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四度目の世界
71.
しおりを挟む『のろい』と『まじない』の違いは何かと言われたら、詳しくない人は、だいたい一緒でしょ?と考える人が多いと思う。君みたいにね。
まじないは良いことも悪いことも引き起こしてしまうものと言えばわかりやすいかな。
のろいは悪いことだけを引き起こそうとする悪そのものだ。
そうハルは俺に言った。
俺がやったものは、まじないだった。誰にでも簡単に出来てしまうおまじない。
ただそういうものはまじないをやった人の『感情』によって強さも効果も変わるものらしい。
まじないの種類もそうだったのだけど、それよりも桜華への俺の『想い』が強すぎたために二人とも呪われたのだと、あの春休みの時にハルは教えてくれた。
小学生の時に引っ越してしまった桜華に再会できたのは大学に入ってから。
それまで会う機会はなかったけども、約束通りに文通をして、携帯を持つようになってからはメッセージで会話をしていた。なるべく疎遠にならないように、こまめに連絡をする侑斗。
『春からは一緒の大学だね』
『桜華に会えるの楽しみだな』
『私も侑斗に会うの楽しみ』
桜華が地元の大学に通うと聞いていたので、侑斗はその大学に行けるようにと七海を説得して、南家からだと遠いため、侑斗だけ引っ越すことになった。春からは一人暮らしだ。
近くに越したというのもあり、七海が頼んだからか、桜華の両親である春菜と恭介も様子を見に来てくれたり、時間が合えば家に招かれ夕飯を食べさせてくれたりもした。
恭介も春菜も優しく温かい人。一緒に過ごしていると、桜華は母親に似ているなと感じた。
桜華の誕生日の日に春菜に「桜華に内緒でケーキ頑張って焼くから侑斗くんも一緒に作りましょう」と呼ばれていた。春菜にお菓子の作り方をよく教わっていたんだ。桜華が甘いものが好きだったから喜んで欲しくて。なので講義が終わってすぐに鏡家に向かった。
準備をしている間は恭介が桜華を学校まで迎えに行き、ショッピングモールに連れて行ってプレゼント選びで時間を稼ぐという計画だったのだけど、恭介から「桜華の具合が悪いみたいだ」と連絡が来て予定より早く帰宅することになった。
帰宅した桜華はすぐに自分の部屋へ行ってしまった。
「桜華の様子がおかしい。何も話してくれないんだ」
「どうしたのかな?」
恭介が心配そうに桜華の部屋のドアを見つめる。
「侑斗だったら何か話してくれるかも。見てきてくれない?」
「俺でも無理だと思うけどな…」
「クッキーも焼けたし、ココアいれるから二人で食べておいで」
「うん」
二人にお願いされて、トレーを持って桜華の部屋へ向かった。
静かにドアを開けて中を覗いてみたら、桜華は布団に突っ伏して寝ていた。
「桜華、具合悪いの?大丈夫?」
トレーをローテーブルの上に置いて、ベッドに近寄りながら声をかけた。すると、驚いたのか勢いよく起き上がり自分の方へと振り向く。
「……!っ……!!」
「な、なに?桜華?どうしたの?」
どんどん泣きそうな顔になっていく桜華に、自分がなにかやってしまっただろうかと頭をフル回転するが心当たりがなにもない。
がばっと抱きついてきて、胸に耳をあててくる桜華にピシリと固まった。
ち、近い…近すぎだよ!擦り寄ってこないで!?
