平和に生き残りたいだけなんです

🐶

文字の大きさ
上 下
55 / 82
四度目の世界

54.

しおりを挟む

 これが夢だとはいえ、葵がおかしいヤツだとはわかってはいたことだけど、まだ中学生だというのに、あまりにも危険すぎる発言に桜華は固まった。

「な、なに言ってんの…?」

 厨二病ってやつ?と乾いた笑いしかでない。

「本気だけど?」
(うわ、なにコイツ…)
「桜華は僕のものなのに。やっぱりアイツと付き合ってるんじゃないの?この前のキスしたって言ってたのもアイツなんじゃ…」
「…っ」

 なにやらブツブツ言っている。聞き取れずに聞き耳を使用してみたら、やっぱり早く消さないと…という言葉が聞き取れて、(こっわ!!)と桜華は顔を真っ青にさせた。
 なにこのホラー。デジャヴすぎるのだけど…。もしかしなくとも、これはこの前の夢の続きなのだろうか?そんな立て続けで見る夢なんてある?っていうか、もうこれ夢じゃなくない…?

「わ、私は私のものだし、そもそも葵のものでもない!誰とキスしようが葵には関係ないじゃんか!」

 今まで好き勝手に女の子たちの誘いを断るために利用され、そのせいで陰湿なイジメなど経験してきたことがあるから、無性に腹が立ってきて、桜華はガバリと起き上がって葵を睨みながら怒鳴りつけた。

「関係ない…?」

 静かにそう呟き、のそりと葵も起き上がる。

「いつかは気付くと思ってたけど…はあ…」

 やれやれと首を振りながら深く溜息をつく。

「その鈍感なのも可愛いと思ってたけど…さすがに、ここまでくるとムカつくね」

 顔を上げた葵と目が合い、ぞわりと全身が粟立つ。
 葵から黒いモヤのようなものが出ている。

『おい、あれ…』

 桜丘が何かに気付き警戒する。しかしこちら側からでは何もすることができない。龍鵬はギリっと拳を握りしめて葵を睨む。

「僕は、」

 桜華の頬に触れようと伸ばされた手が形をかえて、ドロドロとした黒いスライムのようなものになっていく。

(これって、あーくんを襲ったやつと同じやつ!)

 黒い塊から伸ばされた触手のようなものに触れられる前に、素早く葵から離れて立ち上がると、部屋のドアの方へと逃げた。

「僕は、桜華を…ボクハ…アァ、アイ…アーハッハッハッ!願え!願え!もっと強く!」

 苦しそうにプルプル震えはじめたと思ったら、ものすごい笑いはじめたので桜華はぎょっと一歩後退る。

「じ、情緒不安定すぎじゃない…?」
『そんなこと言ってる場合じゃねぇだろ!』
『落ち着け。お前が焦ってどうするんだ。なんも出来ねえだろ』
『わかってるけどよ!』

 呟かれた言葉に思わず突っ込んでしまう龍鵬。
 そんな龍鵬に桜丘は声をかけて腕を掴んだ。もう片方の手で隣にいる泣きそうな透をひょいっと抱き上げて落ち着かせる。

「んー、んんんー。あ!そうだ!東さんが使ってたやつなら大丈夫でしょ」

 ドロドロとしたものが、笑いながらベッドから床にベチョリと落ちると、桜華のいるドアの方へとゆっくり近付いてくる。
 見ている方はホラー映画を観ているような感じがするが、桜華は焦る様子もなく、何かに悩んでいるようだ。桜丘はそんな様子の桜華を見て眉を寄せた。

「夢だとはいえ、また水浸しは嫌だし…んんん…強く…強くイメージして…」

 東が使っていた魔法。天津が教えてくれた魔法の感覚を思い出しながら黒い塊に向けて手をかざす。

「ライティング」

 先程も使った光魔法。
 ただ先程と違ったのは、光の強さだった。部屋の中いっぱいに強い光が広がる。

「アアアァアァ……!まだ!まだダメ!桜華!オウカァオウカァア……!!」
 
 効き目があるようだ。
 断末魔のような葵の叫びが聞こえ、ゾッとする。見てられなく、きつく目をぎゅっと閉じた。
 次の瞬間、足元がまたぐにゃりと歪みはじめた。


 ぱちりと目を開いたら喫茶店の二階に戻っていた。
 そして息をつく間もなく、ガバッと透が抱き着いてきて心臓が飛び出るかと思った。

「と…透さん…!?」

 離れようとしたが、ぎゅうぎゅうと抱き着く力は緩まずに、肩口に押し付けられて顔が見えないが、どうやら泣いているようだ。余計にどうしたらいいのかわからない。
 桜丘を見たら難しい表情で自分を見ているだけだし、助けを求めて龍鵬のほうを見たら、同じく泣きそうな、怒っているような表情で見ていて、ええ…?と桜華は困惑する。

「桜華ちゃん…ごめん…」

 少し離れて小さく謝ってくる透に桜華は苦笑する。
 戻ったら三人のことを怒ろうと思ってたのに、この様子じゃ怒るに怒れないじゃないか。

「どういうことですか?」

 あの液体と、夢のようなもののことを説明して下さいと桜華は睨むように三人を見た。
 離れようとしない透を桜丘は引き剥がして、自分の隣に座らせた。まだ泣き続ける透にかわり、桜丘が説明しはじめた。

「コイツの能力で、お前が悩んでる夢を覗こうとして、聖夜の薬を飲ませた」
「あの薬、絶対に原液で飲ませるやつじゃないです」
「ええっ!?」
「とてもまずかったもん」

 膝を抱えるように蹲って座る透が驚いたように顔を上げ、ごめん…とまた小さく透が謝った。

「それで覗いたってことは」
「屋根裏のものと学校とお前の家で起きたものは見た」 
「……屋根裏?」

 首を傾げた。
 さっき、そんな夢のシーンなどあっただろうか?

