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四度目の世界
49.
しおりを挟むカウンターに頬杖をついて窓の外を、ぼんやりと眺める。ゆったりとした音楽が流れているため眠くなってきて大きな欠伸が出た。
(眠い……)
喫茶店がこんなにも暇だとは思ってもなかった。
閑古鳥が鳴いている状態だ。
バイト初日だから覚えることが沢山あり、忙しくなるのだろうと予想していたのだけど全然違った。
「改めて、店長の暁聖夜です。鏡さんよろしくお願いしますね」
「よ、よろしくお願いします」
面接の時に貰ったエプロンをつけて、緊張して頭を勢いよく下げる桜華を見て笑うと、肩の力を抜くようにと聖夜は桜華の肩を優しく叩いた。
今まで働いた職場の中で、一番優しい上司かもしれないと桜華は胸をなで下ろした。
「基本、調理は能力を使うものもあるので私がやります。君はお客様のご案内、注文を聞く、運んで片付ける。あとは何かあるかな…買い物など雑用ですかね?透がいる時は透の相手をお願いします」
「は、はぁ…」
透の扱いが子供と同じことに桜華は苦笑した。
何がどこにあるかなどの説明を10分くらい聞いて終わってしまった。聖夜は経験して覚えていってくださいねと笑顔で言った。
開店してから二時間ほど経ったが客が一人も来ない。欠伸が出てもおかしくない状況。
「常連のほとんどは夜に来ることが多いんですよね。昼に来るお客さんは近隣の方ですかね。正午過ぎてからランチなどのお客さんが増えるので、それまではゆっくりしてて良いですよ」
ぼんやりしていた桜華に、上の部屋から戻ってきた聖夜は小瓶の入った籠を抱えてカウンターの中に入ってきた。
「ねえ、店長さん」
「はい」
「あの…上にあった本棚の本、暇な時間に読んだらダメですか?」
籠をテーブルの上に置く聖夜に、早速お願いをしてみる事にした。
「本ですか?鏡さんが好きそうなものは少ないと思いますけど」
物語のような小説は少ないと言われた。絵本のようなものは数冊あるとも。透が読む用にあるらしい。透は大人なのでは…?という疑問が顔に出そうになったが慌てて首を振った。
「魔法の本が読みたいんです。この間、チラッと見た時にあった気がして…ダメなやつですか?」
情報などの資料もあるだろうし、秘密なものもあるので見たらいけないやつなのかもしれない。
聖夜は少し驚いた表情をしたが、すぐに笑顔に戻ると頷いてくれた。
「魔法の勉強でも?君が参考になりそうなものを数冊持ってきてあげましょう」
「わあ!ありがとうございます」
許可がでるとは思わなかったので嬉しくて桜華は聖夜の手を握って喜んだ。
「どの属性のものがいいですか?沢山書いてあるものと、属性ごとに詳しく書かれているものがありますが」
「うーん…」
『アナタは火魔法はマスターされていますので、とりあえずは光と水を学びましょう』
天津が、そう言ってきた。
いつの間にマスターしてたんだと驚いたが、聖夜がいるため、言いたいことを一旦飲み込んでから聖夜に伝える。
「えーと、光と水のものと、色んな魔法のも見てみたいです!どんな魔法があるのか知りたくて…」
「探してきますね」
「ありがとうございます!」
後ででも構わないのに、聖夜は上へと探しに行ってくれた。本当に優しい人だ。
『アナタは水のコントロールが苦手なようなので、風呂場などで、シャボン玉くらいの大きさの水玉を維持できるように軽く練習したほうがよろしいかと』
「え?水…苦手なの?」
あの夜、部屋中を水浸しにしたとはいえ、そんなひどいものだったのかと少し落ち込んでしまう。
帰ったらお風呂で練習してみよう。
気合を入れた時、ドアベルがカランカランと勢いよく鳴るのでドアに視線をやると桜丘が店に入ってきてカウンターの席へと座った。
髪は寝癖がついていて無精髭。ちゃんとすれば聖夜のようにイケメンそうなのにと思いながら桜華は「いらっしゃいませ」と桜丘の前へ水の入ったコップとおしぼりを置いた。
「アイツは?」
「二階にいます。すぐ戻ると思います」
「そうか」
注文するわけでもなく、持っていた新聞を広げて読み始めてしまう桜丘に戸惑った。
「……お前、今日からか?」
視線を寄越さずに新聞を読みながら話しかけてきたので桜華は「はい」と返事をすると「そうか」とまた言うだけで会話が途切れる。
なんだこれ。
ものすごく居心地が悪い。
「オジサンも回帰者なんですよね」
「オジサンって歳じゃないんだが?」
桜丘さんとは呼びたくなかった。
刑事で協力者だとはいえ、危険なことで龍鵬が呼び出されて手伝いをしている。それに、あんなひどい怪我だというのに呼び出していた。それがなんとなく気に入らなかったのだ。