「侑斗くん……生きてる……」
呟かれた言葉にハッとして桜華の肩を掴み、顔を覗き込んだ。ポロポロと涙を流しながら侑斗の顔をじっと見つめてくる。
「ねえ、桜華……転移してきた?」
「てんい…?」
様子がおかしいのは転移してきたからかもしれない。自分が生きてることに驚いているということは中学の時に死んだ世界の桜華だ。
「死んだら、ここにいたんでしょう?」
「!!」
戸惑いながらも小さく頷いた。やっぱりそうだ。
混乱しながらも、ぽつりぽつりと話してくれる。
学校帰り、声をかけられて振り向いた瞬間に階段から突き落とされたらしい。誰だ、そんなひどいことしたやつ。
気付いたら学校で父親らしき人が迎えに来てくれていたから、断るに断れず、ただ早く家に戻りたかったという。
転移してくると、それまでの記憶はあるにはあるが理解する時間が必要だ。その時間がなかったから余計に混乱したのだろう。
「侑斗くんは、あれからここにいたの?」
「正確に言えば違うけど、そうだね。気付いたら赤ちゃんだったよ」
「侑斗くんも赤ちゃん体験したの?」
「桜華に聞いた通り、しんどかったよ…」
中学の時に桜華のはじまりは赤ちゃんだったと聞いていた。
「あ、そうだ。今日は桜華の誕生日なんだ」
「えっ…?」
「春菜さんも恭介さんも心配してるよ。大丈夫そうならリビングに行こう?桜華の好きなケーキ、春菜さんと一緒に焼いてるんだ」
「で、でも」
突然この人が、自分の母親と父親だと言われても、うまく馴染めるか不安だ。両親だとわかっていても、今までの父親と母親とは別人だ。
「いつもの桜華で大丈夫だよ」
「いつもの?」
「そう。変わらない。記憶がない桜華もそうだったけど、今の桜華も同じだもん」
侑斗が自分の能力によってひとつ気付いたのは、転移を繰り返して他の世界へ移動したとしても、その場所には『南 侑斗』はもともと存在している。
桜華の場合もそうだ。
ここで幼い桜華に会ったけれど、普通に初対面だ。今の桜華のように自分と過ごした記憶などありはしない。前の世界では桜華の母親は清香で、今の世界では春菜が母親。その世界によって違いはあるけれど、元は同じだ。どの世界でも自分は存在している。
(気をつけないといけないのは…)
この世界にも、もちろん自分を殺した北野 葵が存在していることだ。
自分が引越しをした後に桜華と葵は接触している。能力で確認済みだ。なんなら大学も同じようだし、自分も接触する可能性も高い。
「記憶なしだといいのにね」
「?」
「何でもないよ。二人とも待ってる。あっちに行こー」
渋る桜華の背を押しながらリビングへと連れて行く。
すぐに桜華は順応した。もともとコミュニケーション能力は高い方だ。心配しなくても大丈夫だとわかっていた。
大学に通いながらそれぞれバイトをして、休みを合わせて一緒に出かけたりもした。再び、桜華と付き合うようになるにはそんなに時間もかからなかった。
寝る前に姿を現しては、ベッドの上で自分のことのように喜ぶモイラ。
「桜華の好みを教えてあげたのよ?ご褒美ちょうだい」
それくらい自分でもわかる。だけどモイラはプリンを気に入ったのか、食べたくなったらそんなことを言い出す。やれやれと思いながらも冷蔵庫からプリンを取り出してスプーンを引き出しから取るとモイラに与えた。冷蔵庫にプリンは4つくらい常備するようになった。
「モイラ、桜華のやつは害はない?」
「ないわ。だいぶ弱っている」
気になってることを聞いてみたら、すぐに教えてくれた。だいぶ機嫌が良いらしい。
「弱っている?神様って弱るの?」
桜華の背後に何かがいた。
モイラとテュールと同じ気配がする何か。
「神といっても万能ではない。弱っていくと成れ果てになる」
「えっ!?じゃ、じゃあ危ないんじゃないの?」
「そう簡単に成れ果てにはならないものよ。侑斗でもわかるように言えば…そうね…。侑斗は困っている人がいたらどうするの?」
「え?話を聞く?」
突然尋ねられて首を傾げながら言ったら、モイラはスプーンをぐいっと侑斗に向けた。
「話を聞いたとして、その困ってる人が『あの人が気に入らない。あの人がムカつく。あの人と別れたい。あの人がいなくなればいいのに』…そんなことばかり愚痴られて、挙句の果てには『あの人を殺して』と助けを求められたら、侑斗はその人を殺めるの?」
「いや……」
モイラの恐ろしい言葉にたじろぐ。
「さっきも言った通り、神だからといって何でもできるわけではないの。成れ果ては無理な願いばかり叶えさせすぎて『あの人』の怒りに触れて神ではなくなったもの」
「あの人」
「神よりも上」
「そ…そんなの存在するんだ…」
すごい話を聞いてしまった気がする。
ハルが『すごいの』と言っていた意味が少しわかった気がした。
モイラは食べ終わったのか、容器とスプーンを片付けにキッチンへ向かい、そのまま姿を消してしまった。
「満足したら、すぐに消えるのも気まぐれな猫みたいだよね」
『あんなのと一緒にしないで』
「可愛いのに」
『………』
機嫌を損ねてしまったのか、それ以上は声も聞こえなくなった。難しいな、と溜息をついてベッドに横になった。
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