「僕の能力は相手の見てた夢の記憶を覗くことしかできないんだ…。でも、桜華ちゃんのは…なんか、いつもと違かった」
「違う?」
「桜華ちゃんが夢の中だとわかって動いてたよね」

 屋根裏のものは記憶を覗いていて正常だった。
 しかし、学校と家のものは違かった。黒い塊の仕業かもしれない。

「お前、なんであの化け物にライティングを使った?」

 桜丘が考え込んでいた桜華に尋ねた。

「龍さんはわかるかもしれないけど、初めて見たわけじゃないですし。助けてくれた東さんがあの魔法を使ってたので」
「初めてじゃない…?」
「数日前、私の家で女神の気配が強くなって、あの黒い塊が現れたことがあります」
「おい、聞いてないぞ」

 冷たい声の桜丘にビクっとしたが、桜華に向けられて発言されたものではなく、その視線は龍鵬へと向けられていた。

「そうだったか?言ったつもりでいたわ」

 悪いと謝る龍鵬だが、全然悪いとは思ってなさそうな態度だった。そんな龍鵬に桜丘はチッと舌打ちをした。
 龍鵬のことが心配になり、桜華は話を逸らすように桜丘に言う。

「こ、この世界に来てから、何度か夢を見るようになりました。それはほぼ過去のものです」

 夢を見るようになったのはこの世界からだ。前は夢という夢はあまり見なかったし、見たとしても鮮明に覚えているものなんてあまりなかった。

「その中で、数日だけ、さっきみたいに、これは夢だとわかるものがいくつかあります。続いてるみたいなやつ…っていうのかな」

 そうだ。夢だと自分で理解して動けるものは話が繋がっている。これはあの女神が現れたのと関係するのだろうか?

「続いてる?」
「はい、二、三回ほど?あー、そうだ。あと過去のようで過去ではなかった?んですよね。一度目も、二度目にも、あの学校には侑斗くんはいなかったはずですし…。侑斗くんがいて驚きました。この世界の幼馴染のはずなんですが…」

 本当おかしいなと思いながらも桜華は説明した。その話を聞いた三人が何やら難しい表情になっているのに気付いて首を傾げた。

「あの…なにか…?」

 変なことでも言ってしまっただろうか。

「あの屋根裏はいつのだ?」
「屋根裏って…?変なの飲まされて気付いた時は学校にいましたが?」
「……透、どういうことだ?」
「わ、わかんない。僕らが最初に見たのは、桜華ちゃんが小さい頃のだったよ」
「ええ?なにそれ。恥ずかしいな…」
「可愛かったよ?」

 照れる桜華に、くすくす透が笑う。それを見て、少し笑顔が戻ったようでほっとした。

「違う記憶のかけらを覗いたのかもしれないね」
「じゃあ、その続く夢も、黒い塊も…女神が関係してんのか?」
「そういうことだろうよ」

 わけわかんねえと桜丘が頭を掻き立ち上がる。

「煙草吸ってくるわ」

 この部屋にも灰皿は置いてあるが、桜華がいるからか部屋を出ていってしまう。
 その後ろ姿を申し訳なく見送って視線を二人に戻すと龍鵬にじっと見られていていた。

「龍さん?」
「お前は……」

 何かを言いかけて、その先が言い難いのか、きゅっと口を結び黙ってしまう。そしてふいっと視線をはずされた。

「やっぱ何でもねぇわ」
「いや、気になるんですけど…?」
「はっきりしない男は愛想尽かされるよ?」
「別に尽かしはしませんが…」

 言い難いことなの?と首を傾げながら龍鵬を見た。
 そんな桜華を見て苦笑すると頭を撫でてやった。

「ただ気になっただけだ」
「なにが?」

 丁度、煙草を吸い終わった桜丘と、飲み物を持って上がってきた聖夜が部屋に入ってきて向かい側の席に二人が座った。
 言い難そうな龍鵬の言葉を待つ間、聖夜は飲まされた薬の口直しにとクッキーと甘いココアを桜華と透の前に置く。龍鵬と桜丘の前にはコーヒーが置かれた。

「お前が何を願って呪われたのか」

 ぼそっと呟かれた言葉に、みんな固まった。

「なにを聞いてるんですか!」
「せ、聖夜、落ち着いて。あんたもそれは聞いたらダメなやつ!」
「……え?ダメなんですか?」

 いきなり怒り出した聖夜に、きょとんとしてる桜華に、透が慌てて教えてくれた。
 どうやら、その質問は、呪われた者たちにとっては聞いたら失礼にあたるものとされているようだ。
 龍鵬に聞こうとしていたことがある。聞かなくてよかったと思った。

「あー…別に…呪われるってのはよくわからないけど、願いは教えても大丈夫なやつだとは思いますけど…」

 あれを教えるのは少し恥ずかしいだけだ。
 そんな桜華に四人とも驚いた表情で見てきて、また自分が変なことを言ってしまったんじゃないかと焦った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

三度目の嘘つき

豆狸
恋愛
「……本当に良かったのかい、エカテリナ。こんな嘘をついて……」 「……いいのよ。私に新しい相手が出来れば、周囲も殿下と男爵令嬢の仲を認めずにはいられなくなるわ」 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

処理中です...