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四度目の世界

65.

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 子供の頃、願い事をしたら叶うと信じていた。
 それが『呪い』だとは知らずに、ただ願いが叶うおまじないだと信じて疑わずに、ただ願った。

『どうかあの子と一緒に───…』

 それが俺のはじまりだった。


「話って何?」

 葵に連れてこられたのは視聴覚室だった。
 休憩スペースとなっているが、まだ昼前ということもあり誰も休んでいない。
 窓際のほうへ歩いて下を見ると中庭が見え、ぼんやり人を眺めている桜華の姿が見えた。

「桜華を待たせてるから早くして欲しいんだけど?」

 視聴覚室に入ってから俯いて黙ったままの葵。
 桜華と聞いて、ぐっと苦虫を噛み潰したような表情で睨んできた。

「南くんって桜華と付き合ってるんでしょ?さっさと別れてよ」
「…幼馴染だかなんだか知らないけど、なんでそんな事をお前に言われなきゃいけないの?」

 転校してきて様子を見ていたけど、葵のことは最初から気に食わなかった。面が良い。毎日、違う女子を連れ歩き、都合の良い時に桜華を理由に断って強引に引っ張り回していたのを見ていたから、思わず文句を言いそうになった。

「桜華は僕のものだから」
「お前にはカノジョ達がいるでしょうが」
「アレは別に違うし」

 桜華はものではないだろうと顔を顰めた。

『なんで侑斗くんにまで…』

 ぼそりと暗い表情で呟いてる桜華に気付き、侑斗は繋いでいないほうの手で桜華の頭を撫でた。
 あまりこんな場面を見せたくなかったが、見せなければならない。

「桜華は僕のものだ。だから別れるつもりがないなら、南くんは消えてくれない?そう、そうだ。消えてよ」
「は?何言って…」

 とても穏やかな笑顔で、とんでもないことを言い出した葵は手を侑斗がいる方へとかざす。
 次の瞬間、ガタンと大きな音を立てて視聴覚室の窓が全て開いて、ぶわりと強い風が外へと吹きこんできた。

「桜華…桜華…そう、僕の桜華。誰にも渡さない」

 ガタガタと風で揺れるドアと戸棚の音と共に葵の声も微かに聞こえてくる。
 目の前で起こってる映画やドラマみたいな出来事に目を白黒させた。
 これって…もしかしてヤバイやつじゃない…?

「っつか、なんだよそれ…」

 ギリギリ立ってられるような強さの風の中、葵は平然と笑いながらブツブツと何か呟いている。その背後には黒い塊みたいなものが纏わりついているのが見えて、侑斗は「キモっ」と思わず声に出した。

(なんだあれ?ヤバいのに取り憑かれてんの?)

 風といい、葵の態度といい、とても普通ではない状況に侑斗は混乱する。

「なあ、お前!それ大丈夫なの!?」

 気に入らない相手とはいえ…同じクラスメイトで、桜華の幼馴染だ。
 心配になって声をかけた。ぐっと足腰に力をいれて葵に近付こうとして足を一歩踏み出してみたはいいが葵は笑うだけで返事がない。

「うわ!なんだこれ!」

そんな侑斗に気付いたのか、黒い塊がゆらりと反応して、ものすごい速さでスルスルと黒い塊が伸びてきて侑斗の身体に巻きついて身動きが取れなくなった。

『!?』

 桜華が飛び出そうとしたのを侑斗は止めた。記憶を辿っているだけだとわかっていても身体がダメだと反応して近付こうとしてしまう。
 天津の首は、あの塊に触れて呪われていた。
 それをあんなにべったりとまとわりつかれていたら無事なわけがない。

