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四度目の世界
67.
しおりを挟むあ、これはまた死んじゃうなと、思った。
ぶん投げられるわ、突き刺されるわ、なんだアイツ。
前に何も知らない自分に公園で色々と教えてくれたあの人とそっくりなやつ。
春休みが終わり学校も始まって、数日は会っていた公園に何度か行ったけども、あれきり会うことはなかった。
桜華の幼馴染だし、あのまま放ってはおけなかった。
あー。とても痛い。
キモいって思った時に早く逃げればよかったかなと少し後悔した。
痛いけど、落下中でも桜華を見つけた。
すぐわかってしまった自分にどんだけ好きなんだよと笑った。
『成り果てのくせに!よくも!よくも侑斗を!』
身体が動かない。
めったに姿を現さない女が横たわる侑斗の腹の上に突っ伏して泣きながら怒っている。器用なやつだなと笑ったら機嫌を損ねるのだろう。
『大丈夫。大丈夫だからね』
「あれ…なに?」
『女神だったものよ。私と同じ。しゃべらないで。血が止まらないの…』
「ははっ…も、いら、のが…しにそうな顔」
『いいからしゃべらないで!!』
モイラと呼んだ女に手を伸ばそうとしたが、やっぱり動かない。自分の腕が青黒く変色していることに気付く。モイラは動かそうとしているその手をぎゅっと強く握った。
『成り果てに触れると呪われるの』
「もうおれのろわれてる」
おまじないのせいで呪われてしまったと教えられた。普通の人にはない能力も得ているから注意して行動しなさいと言われた。
『魂がね…。でもこれは違う』
モイラはそう言うと変色している腕に触れた。触れている部分がピリピリする。
『私だけでは無理…。ああ、せっかくあの子と会えて付き合えたのに…どうして…』
「おれ嬉しかったよ」
半ば強引にだけど好きと伝えることが出来た。ずっと密かに想い続けていたのだ。
「嬉しかった」
視界がぼやけていく。モイラの顔を見えなくなってきた。
『ゆ…ゆうとっ…?ああ、ああ…可哀想な子…。愛しい子…。親愛なる──よ…どうかこの子を…』
人が集まってきたのか騒がしくなってきた。
モイラの声も、よく聞こえない。
せっかくの文化祭なのに、こんな騒ぎになったらそれどころではなくなっただろう。アイツめ。後先考えないでどうかしてる。まだ食べていないものもあったし、午後に体育館でやると聞いてた演劇が楽しみだったのに。
「また…あえるかな…?」
『きっと。きっと会えるわ』
これが侑斗の三度目の死。
目を開いたら、最初の世界の引っ越した後の自分の部屋に横になっていた。懐かしいな。
しかし、なんでここなのだろう?
死んだら天国にいくものだと思っていたが、ハルから呪いのことを聞いていた通り、死んだと思ったけど生き返っていた。
赤ちゃんになることもあるだろうとハルは言ってた。だけど過去に戻っているから、また違うタイプのものなんだろうな。
サイドボードにある卓上カレンダーを手を伸ばして取った。
「ちっちゃい手だな」
カレンダーを見れば、ハルやテュール、あとモイラに会った春休みが終わり、学校が始まったばかりのようだった。
「桜華には会うなってことなのかな」
『高校や大学。成人してから再会するという道もあるわ。心配しなくても大丈夫』
ふっと可視化したモイラが横になる侑斗の頬を撫でた。下を向いてるから、長い髪が侑斗の顔にかかってくすぐったくて片目を瞑って顔を背けた。
「それ結ったら?」
『上手く出来ないの…侑斗がやって』
『え?俺も上手くないよ?侑亜にいつも文句言われてんだよー。神様なのに不器用なの?」
たまにこの世界での妹が結ってほしいと自分から頼んでくるくせに、やってやったら下手だのと怒って行ってしまうことが何回かあった。なんだよそれ。そんな怒るなら自分でやれよと呆れることがある。
『……』
「あっ」
無言でモイラは消えてしまった。
神様は気まぐれだ。
ハルが言うには色んな神様がいるらしい。作り話だと思っているものが本物だということもよくあるそうで、すごいなって思った。
モイラだってハルが見せてくれたあの時から数回…片手で数えられるほどしか姿を見せてくれないから何も知らない。
でもたまに声だけが聞こえることもある。いきなり声がすると心臓に悪いからやめてほしいと言ったら、それから数日間は、わざと脅かされた。気に入らなかったようだ。
神様は気まぐれで難しいなと侑斗は諦めた。
そしてそのまま何事もなく過ごして、大学を卒業して社会人として働き始めた頃…。
「侑斗くん?侑斗くんよね?」
街を歩いていたら声をかけられた。
ずいぶんと懐かしい声に足を止めて振り向いたら、桜華の母親が驚いた表情で立っている。
「まあまあ!すっかりカッコイイお兄さんね」
「お久しぶりです」
「何年ぶりかな。桜華も侑斗くんに会えたら喜んでいたでしょうに」
「桜華も清香さんみたいにキレイになってるでしょ」
「もう!侑斗くんったら…」
少し照れたように、そしてどこか悲しそうな表情に首を傾げる。
「清香さん?」
「ごめんね。侑斗くんに会って昔を思い出しちゃって。あのね、連絡先がわからなくて知らせられなかったけれど…」
