平和に生き残りたいだけなんです

🐶

文字の大きさ
上 下
73 / 82
四度目の世界

72.

しおりを挟む

 一人暮らしにもだいぶ慣れ、桜華もこちらの世界に慣れはじめたようでバイト帰りに遊びにくるようになった。 

「またこんな時間に来たの?危ないでしょ?」
「いくつだと思ってんの?侑斗は過保護すぎるよ」

 へらっと笑いながら持っていた袋を渡してくるので中を見るとプリンとアイスが入っていた。 

「アイスだ。食べる?」
「あとで!」

 疲れたのか荷物を置いてベッドに寝転ぶ桜華。
 もぞもぞと動きながら桜華用に買ったふわふわのウサギのキャラクターの抱き枕を力いっぱいぎゅうっと抱きしめている姿が可愛い。

「うがい、手洗い」
「あーとーでー」
「いや、そう言って桜華もう寝そうじゃん」
「寝ないもん」
「いいから先にする!」
「えー…」

 頬を膨らましながら手を洗いに行く桜華に笑いながら、袋のものを冷蔵庫と冷凍庫にしまう。
 立ち上がろうとしたら、背中にドスンと桜華が乗って抱きついてきた。

「なに?おんぶする?」
「ううん」
「ううんって、もうしてるけどね?桜華ー?俺、立ち上がれないんだけど…」 
「うん」

 さっきから様子がおかしい。

「何かあったの?」

 桜華を背中から引き剥がし、しゃがんだ状態で顔を覗き込んだら、真顔で何かを考えているようだった。

「侑斗は画面…?よくゲームの中にあるステータス画面みたいなやつとか見れたりする?Si〇iみたいなしゃべる機能付きの」
「うん?なに?ゲームの話?」
「違うよ」

 突然なにを言い出すのか。桜華は頬を膨らましながら抱きついてきたのでバランスを崩して床に座り込んでしまった。

「死んだ時から声が聞こえるの。Si〇iみたいな機械みたいな声。質問するとちゃんと返ってくるし、課題わからないってひとりごと言ったら、目の前に解き方が書いてある画面が表示されたの」
「………へえ?」

 桜華の話してたSi〇iみたいなのって絶対その背後にいる神様の仕業だよなと侑斗は思った。
 自分はモイラの声が聞こえるのには慣れてしまっているけれど、あれをSi〇iと呼ぶ桜華がおかしくて、我慢できずに小さく笑ったら「真剣なのになんで笑うの!?」と頭突きされた。容赦ない頭突きは痛いからやめてほしい。

(あんた神様なんだろ?Si〇iとか言われてますけどいいんすかね?)

 痛む額をさすりながら、どう説明しようかと悩んでいたら、突然モイラではない声が聞こえた。

『南 侑斗。その子は何も知らない。何も話すな』

 男の声だった。桜華は膨れっ面のままで今のは聞こえていないようだ。侑斗は目をぱちくり瞬かせる。

(姿は見せないで声だけで警告か…)

 どうやら桜華には神だと知られたくないのかもしれない。

「俺には画面は見えないな。そんなのあるの?すごい便利じゃん。いいなー桜華」

 そう言って誤魔化す。
 こんな出来事があったんだよと教えてくれる桜華の話を聞いてると、だいぶSi〇i機能としての使われっぷりに驚いた。モイラだったら絶対怒ってるだろう。

「あんまり甘やかしたらいけないと思うよ」

 いつの間にか腕の中で喋っていた桜華が寝ていたのでベッドに運び、伝わるかわからないけど、ぽつりと言ってやった。

『私がこの子にどう接しようがアナタには関係ない』

 それ以降は声も聞こえなかった。

 心配だった北野 葵と再開したのは梅雨が終わり蒸し暑くなってきた頃だった。
 学校の廊下ですれ違いざまに「桜華?」と呼ばれて振り返ったら葵が立っていた。
 桜華も葵も驚いた表情で互いを見つめている。
 そしてそれよりも信じられないといった表情で青ざめて自分を見てくる葵に(あー、これはアウトだな)と桜華の手を掴んで、歩いてきた廊下を足早で戻っていった。

「侑斗?ねえ、侑斗ってば!どうしたの?さっきの葵…っ…!ねえっ…!」

 グイグイと引っ張られながら桜華に何かを言われていたが、正直それどころではない。これからどうするべきかを考えていた。

(あの反応は俺を殺した記憶がある)

