平和に生き残りたいだけなんです

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四度目の世界

60.

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 最初にAngelCafeを見つけたのはしのぶだった。
 自分たちと同じような転生した者たちがよく訪れる喫茶店があるのだと教えてもらった。
 自分たちのことを騙して殺した葵も転生していて、この街にいると知ったのも、店主の暁が紹介してくれたのだ。常連で物知りな回帰している刑事がいると。

「俺の仕事を手伝ってくれんなら、そいつの情報を渡してやるよ」

 桜丘に言われて、特殊な捜査の時に呼ばれるようになったのは、通いはじめて一月経つ頃だった。
 能力と呼ばれる魔法みたいな力を使う回帰者たちを捕まえるために動いているようだ。
 しのぶが背後をとられ、それを庇うためにヘマをして怪我をしてしまい、最近は全然手伝えていなかった。

「駅前といい、こんな住宅地で魔法ぶっぱなすとか、そいつら、気が狂ってんじゃねえのか?」

 龍鵬が自販機で珈琲を二本買って、一本は桜丘に投げ渡す。それを軽々と受け取った。

「まだ言ってるのか」
「建物壊さずに、人だけ抉り殺すとか正気じゃねえ」

 自宅の部屋で、被害者の家族が誰もいない時間帯に起きたことだった。部屋は調べているようだが、特に何も見つからないだろう。

「魔力を感じたとか言って、いきなり駆け出すから追ってきてみれば誰もいねえし…。またお手上げか?」
「確かに魔力を感じたんだがな…」

 桜丘が、キョロキョロと辺りを見回すが特に何もない。少しでも手がかりがあればと思い、魔力のほうへと向かってみたはいいが無駄足だったようだ。

「はあ…呼ばれて来てみれば、手がかりなしのうえに、被害者が桜華のダチとか最悪だ」
「だから呼んだんだろうが」

 チッと龍鵬は舌打ちをした。
 被害者が岸田桃という桜華が話していた人であると知っていたら来ることはなかっただろう。
 葵の当時の彼女で、一度目の桜華を殺した張本人。そして葵に殺されて回帰した者。
 口が裂けてもコレは桜丘には言えねえな…と、龍鵬は残っていたコーヒーを飲み干した。

「西条。最初の被害者は普通のオッサンで、次は女子高生。続くと思うか?」
「思わねえよ。共通するものなさすぎじゃないか?」
「あると言えばあるだろう?」

 桜丘がそう言って、何かを言いたげな顔で龍鵬をじっと見てくる。
 ぐっと言葉に詰まり、ノーコメントというように顔を逸らしたら、わざとらしく深く息を吐き出された。

「最初の現場にいたやつがあの二人なんだぞ。西条、お前も見ただろう」
「それは…」

 透を通して見た桜華の夢の記憶のかけら。そこにいたのは葵と、最初の現場にいた侑斗。桜丘はその事を言っているのだろう。

「しかも被害者の二人目は、二人と顔見知りの女子高生ときたもんだ」
「た、たまたまかもしれないだろう?」
「既にあの子も女神の化け物に襲われてんだろ?たまたまなわけがあるか!」

 うぐっと龍鵬は顔を顰めた。
 桜丘が言わんとしていることは理解できる。

「部下に話してくる。西条は先に車に戻ってろ」

 ポイっと車の鍵を預けて、マンションの中へと入っていく桜丘。
 龍鵬は「だああ!もう!」とイライラして頭をガシガシと掻きむしった。
 車に向かおうとしたところ、「いけません」という慌てた声と同時に腕をガシッと掴まれた。

「は?」

 我ながら間抜けな声が出たなと思ったけど、それどころでは無い。誰もいないのに声が聞こえたし、それに腕を掴まれている感触がある。

(………なんだこれ?)

 オバケなんてものは信じてはいないが、心霊現象かなにかだろうか?
 掴まれているのも、やけにはっきりしているし、ほのかに温かい。

(いや、幽霊だったら温いのおかしいだろ)

 動けずに、じっと腕を見つめていたら、かすかに自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。その声はよく知っている。間違うわけもなく。

「…桜華?」

 腕を掴まれているところに、そっと触れてみれば、小さな手の感触。

『仕方ありませんね…』

 男の声がしたと思ったら、急に目の前に桜華と天津の姿が現れた。

「!?」

 驚いたが、それよりも今にも泣きそうな桜華と、その桜華と手を繋いでいる天津が目に入ってきてイラッとした。がばりと桜華を抱き寄せて天津から離す。

「なんでお前らが…」
「姿を消す魔法を西条龍鵬、アナタにもかけました。なので声はおさえてください」

 引き離されたことが不満なのか、ムスッとする天津が言ってきた。こいつムカつくなと思ったが、それよりも、ぎゅうぎゅうと抱き着いてくる桜華に龍鵬は固まった。

「お、おい…桜華?」

 黙ったまま抱き着いて離れようとしない桜華。
 顔を覗き込むように話しかけても、龍鵬の胸に顔を埋めてきて表情を見ることもできない。

「岸田桃が死んだと聞いて様子を見に来たのです。そしたらアナタたちが来て…」
「あぁ?あーそうか…。さっきの話、聞こえちまったか」

 喋らない桜華のかわりに天津が説明する。
 こんな状態なのは、先程の桜丘との会話を聞いたからだろうと苦笑して桜華の頭を撫でた。
 本当は思い切り抱きしめて、あちこちにキスをして泣いてる桜華を甘やかしたいと思う龍鵬だが、ここは外だし、何よりも天津がいる。それに早く車に戻らなければ桜丘にも変に思われるだろう。

