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四度目の世界
46.
しおりを挟む神社から駅の方までは帰宅する人達で溢れかえっている。手を繋いでいて良かったと桜華は人の波に流されそうになりながらも必死に龍鵬に着いていく。
「大丈夫か?」
ぐいっと手を引かれたと思ったら、龍鵬は軽々と桜華を抱き上げた。
「抱っこ!?」
ぎょっとする。
こんな人だらけのところで小さな子供でもないのに抱っことか恥ずかしすぎて死んでしまいそうだ。
ほら、人の視線がチクチクと痛い。
「この方が楽だろ?人にぶつかるから暴れんな」
楽かもしれないが、こっちは恥ずかしいんだ!!
桜華はそう思いながら顔を隠すように肩に顔を埋めて抱き着いた。
「子供みたいで嫌です」
「子供だろうが」
すぐ子供扱いする龍鵬にムカついて、目の前にあった首筋に思い切り噛み付いた。
しかし噛み付かれたというのに痛がる素振りもなく、無反応なので心配になり、おそるおそる噛み付いたまま龍鵬の表情を見るため視線をやると、これまた無表情で桜華を見ていたので驚いて口を離した。
「もう終わりか?こんな人混みなのに随分と大胆な行動だな?」
腕が背中から首筋に伸びてきて、龍鵬の指が、ゆっくりと桜華の肌を撫でた。
「っ…」
ぞわりとする。くすぐったくて首を竦めた。
「あの先を曲がったらマシになるだろう。それまで大人しくしてんだな」
ぽんぽんと後頭部を撫でられ、桜華は再度そのまま肩へと顔を埋めた。
やはり龍鵬の様子がいつもより変だ。怒っているわけではなさそうだけど不機嫌というか…先程の言葉と関係してるのだろうか?
「ねえ、龍さん」
「なんだ?」
「怒ってる?」
「…?…何に?」
聞き返したら桜華は黙ってしまった。
「…モテたいって話の時の」
言いにくそうに小声で聞こえてきた言葉に、あの時のことかと龍鵬はフッと笑った。
「なんであんなので怒るんだよ」
「だって怒ってた」
揶揄うつもりで耳打ちしただけなのだが、どうやら桜華には怒ってるように見えたようだ。
「怒ってるわけじゃない。ただ少し…」
あの補助機能とやらが気に入らないなんて言えば、それこそガキくさい。そんなこと言えるか!と深く溜息をついた。その溜息にびくりと大袈裟なほど体を反応させたので、龍鵬は苦笑しながら桜華の背中を叩く。
「お前が何を隠してんのか知らないが、話したくないならそれはそれで構わない」
「なにを」
「俺も全てってのは難しいのはわかるが…お前のこと知りたいし、力になりたいってことだよ」
龍鵬が何の事を言っているのか最初はわからなく、桜華は顔を上げると、抱っこされてるから当たり前だが至近距離に龍鵬の真剣な目あり、サングラスをしているというのに、その目に見つめられて息が詰まりそうになった。
嘘がバレているんだ。天津のこともそうだけど、その他のことも、言えないことが沢山ある。それを全てこの人に話してもいいものなのか桜華は迷い、結局は何も言えずに視線を逸らした。
「話したくなったらでいい。だからそんな顔すんな」
曲がり角を曲がった辺りでおろしてもらえた。
そこからは手を繋ぎ、二人とも桜華の家までの道のりは終始無言だった。
何を喋ればいいのかわからない。
ちらりと龍鵬を見てもサングラスをかけているし、もう夜だし駅を過ぎてから街灯も少ないため暗くて表情が見えない。龍鵬が今どんな表情なのかもわからない。
「着いたぞ」
いつの間にかアパート前に着いていた。
手が離れて、優しく頭を撫でられる。これはいつも通りだ。その手に擦り寄りたいと思ったけども、その手はすぐに離れていってしまった。
「じゃあまたな」
「え…?帰っちゃうの?」
「昨日も遅かったんだから早く寝ろよ」
気まずくても寄っていくものだと思っていた。
慣れってすごい。このまま別れるのが寂しいと感じてしまった。
「……桜華?」
無意識に龍鵬の上着を掴んでいた。掴んでいる手を二人でじっと無言で見つめる。なにこれ。自分でもどうしていいのかわからず、ただぎゅっと掴む手を強めた。
「離さないと帰れねえだろ」
そう言われたけど桜華は離さない。
このままなのは、たぶん良くない。わかってる。
「やだ」
「やだって、お前な…」
「寄らないんですか?」
頬を赤らめながら上目遣いで見てくる。
龍鵬はその可愛さに思わずポケットに突っ込んだ手をグッと握りしめた。
(クソッ…このお嬢さんは…)
男にそんな風に言ったら危険だとわかってて言っているのか、わからないまま言っているのか。桜華の場合は後者だ。絶対わかっていないだろうな。
龍鵬は参ったなと顔を片手で覆うと息を吐き出した。
「わかった、わかった。珈琲いれてくれるか?」
「うん!」
