平和に生き残りたいだけなんです

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四度目の世界

54.

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 これが夢だとはいえ、葵がおかしいヤツだとはわかってはいたことだけど、まだ中学生だというのに、あまりにも危険すぎる発言に桜華は固まった。

「な、なに言ってんの…?」

 厨二病ってやつ?と乾いた笑いしかでない。

「本気だけど?」
(うわ、なにコイツ…)
「桜華は僕のものなのに。やっぱりアイツと付き合ってるんじゃないの?この前のキスしたって言ってたのもアイツなんじゃ…」
「…っ」

 なにやらブツブツ言っている。聞き取れずに聞き耳を使用してみたら、やっぱり早く消さないと…という言葉が聞き取れて、(こっわ!!)と桜華は顔を真っ青にさせた。
 なにこのホラー。デジャヴすぎるのだけど…。もしかしなくとも、これはこの前の夢の続きなのだろうか?そんな立て続けで見る夢なんてある?っていうか、もうこれ夢じゃなくない…?

「わ、私は私のものだし、そもそも葵のものでもない!誰とキスしようが葵には関係ないじゃんか!」

 今まで好き勝手に女の子たちの誘いを断るために利用され、そのせいで陰湿なイジメなど経験してきたことがあるから、無性に腹が立ってきて、桜華はガバリと起き上がって葵を睨みながら怒鳴りつけた。

「関係ない…?」

 静かにそう呟き、のそりと葵も起き上がる。

「いつかは気付くと思ってたけど…はあ…」

 やれやれと首を振りながら深く溜息をつく。

「その鈍感なのも可愛いと思ってたけど…さすがに、ここまでくるとムカつくね」

 顔を上げた葵と目が合い、ぞわりと全身が粟立つ。
 葵から黒いモヤのようなものが出ている。

『おい、あれ…』

 桜丘が何かに気付き警戒する。しかしこちら側からでは何もすることができない。龍鵬はギリっと拳を握りしめて葵を睨む。

「僕は、」

 桜華の頬に触れようと伸ばされた手が形をかえて、ドロドロとした黒いスライムのようなものになっていく。

(これって、あーくんを襲ったやつと同じやつ!)

 黒い塊から伸ばされた触手のようなものに触れられる前に、素早く葵から離れて立ち上がると、部屋のドアの方へと逃げた。

「僕は、桜華を…ボクハ…アァ、アイ…アーハッハッハッ!願え!願え!もっと強く!」

 苦しそうにプルプル震えはじめたと思ったら、ものすごい笑いはじめたので桜華はぎょっと一歩後退る。

「じ、情緒不安定すぎじゃない…?」
『そんなこと言ってる場合じゃねぇだろ!』
『落ち着け。お前が焦ってどうするんだ。なんも出来ねえだろ』
『わかってるけどよ!』

 呟かれた言葉に思わず突っ込んでしまう龍鵬。
 そんな龍鵬に桜丘は声をかけて腕を掴んだ。もう片方の手で隣にいる泣きそうな透をひょいっと抱き上げて落ち着かせる。

「んー、んんんー。あ!そうだ!東さんが使ってたやつなら大丈夫でしょ」

 ドロドロとしたものが、笑いながらベッドから床にベチョリと落ちると、桜華のいるドアの方へとゆっくり近付いてくる。
 見ている方はホラー映画を観ているような感じがするが、桜華は焦る様子もなく、何かに悩んでいるようだ。桜丘はそんな様子の桜華を見て眉を寄せた。

「夢だとはいえ、また水浸しは嫌だし…んんん…強く…強くイメージして…」

 東が使っていた魔法。天津が教えてくれた魔法の感覚を思い出しながら黒い塊に向けて手をかざす。

「ライティング」

 先程も使った光魔法。
 ただ先程と違ったのは、光の強さだった。部屋の中いっぱいに強い光が広がる。

「アアアァアァ……!まだ!まだダメ!桜華!オウカァオウカァア……!!」
 
 効き目があるようだ。
 断末魔のような葵の叫びが聞こえ、ゾッとする。見てられなく、きつく目をぎゅっと閉じた。
 次の瞬間、足元がまたぐにゃりと歪みはじめた。


 ぱちりと目を開いたら喫茶店の二階に戻っていた。
 そして息をつく間もなく、ガバッと透が抱き着いてきて心臓が飛び出るかと思った。

「と…透さん…!?」

 離れようとしたが、ぎゅうぎゅうと抱き着く力は緩まずに、肩口に押し付けられて顔が見えないが、どうやら泣いているようだ。余計にどうしたらいいのかわからない。
 桜丘を見たら難しい表情で自分を見ているだけだし、助けを求めて龍鵬のほうを見たら、同じく泣きそうな、怒っているような表情で見ていて、ええ…?と桜華は困惑する。

「桜華ちゃん…ごめん…」

 少し離れて小さく謝ってくる透に桜華は苦笑する。
 戻ったら三人のことを怒ろうと思ってたのに、この様子じゃ怒るに怒れないじゃないか。

「どういうことですか?」

 あの液体と、夢のようなもののことを説明して下さいと桜華は睨むように三人を見た。
 離れようとしない透を桜丘は引き剥がして、自分の隣に座らせた。まだ泣き続ける透にかわり、桜丘が説明しはじめた。

「コイツの能力で、お前が悩んでる夢を覗こうとして、聖夜の薬を飲ませた」
「あの薬、絶対に原液で飲ませるやつじゃないです」
「ええっ!?」
「とてもまずかったもん」

 膝を抱えるように蹲って座る透が驚いたように顔を上げ、ごめん…とまた小さく透が謝った。

「それで覗いたってことは」
「屋根裏のものと学校とお前の家で起きたものは見た」 
「……屋根裏?」

 首を傾げた。
 さっき、そんな夢のシーンなどあっただろうか?

