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四度目の世界
56.
しおりを挟む回復するスキルがあるからか、あの原液を飲んだダメージと、夢を覗かれたダメージは、思ったよりもないようだった。
しかし、龍鵬は、あの場で「疲れた」と言ってしまったので、駅に着きそうだというのに、駅の中まで抱っこ状態で連れていこうとしたから、桜華は暴れて嫌がり、やっとのことで下ろしてもらって電車に乗ることも出来たし、買い物もして、家にも無事帰宅することが出来た。
「タクシーでも良かったんだぞ」
「電車ですぐじゃないですか」
そんな必要ありませんと桜華はキッパリと断った。
「飯も買ってくればよかったんだ」
「私の作ったものは食べたくないんですか?」
「食いたい」
冷蔵庫の中に買ってきたものをいれながら即答する龍鵬に、くすくす笑いながら桜華は野菜を切る。
「それが終わったら座って休んでいてください」
「俺よりお前の方が休まないとだろ」
「別にもう平気です。それに疲れたって言ったのは…ウソだし」
「ウソ?」
「はい。話を終わらせたかっただけです。早く帰りたかったから…」
龍鵬が頼っている人たちのことを信用できないからなんてことは言えなかった。
言わなかったけども何かを察したのか、龍鵬は立ち上がると桜華の背後から抱きついて頭に顎を乗せてくる。
「勝手なことをして悪かった」
すまなそうな表情で、ぐりぐりと首に顔を埋めてきて、ちゅっと軽く耳にキスをされた。くすぐったい。こういうところは本当に犬のようだ。
「…心配してくれたのでしょ?」
包丁を置いてタオルで手を拭いてから、ありがとうございますと、いつもしてくれるように、龍鵬の頭をそっと撫でた。
「自爆したけどな」
「自爆?」
「あいつらと一緒にいるお前を見て…」
そこで黙ってしまった龍鵬のほうを見ると、口をおさえながら顔を真っ赤にさせていた。
照れてるのかな?なんでこんな可愛いんだろうかと桜華は笑った。
「どうしたんですか?」
固まる龍鵬の顔を覗き込みながら意地悪くニヤニヤしながら尋ねる。龍鵬は眉間に皺を寄せながら桜華を持ち上げるとベッドまで運んで乱暴に下ろした。
「痛っ!」
ベッドに上がってくる龍鵬に何をするんですかと文句を言おうとしたけど、それは出来なかった。急に目の前に龍鵬の顔が迫り、唇を塞がれていた。突然のことに驚いて目を見開く。
「りゅ、…んぅ…!」
にゅるりと差し込まれた舌が口内で暴れる。舌が絡まり、時折甘く噛みつかれて、たまらずにぎゅっと目を閉じた。離れようとすれば、それを許さないとばかりに後頭部に手を回されて、飲み込めない唾液が口角から零れ落ち喉に伝う。
(なんで急にスイッチ入った!?)
少し揶揄うつもりだった桜華は、ここまで龍鵬がするとは思ってもいなかった。
「も、やぁ…っ」
苦しくてもがくと龍鵬は長い口付けから解放してくれた。口端から零れる唾液を舐め取り、優しく頬を撫でられる。
「い…いきなり、すぎません…?」
「何も出来なくて気が狂うかと思った」
息を整えながらも文句を言う。静かに呟かれた言葉に、今度は桜華が眉をひそめた。
「お前…もう俺以外のやつの前で着替えんじゃねぇ」
「あれ見てたんですか。気にしないのに」
「ちょっとは気にしろって言っただろ!」
なに普通に葵の前で着替えてんだよと、むくれる龍鵬の鼻の頭にキスをする。
嫉妬?嫉妬したってことだよね?可愛すぎでしょ。
照れている龍鵬を隣に寝かせるよう横にさせて、もぞもぞと腕の中へと入り込んで抱きついた。
「あの場では言いませんでしたが…思ったことがあるんです」
「?」
抱きつく桜華の頭を撫でながら顔を見る。
「毎回、生き返ったら、今までの記憶があるんです。それ以上のことも。それは龍さんも同じでしょう?」
「俺は、1回だけでボーデンからのしかないが…。前の記憶を学生の時に思い出した感じだったな。赤子からその時までの記憶が一気に流れ込んでくるみたいな感覚だった」
それがどうしたんだ?と不思議そうに聞いてくる。
「今回、私はそれがありませんでした」
「ない…?」
「龍さんに出会った数日前に転移してきました。でも、ここの世界の記憶がないんです。母と父が死んで、このアパートに引っ越してきたという情報だけしかありません」
