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四度目の世界

47.

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 ただぼんやりと歩いて家に向かう帰り道。
 会話も特になく、前を歩いている地元の学校の制服姿をした幼馴染の背中を見ながら足を動かすだけ。
 あぁ、これは夢なんだと思った。
 懐かしい夢だ。
 一度目の世界では、よくこうやって一緒に帰っていた。

「なんであの子たちと帰らないの?」

 先程まで、クラスの違う女の子たちと昇降口で仲良くお喋りしていたというのに、帰ろうとしていた桜華を見つけて捕まえると笑顔で女の子たちに伝えた。

『桜華と帰る約束してたんだよね。じゃあまた明日ね』

 いつもの約束という言葉。
 一度も約束なんてしたことはなかった。
 ただの面倒事を断る約束の言葉。

「私を巻き込まないでって言ってるじゃん」

 あの子たちの自分に向けられた憎悪のこもった目。

『なんであんな子と一緒にいるのかな』

 自分が聞きたい。
 陰口もひどければ、嫌がらせもひどい。あそこまでいくと、そのうち呪い殺されるんじゃないかと背筋がひやりとすることがあった。
 まあ、最終的には突き落とされたわけだけど。

「ひどいなぁ。桜華と帰りたかっただけなのに」
「ただあの子たちが面倒だっただけでしょ?」
「それもあるけどね」

 ケラケラ笑いながら悪気もなくそう言うので、こんな葵をあの子たちに見せてやりたいと桜華は鼻で笑った。

「ほら、帰るよ」

 手を取られると、そのまま桜華を引きずるように歩き始める。

「ちょっと離してよ」

 葵と手を繋いでるところなんて学校の子たちに見られたら大変だ。明日が怖い。

「ねえ、葵ってば!」
「うるさいなぁ」
「離してくれればいいじゃん」
「なんで?」

 足を止めて桜華を見てきた。
 こうやって見つめられるのが小さい頃から苦手だった。有無を言わせぬ威圧感のようなものを感じてしまう。

「僕と手を繋ぐの嫌?」
「嫌とかじゃなくて、あの子たちが…」
「僕が聞いてるのは違うでしょ。桜華が僕と手を繋ぐのが嫌なのか聞いてるんだけど?あの子たち、別に僕の彼女でもないんだから関係ないでしょ」

 桜華は言葉に詰まった。これが夢だとはわかっていても腹が立つ。そうだ。葵はいつもこんな感じだった…。
 葵は何も言わない桜華に溜息をついて、繋いでいた手を軽く引き、桜華の身体が葵の側に引き寄せられた。

「ねえ、僕よりアイツと手を繋ぎたい?」

 ニッコリと微笑みながら言ってきた言葉に、突然何のことだ?と疑問に思いながら葵を見た。
 その瞬間、ぞわりと全身が粟立った。
 確かに笑っているはずなのに目が全然笑っていない。
 少しでも葵と離れたくて、後方にじりじりと下がるけど、手を掴まれたままだし、ビルの壁面に背中がぶつかり、それ以上逃げ場がなかった。

「最近、仲が良いらしいじゃん?隣の席のヤツとさ」

 ん?誰のこと?隣の席って誰だったっけ?
 何故か誰なのか思い出せず、思い出そうとしたらズキズキと頭が痛くなった。

「図書館でも、よく一緒にいるって女子が騒いでたよ。付き合ってるの?もうキスした?」
「はあ…?付き合ってなんかないし…」

 一度目の世界では学生時代に付き合ったことなんかないはずだ。いや、そもそも、どの世界でも付き合うなんてことはなかった。そう思うと悲しい青春だったんだなあ…自分…。

「そういえば桜華ってキスしたことある?」
「そんなの葵に関係ないでしょ」
「ふーん。ないんだ?これだからまだまだお子様なんだよ」

 葵の言い草にカチンときた。
 なんで葵なんかに、そんなこと言われないといけないんだ!胸くそ悪いから目が覚めるなら早く覚めて欲しい!!

「葵はあるの!?」
「ある訳ないじゃん?今まで誰とも付き合ったことないって知ってるでしょ」

 何だ、こいつ……。
 葵だってないんじゃないか。人のことお子様と言っといて!

「帰る!」

 桜華はイライラして睨みながら怒鳴ると、手を繋いでいないほうの手で葵を押しのけようと胸に手を置いて思い切り押そうとしたが、逆にその腕を掴まれた。

「離してって…っ」

 文句を言おうとしたが、最後まで言うことは出来なかった。葵の唇で口を塞がれていた。

(えー?えええ?な…んで?なんでこうなってる?)