「まあ…お前らよりは回帰した回数は多いだろうな」
「声が聞こえたりしますか?」
「なんの声だ?」
「なんのって……うーん、神や女神……とか?」
桜華がそう言うと桜丘は顔を顰めて、心配そうに桜華のことを見てきた。
「宗教か何かか?お前…変なヤツらに関わったりしてないだろうな?」
この様子じゃ聞こえないんだろう。
首を振って、そんなんじゃないですと否定した。
「うーん…魔法以外に使えるのって特殊だったりするんですかね…」
「魔法の属性は六つあるだろう」
「はい」
属性は火、水、風、地、光、闇の六種類ある。
水を凍らせて氷魔法を使ったり、光で回復や浄化させたり応用させたものもいくつかあるんだけど使える人は少ないと天津が前に説明してくれたことがあった。
「転生先によっては能力って呼ばれているんだが、魔法以外のものも一括りにされて呼ばれることが多い」
「……?」
「たとえば聖夜の能力は調合だ。魔法ではないだろう?」
そう言われてみればそうだ。調合は魔法じゃない。
「…え?あれ?ええ?」
桜華は混乱した。
調合がひとつの能力だとしたら、自分もそれは使えるということになる。
(店長さんは能力は回帰者の中でも能力を持つものは少ないって言ってた)
二つ能力があるとすごいと言われたのを思い出して桜華は頭を抱えた。
自分が魔法以外にも能力をいくつも持っていることがおかしいのではないかと気付いてしまった。
「どうかしたか?」
「あ、いや、はい。大丈夫です」
いきなり頭を抱えて固まる桜華に桜丘は声をかけてきて苦笑した。大丈夫とはいってみたものの、全然大丈夫ではなかった。
天津が神で、他の人とは違う神の加護があるんだと喜んだりもしていたが、こうも違うものなのかと知ると、結構こわいなと思ってしまった。
「そうだ。オジサンは魅了って能力持った人みたことあります?」
「ああ」
「どんな感じのやつですか!?」
目をキラキラさせながらカウンターから身を乗り出しそうな勢いの桜華。
どんなものか知らないし、どうやって使うのかも知らない不思議な能力。イケメンや美人が集まってくる範囲スキルかと思ってたくらいだ。どんなものか気になる。
「なんでまたそんなもの知りたがるんだ?使いたいのか?」
「え、いや、まあ…どんなのか知らないので…」
もごもごする桜華に溜息をついて広げてた新聞をたたんで桜丘はそれをテーブルに置いた。
「使うものではないな。魅了持ちは、だいたい苦労する。フェロモンが強いんだ」
「ふぇ…ふぇろもん?」
「人を惹きつける化学物質ってやつだな」
使うものではないということは、常時持続してるものということになる。
「フェロモン持ちの人は苦労するって、?」
「よく聞くだろう?異性を惹きつける女性とかよ。魅了持ちは異性とか関係なく人を惹きつけてしまう。人間関係に苦労するんだ。それを上手く使って悪用してるヤツもいるけどな」
「厄介スキルすぎる…」
なんてものが追加されたんだと桜華は嫌そうな顔をした。
「桜丘、来てたんですか」
「いつもの」
「わかりました。鏡さん、本はこちらに置いておきます。参考になりそうなものを何冊か選んでおいたので、お客さんが来るまで桜丘の隣に座って読んでていいですよ」
「わあ、ありがとうございます!」
カウンター横の席のテーブル席に分厚い本が七、八冊ほど積み上げられて置かれている。喜んで一番上の本を手に取りイスに座って、さっそくぺらりと本を広げた。
「なんだ?魔法書か?」
「鏡さんが魔法を知りたいというので」
どういう場面で発動したものか、どのような魔力の使い方で発動させることが出来たのかというものがまとめられて書かれているようだった。わかりやすいといえばわかりやすい。
『本を手にしていてください』
突然、天津の声が聞こえてきたので、両手で本を持ち上げてみた。ずっしり重い。
『持ち上げなくても…触れてるだけで良いです』
(最初からそう言ってよ)
二人がいるから天津には話しかけられないので心の中で文句を言った。
『簡単にまとめたものをメモに追加しておきました』
次の瞬間にはピロンと通知音がなり、画面が表示されてお知らせ部分に追加されていた。相変わらず仕事が早い…。これで家でも見れるようになるから助かる。他のもあとでまとめてもらおう。
カランカランとドアベルの音がなり、お婆さんが店に入ってきた。
「いらっしゃいませ」
桜華は笑顔で元気に挨拶をして、本を閉じて立ち上がると、本が積み重ねられてる場所へと本を戻してからお婆さんを席へと案内した。
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