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四度目の世界
69.
しおりを挟むゆさゆさと落ち着きなく揺れる足に何度目かわからない溜息をついた。
「気になるならメッセでも送ればいいじゃないですか」
「気になってねぇ」
東がそう言えば、来客用のソファーに腰掛けて携帯をいじりながら火のついていない煙草を咥えている龍鵬が機嫌が悪そうに答える。
「先輩…その状態でよく言えますね…」
突然、店に龍鵬が来て、何か用でもあるのかと聞けば特に用事はないと言われて東は困惑しながらもお茶を出した。そうして居座られ続けること二時間ほど。
そういえば、桜華が侑斗とお泊まり会をするという日は今日からだったなとカレンダーを見ながら思い出した東は龍鵬を見て苦笑するしかなかった。
一緒に夕飯を食べに行った時のことだ。桜華が龍鵬に言ってきたのだ。
『侑斗くんとお泊まり会してきますね』
『それは楽しそうですね』
『わかった。楽しんでこい』
『今度は龍さんも東さんも一緒にしようね!』
侑斗からは『まさか西条さんからOK出るとは思わなかったっす』とメッセージがきていたのだが、この様子からしたら相当気に食わないけれど、喜ぶ桜華を見て嫌とは言えずに我慢したのだろう。先輩らしくないなと東は苦笑する。自分でも付き合っている子が別の男子と泊まりで遊ぶと聞いたら、それは少し嫌かもしれない…。
しかし、友人を亡くして元気がない桜華を喜ばせたいと侑斗から相談を受けていたし、何よりも桜華には天津がついている。そんなに心配をすることもないだろうと思った。思ったのだが…こちらはそう簡単に割り切れてはいないようだ。
トントントン。
龍鵬の靴音が静かな作業スペースに響く。
急に立ち上がったと思ったら外に出ていった。
店の中は禁煙なので、外の階段の踊り場に煙草を吸いに行っては戻ってきて、ソファーに座るとスマホを眺めながら激しく足を揺らしはじめる。既にそれを数回ほど繰り返している龍鵬に、これは何を言っても無駄だろうなと、集中出来ずに作業が進まないノートパソコンを静かに閉じた。
「先輩、俺、一応仕事中なのですが…?」
「気にせず続けろ」
「落ち着きない先輩がいるのに?」
「あーそうだな…悪い…」
ニコニコいつものように笑ってはいるが、どことなくイラついてる雰囲気の東に龍鵬は素直に謝った。
落ち着きがない自覚はあるようだ。
「……もう今日は来客もないですし、聖夜さんのところにでも行きますか?」
立ち上がって窓を閉めながら尋ねる。
返事がない龍鵬へ視線を向けると、手元を見て黙ったまま俯いているので首を傾げた。
「先輩?」
「あいつらが動いてる」
「あいつらって聖夜さん達ですか?それはいつもの事では…」
「違う。そうじゃなくて…」
言い難いのか、はっきりしない龍鵬を見つめた。
「桜華と侑斗の二人を調べてやがるんだよ」
何故その二人が出てくるのかと東は首を傾げ、龍鵬の言葉を待つ。
「透のチカラをかりたんだ。桜華が眠れないって言ってたからよ。そしたらその覗いてる最中に女神が現れて…」
「この間のですか?」
「そうだ。それを桜華が簡単に倒してたんだ。お前のマネしたって光の強いやつでよ」
あんな状況で桜華ひとり怪我もなく無事に倒せたのは良かった。良かったのだが…問題はそれを桜丘と透が一緒に見ていたことだ。
自分が頼んだとはいえ、同じくらい…もしかしたらそれ以上の力を持っている可能性がある桜華を、回帰者のことを取り締まる刑事の桜丘に見せてしまったのは失敗したと後悔した。
葵の情報を得るために協力していたが、桜華が関わることであるなら別だ。
「二人が目をつけられたということですか?」
「というより、あの駅前で死んだ男と桜華の友人が死んだ事件の容疑者」
「そ、そんな子たちではないでしょう!?」
なんでそんな事になってるんだと東は龍鵬の隣に腰掛けると心配そうに顔を覗き込んでくる。
桜華はわかるが、侑斗は一般人ではないか。覗いた時に何かあったということなのだろうか?