『あれはだめ!呪われちゃう!』
『あー…そうか、桜華は知ってるんだね。あれは女神の成り果てた姿だよ』

 ぐいぐい行こうとする桜華を落ち着かせたくて、一度繋いでいた手を離すと後ろから抱きしめた。そして黒い塊を指差して教える。

『成り果てた…?』
『うん。いろんな願い事が沢山あるでしょ?あの女神は、その願いの中でも人のドロドロとした願いばかり聞き届けたんだ。その結果があれだよ』

 もう神とも人とも違う呪われた存在。

『俺たちが、死んでも死んでも死ねない理由がアレなんだ』
『えっ?』
『桜華はもう思い出せるはずだよ』

 耳元で優しく囁かれる。

『願い事が叶うとしたら何を願う?』
『願い事…』
『そう、願い事だよ』

 思い浮かぶのは、いつか夢に見た屋根裏部屋で過ごしていた時のこと。
 男の子と話していたやつだ。

『色んな世界に行きたい…?』
『そうだね。俺は桜華に着いて行くと願ったんだ』
『あれは侑斗くんだったんだ…』

 抱きしめられている腕の力が強まり、侑斗は肩に顔を埋める。

『アハハハ!!』

 突然、笑い声が室内に響く。
 視線を戻し、桜華は目の前の光景に言葉失った。

『アハハハハ!願え!願え!強く願うのだ!』
「消えろ!消えろ!消えてしまえ!邪魔なやつはみんな死んでしまえばいいんだ!」

 女の人の声が聞こえ、そして葵が叫んだ。
 捕まっていた侑斗の身体が、ぶん!と窓の外へ放り出される。

『や!だめっ…!』

 ダメだと手を伸ばす。しかし侑斗に抱きしめられているから動けない。
 放り出された侑斗の身体を黒い塊が貫いた。
 侑斗は小さく悲鳴を上げる桜華の目に手をやって魔力を込めた。

 女子達の悲鳴が聞こえる。ざわざわと周囲の人達が集まってきて騒いでいる。

「上から人が落ちてきた!!」
「誰か救急車呼んで!」
「すごい出血…」
「なに?何かあんの?パフォーマンス?」

 あっという間に文化祭どころではなくなった。
 他の生徒たちが近付かないようにと誘導する先生や、動画を撮ってる場合じゃないだろうという怒鳴り声も聞こえる。

「………」

 そんな中、桜華はベンチに座っていた。
 なかなか戻ってこない侑斗を、ずっと中庭で座って待っていた。

「侑斗くん…」

 窓の外に放り出された侑斗と目が合った。
 侑斗は驚いた表情をしていたのに、目が合った瞬間、侑斗は笑って、いきなり血を口から吐き出して落ちて行った。
 それは一瞬のこと。

(ああ、思い出した… )

 視聴覚室から中庭へと移動してきた二人。
 震えながら涙を流す桜華を侑斗は抱きしめる。

「一緒に過ごせなかった分、楽しむんじゃなかったの…?」

 ぽつりと呟くと座ってた桜華は立ち上がり、人混みの中なんとか進むと、地面に横たわり全然動かない侑斗の横へと辿り着いた。
 先生にそれ以上は近付くなと声をかけられたような気がするが、それを無視して桜花は侑斗の傍にしゃがみこむと頬に触れた。

「侑斗くん…?」

 血だらけだった。血が止まらないのか、駆けつけて手当てをした人が服を脱ぐと、それを破って頭と胸にあてて止血をしている。
 とてもひどい状態だった。
 すぐに救急車が来たけども、人が多すぎてなかなか救急車まで運べない。
 桜華も乗りたいと言って先生に頼み、なんとか乗せてもらうことが出来たので、病院に着くまでずっと手を握っていた。

『病院までもたなかったの』
『そうだね。でも桜華の声は聞こえてたよ』

 思い出したらしい桜華は泣いていた。
 正面に立ち、顔を覗き込んで目に溜まった涙を指で拭ってあげる。
 救急車の中で、泣きながらずっとこれからしたいこと沢山あったのにと桜華は文句を言ってた。
 あんな強引に付き合いはじめたのに、案外楽しみにしてたこと多いんじゃん。
 そうチラリと腕の中の桜華を見たら、照れているのか恥ずかしそうに両手で顔を覆っていた。

『可愛いね』
『……葵は捕まらない』
『まあ、そうだよね』

 証拠はなにもない。
 あの室内に監視カメラがあるわけでもなかったし、葵は何もしていなかったのだから捕まりはしないだろう。
 それに今の世界で騒がれている事件のこともそうだ。駅前の男も、岸田のも、自分と同じあの女神に殺されたのだろうとすぐにわかった。
 目の前で男が倒れた時、女神の気配がして、咄嗟に桜華のことを庇ったから犯人が誰かまでわからなかったけど。
 今回の二人を殺した犯人が葵とは限らない。
 なんせこの場所は女神の気配だらけだから…。

『大丈夫?』
『うん…』

 まだ泣いている桜華。
 この状態で次を思い出させても、桜華の心は壊れてしまわないだろうか。

『次に行く前に俺の話でも聞く?』
『侑斗くんの……?』
『そう。話したことなかったよね』

 桜華にも話をしたことがない。
 子供すぎた自分の願いが、こんなことになるなんて思ってなかったんだ。

『ちょっとした昔話だよ。まだ時間はあるから寄り道しても大丈夫』

 今にも泣きそうなのに静かに微笑むと、侑斗は桜華の目に手をやって魔力を込めた。 



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