平和に生き残りたいだけなんです

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四度目の世界

44.

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 ずんずんと先に歩いていく龍鵬の背中を見つめながら東は溜息をついた。
 侑斗からのメッセージで祭りがあるからと誘われたので龍鵬も誘ってはみたが、こんな状態で子供たちと合流しても良いのだろうかと心配になってきた。
 侑斗だけではなく、桜華も、その友達たちもいると聞いている。子供たちに怖がられたりしないだろうか?
 いつものスーツ姿で行こうとしていたのを必死に止めた。しかしサングラスだけは外そうとしない。

「先輩、いい加減に機嫌直したらどうですか?」
「うるせえ」
「そんなんじゃ、鏡さんに嫌われますよ」

 ギロっと鋭い目付きで睨まれた。そんなに睨まれても慣れているので特に何も感じない。

「あの子たちの同級生もいるようですし、少しは優しいお兄さんでいないと、鏡さんが被害受けるんですからね」
「わかってるから黙っとけ」

 そう言ってまた先に行ってしまう龍鵬に何度目かわからない溜息をつくと東も後を追った。

「お前の知り合いとやらはどうなったんだ?」
「ああ。彼は…その…襲われかけたので魔法で寝かせておきました。朝にメッセージが沢山来てましたけど」
「はあ?襲われかけた?」

 そんな危ないヤツなのか?と龍鵬は眉間に皺を寄せて東を見てきた。
 たぶん口にはしていないが、そんなヤツが桜華の隣に住んでいるということが気に食わないのだろう。

「彼はボーデンからの回帰者です。俺の護衛をしてました。先輩がボーデンに来る前には亡くなった方ですけど」
「またボーデンからかよ」

 龍鵬は舌打ちした。

「葵の事も、それとなく聞いてみましたが…実家を出てからは弟とあまり連絡はしていないようです」
「何も得られてねぇな」
「そうでもありませんよ。飾られた家族写真を見ましたが、俺たちが知っている葵で間違いないことはわかりましたし、寝かせたハルの携帯から葵の番号メモしてきましたから」

 上着のポケットから番号が書かれているメモ用紙を取り出して龍鵬に渡した。
 ちゃっかりしてんな…と苦笑して、そのメモ用紙をズボンのポケットにしまいこんだ。

「それより、鏡さんの天津というあの魔法」
「魔法と言うより補助機能だな。会話したが自分の意思をちゃんと持ってたぞ。葵のことも知ってた」
「そんな能力を持つ人がいるんです?」
「さぁ?暁に今度聞いてみるしかないな」

 あの店には能力が使える人たちが集まる。聞いてみれば何かしら情報が得られるだろう。
 龍鵬はスマホを開いてカレンダーで予定を確認しながら明日にでも店に寄って聞いてみるかと予定を書き込んだ。

「なんか…意外ですね」
「何が」

 その様子を伺いながら、ぽつりと東が独り言のように呟いた。それに龍鵬が反応すると東は聞こえていたことに驚いて慌てた。

「あ、いえ。昨日の…あれを見て…先輩が暴れると思っていたので」
「はあ?」
「だってあんな綺麗な方と抱き合ってるところを見てしまったんですよ?いくら補助機能だといっても…」

 俺のもんだと知り合いに牽制しまくってる龍鵬なのに、妙に甘ったるい雰囲気で桜華が男と抱き合う姿を見たら気が気でないだろう。

「そんなガキじゃねえよ」

 そんな事を言ってはいるが、さっきから機嫌が悪いじゃないかと東は思った。けど口にはしない。余計に機嫌が悪くなりそうだ。

「もうすぐ着くぞ。そんなくだらないこと言ってないで、あいつらに連絡しとけよ」
「あ、はい…」

 あの曲がり角を曲がって少し歩けば神社に着く。
 神社の通りは既に結構な人で賑わっており、龍鵬はそれを見て帰りたくなった。

 昨日のことは、気にしてないと言えば嘘になる。
 天津という機能を知ったあの日の声からは、なにやら自分に向けられた敵意らしきものを感じた。そして昨日も。桜華は気付いてはいなかったようだが、部屋に入った時、桜華を抱き締めながら、自分を射抜くように見つめられたあの視線からも。

(あんなのが、ただの補助機能なわけがないだろうが)
 
 しかし桜華が補助機能というのだから、そういう事にしておいたほうがいいのだろう。
 葵のことや、桜丘に頼まれた案件だけでも頭が痛いというのに、桜華の部屋で起こったことや、天津のことが加わるとなると胃までおかしくなりそうだ。

「西条さん!東さん!」

 叫ぶ声が聞こえ、視線を声の方へと向けると飛び切りの笑顔で手をあげている侑斗が見えた。
 その後ろの方には、桜華とその友達であろう女の子たちも二人の方を見て、歩いて二人のもとへ向かってきていた。

「こんばんは!」
「お、おう」

 喜びで高速で尻尾を振り回している幻覚が見えてきそうな勢いで侑斗が近寄ってきて挨拶をしてくる。龍鵬はその勢いに引き気味になりながらも、侑斗の頭をぽんと撫でた。ふと視線を感じて見てみれば、桜華の横に立つ桃と目が合う。しかしサッとすぐに視線を逸らされた。
 二人の同級生という女の子たちとも挨拶をして、ブラブラとその辺を歩くことにした。