 混乱しながらも離れようともがくけれど、掴まれてる力が強すぎてビクともしない。

「ふぅ…っ……!!」

 息苦しくてドンドンと肩を叩いたら、やっと葵が離れた。

「…はぁ。こんなもんか」
「はあ!?」
「キスしてる時は鼻で息すんだよ?」

 唇をペロリと舐めながら、真っ赤になっている桜華のことなんて気にもせず、また手を繋いで歩き始めた。
 これは夢だ!こんな事、過去にはなかった!
 なんで初めてのキスが葵なんかとしなければいけないんだろう。悪夢すぎでしょ。

「これでお互いにファーストキスは僕たちだね」

 にっこりと笑って見てくる。

「一度もした事ないなんて言ってないし。勝手なこと言わないで」

 勝手にしてきて何を言ってんだ?と思いながら桜華は嫌そうに顔を顰めながら言った。

「………したことあるの?」

 急に声のトーンが低くなり、繋がれた手の力が強くなる。強いというよりギチギチに握られていて骨が折れるんじゃないかというほどの強さだ。

「痛っ…」
「あー、ごめんごめん。僕じゃなくて相手が誰なんだろうって思ったらついね。僕が知ってる人?誰だろうなあ?ねえ、桜華、教えてくれないの?」

 顔をズイッと近付けてきて早口で話してくる。
 なにこのホラー。
 二度目の死の時のことを思い出してしまい、身体が震え始めた。

「桜華は僕のものなのに。誰としたの?ほら、ちゃんと言わないと。そいつのことを消さないとでしょ」
「何言ってんの!?」

 ど、どんな思考回路してんだろうか。
 自分を殺したら葵を愛してくれると言いながら殺されたくらいだ。こうなる場合もあるのだろう。
 これが夢だとしても、これ以上付き合ってられない!と、桜華はキツく目を閉じた。

「う、うわあ……!」

 目を開くと、そこは自分の部屋のベッドの上だった。
 心臓が痛い。ばくばくしてる。

(夢!夢でよかった…!)

 飛び起きたのか座っていたので、大きく息を吐き出してから再びベッドへ寝転がった。
 ふと横を見ると龍鵬が眠っていた。

(そうか、お祭りの帰りに…)

 龍鵬が帰ってしまうのが寂しいと思ったからといって、なんであんな風に行動を起こしてしまったのだろうか。今、冷静に考えると、あの時自分はどうかしていたんじゃないかと桜華は恥ずかしくて布団の中で丸まった。
 身体のあちこちが赤く痣のようになっているのが目にとまり、更に顔が赤くなったのがわかる。
 キスマーク?これキスマークだよね?つか歯型もあるぞ!?
 天津が暴走した時よりもひどい状況に、なんでこんなにあるのという驚きと羞恥で混乱しながら勢いよく布団から顔を出したら、じっとこちらを見てる龍鵬と目が合った。

「う、うわあ!いつから起きて……!」
「お前がモゾモゾ動く前から?」
(ほぼ最初からじゃん!!)

 龍鵬は腕を伸ばしてきて桜華を抱き寄せると、シャツの袖で桜華の額を拭った。

「怖い夢でも見たのか?」

 すげー汗だぞと心配そうに顔を覗き込んでくる。

「それとも、やっぱ無理させちま…」
「夢!夢見ただけ!全然大丈夫です!!」

 龍鵬の口を両手で塞いで、首をぶんぶん横に振りながら言った。
 今は何も聞きたくない。色々と思い出してしまう。頭の中は、もう…いっぱいいっぱいだった。

「ま、まだ夜中ですし、もう遅いから寝ないと」

 時計を見たら二時を過ぎたところだった。
 素早く龍鵬から少し体を離して反対を向くと、頭まですっぽりと布団にもぐりこむ。

「………へえ?大丈夫なんだな?」

 背後でモゾモゾと龍鵬が動く気配があり、気になりはしたが桜華は寝ようとキツく目を閉じてそれを無視した。
 すると、龍鵬の腕が桜華を抱き寄せて、強く抱きしめられた。

「龍さん…?」

 これでは苦しくて寝れない。
 名前を呼んだが返事はなく、その代わりに龍鵬の手が布団の中で動いた。背後から回された手が、するすると首元から下腹をゆっくりと撫でていく。

「全然、大丈夫なんだろう?」

 耳朶を食むよう甘噛みされて身体が震えた。
 大丈夫とは言ったが意味が違う。そんなつもりで言ったわけじゃない。ハジメテの相手に何度するつもりだろうか。

「りゅ、…ひぁ…っ」
「悪ぃな。あとで文句いくらでも聞いてやるから。今は、もう少し付き合え」

 自分から出たとは思えない甘い声に、慌てて口を塞ぐけども、その手は龍鵬の手によってベッドに縫い付けられ、余裕なさげに掠れた声で囁かれた。
 ずるい人だ。
 文句なんて言えるわけないじゃないか。

「りゅ、さん」

 うわ言のように名前を呼ぶ。その度に優しく口付けられる。
 夢で葵にキスされた時とは全然違う。あんな夢どうして見たのだろうか。

「すき」

 別に痛いわけじゃないのに、涙が勝手にポロポロ零れ落ちた。そんな桜華に龍鵬は眉を八の字にさせながら抱きしめる。

「俺も好きだ」

 安心させるように囁かれた言葉に、へにゃと笑いながら

「ちゃんと聞けた」

 そう呟かれて、お前には敵わないなと龍鵬は笑った。

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