平和に生き残りたいだけなんです

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四度目の世界

70.

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 いずれは話さなければならないことだと、東は大まかにハルがボーデンのころの自分の専属騎士で、再開してから付き合うことになったことや、マスターになりテュール神の加護を得ていることなど説明した。
 龍鵬が話している間、ものすごく複雑そうな表情をしていて不安になってきた東の声が小さくなっていく。

「あー…わかった」

 怯えている東の背を少しでも安心させようと撫でながら龍鵬は頷いた。

「名前くらいは聞いたことあるぜ」

 マスターになれるものは少なかった。
 なので王子を護り、戦地で亡くなったハルトムートというマスターのことは聞いたことがある。
 惜しい騎士をなくしてしまった。若くて強いこれから活躍したであろう騎士を王子のお守りにつけて戦地へ向かわせた王や王妃もどうかしてるのではないかと、メーヴェの街でも噂になっていた。
 その噂の二人が付き合っていると聞かされ、ましてそれが同性とくるものだから、やや複雑な心境ではある。だけど自分も年下の少女に惚れ込んでいる立場なので何も言えないし、もう長いこと家族のように過ごしてきた東のことなので、どんなことでも応援はしたい。

「今度、渉の店に連れてこいよ。ボーデンのやつなら喜ぶんじゃねえか?」
「この間、連れて行きました」
「なんだよ、もう行ったのか」
「ばったり会って食事に。ああ…渉に事情を話さないと…。ものすごい目で見られたから」
「ものすごい目?」
「葵に似てますから驚いたのでしょう」

 葵と共に行動していた時は、ハルに似ているから罪悪感でいっぱいになり、葵には近付こうとはしなかった。まさか兄弟だったとは…。

「偶然が重なりすぎているとは思いませんか?」
「それは思う。でも目的がわからないだろう?」
「誰かが意図して回帰者をこの街に集めているのであれば…その誰かが葵だとして…桜丘さん達だけで処理しきれなくなるのでは…」

 手にしている写真を見つめて首を横に振る。
 回帰者の中でチカラを持つものを集めた刑事たちだとしても少人数。だから自分たちのような外部のチカラを持つ回帰者にも頼っている。

「あの街のようにならないか不安で…」

 悪夢のように、いまだ脳裏に焼き付く光景。
 この街もあの時のように葵の手によってなくなってしまうのではないかと東は両手で顔を覆う。

「大丈夫だ。二度は騙されねえ」

 腕を伸ばし、東の頭を引き寄せて抱きしめた。

「何があってもお前と桜華は俺が守ってやるから安心しろよ」

 どうしていつもこの人の言葉に救われるのだろうかと東は肩口に顔を埋めて小さく頷いた。
 不思議な人だ。
 龍鵬は嫌がるだろうが、見捨てず困っている人を助けようとするところが勇者のようだ。

「俺と鏡さんも仲間ですから…先輩は俺が守ります。だからこの間のように俺を庇って怪我なんてしないでくださいよ」
「ふはっ!どこかで聞いたことあるな?まあ、頼りにしてるぜ王子さん」

 いつも自分よりも他人のことを優先してしまう龍鵬のことは俺が守る。
 守られてばかりではいられない。

「先輩、知ってますか?そういうカッコつけなセリフを言うと、だいたい死亡フラグが立つといわれてるんですよ」
「お前な…縁起でもないこと言うんじゃねえよ」

 ふはっと顔を見合せて笑った。

「腹減ったな。なんか食いに行くか」
「そうですね」

 死亡フラグなんて折ってやる。
 ハルの時のように死んでいく姿を見るのはもう嫌だ。それにリヒトの街の時のように龍鵬に守られて死んでいくなんてことは…もっと嫌だ。

(先輩にも大切だと思えるものが出来たのだから、せめてそれは俺が守る)

 ぎゅっと拳を強く握りしめた。


 初戦の時のことだ。
 出発前に神殿に寄り、祈る時間があった。
 そこで全てを憎み、全てを呪った。
 大切な母を失い、居場所も失い…
 戦の中、ボロボロになり、仲間たちが次々と周りで死んでいく中、その剣で自分の心臓も貫いてほしいと何度も願った。しかし、その願いは叶わない。護衛騎士として着いてきたハルトムートに何度も救われた。
 王妃側の人間が多い。出世したいからと、みんなが自分のことを冷遇するのにハルトムートだけは違った。みんなから慕われ、節操無しだったけれど期待されていたマスター。関係なく接してくれた。

