗が使った能力によって動かなくなる。全てを処理するのには無理なようだ。残りはモイラに任せることにした。

「や、やだよ。ねえ、侑斗も一緒に」

 眠らせることができなかったのか、手を離すと目に涙いっぱいためた桜華と目が合う。

 あー。離れたくないな。
 抱きしめたい。
 ずっと一緒にいたい。
 桜華が呪われたのは自分のせいなのに、それでも呪いは自分勝手に桜華のことを求めてしまう。

 優しく微笑んで涙を指で拭う。

「無事に終わったよ。神様行って。あんたにも能力は使ったから少し支障はあると思う。安全な場所に行ったらあとはモイラがなんとかしてくれるはずだから」
「わかりました」

 ふわりと窓の外へ飛んだ。
 すごいなー。空中に浮かんでる。俺も飛んでみたかったなと少し残念に思ってしまった。
 名前を何度も呼び、手を伸ばし掴もうとしている桜華に、自分も手を伸ばした。手をあげるとすごく痛い。痺れている感じとはまた違う。前の時はこんな感じだったかな…?

「桜華、愛してるよ」

 ずっと。いつまでも桜華のことは愛し続ける。
 呪いとは関係ない。
 この気持ちは呪いなんかではない。

「ソレは貴方が言ってイイ言葉じゃないワ」

 黒い塊が侑斗の背後から胸を貫いた。
 侑斗の身体が後ろへと力なく倒れていき、窓際から姿が見えなくなった。



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