平和に生き残りたいだけなんです

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四度目の世界

59.

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 待って待って待って?
 この変態神様が!何言ってんの?何言ってくれちゃってんの??

「理由あって、私が勝手にこの子を補助しているのです。ただ、それだけですよ」

 今まで黙っていた天津が喋りはじめた。

「ちょ…ちょっと?あーくん?ストップ、ストップだよ!」

 慌てて天津の口を手で塞いで睨んだ。

 何をサラリと本当のことを言っちゃってるのだろうか。北野さんまでいるのに。
 それにいくら回帰者で、色々そういうのに耐性があるとはいえ、『私は神だ!』だなんて、頭がオカシイ奴だと思われるかもしれない。本当、何を考えてるのだろうか!

 桜華はこの状況をどうしたらいいのかわからず倒れそうになる。
 口を塞いだのが不満なのか、もごもごと口を動かし、桜華の手首をやんわりと掴んではずした。

「なにするんですか」
「何って…」
「ははっ、まさか神に会えるとは。本当に回帰も悪くない」

 信じているのか、信じていないのか、ハルは天津に、祈るかのような仕草をした。
 そんなハルを見て、東はどう反応していいのか迷うように天津とハルを交互に見ていた。

「神の加護の話は知ってますし、聞いたことありますよ。仕事が仕事なものなので、ね。それなりに知り合いは多いんです」
「だ、だからってそんな簡単に…?」

 こんな急に『神です』なんていう男のことを信じるもん?
 天津のことも、ハルのことも、とても理解できないというように頭を抱える桜華に、ハルは面白そうに笑った。

「話せない事情があるとは思ってましたが…天津さんが神とは…」
「しのぶは知らなかったの?」
「はい…」

 神の加護は、神々の悪戯とも伝えられている。
 神の気まぐれ。
 気に入った人間に力や知識を与えるからだ。
 ハルは東にそう説明する。

「テュール神の加護と同じだと思えばいいんですよ。マスターになるためには、特別な試練を受けなければいけない。しのぶは受けなかったからわからないかもしれないけど、ようは神と相性がよければマスターになれるってだけですから」
「なるほど」

 東に詳しく説明をしたハルを驚いた表情で見ている桜華に気付き、二人は顔を見合わせた。

「鏡さん、どうしました?」

 東は心配そうに肩に手をやり、驚いたまま固まる桜華の顔を覗き込むように尋ねた。

「テュール神とか、マスターって…北野さんが…」

 テュール神はボーデンの街で信仰されている神だった。剣の神で、マスターになるにはテュール神の加護が必要だとされている。どうしてそのことをハルが知っているのだろうか。

「ああ、そうですね」

 何に驚いているのか理解したのか、東は苦笑した。
 
「一応…この方もボーデンの国にいたんです。俺の専属騎士で、数少ないマスターでもありましたから」
「え…ええぇ…?専属騎士??」

 葵の兄で、ボーデンにもいて、それもマスターだったって?
 そういえば、さっきのあーくんに祈る時、ボーデンで神に祈る時にやるやつじゃん。
 ウソだあ…と、ポカンと口を開けてハルを見る。

「え?あれ?ってことは何回も…転移してる?」
「そういえば…」

 この世界で葵の兄だと言うことは、自分が一度目と二度目で出会った葵の兄というのは、この人なのだろうかと疑問に思った。

「ボーデンのことを知ってるってことは、この子も回帰者ってことか」
「そうです。ハルは、何度目の人生なのですか?」
「え?俺ですか?んー、そうですね。五回以上は…とでも言っておきましょうか」

 詳しくは秘密です。そう笑顔で答えた。
 思ってたより回数が多い。

「あ、話をするのも良いけど、友達のところに行くんでしょう?子供が出歩く時間ではなくなるよ」

 ハルが腕時計で時間を確認して、そう言った。

「回帰者だとしても、まだ子供だ。補導されてしまうし、またどこかで話せばいいんじゃないかな」

 なんだか上手くはぐらかされたみたいで、桜華はスッキリしない感じがした。

「それもそうですね。気をつけて行ってくるんですよ?」
「はい、わかりました」

 手を振りながら、また連絡しますと言って二人と別れた。
 二人の姿が見えなくなって、人通りが少なくなったところで足を止めて、キッと天津を睨んだ。

「どうして勝手なことするの?」
「苦しんでいたではないですか」
「だからって北野さんもいたのに!」

 本当のことを話せない辛さはあったけども、敵か味方なのかもわからない人がいるところで話す内容ではなかったはずなのだ。

「あの者は大丈夫です」
「なにが大丈夫なの?」

 全然大丈夫じゃないよと桜華は怒っている。
 そんな桜華にどう伝えるべきか悩んで黙ったが、それを許さないというようムスッとした表情で見つめ続けてくるので額に手をやり息を吐き出した。
 観念して、ありのままのことを伝えることにした。

