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四度目の世界
63.
しおりを挟む混乱する頭を整理させたかった。
ただでさえ、突然学校に飛ばされて、一度目にいなかったはずの侑斗が図書室にいるということで頭がいっぱいなのに。
(なんで最初の死を知っているの?)
一番最初の死因は過労死だった。
頑張って就職した会社がブラックすぎたのだ。残業、残業、残業…毎日終電ギリギリの時間まで働いていて、体調が悪くても休ませてもらえないパワハラ上司もいて最悪だった。
侑斗の話を聞く感じでは、幼馴染だったというのは最初の世界だったということ…?でも七海と会った時に聞かされたこともあるので、この四度目の世界でも侑斗とは幼馴染なんだろう。
(最初のとき、幼馴染なんて…いたかな…?)
思い出そうとしても思い出せない。
それどころか思い出そうとすると、頭を何かでぶん殴られたような鈍い痛みがする。ズキズキして、こめかみ辺りをおさえた。
「桜華?大丈夫?」
手が外れて喋れるようになった侑斗は心配そうに声をかけてくる。
「平気だよ」
「平気じゃない顔色してるけど」
脚立に寄りかかってただけだった侑斗は深く座り、桜華を引き寄せると自分の足の間にすっぽりと収まる感じに座らせた。
「ほら」
寄りかかっても大丈夫だよと抱き寄せられる。
痛みのせいで、されるがままだったが、少し…いや、この体勢はかなり恥ずかしい。人が滅多に来ないとはいえ、誰かに見られたら誤解されるだろう。桜華はもぞもぞと動いて少しでも離れようとした。
「あのさ、桜華…聞かなかったことにしてるのかな?」
「え?何が?」
「ええ?俺、一応、告白したんだけどな…?」
「……えっ?」
振り返って侑斗を見た。
唇を尖らせて少しいじけた表情をしていて、桜華は焦る。混乱してそれどころではなかったけど、そういえばそんな事を言われていた気がする。
「マジかあ…あれでも伝わってなかったってどんだけなのさ…」
「つ、伝わってなかったわけじゃないよ」
「あの幼馴染とは付き合ってないんでしょう?」
「う…うん…」
ふと、夢での出来事が頭によぎった。
なぜだか葵が言ってた言葉を思い出してしまった。
あの夢とも続いているのであれば、葵が言っていた転校生というのは侑斗になる。
桜華が難しい顔して俯いて考える姿に侑斗は苦笑して、桜華の頬に手を添えて自分の方へと向かせた。
「前の時から、ずっと好きだったよ」
鈍感な桜華にも伝わるように、なるべくストレートに伝える。自分の手の中で真っ赤な林檎のように頬を染める桜華の反応を見れば、ちゃんと伝わったのだろう。侑斗は安堵したように短く息を吐き出した。
幼い頃から桜華と一緒に育ったのだ。ずっと一緒だったから、見ていれば何を考えているかなんてわかりやすい。
ずっと一緒だったのに、桜華の父親の都合で遠くに引っ越すことになってしまった。数年は手紙のやりとりをしたりしていたが、それも成長して大きくなれば途絶えてしまう。それが悲しかった。
「また知らないうちに倒れちゃわないか心配なのもあるけど…気になるやつがいないなら俺にしておきなよ。一緒に過ごせなかった分、桜華の願いと一緒にさ、俺と楽しもうよ」
ねえダメ?と、可愛く首を傾げる侑斗にキュンとしてしまう。これで落ちない子いなくない?と桜華は何も言えずに眉を八の字にする。
「とりあえずは文化祭一緒に回ろう!」
「文化祭…?」
「そー。学生って言えばなんだろう?ああ!一緒に登下校?放課後デートとかそれっぽいじゃん?」
楽しそうに話す。
どうやらもう侑斗の中では付き合うことになっているようだ。そんな侑斗を見て、やはり何も言えない。
「そんな困らないでほしいな」
「困ってなんか」
「ずっと見てたんだ。わからないわけないでしょ?」
「………」
「やっぱりあいつのこと?なんかあるの?」
「あるわけじゃないけど…」
二度目の世界で自分を殺した葵だ。
夢の中とはいえ、あんなことを言われたりもしたので気にならないわけがない。
もし、これも、この間のも全部繋がっているものだとしたら、侑斗も危険な目にあわないだろうか。
「じゃあ決まりね」
自分でも強引だなと思ったけれど戸惑ってる桜華を抱きしめた。
「よろしくね、彼女さん」
ちゅっと軽く頬にキスをすれば、びっくりしたのか桜華が離れようと腕の中で暴れて足を滑らせてしまう。
「うわっ、危ない…!」
侑斗が慌てて掴もうとしたけど間に合わない。頭からいってしまった。痛いだろうなと目を瞑ったが、衝撃はなく痛みもない。ふわっとした感覚に目を開けば桜華は図書室ではなく再び廊下に立っていた。
(ど、どういうこと…?)
