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四度目の世界
61.
しおりを挟む名前を呼ばれている。
何度も何度も呼ばれているのに、瞼が重くて目が開かない。
『桜華!桜華ってば!』
うるさいなあ。目が開かないんだってば。
泣きすぎたのだろうか。ゴシゴシと目を擦っても目が開かない。
『こんだけ起こしてんのに起きないとか、お前、何なのよ!』
そんなに怒鳴らないでほしい。
自分だって頑張って起きようとしてるのだから。
そんなにカリカリしたら血圧上がってしまうよ?
桜華が思ったことが口に出てたのか、ずっと揺さぶられていた手が止まる。
そして突然フルスイングでもしたんじゃないかというほどの衝撃が顔面に走り、痛みと驚きで、がばりと飛び起きた。
『やっと起きたわね!』
くらくら視点が定まらず、頭を振りながら目を開くと、何もない真っ白な空間に座り込む自分と、ビンタしたのであろう手を、再び振りあげてる途中の声の主が目の前で座っていた。
『しっかりなさいよ!時間がどんだけあるかわからないんだから!』
ぼやけていた頭が、はっきりしてきた。
目の前でぷりぷりと怒っている相手に桜華は思い切り飛びついた。
「桃ちゃん!」
さっきまで散々泣いていたのに、また涙が出てくる。ぎゅうぎゅうとしがみつくように抱き着いてくる桜華を苦しそうにもがいてなんとか引き剥がし、桃は桜華の頬を両手で挟んで固定させて目を合わせた。
『しっかり聞きなさいってば!桜華、葵くんに気をつけるのよ』
「え?え?葵…?」
『そうよ。いたのよ。お前のことにも気付いていたわ!』
いきなり葵のことを言ってくる桃に、どういうことなのかわからず、とりあえず自分の頬にある桃の手に自分の手を重ねた。
「あ…触れる…。これはまた夢ってこと?」
『夢であって夢じゃないわ。願ったの。お前と最後に話がしたいと』
「最後…?」
最後に願うという言葉を聞いて、思い出したように再びポロポロと涙を流しながらも真っ直ぐと桃の顔を見て、ぎゅうっと手を握ってくる。しっかり話を聞こうとする桜華が可愛くて、桃は微笑んだ。
『最後の願いよ。お前は私を許してくれた。友達になってくれもの。ちゃんと会いたかった』
「……」
『お祭り、もっと一緒に楽しみたかったのにごめんなさい。おわびにゴールデンウィークに遊ぼうと思って、水族館のチケットも買ったの…』
渡せなかったけどね、と寂しそうに言う桃の目にも涙が滲む。
『いい?よく聞きなさいよ。葵くんは大人だったわ。あと絶対に一人にならないでね』
額と額をくっつけて、言い聞かせるように桃は言う。
「桃ちゃんは…また葵に殺されたの?」
『違うわ。知らないおじさんだった』
「おじさんって、」
『あの日、帰り道で葵くんに会ったの…。急に話しかけられて』
ふんわりと桃のまわりが光に包まれていく。
どうやら時間がないようだ。
「桃ちゃん…!」
『時間切れかしら…。言いたいこと言えたし良かったわ。お前が起きないから、どうしようかと思ったけどね』
「ご、ごめん」
しゅんとする桜華に桃は笑う。
『あの日、家に帰ってから、またあの声がずっとしてたの。そうよ、そうだった。その声が葵くんの彼女と同じだった気がする』
「えっ…?彼女?」
『私がお前に言うのもおかしいけど…葵くんも彼女も危険よ。だから、桜華…気をつけてね…』
もう時間がないとわかってるからか、桃が色んなことを言ってくる。桃の身体がどんどん薄くなってきていて、桜華は嫌だ嫌だと子供のように首を振りながら泣く。
「また…また会えるよね?会おうね…?」
『二回も殺そうとした人間にいう言葉ではないと思うの。お前はバカね』