 そして葵の背後にも何かがいた。ものすごい嫌な何かが沢山べったりと憑いていた。

(あれが成れ果て…)

 あれに殺されたのかと手を繋いでいないほうの手で貫かれた胸の辺りに触れる。

「侑斗ってば!」

 使われていない部屋を見つけてドアを開けてその中へと桜華を押し込む。使用中の札にしてから侑斗も部屋の中に入り鍵を閉めた。

「はあ……」

 さすがに追いかけては来ないだろう。
 深く息を吐き出して、先に部屋へと入れた桜華を見たらリスのように頬を膨らまして侑斗を睨んでいた。

「な、なに?どうしたの?」
「それはこっちのセリフ!突然どうしたの?さっきの葵でしょ?ここに葵もいるの?」

 説明してほしいと詰め寄られて、思わず言葉に詰まる。
 あの文化祭の時のことを桜華に話してもいいものだろうか?
 仲は良くなかったにしろ、一応、二人は幼馴染の関係でもあった。

『侑斗は葵に殺された』

 モイラの声だ。
 桜華にもモイラの声が聞こえたようで、ぎゅっと手を握られた。

『文化祭のあの日、侑斗は葵に殺された』
「モイラ!?」

 勝手なことをするなと叫んだけれど止める気はないようだ。本当に自分勝手な神だ。余計なことをしないでほしい。

「いまの、女の人の声の…本当…?」

 Si〇iのような声が聞こえた。侑斗も聞こえた?
 ぐいぐいと手を揺さぶられるが桜華の顔を見ることができず、なんて言えばいいのかもわからず、顔を背けきつく目を閉じる。
 何も言わない侑斗の頬に手を伸ばして触れる。顔色が悪い。何があったのかわからないが言いたくないのだろう。

『侑斗が言わないなら私が教える。真実が知りたければ目を瞑るといい』

 モイラは侑斗には聞こえないように桜華に伝える。
 桜華はちらりと侑斗を見てから迷わず大きく頷くとモイラに言われるまま目を閉じた。ふっと意識が飛んで桜華はその場に倒れる。
 繋いでた手がするりと抜け落ち、桜華の倒れた音で侑斗は慌てて目を開いて桜華を抱き起こした。何が起こったのかと心配そうに桜華の名前を何度も呼ぶが反応がない。

「桜華…?」

 微かなモイラの魔力を感じて、はっとした。

「な…なにしてんだよ!モイラやめろ!やめてよ!」

 そう叫ぶがもう遅い。
 あの教室で起きたことを桜華が知ってしまったら悲しませてしまう。あの時あれだけ泣いていたのに自分のせいでまた泣かせてしまう。
 ぎゅうっと強く桜華の体を抱きしめた。

『桜華は知る必要がある』
「勝手なことするな!」
『侑斗がちゃんと伝えようとしないから私がしただけ』
「伝えるにしろ、いきなりあの場を見せてどうするんだよ!あんな場面、ショック死するだろ!」
『あの程度で人は死なない』
「だぁああ!もう!たとえだろ!!」

 言いたいことが微塵もモイラに伝わらずイラッとした。神様ってみんなこんな感じなのだろうか?モイラだけ?

「………」

 ぱちりと目を開いた瞬間、桜華は侑斗の首に腕を回して抱き着いた。

「お、桜華…」
「ごめんね」

 震える声で謝る桜華に横に首を振る。

「私のせいだもん。変なこと言ってた葵を放っておいたから…まさか侑斗にあんなこと……」

 葵が『消そうか?』と桜華の部屋で言ってたことを思い出した。あれが本気だとは思わなかった。
 声を上げて泣く桜華にオロオロしながら、しがみついて離れない桜華の背中を優しく何度も撫でる。

 ドンドンドン

 ドアが強く叩かれる音。
 ビクッと驚いた桜華の体が跳ねた。
 禍々しい気配がドアの外からするので、葵が追いかけてきたのだろう。

 ドンドンドン!!

 何度もドアが叩かれる。
 桜華を立たせると部屋の奥へ行かせて、侑斗はドアノブに手をかけて、ちらりと桜華の顔を見た。心配そうにこちらを見ていたので、にっこり笑った。

『侑斗、気をつけて』
「大丈夫だよ。モイラ、なんかあったら…」
『ええ、わかってる』

 鍵を開け、ゆっくりとドアを開けると笑顔の葵と、その横に可視化した成れ果てた姿の女神がいた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

処理中です...