「北野 遥馬にも神がいます」
「は?…うん?います…って何?」

 いますとは、どういう意味なんだろうか。

「あの者にも私と同じ、いや、それ以上の神がついています」
「ええぇ…?神様ってそこら中にいるものなの?」

 驚きすぎて、逆に冷静になってしまった。
 天津が今まで姿を隠して過ごしてきているように、きっと他の神様たちもそうなのだろう。しかし、神様っていっぱい存在するものなのだろうかと首を傾げた。

「それは私にもわかりません」
「で、ですよねー…」

 桜華は天津の手を取ると引っ張って歩き始めた。

「北野さんの傍にいる神様って、やっぱりテュール様なのかな?」
「どうでしょう。気配はしましたが姿は見えませんでしたので」
「街で見た本の中に書いてあったテュール様は、目がつり目で、こうキラキラつんつんってした髪型だったよ」
「キラキラ…?つんつん…?」

 思うように伝わらなかったようで、困ったように天津が見てくる。

「っ…!お、桜華、止まってください」

 急に天津が険しい顔をして立ち止まった。

「あーくん?」

 建物の屋上を見つめている。
 桜華も天津が見つめるほうへ視線をやると、どうやら桃の住むマンションに着いていたようだ。
 報道の人たちが沢山いると思っていたのだけど、出入口の反対側だからなのか誰もいない。駐車場のようだが、人に見つかったら面倒なので、天津が姿を消す魔法を使用する。

「屋上になにかあるの?」

 特に何もないようだけど、天津はずっと警戒しているようだ。

「かなり女神の匂いがします…近くにいる可能性も」
「神様、いすぎじゃない?」

 えー、と桜華は顔を顰めた。
 そんな身近にホイホイと神様っているものなんだろうかと考えながらも、天津と繋いでる手に緊張で力が入る。
 ちらりと横にいる天津の首元を見た。
 この間は、天津が苦しんでいた時に自分は何も出来なかった。大事な時に失敗しちゃったし。今度は守れたらいいのに。

「女神の匂いってことは、やっぱり桃は魔法で殺されたのかな?」
「わかりません」

 首を横に振る。だけど、と言葉を続けてくる天津の顔が悲しそうに歪む。

「まだ話をしていませんでしたが、この世界は今までアナタがいた世界のどこよりも女神の匂いが強いんです」
「それは…回帰者がそれだけ多いってこと?」
「西条龍鵬が桜丘十夜を手伝っているという仕事のことを考えると、そうなのかもしれません」

 龍鵬が怪我をした事件もそうだし、駅前の事件も犯人を探していた。おそらく桜丘が担当しているのは回帰者が関係したものなのだろう。

「魔法使いに会ってみたいって思ってたけど…みんながみんな良い人ってわけじゃないから大変なんだね…」
「そうですね。でも回帰している者たちが全員、魔法が使えるわけではありません。ごく一部の人間のみです」

 ボーデンのように魔法使いがいる国でもない。
 それを管理する機関などもないのだから、魔法が使える回帰者にとってはやりたい放題できてしまうんではないだろうか。ごく一部とはいっても、葵みたいに警察に追われてる人も沢山いるのだろう。

「さすがに中に入って調べるのは難しそうですね。人がいるようです」
「うん…」

 来てみたはいいけど、結局は何もわからない。

「なんで桃なんだろう」

 駅前の事件は桃がしたことだ。
 なぜ桃が、あの時のおじさんと同じ死に方をしたのか気になってしまう。
 まさか自分で?………そんなわけないか。

「本当に、こっちか?」
「!?」

 向こうから駐車場に入ってくる人が来て、ビクッとして思わず天津の腕を掴んだ。

『人避けはしてあるので見つかりません』

 耳元に口を寄せ、そっと教えてくれる。わかってはいるけどドキドキしてしまう。

「魔力を感じたんだが…」
「お前の感知もいい加減だな」

 駐車場に入ってきた二人組を見て、声が出そうになったが、サッと天津が桜華の口を手で塞いだ。目で訴えるが、首を横に振られる。大人しくしてろということだろう。

「まともに報告もしねーお前に言われたくはないんだけどな?」
「それは謝っただろ…」

 タバコを吸いながら面倒そうに歩いてくるのは、桜丘と龍鵬の二人だった。
 知り合いに遭遇しすぎじゃない…?
 心臓がいくつあっても足りないよ。

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