「悪いな。行かねえと」

 桜華がいたということを、まず、桜丘に知られてはいけない。擦り寄ってくる桜華を引き離して、大丈夫だと抱きしめてやり、耳元で何度も優しく囁いてやると、やがてこくんと小さく頷いて離れてくれた。

「お前は何も心配すんな。あとでお前の家に行くよ。もう遅いから寄り道しないで帰れよ?」

 天津に視線をやる。
 すると天津がそれに気付いて首を傾げた。
 ちゃんとこうして見ると天津は美形だ。男の自分からみても、しのぶとはまた違った美人だと思う。
 なんだか癪に障るが…。

「桜華を頼む」

 じゃあなと、桜華の頭をもう一度撫でてからマンションの方へと去っていった。
 天津が見上げると、バルコニーから顔を出して下を見ている桜丘の姿が確認できた。
 ずいぶんと魔力感知が得意なようだ。
 きっと龍鵬に魔法をかけた時にも桜丘に魔法が使われたことを気付かれたのだろう。

(西条龍鵬は気に入らない。しかし、この子のため…)

 突然、天津が姿消しを解除する。急に人が現れて驚いた表情の桜丘と目が合った瞬間、天津は魔法を唱えた。

「さあ、帰りましょうか」

 そう言って俯いたまま動かない桜華の手を握ると、手を引いてゆっくりと歩き始めた。

「さ、桜丘さん!?どうしました!?」

 上の方で慌てる悲鳴のような声が聞こえる。
 天津は、ふっと笑った。
 記憶はいじれないが、脳の錯覚を起こさせる程度なら光魔法で出来ること。少しストレスを与えてしまうので眠ってもらうことにはなるのだけど。
 東しのぶが眠りの魔法を使用していたものを応用する。脳にストレスを与えて解離を起こさせるのだ。この程度であれば数分程度の記憶を空白にしてしまうことができる。

「あーくん…」

 小さく呼ぶ声がして振り向けば、ポロポロと大粒の涙をこぼす桜華が天津を見つめていて立ち止まっていた。

「どうしました?飛んで帰りましょうか?それとも抱きかかえる方が良いですか?」

 幼い子のよう首を振って嫌がる。
 いつもなら子供じゃないだの文句を言ってくるのに、ただ泣いているだけ。
 どうしたものかとハンカチを取り出して涙を拭って頬を撫でたら、龍鵬に甘えていたように、桜華が手に擦り寄ってくる。泣いている桜華には申し訳ないが、そんな仕草も愛おしいと思ってしまった。

「バスで戻ります?」
「……」
「じゃあ、何か甘いものでも買って帰りましょうか」

 首を横に振るだけで全然喋ろうとしない。

「桜華」

 駅から少し離れた場所だから人通りはまばらだ。
 しかし、泣いてる女の子に、モデルのような長身の男が立ち止まっていると、どうしたのかと気になるのか、チラチラと見ながら通り過ぎて行く人たち。

「早く帰れと西条龍鵬に言われたでしょう?ほら、行きましょう」

 龍鵬の名前を出したら、こくんと小さく頷く。
 やはりこれが一番効果があるのか。良い子ですねと頭を撫でてから再び手を繋いで歩いた。

「あーくん…おじさんと龍さんが話してたのは…」

 私のせいなのかなと震える声で言ってくる。
 駅前の時のおじさんも、桃のことも全部そうなのかなと涙が止まらないようだ。

 あの時に、すぐにあの場を離れればよかった。桃の自宅へ行くのを止めればよかったのではないかと、天津は後悔した。
 駅前の時にも泣きはしなかったが、桜華は自分のせいじゃないのかと疑っていたではないか。
 あの眠り薬を飲まされ、桜華の記憶を覗かれた時、自分は何も出来ずにいた。あの者たちが桜華のなにを見たのかはわからないが、こんなに泣いて傷ついている桜華を救うことが出来ない自分に腹が立つ。

 天津は人通りの少ない路地裏へと曲がり、足を止めると桜華をきつく抱き締めた。
 びっくりしたのか反射的に身じろいで離れようとするのを腰に腕を回して引き寄せる。

「言ったでしょう?アナタのせいではないと」
「でも」
「情報があまりないため断言はできませんが、あの二人の会話を聞いていても、ただアナタを疑っているわけではなさそうです」
「でも、桃ちゃんが…」

 伏せた睫毛が震えている桜華の顎を掬い上げた。

「泣かないで。アナタの笑った顔の方が好きなのだから。ね?」

 幼子に言い聞かせるよう言った天津も泣きそうな顔をしていた。
 指先で桜華の涙を拭い、目尻や頬に何度も優しく唇を押し当てる。

「大丈夫と言っていたでしょう。心配するなと。信じられないのですか?」
「そんなことないっ」
「なら、そんなに悲しまないで。犯人を見つけるのはあの者たちの役目です」

 帰りましょう。そう言って近付いてくる顔を押し返した。

「ど、どさくさに紛れてそういうのしないで」

 赤くなって頬を膨らませている桜華に天津は微笑んだ。

「あーくん」
「はい」
「ありがとう」

 連れてきてくれて。そう俯きながら、ぼそぼそと礼を言う姿が可愛くて、思わず抱きしめたら、また怒られた。

「も、もう!早く帰っ…」

 逃げるように歩き出そうとしたら、足から力が抜けて倒れそうになる。

「桜華!?」

 天津が受け止めてくれたので、どこも痛くない。だけど声が出ない。あの薬を飲まされた時のような睡魔が襲ってきて、桜華は意識を手放した。

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