平和に生き残りたいだけなんです

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四度目の世界

66.

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 俺の一度目の死は小学生の時だった。

 本を読んでいて、なんとなく桜華に尋ねたひとつだけ叶うとしたら何を願うのか。
 桜華らしい願い事だなと思いながら聞いていた。
 しかし親の転勤で引っ越すことになり、桜華と離ればなれになると焦って、祖父の家の屋根裏部屋にあった本で知った『ずっと一緒にいる方法』というおまじないを、桜華にも内緒で自分ひとりでやったのだ。

「これで俺と桜華の願い事が全部叶うんじゃないかな?」

 あんな盛りだくさんな願い事なんか神様にお願いしたところで叶うわけがないだろうって諦めてたけど、このおまじないをすれば大丈夫なはず!なんて子供心で、あまり理解もせずに本に書いてある通りにやった。いわゆる魔術のようなものをやってしまったのだ。
 ただ引越しなんかしないで、今までのようにずっとずっと桜華と一緒にいたかった。
 でもその効果は無かった。
 親の転勤がなくなるわけでもないし、引越しをしなくても良くなるわけでもない。予定通りに引越しをすることになって桜華とも会えなくなった。

 しばらく経ち、こちらの生活にも慣れた頃、信号無視で横断歩道に突っ込んできた車に轢かれて死んでしまった。
 は?って感じでしょ?
 なんで先生に言われた通り、ちゃんと右と左を確認してから渡り始めたのに?と車に吹っ飛ばされながら宙に舞った状態で思った。

(ここで死んじゃったら桜華に会えなくなっちゃう)

 それだけは嫌だ。
 そう強く思いながら目を瞑った。
 車に轢かれたにしては痛みも何も感じないな?と不思議に思い、おそるおそる目を開くと、怪我もないピンピンした状態で、小学校に近い公園に立っていた。

「あれ…?」

 何が起こったのかわからなくて周囲を見回した。
 この公園に遊びに向かう途中の横断歩道で轢かれたはずなのに、何故か無傷で公園に着いていた。
 意味がわからない。
 悪い夢でもみたのだろうかと侑斗はそれ以上は気にせずに遅れて来た友達と遊んで過ごしているうちに、そのことは忘れた。

 小学校も卒業。春休みが終われば中学生だ。
 桜華とは会えていないけれど文通はしていた。
 春休み中に祖父の家に遊びに行くから、その時になったら遊ぼうと約束をしていた。
 とても楽しみだった。
 しかし、家族と祖父の家に向かっている途中で、乗っていた車に対向車が突っ込んでくるという事故で死んでしまった。

(ここで死んじゃったら、また桜華に会えなくなっちゃう)

 それは嫌だと強く思って、ふと疑問に思う。

(また……?)

 またってなんだろう。こんなことあったっけ?
 座席に足がはさまっていて身動きがとれない状態で、ぼんやりとそんなことを思う。

『願え。願え。何を願う…?』

 突然、女の人の声が聞こえた気がした。

「おねがい…?」
『そう。ああ、可哀想な子。こんなにこんなにあの子のことを想っているのに…。大丈夫よ。私が叶えてあげる』
「ほ、んと…?桜華をまもれるくらい強く……また、あ、いたい……」

 苦しい。苦しい。痛い。
 ごふっと口から大量の血が出てきた。これは死ぬんだなとわかった。

『大丈夫。大丈夫よ。きっと願いは叶うわ』

 ぼやけて何も見えないけれど、誰かがすぐそこにいて、優しく『怖いことなんてなにもない』と何度も頭を優しく撫でてくれている。
 不思議と死んでしまうという怖い気持ちも、痛みも消えて、侑斗は静かに目を閉じた。

 目覚めたら、自宅の自分の部屋だった。

(ゆめ?……ううん、ちがう)

 部屋から飛び出して、ソファーに座りテレビを見ている両親に飛びついた。
 テレビに移る日付を見てみれば、祖父の家に出発する前日の夜。

「ねえ、お父さん、お母さん!俺、じいちゃんのところに行きたくない!」

 行ったら、また車とぶつかってしまう!
 そうして春休みに祖父の家に行くことはなかった。
 桜華に会えないのは残念だけど、それよりも死んでしまって二度と会えなくなるのは嫌だった。
 春休み中、祖父の家に行くという予定がなくなったので暇である。友達と遊ぼうと思っても、みんな予定があり遊んでくれず、侑斗は退屈であてもなく近所を歩いた。
 靴紐がほどけてしまったので、しゃがんで結っていたら頭上から声がする。

「こんなに小さな子にベッタリと憑くなんて」

 見あげたら、学ラン姿の男が背後に立ち、ジロジロと侑斗を見ていた。

「だれ?なにか用?」

 学生っぽいけども、お母さんも先生も知らない人と話をしたり着いていってはダメだと言っていたので警戒する。

「用っていうか、君に憑いてるものがすごすぎて思わず声をかけちゃったよ」
「つくってなにかついてる?」

 服になにかついてるかな?と身を捩ったりして見てみるけど、特になにもついていない。

「まだなにもわからない感じなんだね」

 男はしゃがむと、まだ結べてない靴紐を結ってくれた。ありがとうとお礼を言うと頭を撫でられた。
 トンと、男が人差し指で侑斗の眉間を突っついた。侑斗はバランスを崩して後ろに倒れて尻もちをつく。

「な、なに…」

 何をするんだと文句を言おうと顔を上げてびっくりする。男の背後には、キラキラ金色に輝く短髪でスラリと背が高い男が面倒くさそうに侑斗のほうを見て立っていた。

(ええ?さっきまでそこにいなかったのに…?)