「関係ないよ。許したって言ったでしょ?友達だって言ったじゃん…」
葵のことで傷ついていた桃を知っている。
全部知ってるからこそ、愛されたいと願って転生してきた桃の恋が実ると良いのになと思っていたのに、また殺されてしまった。
「また会いたいよ…」
これからだったのに。
鼻をすすり、服で涙を拭いて桃を正面から見た。
『私もよ』
そう言って桃は自分の腕に付けていたブレスレットをはずすと、桜華の腕につけてあげた。
「これ」
『私が作ったんだから大事にしなさい。呪うわよ』
「こ、こっわぃ…」
淡い色合いの黄緑とピンク、それに朱色の紐で編まれたシンプルで可愛いブレスレット。
「絶対、大事にする」
ありがとうとお礼を言った。
「あっ…」
重ねてた手も、とうとう桃に触れることもできなくなり、桃が何かを言っているけど、その声も聞こえなくなる。泣きながらも笑顔で小さく手を振って消えていった。
桜華はその場で蹲って泣いた。
だんだん意識が遠くなり、桃の名前を何度も呼びながら、その場に転がった。
パチリと目が開くようになった時には、もう白い空間ではなく、星型のシールが貼られた天井が見えた。
(夢だったのかな…?)
ゴシゴシと目を擦ると、寝ている時も泣いていたのか目元が濡れていた。
「あ…」
目を擦っていた左腕に視線をやれば、白い空間で桃がつけてくれたブレスレットがあった。
「ゆ…夢じゃない…!」
叫びながらガバっと起き上がった。
「何がだ?」
横から声がして、ビクッとした。
龍鵬が隣で横になってこちらを見つめてきている。
「うぇっ?龍さん…?」
なんでいるのだろうか?
というよりも、昨日の帰り道から家までの記憶がまったくない。どうやって帰ってきたのだろうか。
『アナタが帰り道で眠ってしまい、その後すぐ西条龍鵬が追いついて、私の腕からアナタを奪ったんです』
天津の声が聞こえた。
「はあ?奪ったってなんだその言い方…」
どうやら天津の声は龍鵬にも聞こえているらしく、不機嫌そうに言う。
『事実ではありませんか』
「お前がうだうだうるせぇから、ちゃんと真剣勝負だってしただろ」
「し…真剣勝負…?」
なにそれと首を傾げて聞けば、龍鵬は勝ち誇ったように鼻で笑いながら言った。
「じゃんけん三回勝負だ」
「じゃ…」
思わず吹き出してしまいそうになった。
だいの大人が誇らしげに言うものでもないと思う。というか、神様とじゃんけんで真剣勝負って…龍鵬は天津のことを、まだ神だと知らないからそういうことが出来るのだろうけど。
じゃんけん…じゃんけんか。可愛すぎじゃない…?
「おじさんと一緒にいたのに」
「車で待ってたら桜丘が倒れた。病院に運ばれてったぜ。仕事中断ってことで、車をあいつの部下預けて帰ってきたんだ」
「え!?倒れたって大丈夫なんですか?」
「過労じゃないかってよ」
徹夜続きだったし。なんともねーよと龍鵬が頭を撫でながら言われて、ほっとした。
あの場所にいて、なにか影響があったのではないかと一瞬心配になったけど、そうじゃないようだったので良かった。
「んで、夢じゃないって何がだ?」
グイッと引っ張られ、龍鵬の腕の中に倒れ込む。
「ずっと泣いてたぞ」
桜華は、もそもそと腕の中で動き、龍鵬にピッタリと隙間なく抱きついた。胸に耳をあてれば、ちょっと早めの鼓動が聞こえてくる。
「おい、桜華」
昨日といい、くっつきすぎ…と、上から照れた声が聞こえるけど、それを無視した。
「桃ちゃんに会いました」
「お前な…」
無視して話はじめる桜華に、はあああ…と大きい溜息をつく。
「まぁ、いいわ。それで?会ったっていつ?」
「さっき。夢の中で…?でも、夢じゃないからな。なんていうんだろう?」
「は?さっき?」
