平和に生き残りたいだけなんです

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四度目の世界

52.

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『あまり離れないようにね』

 声がして龍鵬は目を開いた。
 透の能力は他人の夢を覗くことができるものだ。だから聖夜に頼んで透を呼んでもらった。
 厳密にいえば覗くのとは少し違うのだけど、今回の事と自分には関係ない。
 透が触れている者であれば一緒に覗くことができる。しかし、その夢に干渉することは出来ない。あくまでも対象者の夢を覗くことができるだけ。
 透の能力で少しは眠れないのを解消できれば良いのだが…。

『どこだろう…屋根裏?』

 こじんまりとした屋根裏部屋に立っていた。
 キョロキョロと辺りを見回してみる。店の二階も壁一面に本がギッシリあったが、店よりもこの部屋のほうが量があるようだった。棚に収まらないのか床に本が積み上げられている。

『窓際に子供がいるな』

 桜丘が指差す方へ龍鵬も視線をやると、壁に寄りかかりながら立って本を読む女の子と、その近くで本を探している男の子がいた。

『あいつら…』
『わあ!桜華ちゃんよね?ちっちゃーい!』

 ふわふわのボンボンの髪ゴムで結ばれた長いポニーテール。小さな桜華は可愛らしいチェックのスカートを穿いていた。出会ってからズボン姿しか見たことがないから変な感じがする。
 透がはしゃぎながら桜華に近寄り、しゃがみこんで本を読む姿を嬉しそうに眺めているのに呆れる桜丘。

『目的を忘れるなよ…』
『忘れてないよ!』

 龍鵬は黙って、楽しそうに会話をする子供たちを、ただ見つめた。

『この子、誰だろう?』
『桜華の幼馴染だ』
『じゃあ、この子が葵?』
『いや…』

 こんなに可愛いのに悪い子になっちゃうなんて…と透が残念そうに言うので龍鵬は首を横に振った。

『今の場所にいる幼馴染のほうだな』

 今より顔は幼くて、小学生くらいなのに妙に落ち着きがあるようで、今とは別人に見えなくもないが…よく見たら、毎回騒がしくて、出会ったばかりだというのに自分のことを怖がらずに懐いてきた侑斗だった。

『詳しくは知らないけどな』

 メッセージのやり取りをしてるが一方的に侑斗から送られてくるだけだし、会ったことがあるといっても数回ほどしかないので、侑斗のことは全然知らなかった。
 ただ出会ったあの日から、桜華に対してただの幼馴染なだけという目では、侑斗は見ていないとすぐに気付いた。
 だから子供相手に大人気もなく、自分のものだと牽制まがいなことをしてしまったくらいだ。

「桜華は願い事が一つだけ叶うなら何を願う?」

 侑斗が古い本を手にして、何気なくそう尋ねると、桜華は悩んでるのか本を見つめて考えている。

『あー!小さい頃あったよね!こういうやつ!』
『ねぇよ』

 興奮する透を落ち着かせるため桜丘は『うるさい』と言いながら口を塞いだ。

「そうだなあ…この主人公達のようになりたい」
「なにそれ」
「勇者になって冒険したりー、旅人で色んなところに行ってみたり、あ、色んな人と出会って素敵な恋したり!あとはねー」

 うーんと唸りながら真剣に考えてる桜華に、侑斗はクスクス笑った。

「まだあるの?」
「まだまだあるよ?困ってる人を助けるヒーローとか?たくさん勉強して研究する人とか?あとはなんかあるかなぁ」

 何かあるかと本を捲りながら探す。

「キリないじゃん。桜華、欲張りすぎじゃない?」
「えー?そうかな?」
「ひとつだけだよ?」
「全部含まれてんじゃん」
「ずっる!」

 侑斗は顔を顰めて、そんなのずるいよと頬を膨らませながら壁に寄りかかって座る。そんな侑斗を笑いながらも桜華も隣へと座って足を投げ出した。

「でもそうだなぁ。色んな世界に行きたいかな。そしたら全部叶うじゃん」

 いいアイディア!と桜華は喜んでいる。

『………』

 今まで子供のほのぼのとした会話に和んでいたのだが、桜華の発言に三人は険しい表情に変わった。

『まさか桜華ちゃんの願いはコレだったってこと?』
『でもここは神社ではないぞ』
『女神がたまたま聞いてたとか?でもなー別に呪われるような願いではないし』
『ああ。そんな例外は聞いたこともない』

 透と桜丘が、あーでもない、こーでもないと話している横で、子供たちの会話は続く。
 それを静かに龍鵬は見守っていた。

「じゃあ、俺はお前と一緒に着いていくよ。ひとりじゃ心配だから」
「どこに?」
「どこにでも」

 約束だね。そう二人は小指と小指を絡ませ、笑顔で指切りげんまんをしていた。

『……っ』

 そんな子供たちを見ていて、何故か胸の辺りがぞわりとした。

『桜華ではなく、コイツの可能性もあるだろうな』

 ぽつりと龍鵬が呟いた。
 今まで黙っていた龍鵬が口を開いて、驚いた表情で透は龍鵬を見た。

『この子が?』
『ここが今の場所じゃないかもしれないだろう』
『まあ…確かにそうだな』

 会話の流れでも、そう考えられる。
 ガタンと部屋が揺れたと思ったら、突然、周囲が真っ暗になった。

『捕まって!』

 透が二人に手を伸ばし慌てて手を繋いだ。激しい眩暈のような感覚がして目を閉じた。
 しばらく揺れが続いて気持ち悪くなってくる。やがて揺れがおさまり、周囲がしんと静まり返った。