「どんな事があろうとも貴方は王子だ。マスターになれる才もある。屈さずに前を向いて進みなさい」

 剣術に関しては厳しかった。
 他のことはてんでダメなのに。
 そんな彼に密かに憧れていた。あの者のように強くなりたいと思っていた。
 そんな想いを抱いてしまったからだろうか、自分の身代わりとなって死んでいってしまった。
 まだその頃の自分は、それが自分の『呪い』である事には気付きもしていなかった。

 悲しむ暇などなく戦が続く。
 ハルトムートの言う通り、前を向いてただひたすらボーデンの民のために戦った。
 そのおかげか、王妃ではなく自分の味方になってくれる貴族達が増えた。街のみんなもだ。
 そんな時だった。
 王に呼ばれて向かってみれば、縄でぎゅうぎゅうに縛られた青年が床に転がされている。

「この者と共に北にある魔族の城へと向かえ」

 北のほうで魔族たちが集まり、王都に攻め入ろうとしているとのことだった。
 この者と父が言った人物は伝説の勇者の血を継ぐ一族の青年だった。どうしてそんな人物を罪人のように扱っているのだろうか。

「何故このように…」
「平民出身だからか礼儀がなってなくてな。暴れて騎士を三人ほど傷付けたから致し方ない」
「当たり前だろ!行かねえって言ってんのに人の言うこと聞きもせず拉致りやがって!」
「!…父上、どういうことですか!?」

 無理に連れてきたということだろうか?
 勇者の痣を持つものがいるという噂はあったが、そこまでして連れてくる必要はあったのだろうか。

「神のお言葉です!そこの者と共にゲハイムニス様、あなたが北の地を救ってきてくださると夢でお伝えくださったのです」

 王妃は涙を流しながらそう叫ぶ。

「神の加護をまだ得られてないゲハイムニス様に与えられた試練です」
「うむ…そういうことだ。最近のお前の活躍は聞いている。勇者と共に向かうがいい。そして北の民たちを救ってきてくれ」

 王妃に神託を受ける力などあるはずがない。
 どう考えても王妃の嘘だ。
 何故ここにいる者たちは王妃の言葉を疑わないのか。自分と目があった者たちは、複雑そうな表情ですぐに視線を逸らしていく。

(ああ─…俺が邪魔なのか…)

 いくら頑張ったところで無駄な足掻きでしかないのであろう。

「わかりました。この者と向かいましょう」
「はあ?!なに勝手にっ…」
「この戦が無事終わった時は、その領地を私にいただけないでしょうか?」
「なに?」
「北の地は窮困している民が多いと聞きます。神からの言葉であるなら、その民たちも同時に救ってさしあげるのがよろしいかと」

 思いつきの王妃への嫌がらせであった。
 北の領地は王妃の連れ子のひとりものだ。北の地は連れ子の贅沢で民たちが困っているのは王も知っているはず。
 戦にも勝利して、自分が領地を治めるのであれば王も安心できるだろう。王妃からすれば、息子の領地を邪魔者に奪われるわけだから良い気はしないのだろうが…。

「わかった」
「!?」

 王が頷いた。
 そうして北へ二人だけで向かうことになった。

「すまない。関係ないあなたを巻き込んでしまって」
「……お前の事情もあんだろ。仕方ねえよ」

 歩きながら謝ると、縛られていた腕が痛むのか手を擦りながら男は言った。

「俺のことはシノブと呼んでほしい」
「シノブ?お前の名前って…」
「街ではシノブと呼ばれてて…そっちの方に慣れてるんです」
「わかった。俺はリュウでいい」

 よろしくなと手を差し伸べてくる。握手をしたついでに、腕の傷を魔法で癒す。

 途中で怪我をしていた魔法使いと出会い、怪我を治してあげたことで妙に懐かれて一緒に行動するようになった。それがアオイとの出会い。
 この出会いは偶然ではなかった。
 アオイは王妃側の人間だったのだ。
 監視役として一緒に行動し、北の領地まであと少しだという所で魔族側に勇者の情報を流したのだ。

『数日後、勇者たちはリヒトの街で過ごすことになる。あとはお前たちの好きにすればいい』
『なぜニンゲンがニンゲンを裏切るンダ?』
『僕はただの暇つぶし。あの小煩いオバサンのお手伝いをしているだけだからね』

 魔族と会っているところを見てしまった街の人が自分たちに手紙を飛ばして知らせてくれるも、それが届くころにはリヒトの街は魔物に襲われて焼け落ちた後だった。教えてくれた人も既にもう殺されていた。