「僕の能力は相手の見てた夢の記憶を覗くことしかできないんだ…。でも、桜華ちゃんのは…なんか、いつもと違かった」
「違う?」
「桜華ちゃんが夢の中だとわかって動いてたよね」

 屋根裏のものは記憶を覗いていて正常だった。
 しかし、学校と家のものは違かった。黒い塊の仕業かもしれない。

「お前、なんであの化け物にライティングを使った?」

 桜丘が考え込んでいた桜華に尋ねた。

「龍さんはわかるかもしれないけど、初めて見たわけじゃないですし。助けてくれた東さんがあの魔法を使ってたので」
「初めてじゃない…?」
「数日前、私の家で女神の気配が強くなって、あの黒い塊が現れたことがあります」
「おい、聞いてないぞ」

 冷たい声の桜丘にビクっとしたが、桜華に向けられて発言されたものではなく、その視線は龍鵬へと向けられていた。

「そうだったか?言ったつもりでいたわ」

 悪いと謝る龍鵬だが、全然悪いとは思ってなさそうな態度だった。そんな龍鵬に桜丘はチッと舌打ちをした。
 龍鵬のことが心配になり、桜華は話を逸らすように桜丘に言う。

「こ、この世界に来てから、何度か夢を見るようになりました。それはほぼ過去のものです」

 夢を見るようになったのはこの世界からだ。前は夢という夢はあまり見なかったし、見たとしても鮮明に覚えているものなんてあまりなかった。

「その中で、数日だけ、さっきみたいに、これは夢だとわかるものがいくつかあります。続いてるみたいなやつ…っていうのかな」

 そうだ。夢だと自分で理解して動けるものは話が繋がっている。これはあの女神が現れたのと関係するのだろうか?

「続いてる?」
「はい、二、三回ほど?あー、そうだ。あと過去のようで過去ではなかった?んですよね。一度目も、二度目にも、あの学校には侑斗くんはいなかったはずですし…。侑斗くんがいて驚きました。この世界の幼馴染のはずなんですが…」

 本当おかしいなと思いながらも桜華は説明した。その話を聞いた三人が何やら難しい表情になっているのに気付いて首を傾げた。

「あの…なにか…?」

 変なことでも言ってしまっただろうか。

「あの屋根裏はいつのだ?」
「屋根裏って…?変なの飲まされて気付いた時は学校にいましたが?」
「……透、どういうことだ?」
「わ、わかんない。僕らが最初に見たのは、桜華ちゃんが小さい頃のだったよ」
「ええ?なにそれ。恥ずかしいな…」
「可愛かったよ?」

 照れる桜華に、くすくす透が笑う。それを見て、少し笑顔が戻ったようでほっとした。

「違う記憶のかけらを覗いたのかもしれないね」
「じゃあ、その続く夢も、黒い塊も…女神が関係してんのか?」
「そういうことだろうよ」

 わけわかんねえと桜丘が頭を掻き立ち上がる。

「煙草吸ってくるわ」

 この部屋にも灰皿は置いてあるが、桜華がいるからか部屋を出ていってしまう。
 その後ろ姿を申し訳なく見送って視線を二人に戻すと龍鵬にじっと見られていていた。

「龍さん?」
「お前は……」

 何かを言いかけて、その先が言い難いのか、きゅっと口を結び黙ってしまう。そしてふいっと視線をはずされた。

「やっぱ何でもねぇわ」
「いや、気になるんですけど…?」
「はっきりしない男は愛想尽かされるよ?」
「別に尽かしはしませんが…」

 言い難いことなの?と首を傾げながら龍鵬を見た。
 そんな桜華を見て苦笑すると頭を撫でてやった。

「ただ気になっただけだ」
「なにが?」

 丁度、煙草を吸い終わった桜丘と、飲み物を持って上がってきた聖夜が部屋に入ってきて向かい側の席に二人が座った。
 言い難そうな龍鵬の言葉を待つ間、聖夜は飲まされた薬の口直しにとクッキーと甘いココアを桜華と透の前に置く。龍鵬と桜丘の前にはコーヒーが置かれた。

「お前が何を願って呪われたのか」

 ぼそっと呟かれた言葉に、みんな固まった。

「なにを聞いてるんですか!」
「せ、聖夜、落ち着いて。あんたもそれは聞いたらダメなやつ!」
「……え?ダメなんですか?」

 いきなり怒り出した聖夜に、きょとんとしてる桜華に、透が慌てて教えてくれた。
 どうやら、その質問は、呪われた者たちにとっては聞いたら失礼にあたるものとされているようだ。
 龍鵬に聞こうとしていたことがある。聞かなくてよかったと思った。

「あー…別に…呪われるってのはよくわからないけど、願いは教えても大丈夫なやつだとは思いますけど…」

 あれを教えるのは少し恥ずかしいだけだ。
 そんな桜華に四人とも驚いた表情で見てきて、また自分が変なことを言ってしまったんじゃないかと焦った。

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