「あの三人、戻ったら絶対殴ってやるんだから」

 怒った桜華の声で、パッと目を開く。
 一瞬、戻ったのかと思ったが、目の前に立つ桜華の姿は制服姿で、場所も店の二階ではなく学校のようだった。
 しかし、先程とは違うようだ。

「ああ、もう。喉がまだ変な感じがする。夢の中なのになんで…」
『…桜華?』

 桜華は夢の中だとわかっているようだ。
 龍鵬は桜華に声をかけてみたが聞こえないようで振り向くことはなかった。

『向こうからは僕たちはわからないよ』

 透が龍鵬の手を引っ張って言う。

『でもおかしいな?なんで夢の中だってわかってるんだろう…?』

 夢の記憶を覗いてるだけのはずなのに。
 透が混乱してる間に、桜華は歩き始めてしまい、『追いかけるぞ』と桜丘は透を抱き上げて後を追う。

「あーくん」

 天津の名前を呼んでみるが返事はないようだ。

「はあ…あーくんもいないし。どうしろと…」

 これが過去だとしても、いつのことかわからない。
 桜華は日付が書かれていそうな教室を目指し、とりあえず廊下を歩いた。
 廊下には人が少なく、窓から外のグランドを見れば部活をやっている生徒たちが見える。

(中学か…)

 懐かしいと思うが、どの世界でも学生時代は良い思い出などなかった。特にこの中学と高校は。

「11月11日?」

 適当なクラスの黒板の日付を見ると11月11日と書かれている。

(なんかあったかな…?)

 思い出そうとしても特に何もなかった覚えしかない。
 時期的には11月の終わり頃に文化祭があるから、その準備とか?まだ始まってなかったかな。

「桜華」

 背後から声をかけられて振り向くと笑顔の侑斗が立っていた。

「え?侑斗くん?」

 思いがけぬ人物が立っていて桜華は驚いた。
 同じ学校の制服姿だ。侑斗とは同じ学校に通っていただろうか?
 いや、この学校なら一度目か二度目の世界のはずだ。会ったことはない。なのになんで侑斗はココにいるのだろう?夢だから?

『さっきの男の子が大きくなってるね』
『あぁ……』

 侑斗に出会った頃、幼馴染と久しぶりに再会したと桜華に聞いたことがある。だとすれば、桜華が驚いているこの夢の中の状況は変だということになるんだが…?

 混乱して俯いた桜華に侑斗は首を傾げて近寄ってくる。

「どうしたの?」
「…う、ううん。なんでもない。帰るの?」
「図書館に寄ろうかと思って。桜華は行かないの?」
「え?」
「今日も行くでしょ?昨日の続き読もうよ」
「んん…そうだね。荷物持ってくるから先に…」

 図書館は学校から五分ぐらい歩いたところにある。
 わからないことだらけだけど、一旦、侑斗に話を合わせておくこうとしたら、急に背後から右肩を掴まれて飛び上がりそうなほど驚いた。

「桜華、一緒に帰るんでしょ?」

 振り向くと葵が立っていた。
 葵のすぐ後ろには二人ほど女子が立っていて、桜華のことを睨んでいる。
 懐かしい。
 中学の入学当時から葵のことが大好きで、大学まで追いかけてきていた女の子達だ。

『アイツが葵だ』

 久しぶりに見た葵を龍鵬は張り倒したい衝動に駆られつつも、桜丘と透の二人に葵がいることを知らせる。

『聖夜よりイケメンだー』
『顔面偏差値高くても問題あるやつだぞ』
『それは嫌だね』

 お断りしますと首を振りながら、透は桜丘に下へとおろしてもらう。そして相手から見えないからといって、至近距離まで近寄ると、上から下まで調べるように見つめた。
 見ている方が何だかヒヤヒヤする。

「そんな約束してたっけ?」

 桜華はすっとぼけた。
 いつもなら嫌がっても葵に連れて行かれていたけど、ここは夢だ。侑斗もいる。無理に葵に付き合う必要もないだろう。
 顔には出さないが、葵はイラッとしたのか眉が少しだけピクリと動いた。小さい頃から見てきたからわかる。結構イライラしているようだ。

「忘れたの?帰りに買い物に行くって」
「あぁ、そんなこと言ってたね」
「だから…」
「ごめん、明日でもいい?図書館に寄りたいんだ」

 葵の言葉を遮る形で断ると、後ろの女の子たちはチャンスだとばかりに葵の腕に抱きつく。

「鏡さんがこう言ってるんだし、今日は私たちと帰ろうよ!」
「そうそう」

 その女の子たちにわからないよう溜息をつくと軽く振り払う。

「わかったよ…明日ね?」

 振り払われたことに驚く二人に構わず、葵は桜華の肩に再び手を置いて耳元に口を寄せる。

「あとで部屋に行くよ」

 バッと離れて葵を睨むと、不気味なほど作られた笑い方で桜華をみていた。

「じゃあ、またね。南くんも」
「あっ、葵くん!待って!」

 サッサと去っていく葵を追いかけていく女の子二人。嵐が過ぎ去ったような感じに桜華は葵の背中をしばらく黙ったまま見送った。

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