それからの話は、しばらく受け止めることができなかった。
桜華が死んだ。
まだ若いのに過労で倒れてそのまま亡くなったらしい。
まだ前と変わらない場所で住んでいるから、近くに寄ったら線香あげにきてやってねという話をして、桜華の母親とその場で別れた。
「あーあ。会いに行くのを我慢してたのに、こんなにあっさり逝ってしまうんだね…」
ショックだった。
それからしばらくは何も手がつかず、どうやって過ごしていたのかもわからない。心配してなのか、気まぐれなのかわからないけれど、モイラが世話をしてくれたのは、ぼんやりと覚えている。
『侑斗!侑斗!それはダメ!』
モイラの叫び声が聞こえる。
しかしどうでもよかった。
腕に縋り付くモイラの声を無視して、一歩進む。
会社のビルの屋上から身を投げた──…。
(桜華のいないところなんて…)
どうせ死んだって死ねないのだろう。
どれほど会いたくても会いに行くのを何度我慢したことか。あんな悲しい顔をさせたくなかったから会いに行かなかった。桜華が幸せに生きていてくれれば、それでよかったんだ。
学生の頃に何度も告白もされたし、社会人になって会社の綺麗な女性に言い寄られたりもしたけど、桜華のことを想い続けた。忘れることはできなかった。
『それが侑斗が願った呪いだから』
そうモイラが言う。
ずっと。ずっと永遠にその心は縛られる。
そう聞いて驚きはしたけど、まあ、それもいいかなと目を瞑った。桜華のことがそれだけ好きだ。愛している。
だから桜華のいない場所なんて、もうどうでもよかった。
それが侑斗の四度目の死だった…。
目を開いたら知らない場所。
くるんくるんと目の前で車や丸い飾りが回って動いている。
なんだ?と思って起き上がろうとしたけど身体がうまく動かないし、しゃべることもできなかった。
「うぁー?」
自分が赤ちゃんだった。
そして母親は七海だった。
ということは、ここは一度目の世界ということになる。
侑斗はギャン泣きした。
泣き止まない侑斗に困り果てて七海も泣きそうになっている。
桜華とは幼馴染ではない。またしばらくは会うことが出来ないのかと悲しくなって、泣きたくはないけれど泣きやめない…。
赤ちゃんってこんなに大変なのかと泣き続けた。
それだけでは終わらなかった。
トイレに行きたくても動くことができないからオムツでするしかない。食事もだ。ご飯が食べたいが生後まもない赤ちゃんだから固形はまだ食べられない。そうなると……言うまでもなくわかるでしょ?
とても最悪な赤ちゃん時期だった。
『自ら命を投げ出した。侑斗に与えられた罰よ』
たまに誰もいない時に姿を見せては『可愛いわ』と楽しそうに抱きかかえて話しかけてくるモイラ。喋れないし動けないからといって頬をぷにぷに触られたり好き放題された。
「ママの一番のお友達の子よ。侑斗と同い年だから仲良くしてあげてね」
いじめたらダメだからね?
そう言って七海が笑顔で部屋に連れてきたぬいぐるみを持つ子供を見て侑斗は固まった。
「桜華…」
「そうそう。桜華ちゃんよ。あれ…?教えたことあったかな?」
一度目の世界でも前の時とは違うようだ。
こんなところで会えるとは思っていなかった。
思わず泣いて、やはり七海を困らせた侑斗だった。
「ゆうと」
「なに?」
「絵本読んで?」
「いいよ。何が読みたい?」
「コレがいいな」
絵本を沢山抱えて近付いてくる桜華を見て侑斗は笑った。
自分のことは覚えていない桜華だけど、こういうところは同じなんだなと感じる。寂しくもあり、嬉しくもあった。
「パパがお仕事で遠くに引っ越しちゃうんだって…」
「え…?」
「侑斗と会えなくなっちゃうのやだ」
小学2年になった夏、桜華の父親の仕事の都合で引っ越すことになったらしい。
前は自分が引っ越したのに、今度は桜華が引っ越して行ってしまうのか。
桜華は頬を大きく膨らましながら不貞腐れている。
目が赤いから家で泣いてきたのだろう。
「手紙するよ」
「手紙じゃやだ」
「ええ?送っちゃだめ?」
「手紙じゃ会えないもん。侑斗は会えなくても大丈夫なの?」
「んんっ…」
ぐわっと色んな想いが込み上げてきて胸をおさえる。可愛すぎでしょ?思わず抱きしめちゃうとこだった。危ない危ないと侑斗はブツブツ呟きながら深呼吸をする。首を傾げて不安そうに見つめてくる桜華の手を握って出来るだけ笑顔で言う。
「大丈夫じゃないけど…遠いんでしょう?大きくなったら会いに行くよ」
「本当?」
「それまでは手紙でお話したりしよう」
「うん!」
こうして桜華たちは引越して行ってしまった。
『縁がある人とはどこかでまた繋がる。大丈夫。大丈夫だからね。今度こそ私が上手く紡ぐから…』
会えたと思ったら、また離れてしまう。
涙を流しながら眠る侑斗の傍らに可視化したモイラが現れ、涙を拭いながら優しく囁く。
『可哀想な子。私の愛しい侑斗。あなたのことは私が』
目元にそっと唇を当てる。
そしてまた暗闇に消えていった。
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