頭に??マークを浮かべながら教室を覗けば黒板の日付が15日。一日経っている。
先程とは違い、ちゃんと生徒たちがいるようで、帰宅する子もいれば、部活に向かう子たちもいる。
「鏡ちゃん、またね!」
クラスの子が教室の中から出てすれ違いざまに声をかけられて、桜華は慌てて手を振った。
どうすればいいのかわからず、とりあえず自分の席だった場所に向かってイスに座ってみた。
懐かしいな。一番後ろの窓際の席。
隣の席は空いてたけど転校生がきて……
「あれ?」
そうだ。転校生がいた。
『桜華』
ぽんと肩に手を置かれ、ビクッと驚きながら振り向けば侑斗がいた。しかし中学の制服姿ではなく、屋根裏部屋にいた時のパーカー姿の侑斗。
『いないと思ったら、中にいたんだね』
「えっ…?」
『すっごい探したんだよー。こんな所にいたなんて』
桜華の手を握り、侑斗の立つ方へと引き寄せられて、ふわりと立ち上がる。身体が軽い不思議な感じがしたので、座っていた場所を見ると自分が座っていた。
『え?私…?な、なにこれ?』
自分の分身とでもいうのだろうか。制服姿の桜華は帰り支度をしているのか、引き出しから荷物を取り出してカバンにつめている。
『これは桜華と俺の過去の記憶の中』
自分が勝手に動いているのを見つめたまま口を開けっ放しでいる桜華に苦笑しながら、侑斗は説明してくれた。そうか、やはり透が使ったような魔法だったようだ。
『俺の能力だよ。人の記憶を読み取ることができる』
『覗くのと一緒?』
『うーん。似てるけど、ちょっと違うかな?』
桜華は手を伸ばして触れようとしたけども、手がすり抜けて触れることが出来なかった。
『記憶のファイルって言えばわかりやすいかも。俺はそのファイル達に触れることが出来るんだよ。記憶を選んで読み込んだら桜華がいなくてさぁ…すごい焦った!どういうわけか桜華がいる場所のところにいなくて、なかなか桜華を見つけられなかったんだよね』
『そ…それはごめん…??』
勝手に動いたのがいけなかったのだろうか。素直に謝ったら、侑斗は笑って手をしっかりと握り直す。
『こうしてれば迷子にならない』
離さないようにしようと頷いた。
帰り支度が終わったのか、桜華が立ち上がりドアへと歩き始める。二人も後を追いかけた。
『着いて行くの?』
『うん』
図書室にも寄らず、昇降口へと真っ直ぐ向かっているようだ。向かう途中、見覚えのあるクラスメイトや違うクラスの子たちに声をかけられたり、かけたりしている。
『今の桜華の記憶のファイルは虫食いのように抜けている部分が沢山ある状態なんだ』
『え、なんで?』
『俺がそうしたから、かな』
侑斗の言葉に思わず立ち止まり凝視する。
『とりあえず、着いて行かなきゃ』
グイッと引っ張られて再び歩き始めた。
理解できずに侑斗の顔を見つめる。それに気付いているのか「見すぎだよ。転んじゃう」と言われたけど、桜華はそれどころではなかった。
『どうして?』
『何が?』
『どうして虫食い状態にしたの?』
『それは……着いていけばわかるよ』
前を歩く桜華を指差した。どうやら侑斗は教えてはくれないらしい。
『これは…本当にあったこと?夢じゃない?』
『そうだよ』
『で、でも、覚えてることと違うよ?』
中学の時に侑斗がいなかったのは覚えている。
最近の夢だと思っていたものが記憶のかけらの中だとしたら、侑斗が転校生として中学に来ていたということになる。それに付き合うことになったなら、いわゆる彼氏だったということになるわけで…?
『も……元彼?』
『そういうことだね』
首を傾げながら、ぼそりと呟いたのが侑斗にも聞こえたのかクスッと笑われた。
「桜華ちゃん、今帰り?」
「うん」
「今日は北野くんと一緒じゃないのね」
靴を履き替えていたところにクラスメイトの女の子二人に声をかけられていた。
覚えている。あの二人は葵のことが好きで、よく嫌味などを言われていたから。
「ただ家が隣同士なだけだし、たまに帰るだけだよ」
いつも一緒に行動しているわけじゃなかった。葵が女の子に付き纏われてウザイと思った時に出くわすと、ここぞとばかりに声をかけられ、桜華は巻き込まれて一緒に帰っていた。
「でも一緒に買い物したりしてるんでしょう?北野くんが話してたよ。羨ましいな~」
「誘えばいいじゃん」
誘えないくせして、そういう事を自分に言ってくるなと桜華は思った。
「桜華ちゃんに仕方なく付き合って買い物に行くから大変って迷惑そうだったのよ?なにその言い方…」
言い方が気に入らなかったのか、イラつきを隠す気もないのか仕方なくを強調して睨んでくる。もう一人の子が背中を撫でて落ち着かせながら、話しかけてきた。
「まあまあ。でも桜華ちゃん、南くんと付き合ってるんでしょう?すごい噂になってるよ」
「うわさ?」
「南くんもカッコイイから狙ってる子とか結構いたのに。転校してきたばかりで付き合うんだから」
隣のクラスの綺麗と有名な女の子でさえ告白して断られたらしい。へえ?そうなんだ?と侑斗を見たら、バツが悪そうな顔で話を聞いている。
話を黙って聞いていたら、延々と葵や侑斗はあんたみたいな子は相応しくないだの、構ってちゃんはやめろだのと言われている。
『女子こわ』
侑斗がボソリと嫌そうに呟いていた。
慣れているからか二人の相手をせず、怒るでもなく、悲しむわけでもなく、中学の桜華は静かに話を聞き流しているだけだった。
『桜華の慣れてるって言ってたのは、コレがよくあったってこと?』
『あー…そうだね。よく呼び出されたり、こんな風に捕まった時に言われたりしてたかな』
『女子こわ…』
もう一度、顔を顰めながら言うので、桜華は乾いた笑いを浮かべて、そうだねと小さく頷いた。
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