 アオイが裏切った。そう知った自分たちは街を出た。これ以上、巻き込まないためには少しでも街から離れたほうがいいだろうというリュウの言葉だった。
 ショックだった。
 憧れの人に似ていて罪悪感で苦しむこともあったが、なんだかんだアオイのことも大切な仲間だと思っていた。
 落ち込んでいる場合ではないとわかっていたのに、疲れが出てきたのか、戦闘中、魔物に背後をとられた。その時は死を覚悟したのに、やはり死ぬことはなかった。リュウが自分を守るように抱きしめ庇っていたからだ。

「リュウ!」

 背中を斬られたというのに、リュウは気にとめもせず叫びながら魔物たちを薙ぎ倒していく。自分も涙を流しながら前にいる魔物を斬った。
 なんとか魔物たちを倒したところでリュウが地面に倒れ込んだ。慌てて近寄り、背中の傷を癒そうとするが、リュウは力なく首を振った。癒すには手遅れだから余計な魔力は使うな。もう喋れないのか目でそう伝えてくる。突然驚いた顔をして腕を掴まれて引っ張られる。力が入らないのか動きはしなかったけど、どうしたのだろうと首を傾げた。

「にげ、ろ」

 リュウが苦しげにそう言った瞬間、背後からドスッと衝撃。何…?と思いながら下を向くと、こぽりと赤い血が口から流れ落ちた。自分の胸に黒い塊が突き刺さっている。

「ダメじゃん。ちゃんと王子様も殺さないとオバサンがキーキー猿みたいに喚くんだから」

 声が聞こえた。
 アオイの声だ。振り向いて名前を呼ぼうとしたけども、上手く動くことができなかったし、声も思うように出なかった。悔しそうにアオイを睨むリュウが見えるだけ。

「ゲームの主人公でも、もう少し強いと思うよ?伝説の勇者って騒がれてたくらいだから楽しめるかと思ったけど呆気なかったね、勇者様」

 アオイがくすくすと笑いながら自分の体をそっとリュウの横に寝かす。

 パシャリ。

 四角い塊をこちらに向けたと思ったら聞きなれない音がした。

「任務完了っと。あんた達と過ごした日々はそれなりに楽しかったよ。お手伝いじゃなかったらもっと楽しめたんだろうけどね」

 まあ、そういうことで。手を合わせて合掌してからアオイは立ち上がって視界から消えていった。

「リ、ュ」

 視界が霞む。もうあまり時間は残されていないのだろう。
 横のリュウに手を伸ばし頬に触れた。
 リュウも同じように手を伸ばしてきて目元に触れて涙を指で拭った。

(巻き込んでごめんなさい)

 伝わったかはわからない。しかし彼はいつもと同じようにニッ笑い、そして静かに目を閉じた。

(ああ。どうか戦のない場所でまた出会うことができたら…その時は俺が…)

 これが自分たちの最初の終わり。
 ボーデンの記憶が蘇ったのは小学生の頃。高熱で魘され、まるで夢を見ているかのように前の記憶をずっと辿った。
 中学に入学してしばらく経ってからリュウに似た人が二つ上の学年にいることを知った。
 あの人も生まれ変わることができたのだろうか?
 あの時のことの記憶がないとしても、こうして平和な世界で共に生きてまた過ごせてることが嬉しかった。
 そう思ってしまったからだろうか…。

「…先輩!?」

 記憶もないはずの龍鵬が突っ込んでくるバイクから自分を庇って事故にあった。

 なんで?なんで?なんで俺を助けた?
 先輩は俺を知らない。先輩はリュウではない!

 幸い、龍鵬は腕の骨を数本折っただけで命に別状はなかった。

『突っ込んでくるバイクが見えて、咄嗟に体が動いたんだ。お前が無事で良かった、しのぶ』

 龍鵬に名前を呼ばれて、我慢していたものが壊れたように彼に縋り付いて泣いてしまった。
 龍鵬も事故がキッカケで前の記憶が蘇ったようだ。
 そして渉やお兄さんにも再会して、今に至る。
 呪われた魂のことを知り、自分の呪いが『大切なものを失い続ける』という呪いだと理解した。
 大切だと思った存在が失われてしまうのが全てを呪った代償であるならば、自分がその身代りになろう。
 これ以上、大切な人たちがいなくなってしまうのは辛い。だからもっと強くなり、この人たちのことを守れるようになりたい。

「おい、行かないのか?」

 龍鵬がドアを開きながら、テーブルの上にある鍵を手に、ぼんやりと突っ立っている東に声をかける。

「今行きますよ」
「ぼけっとすんな。寿司行くぞ、寿司」

 また魚ですかとゲンナリしながらドアへと歩き出す。

 既に大切なモノを得てしまったのなら、俺はそれを守るためにどんな手を使ってでも、神や呪いに負けないチカラをつけるだけだ…──。





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