 こんな人いたっけな?と首を傾げた。

「テュールが見えてるみたいだね。ほら、そのまま後ろを見てみなよ」
「うしろ?」

 言われた通り後ろを振り向こうとしたけども、その前に自分の首に白くて細い腕が巻きついていることに気付いて「わ!」と驚いて声をあげる。その反応に男は面白そうに笑う。
 自分の顔のすぐ横。不機嫌そうに前に立つ二人を睨む髪の長い女がいて、ぎゅうぎゅうと侑斗に抱き着いている状態だった。
 夏休みの時にやっていた恐い映画のやつみたいだ。
 少し怯えた表情をした侑斗を見て、女は悲しそうに微笑むと、再び二人をきつく睨む。

『余計なことしないで』

 女は冷たくそう言ってスーっと姿を消した。
 ポカンと口を開けて固まっている侑斗を見て、クスクス笑う男。

『子供を揶揄うな』
「教えてるだけだよ」
「ゆ…幽霊…??」
「幽霊ではないかな。テュールや君のそれを見て泣かないなんて強い子だね」

 俺なら泣いちゃうかなと笑っていると、金髪の男は舌打ちをしてスーッと姿を消した。

「き、消えた。やっぱ幽霊…?お、俺!この前、死んじゃったんだ。だから見えるの?あれの仲間になっちゃうの?連れてかれる?」

 ぎゅっと男のズボンを掴んで涙目になりながら不安な気持ちを一気にぶつける。
 連れていかれちゃったら桜華に会えなくなっちゃうからダメだ!なんとかして仲間にならない方法見つけないと!

「なかま。仲間ね。ぷっ…あっはっは!仲間にならないよ。だってあれはすごいのだからね」

 こっちは必死だというのに男は腹を抱えて笑ってくるので侑斗は頬を膨らませた。男は怒らないでと謝りながらも膨らんだ頬をぷにぷにと突っついてくる。

「すごいのってなに?」
「すごいのだよ。だってあれ、神様だから」
「神様!?」

 思っていた以上にすごいので侑斗は目を輝かせた。

「すごい!なんの神様?俺にも見えるようになる?トンってしないと見えない??」
「急に元気になるね、君……」

 興奮しているのか、ぐいぐいとズボンを引っ張るものだから脱げそうだ。
 男は侑斗の脇に手を入れて軽々と抱き上げた。男の背が高いから、父に抱っこしてもらうより視線が高くて侑斗は喜んだ。

「わあ、高い!」
「もうちょっと嫌がったりしないとダメじゃない?こわいおじさんに誘拐されたりしたらどうするの?俺の弟とか、もっとすごい嫌がるよ?」
「え?なんで?」
「なんでって…」
「妹はいるけど、俺、お兄ちゃんいないし。お兄ちゃんは怖い人じゃないでしょ?だって神様が味方についてんだから良い子じゃん」

 にっこり笑って、神様が味方なんてすごいと喜びながら落ちないように抱き着いてくる侑斗に苦笑した。
 もう中学生になるから抱っこなんて子供みたいだとも思ったけど、この男は父よりも大きくて力持ちだから侑斗は嬉しい気持ちの方が強かった。

「まいったな。俺は遥馬。君は?」
「侑斗!ハル兄ちゃんだね!ねえねえ暇なら遊ぼ。あっちに公園あるんだ!」

 頷いて侑斗が指差す方へとハルは歩き始めた。
 弟と同じくらいの歳の子に憑いてて思わず声をかけてしまったけれど、怖がられると思っていたのに想像以上に懐かれてしまった。

「バイトの時間までならいいよ?」
「バイト?何屋さん?」
「ハンバーガー屋さんだね」
「俺、てりやきバーガー好き!」
「美味しいよね」

 公園に着くまで普通に会話をしていた。
 弟がいるらか、ハルは小さな子供の扱いが上手く話をしやすかった。
 公園に着いてからはブランコに乗りながら、色んな話をした。妹はいるけども、年上の人と話をする機会なんてないから新鮮で楽しかった。

「そろそろ時間だね」
「えー?もう?」
「侑斗が退屈じゃなければまた明日教えてあげようか。俺も休みで何もないし」
「本当?テュールともお話できる?」
「テュールの機嫌が良ければかな」
「約束ね!」

 ブランコから飛び降りると「10時に公園ね!」と手を振って走り去っていく。
 子供は元気だな。そんな朝早くから遊ぶのか…と息を吐き出した。

『子供は喧しいな』
「そう言ってやるなよ。あんな幼いのに女神に呪われてるんだから」
『理解もせず、まじないなどやるからだろう』
「おまじない?そんなのでも呪われるのか」

 おっかないねえ…とハルは立ち上がった。

「ま、何かの縁だ。誰も教わる人がいないのなら俺たちで教えてあげよう」
『俺まで巻き込むな』
「冷たいこと言うなよ」
『知らん。さっさと行かんか。遅れるぞ』

 こうして祖父の家に行かなくなった春休みはハルと公園で遊んで、色々と学んで過ごした。


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