いまの反応からして、何言ってんだこいつ…って感じなんだろうなあと桜華はは苦笑する。
自分でもよくわからないので説明が難しい。
「私と最後に話がしたいと願ったって桃ちゃんが言ってたの」
「そんなこと可能なのか?」
『今までの事を考えると可能かと…』
「少しだけでしたけど話せました」
黙ってしまった龍鵬に、もそりと動いて顔を覗き込むと信じられないというような表情をしていた。
「これをくれたから夢じゃない」
ちゃんと残っているもん。
そう言ってブレスレットを見せる。
『組紐は縁を結ぶと昔から言われているものです』
「あー…学生の頃、流行ってたな」
『色や、つける腕などでも意味がかわってくるなどという俗信があるくらいですから、あとで読むといいでしょう』
天津がそう言ったあと、ピロリンとメニュー画面が開いて、お知らせ部分にまとめられた情報が追加される。桜華は頷いた。
「それにしても…お前と話がしたいと願うほど、好かれてる相手じゃないんだろ?」
なんでまた昔殺した相手を、最後にと願うほど会いたいと思うのか理解ができないと龍鵬が不思議そうに聞いてくる。
「桃ちゃんも…ある意味、葵の被害者でしたから。今回、回帰を知るひとりでもあったし、ちゃんと友達になったから」
「そうか」
ぽんぽんと背中を撫でられ、桜華は龍鵬の胸に擦り寄った。また龍鵬の呻き声が聞こえたけど、あえて無視。今は甘えたい気分だ。
そういえば、と思い出したように顔を上げて龍鵬を見た。とても顔が赤くなっているから、少しだけ離れてあげる。
「あのね、桃ちゃんが祭の帰り道で葵に声をかけられたと言ってました」
「は?……どこでだ?」
いつもより低めの声。
ぞくりとするほどの低音ボイスも、また龍鵬に似合ってて素敵だなと思うのは、好き好きフィルターがかかってるからだろう。そう思うと、一度目の世界の桃は葵にこんな感じだったのだろうかと考えてしまった。
「んー、場所までは言ってなかったからわからないです…帰り道だから神社前の大通りかな?」
「桜丘に伝えておくか」
ベッド横に置いてあったスマホに手を伸ばして取る。どうやらメッセージを送っているみたいだ。
「あ。あと付き合ってる人なのかわからないけど、女の人と一緒だったみたいで。桃ちゃんのことも、私のことも知ってたよって。二人に気をつけなさいと言われた」
「女…?」
これは初耳だったようだ。
スマホを操作している間、邪魔にならないよう再び龍鵬の胸の中に潜り込む。
もうひとつ言ってないことがあるのだが…桜華は桃から聞いた犯人のことを教えてもいいものなのかと悩んだ。
「桜華?」
「なんでもないです。それよりも…」
しばらく布団の中で色々と話していたのだけど、結局は犯人のことは龍鵬には言えなかった。
「帰るんですか?」
ご飯の用意をしようと起きたところ、龍鵬は帰り支度をしていたので声をかける。
「ああ。一旦、部屋に帰って着替えてから桜丘のことも気になるし見てくる」
「気をつけて」
「お前もな。大人しくしてろよ?」
大人しくしてる約束はできないので、ぷいっとそっぽを向いた。返事のない桜華に溜息をつくと、そのまま後頭部に手を回し引き寄せ、ズソソソソとすごい音をたてながら頬を吸った。
「なっ!なあ!?ちょ、いたっ!何するんですか!!」
ぎゃー!と手を突っぱねて龍鵬から離れる。
吸われた頬が痛い。頬を擦りながら龍鵬を涙目になりながら睨んだ。
「大人しくしてろよ」
ちゅっと軽く口付けをして、わかったな?と頭を撫でてから出ていく龍鵬に、カッコイイな!もう!と怒りながらも閉まった玄関のドアに額をくっつけて照れた桜華だった。
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