龍鵬がそう言うと、桜華は嬉しそうに頷いてアパートの階段をあがっていくので、もう一度溜息をついてから後を追った。
家のドアはキレイに直されていた。部屋の中も水浸しだったのに何事も無かったかのようにクリーニングされている。
あとで東にお礼をしなければなと桜華はキッチンで珈琲を入れながら思った。
「昨日のはお前は大丈夫だったのか?」
龍鵬がソファに座り、サングラスをテーブルの上に置いた。テーブルに置いてあった祭りから桜華が持ち帰ったらしきりんご飴が目に入り、それ持ってくるくる回しながら眺め、桜華に尋ねた。
龍鵬がりんご飴を持っているから食べたいんですか?と聞きながら、入れた珈琲をテーブルに置くが、いらないとりんご飴はテーブルに戻されたので、桜華も龍鵬の隣に腰掛けた。
「私は何とも…。寝て嫌な気配で起きたら、あーくんが女神に絡まれてました」
もうそれはねっとりと。起きてあの光景は結構本気でビビるのでやめてもらいたい。
「天津とやらは?」
「呪いみたいなのを受けたけど、東さんが魔法で浄化してくれたの」
「は?しのぶが浄化?」
東がそんな魔法を使えるなんて知らなかったのか龍鵬はとても驚いていた。
「無事で良かった」
今日何度目かわからないが龍鵬の手が優しく頭を撫でる。桜華はその手をガシッと両手で掴んだ。龍鵬はそんな桜華を何も言わずに、ただ見つめてくるだけ。
やっぱり今日の龍鵬は変だ。いつもとは違う気がして、桜華はきゅっと唇を結ぶと龍鵬の大きな手を自分の頬に擦り寄せた。
「こうやって触るのも、触られるのも嫌じゃないのは龍さんだけだよ。言ったでしょ?」
いつか龍鵬に言った言葉だ。
「葵のことがあってから男の人は苦手だったんです」
葵のことなんて好きでもないし、付き合ってるわけでもないのに、ただよく一緒にいるだけで女の子たちには恨まれ、嫌がらせを受ける毎日。そんな桜華を心配して優しくしてくるクラスの男の子たち。それが余計に女の子たちを怒らせ嫌がらせが激しくなっていく一度目の世界での学生時代。まあ、最終的には桃に突き落とされたわけだけど。
二度目の世界だってそうだ。あーくんが言っていたじゃないか。死んで意識がない人を好き勝手するとか変態すぎるだろう。
「龍さんは最初から違ったの」
これまでの世界では、こんな風に他の人のことを想うことは一度もなかった。
「私は龍さんのものなんでしょ?」
手を離し、ずっと静かに桜華のことを見つめている龍鵬の肩をグッと横に押してソファに倒した。
まさか押し倒されるとは思ってなかったのだろう。鳩が豆鉄砲食らったような表情をしていて桜華はにっこりと笑う。
「龍さんも私のものだって言ったじゃん」
もそもそと龍鵬のお腹の上に乗った。こうしてるとやっぱりト〇ロのシーンみたいだなと思った。
「他の誰でもなく、私は龍さんが好きなんですから変な誤解しな…うわっ!!」
龍鵬が急に起き上がった。次の瞬間には視界がぐわんと動き、桜華のほうが押し倒されていた。龍鵬の顔も耳も赤く染まっており、ぐるぐる色んなことを考えていそうな表情に、こういうところは可愛いんだからと両手を伸ばして頬に触れた。
「好きって伝えましたからね」
「あぁ」
「龍さんは言ってくれないの?」
「わかってるだろ」
照れているのか、ふいっと顔を逸らしたので、少し手に力を入れて自分の方に顔を向けさせた。
「こういうのは言葉にすることが大切なんだよ?」
「ガキのくせになんでそんな…」
「ここでは17かもしれないけど、なんせ人生四度目なんで?トータルでいえば龍さんより年上ですもん」
ガツッと頭突きをされた。気に入らなかったのか結構強めにやられたので額が痛い。
龍鵬は頭突きをして額をくっつけたまま、痛がる桜華の顔を覗き込んでくる。
龍鵬は蒼い瞳を嫌がっているけども、桜華はこのキラキラと輝くビー玉みたいな瞳が好きだ。
ちゅ、と瞼に軽く唇をあてた。
龍鵬の瞼がピクリと動いて桜華はくすくすと笑う。
「お前な…俺がどんだけ我慢してるか、わかってないだろ」
やっと喋った龍鵬に首を傾げた。
龍鵬の手がうなじに触れて、後頭部を引き寄せるよう手を回す。
「無自覚に煽るのも大概にしろよ?お嬢さん」
耳に口を寄せ、どこか熱っぽい声で囁かれて、桜華はぞくりとした。
そういえば、祭りから帰ってくる途中も首を撫でられ、同じようにぞくりとしたなと桜華は思った。
目の前にはオオカミのようにギラギラした目の男がいる。どれが正解なのか四度目だとしても経験なんかなんもない自分じゃわからないけど…こうするのが正解かな?
「我慢なんかしなくていいのに」
その言葉にビシリと固まる龍鵬の唇を桜華は笑って噛み付いてやった。
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