「先輩も…先輩も、あの二人のこと疑ってるんですか?」
「そんなわけないだろ」
ただ偶然その場に居合わせただけ。
ただ偶然その生徒の知り合いだっただけ。
そうであって欲しい。
「それに…最後の願いで、わざわざ殺されたヤツに会いに来るわけねえだろうよ」
「最後の願いって…」
「祭りで来てたあの嬢さんが最後の願いで桜華に会いたいと夢に現れたらしいぜ」
視線をあげると東が信じられないというような表情をしていて、龍鵬はククッと小さく笑った。自分とまったく同じ反応をしていて笑える。
「その話を聞かされた時に桜華が気になることを言ってたんだ」
スーツの内ポケットからメモ用紙と写真を取り出して東に渡す。写真にはスーツを着た男女と桃が話している姿が写っていた。メモ用紙を広げて目を通した東が目が飛び出そうなくらい驚いて微動だにもしない。
「あの嬢さん、あの帰りに葵に声をかけられたらしい」
「!?」
「本当かどうか調べたんだ。桜丘には…適当に誤魔化しておいた」
桜華から聞いて桜丘に伝えはした。
『祭りの日、葵に似たやつと岸田桃が話してたのを目撃したという情報あり』
桜華から聞いたとは言えないし嘘でもない。ちゃんと調べれば向こうもわかることだ。わざわざ自分が詳しく言う必要もないだろう。
「暗くてはっきりとは見えねえけど…間違いなく葵だ。その住所は隣の女の家」
「どこでこれを?」
「それは俺たちにも強い味方がいるだろう?」
ニッと笑いながらパソコンを指差した。
「渉ですか?」
「そうだ」
あの兄弟はボーデンの頃から情報集めに長けていた。この世界に来てからというもの、見たことのない便利な機械たちに一目惚れ。電子系にのめり込んで趣味みたいな店をやりながら、裏では前のように情報を集めてそれで商売していたりもする。龍鵬はあの二人に昔から世話になりっぱなしだ。
桜丘たちが自分らに内緒で動いているというのも渉が知らせてくれたことだった。
「どうするつもりですか?」
「その場所に行ってみる」
「ちょ、っと待ってください。いきなり会いに行くのは…」
あなた馬鹿ですか?と思わず本音をポロリと言いそうになってしまった。
「この女性は葵の取引仲間なのですか?」
「桜華は嬢ちゃんから『付き合ってる人』と聞いたらしいけどな」
東は写真をもう一度見てみる。
腕を組んではいるが、どう見ても彼氏と彼女という関係の雰囲気ではない。
「嬢ちゃんも回帰者で、前回は葵と面識がある。っていうか元カレってやつだ。そしてこの二人が嬢ちゃんに桜華もいることを知っているようなことを言われたらしい」
「それは鏡さんも危険ってことじゃないですか!」
仕事を手伝っていて前から回帰者が多い場所だとは思っていたけれど、身近にこんなにもいるものなのか。
「だから行くんだろうよ」
「先輩…」
「なんだ?」
「鏡さんのことが心配なのはわかりますが、行くのは危険です。鏡さんのことになるとポンコツになるのやめてくれませんか?」
「ポ、ポンコツ!?」
心外だと睨んでくる龍鵬を無視して東は続ける。
「祭りの日は天津さまに。今日も南くんに嫉妬して不貞腐れているじゃないですか。鉄壁勇者と呼ばれてた方が聞いてあきれる…」
「おまっ」
はあーとわざとらしく深く溜息をついて首を横に振る仕草した。
「まて。天津さまってなんだ…?」
眉間に皺を寄せた。
あんな失礼なヤツをそう呼んでいるのに気付き小さく呟く。
「やっぱり先輩も知らされてなかったんですか?」
「何を?」
「天津さまが補助機能でもなく神様だったことを」
「は?」
聞き間違いかなにかか?とキョトンとした表情で見つめてくる龍鵬。
「ボーデンにも神はいたでしょう?この国にも沢山の神がいるように。天津さまもその一人らしいですよ」
「マジかよ」
龍鵬は顔を青くさせて俯くと口に手をやり呻いた。
(俺は神相手にジャンケンしてたってことか…?)
神を信仰しているわけではない。
しているわけではないが、子供のように天津に嫉妬していた自分がマヌケじゃないかと頭を振る。
とすると桜華は神の加護持ちだ。この世界では戦がないから戦闘経験は少ないとはいえ、あの女神を楽に倒したのも、あの怪我を初めてなのに一瞬で治したのも、おおかた天津の加護のおかげだろう。相当チカラは強いはずだ。
「目をつけられるのも当たり前だろ、そんなの……」
絶対、天津のことはあいつらにバレてはいけない。
龍鵬は次の悩みの種に胃が痛み、腹の辺りをさすった。
「あ!そういえば…」
ふと思い出したように東に腕をガシッといきなり掴まれる。
「ハルのことも桜丘さん達に話したんですか?」
「ハル?誰だそれ」
「葵の兄という鏡さんの隣の家の…」
「あー。お前の知り合いの男か。伝えはしたがそれきりだな」
なんの動きもないはずだと言ったら東が安堵する。
「襲われたって言ってたな。なんかあったのか?」
「その…」
もじもじと手を握ったりして話さない。
「その、ですね。ハルと付き合うことになったんです…」
恥ずかしがる東をぽかんと口を開きながら見つめた龍鵬。
(あー…襲われるってそっちかよ…)
驚きすぎて思考も鈍くなっているのか、そんな事をぼんやりと思いながら胃の辺りを押さえた。
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