あの直感的に今までのことを理解するようなものが今回はなかったのだ。
記憶の部分に触れることができない。でも透のような夢の欠片を覗くことができる力もあるということは、記憶をいじる、もしくは記憶を消すなどといった力を使える者もいるのではないかと桜華は思った。
天津は『できません』と言っていたけども、そんな力を持つ者がいたら可能かもしれない。
「もしそんな力があるなら…」
「さっきの夢のやつもその力の影響ってことか?」
「だって一度目も二度目も侑斗くんには会ったことはないもん。なのにあの学校にいるのはおかしいし。葵も葵でおかしかった」
今回の夢も、前回の夢もそう。一度目と二度目の世界ではあったが、過去ではなかった出来事が多かった。
「過去に戻るということがないなら…桃ちゃんが一度目の世界から来たと話していたし、私が会わないように過ごしてたとはいえ、桃ちゃんは二度目の世界にはいなかった可能性もあるってことですよね」
「桃って…この前の具合悪くなった友達か?」
「あー、はい。一度目の時に彼女に殺されました」
「ころさ…はあぁぁ?」
がばりと上半身起き上がらせて、目が飛び出そうなくらい驚いていた。
龍鵬が口をぱくぱくさせている。
「あー…言いたいことはわかりますが、桃ちゃんも桃ちゃんの事情があるってことで。まあ、その、彼女も葵に殺された被害者で、今は普通に私の友達です」
額に手をやりながらドサリと倒れてくる。
「ついていけねえ…」
「ご、ごめんなさい」
「いや、謝んな。お前もなかなか大変なとこで生きてきたんだな」
キャパオーバーらしい龍鵬に謝った。
色々と話しすぎただろうか。いくら信じてるからといっても、話さない方が良かったのではないかと不安になり布団に潜った。
「龍さんも、」
もそりと布団から少し顔を出して龍鵬をじっと見つめる。もごもご言いにくそうにしている桜華を抱き寄せて、なんだ?と肘枕をして、優しく顔を覗き込んでくるので、余計に言葉に詰まる。
「龍さんも…大変だった…?」
願い事を聞くことが失礼にあたるなら、この問いも同じなのではないかと思った。
少し驚いた表情ではあったが、龍鵬は気にしていない様子で頷いた。
「まあな。目の前で村の人達が沢山死んでいくのを見たからな。お前もその一人だろ」
「その時に願って…?」
「ああ、そうだ」
裏切った葵を許せなかった。勇者なんていわれながらも、結局は村の人達や、しのぶのことを守れなかった自分が許せなかった。
「生き返った先で、しのぶや渉たちに会った時はビビったけど」
呪われた魂だかなんだか知らないが、こうして昔のことを覚えていて、また生きている。しのぶ達にも会うことができた。それに葵もいるってことだ。ぶん殴ることができる。
「アイツらがよく思ってなくても、俺はそんな悪いとは思わねえな。お…お前にも会えたし、な?」
自分で言っておいて照れくさそうにしている。
「うん」
本当に可愛い人だ。
こんなにもカッコイイのに、不思議な人。こんな人に出会えたことに、自分も良かったと思っている。
桜華も頷いて笑った。
「ごはん炊けそうだし、おかず作らないと」
「昼から食ってねえし腹減ったな」
時計をチラリと見れば、もうすぐ二十二時になりそうな時間になっていた。
「龍さんが邪魔したから遅くなったんです。手伝ってくださいね」
「う…悪ぃな…」
まさかあそこでスイッチが入るとは思ってなかった。ジト目で見ればしょぼくれた犬のように見つめて謝ってくるので、ケラケラ笑いながら起き上がった。
「お肉とお魚どっちがいいです?」
「お前の好きな方でいいぞ」
「ど、っ、ち、が、い、い?」
「…さ、魚かな」
ものすごい圧を感じて龍鵬は起き上がりながら答えた。意外だな。肉を選ぶかと思った。
「魚のが好き?」
「海があるところで育ったからな」
「そういえば言ってましたね」
冷蔵庫を開けてレタスとプチトマト、魚の切り身を取り出すと龍鵬に渡す。
「私は野菜を煮るので、龍さんは魚を焼いてください。焼いてる間にレタスとトマトのへたちぎって」
「わかった」
この前、料理を作ってくれた時も思ったけど手際が良い。こうして並んで誰かと料理をするのも楽しいなと桜華は喜んだ。
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