「楽しんでるか?」
「たこ焼きに焼きそばとポテトも食いましたよ」
「さすが若い子はよく食べますね」
「あっちに美味しそうな鉄板焼きの店がありましたよ。あとで行きましょう!」

 まだ食べるのかと後ろの女の子たちは全員思ったようだ。冷ややかな目で侑斗を見ていた。

「龍さん、東さん。おつかれさまです」

 桜華がぺこりと頭を下げながら、昨日はありがとうございますとお礼を言ってきた。

「ちゃんと寝られましたか?」
「はい」

 桜華は龍鵬の様子を伺いながら東と話をした。
 何度か龍鵬に話しかけようとしてみたが、侑斗が龍鵬にべったりで声をかけることができずにいた。
 東は東で花トリオに囲まれていて、桃は静かにみんなの後ろから着いていっていたので、桜華はそっと近付いた。

「ベタ惚れでしょ?」

 どんな反応するかなとニヤニヤしながら話しかけるが、桃は何も反応しない。
 どうしたのだろうかと桜華は桃のほうに視線をやると、桃は真っ青な顔をしながら前を歩くみんなを見ていた。

「も、桃ちゃん?どうしたの?」
「あ…声が…」

 ガタガタと肩が震えていて、声がと繰り返し呟いている。
 様子がおかしくて、桜華は桃の肩を抱いて掴んだ。

「桃ちゃんが具合悪いみたいだから先行ってて」
「え?大丈夫?」
「本当だ。気持ち悪い?」
「もう少し先に進めば店の横から抜けれるから、どこかに座らせたら?」

 花トリオが心配そうに駆け寄ってくる。

「俺が運びましょうか?」

 震える桃を心配そうに東が近寄ってきたのだが、桃の肩が跳ねて一歩後退る。

(東さんに怯えてる…?)

 小刻みに震え続けているのが掴んでいる手から伝わってきて、桜華は慌てて首を振った。

「わ、私が見てる!だからみんなは先に鉄板焼きの屋台の方に行ってて!桃ちゃん大丈夫なようだったら追いつくから!」

 ね!と桃を見て言うと、こくんと小さく頷いた。

「こんなところで立ち止まってたら邪魔になるだろ。桜華に任せて先行くぞ」

 龍鵬がそう言って歩き出す。
 確かに邪魔だ。通り過ぎる人たちにチラチラと見られている。
 みんなもそう思ったのか、桃のことをよろしくねと言って先に進んでいく。
 龍鵬に心の中でありがとうとお礼を言った。
 みんなの姿が見えなくなってから桃の顔を覗き込む。

「大丈夫…?あそこから抜けられそうだから行こ?」

 屋台の横を抜けて裏に出ると小さなベンチがあり、運良く座っていた人が立ち上がって空いていたので、そのベンチに桃を座らせた。
 桃が俯いて地面を見つめ、耳を塞ぎながら小さく「声が」と何度も呟いている。

「なんて聞こえるの?」

 わかる?と桃の顔を覗き込みながら聞いてみる。
 耳を塞いでいるし、声も聞こえている状態だから自分の声は聞こえないかとも思ったが、桃が涙を浮かべながら桜華のほうを見てきた。

「願えって…また…ずっと聞こえる…。も、もうあんなのはっ…」

 女神の声がずっと繰り返し聞こえているようだ。
 なんだそのホラー。泣いちゃいそう。

『何かを願ってはいけません。強く拒否したほうが良いでしょう』

 天津の声がして、桜華は頷いて桃に伝える。

「大丈夫!大丈夫だから落ち着いて?考えたらダメ。願うことなんかないって思った方がいいかもしれない」
「わ、わかったわ…」 

 ぎゅうっと両手を握りしめて不安そうな桃を何とか落ち着かせようと桜華も必死だ。

『このような場所で女神が現れるとは思えませんが気をつけてください』

 天津も警戒しろと注意してきた。
 女神を追い払うことが可能な東を何故かわからないけど桃が怖がっている。女神が現れたとしても力になってもらえないかもしれない。というか、そもそもこんな人が沢山いる場所で魔法なんか使えない。

「声が…しなくなった…」

 しばらく耳を塞いで強く目を瞑ったまま蹲った状態で動かなくなっていた桃が、もそりと動いて呟いた。

「よ、良かったぁ…。桃ちゃん大丈夫?」
「ええ…」

 ポケットからミニタオルを取り出して桃に渡した。暑い時期でもないのに、すごい汗の量だ。相当辛かったのだろう。

「少し休んでから合流する?」

 スマホの通知音が鳴りっぱなしだ。メッセージが沢山届いているようだ。

「先に帰るわ。こんな顔で…みんなと会えないもの…」

 泣いたから目が腫れている。
 とても楽しむ気分ではないから桃は先に帰ると言った。

「なら送っていくよ」
「いいわ。そんな遠くないし…少しひとりになりたいの」

 そう頼まれたら何も言えなくなる。せめて約束のものをと思って、桜華は近くにあった屋台でりんご飴を買って、それを桃に持たせて見送った。


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